第10話 偵察の成果と内部分裂
「では、偵察で得られた情報を共有しよう。フェン、説明を」
偵察から帰って、公館の1室で会議。わざわざ別室を取ったのは、クロード君の希望だ。いかにも対策会議って感じで、気に入ってしまったらしい。母さんの膝の上にお行儀よく座って、目をキラキラさせている。
前はヘーゼルさんが司会をしたけど、最初からクロード君やマチルドさんがいると分かっていたから、父さんに司会をしてもらってる。父さんとなら、僕の意思伝達でのコミュニケーションもできるから、ヘーゼルさんが発言したいときは父さんに代わりにしゃべってもらう。
ちなみにジルさんはずっと宿屋を放っておく訳にはいかないから、この場にはいない。
僕とプリシラと父さんで壁に敵の配置を書き込んだ紙を貼りだし、兄ちゃんが分かったことを順に説明していく。
まず敵の総数は1万を超える。牛頭鬼だけでも数百体はいて、平原や森にもともと生息していた魔物の大半も従っている。
次に、ただの牛頭鬼ではない個体について。もともと存在が確認されていた牛頭鬼王の他に、牛頭鬼女王。見る限り、この女王が中心となって軍を組織しているように見えた。王も命令を出してはいたが、意見が分かれたときは女王の意見が優先されていたからだ。
他にも女王がトップだと推測できる根拠が2つある。
1つ目はスキルだ。剛力、鉄壁、斧術の心得は牛頭鬼なら全個体が持っていて、王はさらに斧術《中》と威圧ってスキルを持っていた。威圧は、敵を萎縮させ、本来の実力を出せなくさせる技能系スキルだ。
女王は、それらに加えて、カリスマも持っている。クロード君も持ってるスキルだ。このスキルが軍を組織するのに一役買っているのは間違いない。
2つ目は、この会議の場では報告しないけど、女王には牛島妃という人が憑依していたことだ。しかも、その牛島さんが体を制御していたそうだ。元人間が率いているのだとすれば、魔物らしくない動きの理由に説明が付く。
元人間だけど、敵なんだろうな。救いは、牛島さんはヘーゼルさんやブリュノさんみたいに強くはなさそうだってこと。威圧やカリスマ以外に特別なスキルは見当たらなかったらしい。
「けるたん、しちゅもん! いあちゅ、どーちたらいい?」
「威圧の対策は、スキルによる防御と魔法による防御の2つがある。例えば、ギーラは精神耐性のスキルで無効化できる。マルも条件付きだけど、無効化は可能。魔法は光属性で精神防壁ってのがある。俺も決戦までには魔法を覚えておく。魔法は定期的にかけ直さなきゃいけないから、スキルの方がより楽に対処できるな」
僕の場合は、明鏡止水が発動中は精神耐性が自動的につくらしい。集中を切らさなければ、威圧の効果は受けずに済む。
精神防壁は、ヘーゼルさんも覚えておくつもりらしいから、二重の対策も可能だろう。
「精神防壁なら、母さんも使え――。あ。なんでもないわ。フェン、呪文は知ってるから教えてあげるわね」
母さんが何かを言いかけて止めた。マチルドさんがスッと目を逸らし、父さんも少し心配そうな表情だ。
『マルドゥク、これで聞こえるか? 伝えておかなきゃいけないことがある』
『聞こえてるよー。父さん、なーに?』
『母さんは光属性の魔法を昔は得意としてたんだ。しかし、ある事件の後遺症で、魔法を使おうとすると高確率で精神が乱れ、失敗してしまうようになった。1、2回失敗してもいいような場面なら、回復魔法を使ってもらうことはできるんだが、激戦の場ではそうもいかないだろ? クロード様のお世話係だけで済めいいんだが』
そういえば、母さんはパーティの回復役だったという割に、結構な数のポーションを常備するようにしていた。そういう事情があったんだね。
父さんとの意思伝達には、ギーラ達を入れることはできなかったから、僕から皆に伝える。まだ、わだかまりが残ってるんだろうなぁ。
「よしっ。じゃあ、オレとマル主体で王と女王の相手だな!」
ギーラが明るく胸を張って言う。たぶん、スキル持ちが担当するから、魔法を使える人が少なくても大丈夫だって思ってもらいたかったんだと思う。
「ダメよ! ギーラ君もマルドゥクもまだ子供なのよ! なんで、敵の大将格を相手にしようとしてるの! そういうのは、大人に任せなさい。主戦力になってくれそうな人に精神防壁をかけて戦えばいいじゃない」
「しゅせんりょきゅ、まるるくとぎら。ほけちゅで、けるたん」
「おいッ! 誰が補欠だッ!」
クロード君、楽しそうだなぁ。結構大変な状況なんだけど、分かってるのかな?
