第14話 選択の自由
ある日の神々の住み処。
先見の明で未来を見たローが多くの犠牲者を出しかねないリスクを背負った選択をしたのを、ヘルメスはやや心配そうに見つめていた。
この選択をした以上、犠牲者を減らすためにローは無茶をすることになるのだろう。
「おぉ~。そっちを選んだか。ローリスクローリターンのロー君なのにね。判断の過程をアキレウスが知ったら、きっとめちゃくちゃ気に入っちゃうんじゃないかな。うちの子、ああいうヒーローっぽいの好きだから」
一緒にモニターを眺めていた憤怒の神ことアポロンが言う。
アキレウスに気に入られそうだと言われて、ますます眉をしかめる。
「先見の明なんてスキル持ってると、あんまりローリターンな選択ってしなくなるだろうからね。リターンの予測がつけられちゃうし、ハイリスクな選択に見えてもそのリスクを低減する方法を探れるわけだし」
平然と言うプロメテウス。
「お前の固有スキルのせいか。ローはあのスキルが見せる未来のせいで、ずっと頑張らなくてはいけない羽目に陥っている」
半分八つ当たりなのは理解しつつも、文句を言ってしまう。
「スキルの使い方は、人それぞれだよ。見えた未来に絶望して、無気力になったり、自暴自棄になったりする者もいる。頑張って良い未来をつかもうとするのは、間違いなくロー君の性質によるものだよ」
そう言われてしまうと、何も言い返せないヘルメスだった。
人を蹴落としたり、自分だけ贔屓してもらったりすることを良しとしない性格を堅実だと思っていた。でも、それは半分間違いだった。人の苦しみを減らそうと立ち向かう強さもあった。
名前には合わなくても、このハイリスクな選択はローらしい。それに、未来に絶望して怠惰に堕ちてしまっては困る。
◇
別の日の神々の住み処。
「そういえば、プロメテウス。今回は何も指示を出していないな。上手くいっていると考えていいのか?」
「うぅ~ん。ボクも迷ってはいるんだけどね~。そもそも、どの未来が良い未来かって、ボクが勝手に決めていいわけでもないじゃん? だから、使徒自身の選択に任せようと思って」
今まで何度かマーリンに指令を出していたが、今回の牛頭鬼の事件では何も口を挟んでいない様子のプロメテウス。不思議に思ったヘルメスが問いかけた。
幸い、今日はアポロンがいない。こんな会話をするにはちょうどいい。
しかし、帰ってきた答えはボヤっとしたもの。
一見何でもない選択が、思いがけない未来へとつながることもある。そのことを思い知らされたヘルメスとしては、こんな曖昧な回答のまま放ってはおけない。
「――ローは商人になることを希望している。無事に商人になれそうな選択肢を教えろ」
「んー。すぐに商人になる可能性が消えたりはしないけど、可能性が高くなったり、低くなったりはするね。でも、普通の商人になれる可能性が1番高くなる選択肢はロー君は選ばなかったよ?」
「なんだとッ! なぜ、それを早く言わん!」
「だって、その選択肢、ロー君片目失明しちゃうよ? マーリンもケガするし」
どうやら、最悪の選択肢と思っていたものが普通の商人になる可能性を最も高くする選択肢だったらしい。
詳しく聞くと、あの最悪の選択肢での壊滅状態は、アキレウスが守護神の力を借りる使徒固有魔法を使って、事態の解決を図った結果だという。
アキレウスという厄介な悪徳の使徒が、魔物と相討ちになってユトピアからいなくなることで、堕落する可能性は低下する。さらに、大きな挫折を経て、より無難な道を選択するようになることや、傷ついた弟子を心配したヘーゼルが自分のやりたいことを後回しにすることで、平凡な人生を送る可能性が高まるらしい。
「う~む。その選択肢は幸せとは言い難い。もっと良さそうな未来はないのか?」
「短期的な視点に立った幸せと長期的な視点に立った幸せが違うこともあるし、本人の好みもある。本当に良い未来ってのは難しいんだよ。だから、ボクのオススメはあるけど、そっちに誘導するのは止めておいた」
