2話 かく戦えり
朝食を済ませ赤ん坊にも乳を飲ませ行動に移す
きっとこの宿屋にももう戻れないだろう
自分はなんとでもなるがヤギの乳がないと赤ん坊を育てられない
なのでヤギを購入することにした
離乳食というかいつから食べ物を与えていいかわからない
とりあえず冒険者ギルドへ行き聞けることは全て聞いておこう
冒険者ギルドへ到着するとやはり注目される
人が少なくなるまで待つ
少なくなったところで受付に行き昨日の女性に色々聞こうとしたが、やはり噂はもう知られていた
まあ断られた宿屋でも知られているし、この風体で赤ん坊を背負っているからすぐわかるだろう
「その…仕事の斡旋はいいのですが…」
赤ん坊をどうにかしろということだろう
仕事は後にしてヤギを購入できる場所がないか尋ねると何か所か紹介してくれたが、ヤギは高いらしい
その場所へ訪ねたがやはり噂はかなり拡がっているらしく売ってはくれなかった
お金は報酬金が結構な額だったので上乗せしたがそれでもダメだった
その後も結果は同じで途方に暮れていた時に声をかけられた
「おじさん昨日はありがとう!」
昨日助けた女の子だった
名前はアンちゃん
「どうしたの?何か困った顔してるけど」
ちなみにわしの顔は前髪が長く目が隠れてるから表情がわかりにくい
猫背気味でションボリしてる姿にそう見えたのだろう
「実はヤギが…」
と説明すると
「うちでも売ってるよ」
そういえば商いしてると言っていた!
そして一緒に父親の商店へ
父親の名前はハンスさん
色々相談すると全てを売ってくれると、マジ神!
「私も色んな町へ仕入れに行くので亜人に抵抗はないのですが…」
「この町にしかいない人は差別が当たり前と思ってるんですよね、愚かなことです」
「ですが関わると衛兵やら騎士団まで出てくるのでせざるを得ない状況なのも確かで」
やはり早急に町を出ないとハンスさんにも迷惑がかかるし急がねば
一通り購入したあと食事でもと言われたが、迷惑をかけるし事を急がないとで丁重にお断りをし、お礼を言い門へ向かう
町の外をしばらく歩くと森が見えてきた
リアカーみたいなものもくれたので赤ん坊とヤギ、食料、餌、布、色んな工具などを積んでいる
ヤギと赤ん坊が一緒では危ないかと思ったが、ヤギがすごく気を使っているのがわかるし仲よさげにしていたので少し安心した
とりあえず住む所だがどうしたものか
この辺りでも魔物と呼ばれる危険な動物がいるらしい
あの小人みたいなのがゴブリンというのは聞いた
他にも狼やらクマも
そうなると小屋だと危ないか?
町の人にみつかって通報されても困るしもう少し奥に行くか
そうするとひときわ立派な木があった
「木の上に寝床を作ろう」
返しを作れば登ってくるようなクマとかも防げるしそうしよう
早速作業にかかる
大量の木材が必要だが、そこはご都合よく剣術でなんとかしてしまう
話進まないしね
釘もないけど木釘でなんとかしてしまおう
組木と木釘で枝を利用しつつ板場を作る
広さは10畳ほどになった
屋根も木の本体を利用してそれなりに
季節が夏なので助かった、壁はあとにしよう
とりあえずヤギと赤ん坊が落ちないようにその部分だけ塀を作った
少し離れた場所に小川があったのも幸運だった
あとはコツコツやっていこう
翌日からも家作り
数日で結構まともになってきた
これでしばらく留守にしても平気だろうか?