「けるたん! あちゃってからの、かいぎ、ちゅいてきていーよ。きょーの、ごはんもいっしょきて」
「”ケルちゃん、明後日からの会議に同行を許可する。威圧に対抗できそうな人材を探すのだ。今晩の会食の護衛も任す”とおっしゃっています。皆様が偵察に行っている間に、町長と冒険者ギルドのマスターから連絡がありまして。第1波への警戒をどうすべきかや、北方と南方を担当する部隊の振り分けなど話し合いたいそうです」
なるほど。第1波の予測日には、町の城壁に物見役を立たせて警戒していたけど、いつまで待っても来ないなら無駄だ。
町中では、スタンピードは来ないんじゃないか、予兆だと思っていたのは勘違いだったんじゃないか、という声も聞かれた。そんな中で、ずっと警戒をさせていたら不満がたまっていく。しかし、魔物達の動きが読めない現状で、見張りをさせないのは不安が大きい。話し合うべきことだろう。
北方と南方の戦力配置は……、現状は明らかにブリアン様の南方の部隊が戦力が厚いから再考すべきだろうけど、聞いてくれるんだろうか。
「クロード様、会議の件ですが私の同行もお許しいただけますか? 偵察の結果を報告されるのでしたら、同行した冒険者もいた方が信用してもらえるかと」
「わかった。まちるど、きていーよ。――まるご、けるたんに、れいぎちゃほー、おちえてあげて」
「”よかろう。マチルド、同行を許可する。――マルゴーよ、ケルちゃんは礼儀作法の勉強が必要だ。兄上は呼び捨てにされたら怒り狂うだろうからな”とおっしゃっています。マルゴー様、よろしくお願いします」
「え。別にクロード相手だからこういう態度なだけで、ちゃんとした相手なら――」
「いや、ダメだ。フェンは、ヘーゼル様のことを未だに呼び捨てにしてるしな」
父さんは兄ちゃんがヘーゼルさんを呼び捨てにするたびに叱ってる。様付けを遠慮されたとしても、先生とか師匠とか、何かしらの敬称をつけなさいって。
「いや、あいつは気にしないし――」
「フェン君! ”あいつ”はダメ! 偉大な方なのよ!」
「フェン、クロード様はちゃんとしてるわ。それに、ちゃんとした相手じゃなくても、へりくだる必要があるときもあるわ。母さんが教えてあげるから、ちゃんとしましょうね。せめて、ギーラ君と同じくらいには。ね?」
確かに、今回はブリアン様。兄ちゃん基準で「ちゃんとした相手」に入らないかも。
『まぁ、頑張れ。私から教わるよりは母親から教わる方が、抵抗がないんじゃないか?』
クスクス笑いながらヘーゼルさんにも言われてしまっていた。そんなむくれないで。頑張って、兄ちゃん。
その他にも、ちょっと変わった見た目の牛頭鬼についても情報共有をする。
合計10匹で、それぞれ何かしらのスキルを追加で持っている。全員名前に「和牛」ってつくんだけど、女王の名字は牛島さんだしなぁ。名付けたのは、女王なんだろうけど、必ずしも子供ってわけじゃないのかもしれない。
一平、二葉、三太、四乃、五助、六郎、七美、八太郎、九音、十兵衛だって。
ただ、取り立てて厄介な敵っていうわけでもない。一から七までは追加で持ってるスキルが鍛冶術だったり、料理術だったり、裁縫術だったりと、ものづくり系のもの。強さは他の牛頭鬼と大して変わらなさそうだった。
ただし、八より数字が大きい個体の方は戦闘向きのスキルを持ってるから要注意だ。特に十兵衛。剣術≪上≫だって。九音は魔導士系で火魔法≪中≫、八太郎は牛頭鬼らしく、斧術≪中≫だ。