結局、未来は自分自身で選び取るもの。致命的な未来につながるものでなければ、自由に任せたいとプロメテウスは考えているようだ。
「短期的に見ても長期的に見ても幸せで、ローの好みに合いそうな未来はないのか?」
「あるよ。今回の件がどんな結末を迎えても、将来的な選択肢が狭まるわけじゃない。死者ゼロの未来でも普通の商人になる可能性はある。5%未満になるけど」
「まさか、死者が多ければ多い程、普通の商人になる可能性が増すのか?」
「大まかに言うと、そんな感じ。でも、安心してよ。大商人になる確率は上がってくから。ヘルメスはそっちの方が好きでしょ?」
「まあな。ローも大商人になるのは嫌ではないだろう。他には、どんな未来がある?」
「色々あるよ。商人、大商人の他に、救世主、魔王、英雄、騎士団長、聖人、賢者、ギルドマスター、職人、風来坊、演奏家、他にも色々。一応、方針としては堕落しなければ止めないつもり」
「――ちょっと待て。変なのが混じってなかったか?」
「あぁ、賢者? ボクとしては、マーリンになって欲しいんだけど、一応ヘーゼルの後継者っぽいポジションにいるからね~。可能性としてはあるんだよ」
「それじゃない」
「じゃあ、風来坊? 確かにちょっとロー君っぽくないよね。でも、ヘルメスは冒険好きでしょ? 見てる分には楽しいと思うよ」
「それでもないッ! 魔王だ、魔王ッ! なんでローが魔王になる!?」
「えー。ボクのオススメなのにぃ。既存の価値観を壊すから魔王呼ばわりされちゃうだけだよ?」
ふざけた調子で話すプロメテウスに、ヘルメスは青筋を立てる。
どうやら、以前マーリンが言っていた差別のない国を作ろうとして王になった場合に、魔王呼ばわりされてしまうようだ。
それなら、堕落したことにはならないから、一安心ではある。しかし、その将来はローの望むものだろうか。ヘルメスにはそうは思えない。
「お前、絶対に魔王になるように誘導するなよ? 普通の王がそう呼ばれるだけだとしても、だ。ローはそんな波乱万丈すぎる人生は望んでいない」
「大丈夫だって。そこは使徒自身の職業選択の自由を尊重するってば」
ニコニコ笑顔を浮かべるプロメテウス。味方であることはもう疑っていないものの、何か企んでいそうに思えて、思わず睨みつけるヘルメスだった。
「誘導しないことで、悪徳の使徒を倒せなくなってもか?」
「うん。自ら選びとった未来であることに意味があるんだ。何を選んだとしても、納得してその場所に立つことができるはずだから。――それに、不完全だからこそ未来を読みきれない。だから、人間は面白いんだ。干渉しすぎちゃ、楽しくない」
◇
また別の日の神々の住み処。
ブリアン達一行が無事に町に戻り、ロー達も帰ってきた。
倒した魔物の素材を空間魔法に詰め、持てるだけの肉を運んでいる。持って帰った肉はしばらく町で籠城するための食料にするつもりのようだ。
「やるね! 戦闘場所が遠すぎて、アキレウスが詳細を把握できていないのが惜しいな。あの騎士を叱りつけた場面とか、聞いてたら間違いなくロックオンされてたね」
「アポロン、ローを堕としたいのか!? それにあれはヘーゼルだ!」
「うん? いや、なかなか面白い英雄譚を見せてくれそうだな~って思って。堕落するかどうかは気にしてない」
気楽な様子のアポロン。使徒がまだ5人も残ってると余裕なのかもしれない。
しかし、もっと気楽そうなのは人間の方だ。ローは持ち帰った肉で料理を始めた。牛肉の味を知りたいというギーラのリクエストもあって、ご馳走を作ろうとしているらしい。
しかも、売るつもりだ。マーリンが町長に営業許可を取りに行っている。
貴族のプライドから助けてくれた礼を言えない者達が遠巻きに見ていたが、数名の騎士が意を決して近寄ってきて、やや高圧的な態度で礼を述べた。
貴族社会では、ちょっとした恩でも、成り行きによっては多大な返礼をしなければならなくなることもある。彼らが素直に感謝の言葉を述べられなくなっているのも無理はないかもしれない。
社交辞令として「何か困ったことがあったら手を貸してやろう」と言う騎士。
