第15話 一難去ってまた一難
「痛っ。いててて……。ふぅーーーー。やっぱ慣れねぇことはするもんじゃねぇなぁ。結局、逃げらんなかったし、はぁ~~~~」
「しっかりしてくれよ、親父。戦ってるときは意外とカッコ良かったぜ? 急に動いたから、筋肉痛になったんなら、普段から動いとけば良いんじゃん」
昨日、ギーラやプリシラと一緒に戦ってくれた2人の両親は、全身の筋肉痛でダウンしている。もう10年以上、ほとんど外出しない生活を送ってきたらしいから仕方ないだろう。
ギーラとプリシラはマッサージしたり、朝食を食べさせたり、色々と世話を焼いている。なんだか楽しそうに見えるのは気のせいじゃないだろう。
昨日のことで、僕達やクロード君に対する周囲の見方がだいぶ変わった。そのせいで、今日は来客が多い。朝1番でブリアン様が来て、クロード君とアンナさん、護衛に兄ちゃんで対応中だ。
昨日ヘーゼルさんが叱りつけた騎士さんが僕と話したいそうなので、僕はそっちと対面中。
……その次に順番待ちをしているマチルドさんの目が爛々と輝いているのがちょっと怖い。ついて来ているジルさんの突き刺さるような視線も怖い。
宿屋の仕事を父さんに押し付けてここにやってきた理由は想像がつく。ヘーゼルさんのことを聞きたいんだろう。昨日も会うなり、水魔法を誰が放ったのか聞いてきた。ジルさんが料理対決を持ち掛けてこなければ、答えるまで離してくれなかったことだろう。
「昨日の出来事で目が覚めました。カッコいいという理由だけで騎士になった自分は間違っていた」
『ほう。ヘタレだと思っていたが、吹っ切れたようだな』
剣は飾り、と言い切っていた人物から真剣な言葉が聞けそうで、ヘーゼルさんは喜んでいるようだ。
「騎士とは、戦場に生き、戦う者。主を守り抜くため、命を張る者。普段は美しい外見と所作だけで、チヤホヤされても、有事となれば戦いに駆り出される。そうなれば、強くなければ死ぬしかない。――剣の訓練とか体力作りとかサボりまくってきた俺では、とても無理だ。まだ幼く、非力な白である君にこんなお願いをすることは、恥ずべきことだと分かってはいるが……。君を見込んでお願いがある!」
そこまで言って、彼は僕と視線を合わせるために跪き、しっかりと目を見開いて、そして言った。
「俺に、料理を教えてくれ!!」
……ん?
「え? 料理? なんで?」
話の流れから、てっきり剣の訓練に付き合ってくれって言われるのだと思い込んでいた。意外な言葉に混乱し、問いかけた。
「だって、俺は戦うのは怖い。死にたくない。だったら、騎士は辞めるしかないだろう? しかし、悠々自適な隠居生活を送るには貯金が足りないし、なによりモテたい! 昨日、君の料理を食べてる時に、”料理のできる男っていいわよね。イケメンならさらに良い”という女性の声をいくつも聞いた! だから、俺は騎士を辞めて料理人になろうと決意したんだ!!」
えーと。どうしよう。
騎士の仕事が嫌なら辞めるのも当人の自由だし、料理人になるのが悪いわけじゃないけど、動機が不純。料理人になっても続かないんじゃないかな?
