第9話 女王様
今日は偵察に向かう。
メンバーは、僕、兄ちゃん、プリシラに保護者として父さん、マチルドさん、ジルさんの合計6人。
宿屋の仕事があるはずのマチルドさんとジルさんが来ているのには事情がある。
昨晩、ブリアン様と護衛の騎士数人が宿屋併設の酒場兼食堂で暴れたらしいのだ。備品だけじゃなく、竈まで壊されてしまい、食事の提供もできない。修理費も相当なものだ。
苦情を言いに公館に来たんだけど、ブリアン様は留守。代わりにクロード君が謝った。なぜか兄ちゃんにも頭を下げさせて、「にーたんがごめんなちゃい。けるたん、にーたんれしょ。あやまりゅの」だって。
泊まっていたお客さんには事情を話して、宿を変えるなら返金、そのまま泊まるなら割引することにしたそうだ。
もちろん、この損害も修理費も給料天引きで加害者の騎士達に負担させる。ブリアン様も負担すべきだけど、どうなるだろうか。
で、暴れた騎士に現場の掃除をさせ、その他の宿屋の仕事も第1波到来まではやってもらう。クロード君、アンナさん、母さん、ギーラの4人は監督のために蒼銀亭に行っている。
それで、暇になった2人は偵察に付いてきた、というわけだ。
「かわいかったわねー、クロード君。偉ぶってなくて良い子だったし。後は力ね。水魔法が得意だったりしないかしら」
「ラティーフ伯爵家には興味ないんじゃなかったのか? どうせ偽者、ボンクラばっかりって言ってたじゃないか」
ヘーゼルさんが僕の中に住んでいることを知らないマチルドさんとジルさんは、かなり言いたいことをズケズケ言っていて、ちょっとヒヤヒヤする。
ヘーゼルさんのお姉さんの子孫かもしれないブリアン様がやらかしたことで、ちょっと口数が少ないんだよね。
『いや、それ以上にマチルドがな。……狂信者っぽくて、私の存在に感づかれたくないんだ』
ああ、なるほど。
「まぁねー。実際、悪い噂しか聞かないうえに、今まで1人も水魔法の得意な人が現れてないし。私はヘーゼル様の性格と派手な魔法が好きなんだもの。見た目だけじゃ、意味ないわよ」
「……その割にクロード見て、テンション上がってた」
ジルさんがポツリとつぶやく。口を尖らせて拗ねてるみたいだ。
「そういう意味では、今のところのイチオシはフェン君ね」
「えぇっ!! ちょっ!!」
マチルドさんは、いきなりそういって兄ちゃんに抱きついた。
「ヘーゼル様の弟子で、魔法の才能もある。たまに格好が変だけど、今の制服みたいなカチッとした服を着てれば、見た目も悪くない! ヘーゼル様の後継者候補として、素質十分よ」
「あ、あの。ジルさんの目が怖いんですけど」
『実はマチルドさん、わざと嫉妬させて楽しんでるんじゃない? さっきチラッとジルさんを見てからフェンに抱きついてた』
そうなの? わざと嫉妬させて良いことあるの?
「じゃあ、私はマルドゥク推しだ。ヘーゼル様は剣も得意で、賢者でありながら近接戦闘も得意なことが特徴だからな。この子の剣術、一度お前達に見せてやりたいくらいだ」
父さんが褒めてくれるなんて嬉しいな。でも、なんで言いながらマチルドさんにウィンクしたんだろ?
