プロローグ ①
「今日からお前の妹になる咲ちゃんだ」
そう言ってむすっとした彼女はこちらを睨み見て言った。
「南咲です」
中野幸樹の父がそう言って彼女を連れて来たのは今から一ヶ月前のことだった。
それから今まで彼女の顔を見たことはない。
彼女−−南咲、現在の中野咲は幸樹と一緒に生活している。
そんな咲は絶賛引きこもり中だ。
この家に来た時から咲は自身の部屋から出て来ていない。
過去に何があったのかは知らないがたまには顔を見せて欲しい。
そして俺と咲の関係に変化が起きたのは今日の夜。
僕がトイレから出て来た時にそれは起きた。
「あっ」
「痛て」
咲がぶつかり二人して転んでしまう。
「すまん」
あやまって、咲の顔を見る。
−−−僕は愕然とした。
そこには初めて見る顔があった。
そう、見えた。
顔の作りや髪型は、間違いなく前に見た咲だ。
けれど、泣き出しそうに寄った眉。不安げに揺れる瞳。確かめるように体を触る様子はどう見ても別人で。咲の姿をしただれかにしか見えなくて。
「・・・・へ?」
咲の視線が、こちらを向く。
覗き越しに、バッチリ目があった。
しまった、と今さら取り繕うとしたその瞬間−−−
「わ・・・・・うわわわ!」
驚いた拍子に、後ずさった先がバランス崩した。
立ち上がるために、つかもうとした手は空を切りそのまま−−
「いたっ!」
−−派手な音を立てて、また尻餅をついた。
「だ、大丈夫か?」
慌てて咲に駆け寄った。
「痛たたた・・・・。あ、ああ。ありがとうございます・・・」
手を伸ばすと、顔をしかめていた咲は申し訳なさそうにそれに捕まり立ち上がった。ぽんぽんとパジャマについたほこりを払う。
そして彼女は恥ずかしげにこちらを向き、
「す、すみません。誰もいないと思っていたので、ちょっとびっくりして・・・」
その表情は相変わらず気弱で、どこか自信なさげで、前に見た時の凛とした面影はない。
「・・・あ、あの、咲さんて結構ドジなところあるんですね」
「へ?」
「いやその、前にあった時はツンとしているというか他人を寄せ付けない雰囲気でしたから」
「・・・・あ、あぁ!」
そこで彼女はようやく事情がわかった、という顔になり。
「・・・もう、ダメだぁぁぁ!」
今にも泣き出しそうな顔で、そんな声を漏らした。
「ごめん咲ぃ・・・ついにバレちゃったぁ・・・」
そう言って咲は寝室に走って行った。
今のはなんだったんだ?
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次の日の早朝。
俺はドアが叩かれる音で目を覚ました。
なんだ、と思いながらドアを開けると、そこには咲が立っていた。
立っている姿は昨日とは違い凛としていて、その眼光には鋭さがある。
「失礼するわ」
「お、おお」
そう行って入ってくる咲は昨日見た咲とは別人だ。
「陽から、話は聞いたわ」
陽?誰だそれは。
初めて聞く名前に戸惑っているのに気づいたのか、咲は何やら説明しだす。
「私の中には二つの人格が入っているの。
昨日、幸樹さんが会ったのはサブの人格の『陽』で、私はメインの人格の『咲』。
もともとは一人だった人格から『陽』が生まれたんだ。これが三年前の話。
その時の私には大きいストレスがかかってたみたい。
それで、お医者さん・・・あなたのお父さんには、私たちが『二重人格』だって言われたわ」
「・・・二重人格・・・」
普通に生きていたら聞かないその話に、俺は目眩を思えた。
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