『はぁ~。やっぱり、ただのヘタレだったか。おい、フェン。こいつを鑑定してみてくれ』
僕が混乱している間に、ブリアン様とクロード君の会談は終わっていたみたいだ。部屋に戻ってきていた兄ちゃんにヘーゼルさんが鑑定を頼んだ。
『戻って来たばかりで話が見えないけど、意外と優秀だぞ。スキルは剣術の才能、盾術の心得、回復魔法の心得。年は20歳だけど、技能系スキルが1つもないってことは、努力してこなかったタイプだろうな。ついでに水属性Aってのも悪くない。名前は――』
『名前はいい。”ヘタレ”で十分だ』
「よかろう。修業中の身でもあることだし、弟子にはしないが、この町にいる間は訓練を付けてやる」
体の制御を奪って、勝手にヘーゼルさんが答える。悪い笑みを浮かべている。
「ああ。よろしく頼む。できたら、サラサラの髪の秘訣も教えてくれ」
『ヘーゼルさん、本当に料理を僕が教えるの?』
『いいや。お前、食材は基本自力調達だろう? お前に教えを請うなら、当然そこから習うべきだ。戦い方なら私が教えてやる。この町にいる短い期間では食材を得るための戦闘訓練だけで終わってしまうだろうが、その後も料理人になりたいという気持ちに変わりがなかったら、当人が努力すればいい』
うん、確かにそうかも。僕が料理店を出すなら、コストや食材の新鮮さも考えて肉類はある程度は自力調達することも考慮に入れるだろう。修業するなら、そこからだ。
この町にいるのはせいぜい3週間だろうから、本格的な料理には取り掛かれないかもしれないけど、何事も下積みからだから仕方ない。
戦い方はヘーゼルさんが教えてくれるなら安心だ。サラサラ髪の秘訣も、僕はまだ習得できてないけど、ヘーゼルさんなら教えられそうだ。
『師匠、そのヘタレ騎士の根性叩き直すつもりだな? 後悔するだろうな~』
『ふっふっふ』
あれ? ヘーゼルさん、ひょっとして料理人になるのを助けるつもりはないの?
「まるるく、おしえるなら、くろーろのみかた?(マルドゥクの訓練を受けるってことは、僕の傘下に入るってことだよね?)」
昨日、肉パーティで盛り上がってから、クロード君の言いたいことが何となく意思伝達で読み取れるようになった。
味方意識が強くなったからなのか、僕達の実力を知ってクロード君がより信頼してくれるようになったからかは分からないけど。
「くろーろと、たたかいたいきし、ぼしゅーちゅーなの(騎士は希望すれば僕の指揮下で戦ってもいいことになったんだ。希望者がいたら連れてきて欲しいな)」
「”我が指揮下で戦うことを希望する騎士に心当たりはないか? 兄上の了承は得ている”とおっしゃっています」
クロード君の心の声は、アンナさんの翻訳よりもだいぶ幼い感じだ。威厳を出すアレンジも含めての通訳なんだな。
「はっ。少なくとも10名程度はおります。私が声をかけて、午後にはこちらに参じるようにいたします」
「わかった。よろちくね(了解。思ったより少ないなぁ。ま、いいか。量より質だもん)」
――ストレートに言葉に出したら角が立ちそうな声もたまに聞こえてくる。アンナさんの翻訳でやっと分かる状態は結構バランスが良かったのかもしれない。
「ギーラ。さっき、ブリアンとの話し合いで、ある程度の協力はしてくれることになった。騎士団の用意してる武器とかも貸してくれるってさ」
「お、マジ? でも、貸すだけかぁ。やっぱ新しいの買わなきゃなぁ」
ギーラから剣を返却してもらったヘタレ騎士さんが退出したのを見計らって、兄ちゃんが情報共有のために話し出した。けど――。
「ねぇ! もう、私の番よね。――クロード様、ごきげんよう。本日はサラーム兄弟とサーフィ兄妹に用があって参りました。しばしの間、彼らをお借りしても?」
「えー。メーよ? くろーろも、まるるくたちと、おはなししゅりゅの!(なんだか面白そうだから、連れていっちゃヤダ。仲良くなって、本当の騎士になってもらいたいし!)」
クロード君、そんなこと考えてたんだ!? 気に入ってもらえてるのは嬉しいけど、騎士になるつもりはないんだよな。
「承知いたしました。では、この場で彼らと会話することをお許しください。ことは重大でございますので、少々言葉遣いが乱れるかもしれませんが、ご容赦を」
クロード君がニコニコ笑顔でうなずくのを確認してから、兄ちゃんに狙いを定め話し出した。
「フェン君! 昨日、魔物達を蹴散らした魔法って氷晶隕石群よね! ってことはヘーゼル様がいらしてるってことじゃない! 今もこの町にいらっしゃるの? お会いすることはできる? 魔法を間近で見ることは? どうして私を呼んでくれなかったの?」