「マジで? う~ん、魔法の才で選びたいけど、イケメン魔剣士になってくれるかもしれないマル君も悪くないわね!」
「わっ!」
急に抱き寄せてくる。ついでに少し体の向きを変える。ジルさんのほぼ正面。
ジルさん、ものすごい顔してるんだけど。睨み付けられ、ビクッとしたら、大人げないと思ったのか睨むのは止めてくれた。それでも、視線を外さず、しょぼくれた犬みたいな目で見つめてくる。
「ほら。ジルの番よ? 誰が1番?」
「うっ。――プリシラちゃんで。……女の子ならマチルドを奪っていったりしないだろうし」
後半はすごい小さな声だったけど、たぶんマチルドさん含めた全員に聞こえてた。ちょっと抱き寄せる力が強くなる。
「えー? 理由はー? 聞こえなかったー」
『ジルさん、そうじゃない! あなたの推しは私じゃないでしょ! さあ、素直な気持ちを伝えるのよ!』
『プリシラ。この2人、もう夫婦だよ? 気持ちはとっくに伝わってるんじゃ……?』
『いいの! 夫婦でも、好きって言ってもらえたら嬉しいはず!』
プリシラが目に力を込めて、ジルさんに「さあ、甘い言葉をささやくのよ!」と念を送っている。
言葉に詰まるジルさんに、いつの間にか僕達を抱き寄せてた腕を解き、顔を近づけて迫るマチルドさん。悪い笑みを浮かべながら、見守る父さん。
「っ。だから! 俺の1番は、いつだってマチルドだっ!! 美人だし、努力家だし、度胸も判断力もある! でも、俺の側からお前がいなくなったら困るから、ちょっと似てる気がして選ん――」
言いながら、我に返ったのか、真っ赤になって声がどんどん小さくなっていった。そのまま、俯いていたかと思うと、ハッとしたように顔を上げた。
「あー、その。今のは……。忘れてくれ!!」
僕達や父さんをチラチラ見ながら言う。
「うん、分かった。忘れたわ」
「えっ!? あ、いや、その、マチルドは忘れなくても……」
「忘れるって何を? 忘れちゃったことは、ちゃんと言ってもらわないと分からないわぁ。だって、覚えてないからー」
ニコニコ笑顔でからかうマチルドさん。
「すまないな。お前達。あれは、毎度のやり取りだから気にしないでくれ。ジルにとってはマチルドは初恋の相手でな。子供の時から、ずっとこんな感じなんだ」
謝らなくても、プリシラはさっきのやり取りをすっごく楽しんでたよ。兄ちゃんと僕は、ちょっと困ったけど。ヘーゼルさんも、思いの外この夫婦の仲が良くて、ちょっとだけ安心したみたい。
そんなやり取りも、北の平原が近付くとなくなり、緊張感が漂い出す。
平原は身を隠す場所が少ないから、町の北西に広がる森を通って進んでいる。もう少しで森の東端、北の平原の中央西端の辺りだ。
プリシラが感知術で魔物の位置を教えてくれるから、1体も魔物と遭遇していないんだけど、何かおかしい。規則的な動きをしている魔物が多すぎる。魔物がパトロールでもしているみたいだ。
父さん達には、あらかじめプリシラが感知術のスキルを持っていることを話しておいたから、「敵をやり過ごすために、そのまま動かず30秒待機」とか言っても、その通りにしてくれる。ちなみに、兄ちゃんが鑑定を持ってることや、僕が飛べることも話してある。
まずは、ざっと北の平原全体の様子を見るために、手頃な木の上から氷透鏡で観察。地上は、巡回している魔物に見つかる危険性が多いから、予定とは違うけど全員が樹上に移動した。
平原は普通に魔物が散らばって生息しているだけに見える。
しかし、平原のさらに北側に広がるこの森との境に、等間隔に魔物がいる。
「歩哨に立ってる魔物、ほとんどが牛頭鬼だな」
父さん達も冒険者をしていたときに覚えたそうだから、ここでの会話は基本的に手話で行う。僕、兄ちゃん、プリシラは意思伝達でも話せるけど、できるだけ全員で共通の認識を持つために手話を使う。子供だけの証言じゃ取り合ってもらえない可能性もあるからだ。
「マジか。10体以上いるじゃねーか」
「フェン君、1体だけ鎧を着けてるのがいるわ。目印の王冠を被ってないけど、あいつは王?」