こういう、通常の魔物と少し変わった特徴を持つ敵はユニークモンスターと呼ぶそうだ。上位種への進化が近い個体ほどユニークになりやすいらしい。
◇
その日の夕食の場で、クロード君とブリアン様は喧嘩になってしまった。
クロード君が蒼銀亭で暴れたことを謝るように言ったんだけど、ブリアン様は「平民相手に謝る必要などない!」の一点張り。
さらには、町長と冒険者ギルドマスターの対策会議の要請も出ないと言い出した。毎日、夕食を共にして会議をしているのだから、この場で話せばいい、というのが彼の主張なんだけど……。
夕食時は、前半は食事がまずくなるからと真面目な話はしてくれない。後半は酔っぱらってて話をしても翌日には忘れている。だから、昼間に話したいのに、分かってくれそうにない。
町長とギルドマスターは諦め顔だ。警備隊長はブリアン様に媚びて、「その通りでございます!」しか言わない。
「にーたん、ちゃんと、あやまりゅの! おみちぇ、こわしちゃ、メれしょ!」
「何を言っているか分からぬ。ああ、通訳はよい。本当に正確か分からんからな。平民のことなど、私が気に留める必要はないであろう? な、警備隊長」
「はっ。その通りでございます! ブリアン様!」
「にーたん! かいぎ、しゅりゅの! きょーは、おちゃけ、なち!」
「ん? 今日はおちゃらけなし? ふざけているのは、お前のその話し方であろう? はっはっは」
さすがにこのタイミングでは警備隊長も合いの手を入れなかった。クロード君が般若の顔になっている。
『まずいな。体内の魔力が荒れ狂っている』
そっと肩に手を置き、落ち着かせる。でも、怒りは収まらないみたいで、顔が真っ赤だ。
「ブリアン様、せめてものお願いでございます。北と南の戦力配分を――」
「分かった、分かった。では、こうしよう。警備隊と私の騎士達は南。町長の下にある者達とクロードの手勢は北。冒険者達は、どうせ好きな方を選ばせろと言うであろう? 当人達の選択に任せる。これで良いな」
必死に願いを伝えた町長さんがブリアン様の答えに泣きそうになっている。
町長さんの管理下にあるのは、周辺の村やこの町の住人が主体。冒険者や警備隊員と違って、普段戦闘をあまりしない。まぁ、父さん達みたいな例外はあるけど。
問題は、冒険者は好きな方を選べと言われたことだ。ギルドマスターはこの意見には反対しない。冒険者は自由を好むものだからだ。
しかし、激戦の北に配属されたい冒険者はどれだけ現れるだろうか。
対照的に警備隊長はニンマリしている。……警備隊なのに、この町を警備する気はないみたいだ。
夕食後、ここ最近の日課になっている先見の明での未来予測をしてみる。今日は、未来の分岐が減っててもおかしくない。どうか死者ゼロの未来は消えていませんように。祈りながら、発動。
『ヘーゼルさん、僕には死者ゼロ、25人、219人の3パターンが見えた』
『3人、18人、219人、367人の4つだ。219人は被りだとすると、1つ減って6パターンになったのかもしれないな』
どうやら、死者162人の未来だけ消えたようだ。7パターンあった中では、やや悪い未来が消えたことになる。
偵察の成果と内部分裂。未来は良い方にも悪い方にも大きく転びうるハイリスクハイリターンな状態に動いたってことなんだろうか。