「うわっ。マチルドさん、顔が近い! ジルさんが怖いから、離れてください! そんなにいっぺんに聞かれても困るから!」
ものすごい勢いで機関銃のようにしゃべるマチルドさん。兄ちゃんが僕に、というかヘーゼルさんに、救いを求める視線を寄こす。
「ん~? ありぇは、まるるくなの。へーじぇる、いなかったよ?(何言ってるの? あの魔法はマルドゥクが放ったんだよ? ヘーゼル様はいなかったはずだけど。もう亡くなってるんだし)」
マチルドさんが首をギュンと横に向けて、僕を見つめる。視線が鋭い。怖い。ヘーゼルさん、助けて。
『こればっかりは、私では助けられん。出て行くと余計に悪化する。耐えろ』
「マルドゥク君。マルセルもクロード様と同じことを言っていたの。昨日の水魔法はあなたが? もうあんな魔法を使えるほど修業が進んでいるの? あなた達のお師匠様は今、どこに?」
ターゲットが僕に移ってしまった。目を合わすと本当のことを言ってしまいそうで、懸命に視線を逸らす。耐えるってどうしたらいいの? 誰か助けて。
「マチルド、落ち着け。冷静に考えろよ。姿を見せないってことは、目立ちたくないんだろ? 弟子が師匠の意に反することをベラベラしゃべれるわけないじゃないか。昨日の魔法は、マルドゥク君が撃ったように見せかけて、近くにいたお師匠さんが撃ったとかじゃないか?」
ジルさんが助けてくれた。魔法はヘーゼルさんが撃ったから、ある意味正解だ。
「う~~。あんまり詮索すると嫌われちゃうかしら。一目お会いしたかったけれど……」
マチルドさんは、渋々引き下がった。まだ、未練があるのか視線は僕から外してくれないけど。
「おい、マルドゥク。お前、その綺麗な顔でマチルドを誘惑したら、子供でも許さないからな? それから、チーズインハンバーグと冷しゃぶサラダのレシピを教えろ」
「はいっ。心配しないでください! あの、ジルさんもビーフシチューのレシピ、教えてくれます? ああいう家庭的な温かい料理、プリシラは好きみたいだから」
マチルドさんが気に入っていた料理のレシピを教える交換条件に、プリシラが気に入っていた料理のレシピを要求したら、殺気のこもった視線が和らいだ。
「ほー。そうかそうか。いいぜ。教えてやる。そういえば、昨日は票数では勝ってた癖に、プリシラちゃんが俺に票を入れた途端に黙り込んじまったしなぁ。このマセガキめ」
なぜか急に上機嫌になったジルさんは、爽やかな笑顔でウィンクをして帰っていった。
◇
ブリアン様は逃げ帰れる可能性が限りなく低いと理解したようだ。明日の午前中から町長さん、冒険者ギルドマスター等も含めた対策会議を行うことを決めた。もちろんお酒抜きで。
クロード君が北を担当するのは変える気はないみたいだけど、騎士の配置も少しは考え直し、希望者はクロード君に付くことになった。
クロード君に付くと判断した騎士さんは、合計15名だった。理由は、こっちの方が生き残れそうだからとか、ブリアン様の情けない姿に幻滅してとか、クロード君がかわいくて癒されるからとか色々だ。
さっそく、ヘーゼルさんが彼らに訓練を課そうとしたけど、見た目は白の子供。教わるのは抵抗があるみたいだ。その辺を一切気にしなかったヘタレ騎士さんは、実は良い人かもしれない。
ヘーゼルさんはやる気のない者に教える気はないのか、難色を示した者9名は父さんに任せて、気にしないと言った者だけに訓練をつけていた。
1人1人に素振りをしてもらって、体内の魔力を使った身体強化が下手な者には魔力の流れを感じ取る練習を命じ、剣の構え方や握り方に変な癖が付いている者は直して素振りを続けさせる。
クロード君も参加している。1番真剣に取り組んでいるのが分かるから、ヘーゼルさんもちゃんと剣の持ち方から教えている。持ってるのはスプーンだけど。
町の西側が騒がしくなったのは、そんな訓練の最中だった。
昨日の魔物の襲撃では合計1500近い数の魔物を倒した。できるだけ兄ちゃんの空間魔法に収納してもらったけど、1000程の死体を集めた段階で限界が来た。
残りの魔物の死体は放置していたから、町の人達が回収に行っていたはずだ。町での籠城が長引けば、貴重な食料となるから、これも重要な仕事。
何かあったのだろうか?
「大変だっ! 牛頭鬼女王から宣戦布告の書状が届いた! 町の外に出ていた者達は、俺を除いて人質に取られた。返して欲しくば、北の平原で眼帯で片目を隠した牛頭鬼と戦って勝って見せろ、と言いやがった」