そろそろ手持ちの食料も金も心許なくなってきたので何かしないといけない
しかし長い時間空けるわけにもいかないしどうしたものか
とにかく町へ行き短時間の仕事を探そう
久しぶりに冒険者ギルドへやってきたがもう全員が噂を耳にしている状態であった
町の人間の目は冷ややかなものであり冒険者ギルドでもそれは変わらなかった
それでもやらなければ生きていけないし仕事を探す
しかし冒険は早くても1日かかるし、ましてやパーティーなどに入れてくれるはずもなく薬草採取などを受ければいいのだがどれが薬草かわからない
店の修繕や手伝いなども全て断られてしまった
そのうち赤ん坊に乳を飲ませないといけないので帰ることに
美味しそうにゴクゴク飲んでいる顔を見てるとなんともなく幸せになる
白い肌に綺麗な顔を見てユリと名付けた
重蔵はこの5日水以外何も口にしていない
元の世界の野草に似た植物やらは見かけるが、このような状況では怪我と病気は命取りで口にするのもはばかられる
ヤギはムシャムシャ食べてるがうらやまし
とりあえず町へ行ってみよう
市場へ行き売り物を見て同じ物を森で探してみよう
ジッと見ていると怪しまれた
泥棒する気かと
水をかけられたこともあった
からまれて蹴られたりもした
でもなんとかしないと、ずっとお腹が鳴っている
空腹過ぎて寝れない
そして遂に手持ちの金も尽きた
「おにぎり食べたいのぉ」
思わず口にした時に“おにぎり”というスキルを思い出した
「おにぎり出ろ!」「ゲッツおにぎり!」
そういえばギルドマスターが色々説明してくれていたな
あの時は赤ん坊のことでいっぱいいっぱいだったけど
確か…
「クリエイト、おにぎり!」
ポンっ
「出たああああああ!」
っと同時にステータスが空中に現れる
なんじゃこれ?
“おにぎり”スキルレベル1の表示
6日ぶりの食事に歓喜しながらポイントとなる欄を見ると残り200の数字
「クリエイト“おにぎり”」
あれ?出ない、1個だけ?
レベルか…
押すとどうなるのかな…
おお!レベルが上がる!
全部“おにぎり”に振るという暴挙に出る重蔵
ぐぬぬ
レベルが上がると必要ポイントも増えるのか
それでも1日おにぎりが50個出せるようになった
「クリエイト、クリエイト、クリエイト!」
腹いっぱい食べた重蔵
「助かったのじゃあ」
戦闘スキルなんかよりこっちのほうが生きるために必要と思った重蔵であった
赤ん坊も順調に育ち一緒におにぎりを食べるようになった頃
食べれる魔物もいることがわかった
イノシシに似た魔物、鳥も食べれるし元の世界で知っている野菜も食べれることがわかった
「この子が大きくなったら差別のない国へ行こう」
そう思っていたが…
そして5年の月日が経ちユリも元気に育っていた頃ある客人が訪ねてきた
真っ白な肌にスリムな体型に整った顔立ち
この世にこんなに美しいものがあるのかと
見惚れて口をあんぐりしていると
「あの?どうしました?」
「この国のことは存じていますが、やはりエルフとは…」
差別のことだろう
「いやいや申し訳ない、あまりに美しいので驚いたのじゃ…」
重蔵はあんまり回りくどい言い回しはできない
よくよく見ると耳が長い、エルフだ
すぐピンと気づいた、ユリの関係者か?