真に受け、牛頭鬼の解体を手伝うように頼むローとギーラ。
ポカンとした表情を浮かべるが、言ってしまった手前、手伝わないわけにいかなかったのか、騎士達も手伝いを始める。
そんな様子に貴族社会での緊張感漂う駆け引きを行うことが馬鹿らしくなったのか、近寄ってくる騎士が増えた。戦場で叱りつけられた騎士もいる。プライドを傷つけられたとは思っていないようだ。
最初は白の子供が作った料理を食べることにほとんどの人が躊躇していたが、ギーラの豪快な食べっぷりや貴族のクロードが美味しそうに食べている様子を見て、徐々に売れ始める。魔物から逃げて疲れている騎士も、しばらく牛肉が品薄で食べられなかった町の人も、喜んで味わう。
肉料理を囲んでの戦勝パーティーだ。
宿屋で料理を担当するジルが、ローに料理対決を申し込んだ。ちゃっかり自分達で仕入れた酒や作った料理を提供して、一儲けするつもりらしい。対決は余興のようなものだろう。
ジルの持つスキルは、盾術≪中≫、剣術≪下≫、料理術《下》の技能系スキルのみ3つ。
料理術を持つ者同士、割と良い対決のようだ。経験に勝るジルと、マーリンから異世界のレシピを教えてもらっているロー。客もそれぞれの料理を食べ比べ、楽しんでいる。
「持ってきたぞ」
「お、ありがとう。さすがヘルメス。速いね」
ローストビーフ、サイコロステーキ、チーズインハンバーグ、シシケバブ、冷しゃぶサラダ、ビーフシチュー。
人間達が食べている料理と同じ料理をヘルメスがどこかから持ってきた。
「あれ? 同じ料理? 盗ってきちゃったのかい!?」
「ぶっぶー。マーリンがいつもお世話になってる守護神にってお供えしてくれたんだよ」
もちろん、マーリンが気を利かせたわけではない。昨晩、プロメテウスがリクエストしておいたのだ。
早速、「いただきまーす」と言って神々も食べ始める。
「美味しいね! さすが和牛」
「ユトピアに日本はないから、本当は和牛じゃないけどね~。味は意外と近いね」
守護神達も存分に料理を楽しんでいる。
「ところで、供物を捧げるってことは、君の使徒は、使徒固有魔法を使うつもりかな?」
使徒固有魔法は、守護神から力を借りて発動するもの。当然、発動には条件がある。
明確に自身の守護神へと呼び掛けること、守護神が叶えることが可能な願いであること、そして代償を用意することだ。
強力なのだが、使われる頻度は低い。自身の守護神が誰で何が得意なのか把握できないからだ。例外として、太陽神のように、守護神を象徴するものが存在する使徒や、鑑定持ちの使徒は条件を満たして発動させることがある。
代償が必要なのも発動を難しくしている。願いの内容によっては、対価が足りずに命を捧げるしかなくなることもある。それを避けるには事前に供物を捧げて代償の先払いをしておく必要があるのだ。――もっとも、大抵は先払いをしても、なお代償が足りずに命と引き換えに発動させるのだが。
「マーリンはもっとピュアだよ。美味しい料理をお裾分けしてくれただけ。ほら、ボクって尊敬されてるから」
プロメテウスは、おどけた調子で返事をしたが、使徒固有魔法を使った場合は供物を代償の先払いとして扱うつもりで全て記録をとってある。
使徒固有魔法を使ってくれることをあまり期待できないヘルメスは、料理対決の方が気になる。使徒に見つかるわけにはいかないのだが、ローに票を投じに行きたい。投票箱の周りに人がいなくなるタイミングを見計らっている。
ホームシックにかかった騎士や食べなれた料理を好む比較的高齢の者はジルに、珍しい料理を好む若者はローに入れる傾向にあるようだ。票数は拮抗している。
ローとジルの料理対決は、マチルドがローに、プリシラがジルに票を入れたため、2人とも負けた気分になってしまったようだ。それでも、この事件のために町に来てから1番楽しい時間だったことだろう。
町にも、明るい雰囲気が漂っている。敵を撃退したことで、「なんとかなるかもしれない」と感じているようだ。