確かに、他の牛頭鬼は斧と皮の腰布だけの武装なのに、1体だけ金属製の鎧を身に付けている。性能は普通でこれといった付加能力や潜在能力はなし、鉄製だから防御力はそれなりにありそうだ。
牛頭鬼王は頭に被り物をしているものらしく、鑑定持ちじゃなくても見分けがつくらしい。でも、こいつは何も被ってないな。
「いや、王じゃないな。一体誰が名付けたのか知らないけど、和牛一平って鑑定では表示される。鍛冶術なんて持ってるから、自分で鎧作ったのかもな」
「確かに普通のスタンピードじゃないな。統率されてるって考えた方がいいだろう」
規則正しく並び、巡回を行う魔物。装備品担当と思われる魔物まで存在するとあっては、スタンピードではないと結論付けざるを得ない。
そして、魔物達の様子から察するに、既に統率された魔物の軍団は北の平原ではなく、森を本拠地にしていると考えていいだろう。
となれば、偵察すべきは森の中だ。全員で動くのは見つかるリスクが高いから、ここからは少数で行く。
「まずは、僕とプリシラで敵の大まかな配置を探りに行く。強そうな敵がいたら場所を覚えておくから、2回目は兄ちゃんと行って敵の情報を調べよう」
「大丈夫か? 無理はするなよ。見つかったら、倒そうと思わずに逃げてこい。こっちに連れてきてもいいから。何なら、父さんが一緒に――」
「何度も話し合っただろ? 父さんは感知術も魔力感知も使えないし、マルが背負って飛ぶには重すぎる。この2人だけで行くのがベストだ」
父さんが心配してくれている。心配してもらえる兄ちゃんが羨ましかったけど、いざ大事なときに心配ばかりで思うように動かせてもらえないと鬱陶しいとも思ってしまう。僕も贅沢になったものだ。
「大丈夫。無理はしないし、見つかっても振り切るだけの速度も出せるよ。知ってるでしょ? じゃ、行ってくるね~」
返事を待たずに飛び出す。父さんとの会話の間にとっくにプリシラは僕の背中におぶさっている。
目指す場所は、和牛一平という名前らしい魔物のいる場所から奥に進んだあたりだ。1番強い魔物を配置するくらいだから、何か重要な場所でもおかしくない。
フォレストモンキーとかの木の上に生息する魔物だけには注意しながら進もうと思ったけど、そもそもいないみたいだ。スイスイとほぼ一直線に進む。
『マル、あそこ。きれいに並んでる。木の陰で見えないのも含めて、この近くだけで30体くらいいるよ』
和牛一平のすぐ後ろには、牛頭鬼の部隊が控えていた。こんなに上位種ばかりで構成されているなんて、たぶん町にいる人達は想定していないだろう。
『上位種の番がいる可能性が高いな。あるいは、ハーレムか。進化はそう簡単に起きないが、上位種同士の間に生まれた魔物なら高確率で上位種だ』
それなら、王だけじゃなくて、女王もいるのかな。
『ここから先は、魔物が密集してるから、気を付けて進んで。あと、和牛一平から北西と北東の方向にそれぞれちょっと強い牛頭鬼の気配がする。周囲を普通の牛頭鬼に守らせてるみたい』
とりあえず北東に進んでみると、周囲をぐるりと牛頭鬼に囲まれている黒い牛頭鬼が見つかった。他にも強い気配があった場所を探してみると、白黒ぶち柄だったり、リボンを付けていたり、武器が刀だったり、フルプレートメイルを着こんでいたり、結構バリエーションに富んだ見た目の違う牛頭鬼が見つかった。直接目視していないのもいるけど、プリシラの感知に引っかかったのは、合計10体。
特殊な個体全員の場所を把握すると、ある地点を中心に円を描くように並んでいるのが分かる。
中心地点に何かあるのだろうか? 疑問を解消するべく、中心へと向かう。
予想通りというべきか、そこには立派な被り物をした牛頭鬼がいた。こいつが王だろう。
しかし、中央に座すのは彼ではない。大きなお腹を抱え、見るだけで妊娠中と分かる黒い牛頭鬼。女王なのかな? 王の冠よりも華奢に見えるけれど、豪華なティアラを頭に載せている。
特殊な個体とこの2体、兄ちゃんに鑑定してもらおう。




