FPSで出会った女性がクラスメイトの美少女だった件
「ナイスAIM!!」
「いやーあれは神AIMだったわ!」
イヤホン越しにそんな声が聞こえてくる。
「まぐれまぐれ」
そう、FPSにおいても、人生と同じ様にまぐれというものが存在する。
敵を狙っていなくとも、敵が照準に吸い込まれたり、偶然敵の後ろを取れたり、たまたま発砲したところに敵がいたり。
今回のケースは、敵が俺の照準の中に吸い込まれたことが原因だ。
もっとも、ゲームは人生ほど気まぐれではない。
MMOだったらレベルや装備を整えれば強くなるし、FPSだったらAIMや反射神経、知識を得れば強くなれる。
人生のように、見えないステータスがあるわけではない。
必ずそこには、法則性があるんだ。
「それはないだろ!? もしかして、サブ垢?」
「いや、初心者だよ。でも別ゲーやってた」
「あーなるほどな。なら、シルバー帯とか余裕だよな。モテちゃうだろ!」
俺は、どう返事をするか迷った。
たしかに別ゲーをやっていたから、中央値より弱いシルバー帯は余裕だ。
しかし、マウントは取りたくはない。
偶々マッチングしただけの相手だとはいえ、マウントを取るような返しは良くないだろう。
あと、モテねーよ!
「余裕だったらここにいないって」
「謙遜かよー!」
ぷつり。
そこで強制的に、ロビーに戻された。
同時に俺はイヤホンを取る。
自分がにやけ顔をしていると、今の今まで気づかなかった。
ま、どうでもいいか。
机の上に置いてあるスマホをなんとなく見る。
Titterを開くと、1件のDMが来ていた。
「珍しいな……」
思わず声が出てしまった。
ゲーム用のアカウントだとしても、深く他人とはあまり交流しないタイプだ。
『いいね』や『リプ』すらあまり来ないから驚くし、緊張する。
メールマークのそれを押すと、送り主はフォロワーではなかった。
送り主は、知らない相手だ。
いや……さっき出会ったflowerだ。
『仙人市住なんだ! 今度のハロラントウォッチのイベント一人で行きづらくて、一緒に行ってもらいたいなー』
ふっ軽すぎだろ!
ゲームをやってもう何年も経つが、ここまでふっ軽な奴は初めてみた。
イベントに行きたいが、一人ではいけないらしい。
声の調子から察するに、明るい奴だと思っていたが、案外繊細な奴なんだな。
というか、どうやって俺のアカウント見つけたんだろう。
まぁ、いっか。
俺は、『いいよ』と返信した。
俺も行く予定だったし、相手も俺と同じ様なやつだろう。
問題ないよな。
休日。
俺は、イベント会場に向かった。
予定時刻の5分前。
少し遅すぎたか?
DMで到着メールを送ると、すぐに帰ってきた。
『トリ―サ―像の前にいる!』
トリ―サ―像を見ると、そこの前には確かに男が数人いた。
そして俺が知っている人物も一人。
クラスメイトの木南綾華だ。
ゲームをやらなそうな見た目をしているのに、ゲームをやるようだ。
それとも彼氏ってやつか!?
どうでもいいので、俺は考えながらトリ―サー像まで歩く。
あっちも俺の存在に気づくだろうが、きっと教室のようにお互い沈黙のままだろう。
全然問題ない、と思う。
俺はできる限り視線を合わせないようにトリ―サ―像まで着く。
チラ見で木南の事を見るが、スマホを見ているのか、俺の存在に気付いていないらしい。
幸運だな。
それより、どいつがflowerなんだろう。
分からねえ!
特徴を先に言ってもらうべきだった。
もう一度flowerにDMを送る。
『どんな服着てるんだ?』
これでよしっと。
スマホをポケットにしまい、前を向くと木南がいた。
「flowerです」
「は!?」
は!?
今なんて言った!?
flowerは男なのに、flowerは木南?
いやいや、意味が分からない。もしかして、騙されちゃったってやつ?
「ごめんね、どうしてもこのイベントに行きたくて! 明人君のTitterに」
「いやいやおかしいだろ! flowerは男だ」
「ゲーム中は、ボイスチェンジャー使ってるの。女だと、その、面倒っていうか……」
苦笑いをする木南は、もう一度謝ると、再び口を開いた。
「やっぱいやだよね」
「嫌って言うか。イベントなら一人で行けたんじゃ」
「うーん……女一人で行くのもあれだし。私、ゲームはじめたばかりだから女の子の友達もいなかったの」
「そ、そうか」
それしか言えなかった。
大体、クラスメイトの女と何を話せばいいのか分からない。
これからどうすればいいんだ……
俺が挙動不審な行動(仮)をしていると、
「早く行こう!」
笑顔でそう言うもんだから、俺は木南の後ろ斜め横45度の角度でついていく。
そんなことすら気にする余裕もないのか、木南はイベント会場をずんずんと進んでいくと、あるグッズ店の前で止まった。
「かわいいー!」
なんてことのないキーホルダーだ。
木南の目当ての物はこれか?