聞けばエルフの里の者であり、5年ほど前に人間に追われて離ればなれになった赤ん坊を探していたという
名前はフィーネ
それでユリをエルフの里に連れて行きたいという話
どうやら高官の娘らしい
一時は生きている可能性もなく捜索をしていなかったのだが、冒険者を通じてエルフの赤ん坊を育てている変なやつがいると聞いて飛んできたと
「お姉ちゃんだーれ?あ!耳が一緒!」
初めて会ったがやはり同族ということもありすぐ仲良くなった
「大変だったよね、差別のないエルフの里へ行こう?」
「大変じゃないよ?重蔵が一緒だもん」
なんとも泣けるじゃないの
「ユリや、お姉ちゃんと一緒に行きなさい」
ユリは喜んだがすぐ悲しい顔になる
「重蔵も一緒に行くんだよね?」
その問いかけにフィーネと目を合わせると
「もちろんよ、ユリを助け育ててくれたお礼もしないとね」
ユリは喜びフィーネに抱きつく
「じゃあお姉ちゃん重蔵と結婚すればー?」
とんでもない発言にフィーネは顔を引きつらせていた
そりゃそうだ
善は急げと、2日後に馬車を持ってくると言うので荷造りを開始
長いこと住んできたこの家、お別れと思うと感慨深いものもあるがそれも致し方ない
そして2日後フィーネが再びやってきた
必要なものだけを積み出発する
旅路は順調そのもの、ユリもニコニコ新天地が楽しみな様子
「友達いっぱいできるかなぁ、重蔵~」
と絡みついてくる様にほっこりしている時気配を感じる
たくさんの蹄の音がする、追いかけてくるその姿を確認すると軍隊?
明らかな敵意、馬車を停止するよう叫んでいるようだ
迫害の厳しい国の軍隊に捕まればどんな目に合うか想像できる
とにかく逃げきることだけを考えフィーネにも伝える
ユリにも振り落とされないようにしっかり掴んでいるように伝えたところ矢が飛んできた
「命を取る気か?」
とにかく馬車をとばすしかない、しかし距離は遠ざかるどころか縮まっている
こちらは馬車だ、速度は騎馬には勝てない
そのうち川が見えてきた、そして吊り橋が目に入った
「あれだ!」
フィーネにあの橋を目指すように伝える
「橋の手前で降りて橋を渡るんじゃ!」
「でも、渡ってる途中で…」
「わしがなんとかする、決して後ろを振り返らず真っ直ぐ走るんじゃ」
フィーネは理解したようで少し涙目になっていた
「ユリや、お姉ちゃんにしっかり抱きついているんじゃよ」
そして橋に到着し、フィーネはユリを抱きかかえて走り出す
「達者での」
小さくつぶやく
橋の前に立ちはだかる重蔵に怒濤のごとく鎧に身を包んだ兵士が襲いかかる
中段の構えから次から次へと斬りはらう重蔵
どうやら刀には不思議な力があるようで鉄の鎧ごと斬りふせていく
近接は危険と判断した兵隊は弓の攻撃に変わる
大量の矢を浴びた重蔵も肩や膝に矢を受けてしまう
キーン!カーン!
1人で戦う重蔵にユリは
「重蔵ー!重蔵ー!やーだー!」
絶叫するユリをしっかり抱きしめフィーネは走る
重蔵は渡りきったか確認するためな後ろを振り向く
戦闘中に目を逸らすなどあってはならないことで、致命傷をもらうなど幾度の戦いを経験している重蔵が知らないはずはない
渡りきらないうちに橋を落とされるわけにもいかない
しかし、渡りきれば橋を落として追手をまける
そして大量の矢が身体中に突き刺さり、槍で腹を突き抜かれた
それでも刀を振るのを止めない
そして最後の力をふりしぼり吊り橋の縄を切った
これでもう馬では追えないし近くに橋もないだろうから逃げ切れるはず
全身に矢が刺さり、腹にも槍が刺さっている状態で橋の前に立ちふさがる重蔵の姿に畏怖を覚えながらも剣で斬りかかってくる兵士
それを見つめる目があった
女性の姿はしているが中身はドラゴンだ
人化の術で人間同士の戦いを興味本位で眺めていただけであったが
エルフを逃がすために命を捨てて孤軍奮闘する重蔵の姿に居ても立っても居られず、竜の姿に戻り火炎を放ったのだ
突然のドラゴンの来襲に驚く軍隊
その半分が一瞬にして消し炭と化した
慌てて逃げ出す軍隊を追うことはしなかった
それよりも重蔵が気にかかったからである
重蔵に近寄ると…
「すでに事切れていたか」
目を見開き、立ったままの重蔵にそのドラゴンは人化し口づけをした
長く長い口づけのあとドラゴンは飛び去っていった
つづく