通販で売ってそうなものがほしかったのか?
木南はキーホルダーを買うと、横のグッズ店でまたしても立ち止まる。
今度は、イラストが印刷されたマウスパッドだ。
「ねえ、明人君。この花ちゃんのマウスパッド可愛くない?」
「え? ああ、そうだな」
たしかにかわいい。
イラスト付きのマウスパッドは、俺も欲しいレベルだ。
「でしょー! 大人Verだから胸も大きいよ!」
どきっ。
教室で目にする木南とは、全く様子が違くてどきっとする。
まさか木南がここまでオタクだとは思わなかった。
あと、胸が見えてるんだよ!
「なあ、木南の目当てってなんなんだ?」
同類だと認識して安心したのか、俺はそんな質問をしていた。
「何だと思う?」
「そうだなー……最初はグッズかと思ったけど、その様子だと声優とかか?」
「それは違うよ!」
「じゃあ、等身大キャラクターとかか?」
「それも見たいとは思ってた。でも、違うよ」
「他になんかあったか?」
「さて、どうだろう?」
これだから、リアルはあまり得意ではない。
この美少女が何を考えているのか全く見当がつかない。
他にはもう何もないはずだ。
つまり、木南は、雰囲気を味わいたいと思ったのだろう。
全く見当がつかないが、それ以外。
「ねえねえ、出来れば木南って呼ぶの止めてほしいな」
考えにふけっていると、木南は俺の肩をちょんちょんと叩いていた。
「そう言われてもな……今まで名字ですら読んだことないし」
「そうだっけ!? 確かに学校ではあまり話してなかったかも」
「だろ?」
「うん。でも何回かあるよ」
「え?」
頭をフル回転させて、考えるが、その1回が思いだせない。
俺は、一体どこで木南と話したのだろう。
「ほら、アペティスで」
「アペティスで!?」
「うん。アペティスで。AYAKAって子いたでしょ?」
「あ!」
アペティスというのは、FPSゲームの事だ。
たしかに数カ月前に、アペティス内で『AYAKA』という名前の女の人と話したことがある。
でも『AYAKA』が木南だとは……。
「思いだした?」
「うん。クイックマッチで仲良くなったよな、たしか」
「そうそう」
「でも、何で急にアカウント消したんだ? というか、話してくれれば良かったのに」
「たしかに! 私もあれは反省」
ペロッと下を出した綾華は、再び口を開く。
「ねぇ、私の胸揉む?」
「……急になんだよ!」
急接近した彩華は、周りの目など気にせず自らの胸を両手で触っている。
服の上からでも分かる胸の大きさ。
隙間から覗いている谷間に、俺の心臓は高鳴る。
「だって、胸を揉んだら好きってことだよ?」
それってつまり、綾華は俺のことが好きってことなのか!?
いやいや、何かの罰ゲームかなにかか?
よくよく考えると、綾華とゲーム内で出会ったのも、俺のTitterアカウントを知っているのも、おかしい。
男に困らないほどの美少女が、ゲームしか取り柄のない俺の事を好きになるわけがない。
他に見知ったクラスメイトがいないか探すために辺りを見わたすが、しかしそんな奴はいない。
ここにいるのは俺と綾華だけだ。
「できないよ」
そう、出来るはずがない。
できるはずがない。
だが、綾華は、俺の手を胸へと誘導した。
柔らかい感触。
俺は、触らずにはいられなかった。
「既成事実?」
「……」
「私の事かわいいって言ってたよね」
「いつ?」
「アペティスのとき」
たしかに俺は、言った記憶がある。
Titterのアカウントのメディア欄に載っていた、顔写真にコメントした。
スタンプで隠れていたから、綾華だとは全く思わなかったが。
今思うと、黒歴史ってやつだ。
「言った、と思う」
「他の人には?」
「……」
正直に言うと、あの頃は頭がおかしかった。
タイムラインに流れてくる画像に、言った記憶はある。
だが、それだけだ。
メディア欄を覗いたことはない。
「ふふ、胸もんだもんね!」
「うん」
正直な話、綾華は美少女だ。
クラスメイトの男なら誰だって興味くらい持つ。
いや、もう既に好きなのかもしれない。
俺は、綾華の手を握り、イベント会場を後にする。
理性は、既に吹き飛んだ。
あとは、なるようになるだけだ。
翌日。
俺は、自室で朝食を取りながらTVをぼんやりとみていた。
『ハロラントウォッチのイベント会場内にて、多数の爆発物とみられるものが発見されました。犯人は、何らかの理由で爆破しなかった模様です』
「危なかったな……」
目をこすりながら、そう思うのだった。