第8話 疑問
「それじゃ、母さん、クロード様のことよろしくね。僕達はちょっと会議してるから」
「任せて。クロード様はお利口さんだから、全然問題ないわ」
「まるるく、しんぱい、ないの。くろーろ、いいこしてる」
僕達4人に母さんを加えた5人は無事に守護騎士に任命された。
ただ、スタンピードの第1波を待ち構えていたのに、昨日も今日もやってくる気配がなかった。大惨事を引き起こしかねない事件なんだから、かつてないほど第1波までのインターバルが長いのか?
そう思って先見の明で調べてみたけど、第1波は来ないか、1週間後にやっと来るかの2パターンだって分かった。第1波が来る場合も魔物がパニックになっている様子がない。
さらに、氷透鏡を通して、クロード君が見た様子では「まもにょ、きれーにならんれる。おぎょーぎ、いーの」だそうだ。お行儀良く隊列を整えて並ぶ魔物?
今の状況に疑問を感じた僕達は、対策を話し合うために集まることにした。
ヘーゼルさんが話している所にクロード君やアンナさんがいると話がややこしくなりそうだったから、4人だけで公館の1室を借りて対策会議だ。その間、クロード君の護衛(子守り)は母さんに任せ、話し合う。話がまとまるまで大人しくしてくれるといいんだけど……。
他の3人の待つ部屋に入り、さっそくヘーゼルさんにバトンタッチ。
まずは、状況整理だ。壁に貼った大きな紙に、今回のスタンピードにおいて予測されていたスケジュールと現状との相違点がまとめられている。母さんにクロード君の世話を頼んでいる間に、兄ちゃんが書いておいてくれたようだ。
スタンピード対策本部の予測では、予兆があった4月2日からそれぞれ4日後、5日後、6日後のどこかで第1波が来ることになっていた。第3波の後が本番だから、予兆から第1波までが4日間隔なら4月18日が本番。5日間隔なら22日、6日間隔なら26日だ。
対して、先見の明での予測は、第1波は来るなら14日。本番は第1波が来ても来なくても30日だ。第2波、第3波はなし。
続けて、他に通常のスタンピードと違っている点をまとめる。
まず、なんといっても魔物が隊列を組んで整列していたというクロード君の証言だ。見間違いではない。手が空いていたギーラもプリシラもその様子を確認したいる。
強大な魔物の出現だったり、生息域の急激な環境変化による魔物のパニック現象であるスタンピードではありえないことだ。
次に、招集がやたら迅速だったこともだ。クロード君の持っていた本には、基本的には第1波を待って招集をかけると書かれていた。予兆から第1波までの間隔が規模を推測する大きな判断材料だからだ。それが分かるまでは、招集をかけても招集率を決められない。
今回の招集は100%の比率だ。ありったけの戦力を集めなければならないと判断した根拠は何だったのか?
これと関連しているのか分からないけど、ブリアン様は馬系などの騎乗できて足の速い魔物を集めているらしい。ラプを見かけた騎士さんが声をかけてきて直接聞いたから、間違いない。
普通はスタンピードでは魔導士や精霊術師が活躍する。馬に乗りながら魔法を放てるのなんて、無詠唱ができる人くらいだ。魔法主体の戦闘で馬を集める理由が分からない。
一部では、ブリアン様は不利を感じたら真っ先に逃げ出すつもりではないか、という噂が立っているそうだ。もっとも、ブリアン様は評判が悪く、スタンピードでの戦略を知らないだけ、という陰口も叩かれていた。
なんでも、伯爵よりも爵位が上の侯爵家の令嬢にセクハラしたとか、遊ぶお金が足りないから税として領民の全財産を巻き上げようと真顔で父親である伯爵に進言したとか、そんな話ばかりだ。アンナさんが死んでも仕えたくないって言ってたのも、普段の行状の悪さからみたいだ。
もし、規模が大きいことが事前に分かっていたと仮定すると、ブリアン様とまだ2歳のクロード君を派遣した理由が分からなくなる。
領内で大規模なスタンピードが起きるなら、大規模戦闘の経験がある現当主様かもう1人の有力後継者候補の長男がやってくるはずなんだ。初陣になる弟2人に任せるなら、もっと簡単な事件がいいはずだから。
「少々脱線したが、この程度か。目下、一番の疑問は第1波がなかなか来ないことと、魔物が隊列を整えていたことだ。理由を判断する材料が足りない。偵察に行って情報を集めてこよう。メンバーはマルドゥク、フェン、プリシラ。ギーラは残って護衛。何か質問は――」
ヘーゼルさんが言いながら振り向いて、固まる。元気よく手を挙げているクロード君と目が合った。
見ると、母さんも席についていて、膝にクロード君を乗せている。そして、母さんも挙手している。
別室で過ごしてるはずの2人が、なんでここに……?
面倒を察知し、即座に僕に体の制御を返すヘーゼルさん。逃げたな!
「えっと、母さん……?」
「はいっ。子供達だけで偵察は危ないわ。父さんがこの町に来る明後日まで待って、一緒に行ってもらいなさい。その間は、ギーラ君とフェンと母さんで冒険者ギルドとかで聞き込みするの。何か情報をつかんでる人がいるかもしれないわ」
母さんがノリノリだ。当てたわけじゃないんだけど……。
『どうしよ? 母さんの案採用する?』
『いいけど、クロード君を抑えておいてくれなかったこと、ちゃんと一言言っておいた方がいいわ。また同じことするかもしれないし。今日の会議だって、マルが先見の明で予測したこととかどうやって説明するの? 面倒なことになりかねないよ』
そうだった。どうしよう。
『悪い、マル。忘れてた。母さんはちょっと天然入ってる。たぶん、クロードが会議の邪魔をしないように見ておけばいいって解釈したんだと思う』
「まるるく! くろーろも、て、あげてりゅ」
「――はい、クロード様」
「てーしゃつ、きょかしゅりゅ。まるるく、いつ、かえってくりゅ? そーさくたい、だしゅ」
「”偵察は許可しよう。タイミングは守護騎士達で決めて良い。出発前に帰還予定時刻を申告するように。時間までに帰ってこなかった場合は、捜索隊を出す必要もあるからな”とおっしゃっています。――というか、マルドゥク君。どうやって独自にスタンピードの本番時期を予測したんです?」
うわぁぁぁ。アンナさんもいたか。やっぱり聞かれた―。なんて答えよう?
「あんにゃ、まるるく、あってりゅ。くろーろも、そーおもうよ」
「う~ん、確かにクロード様の勘は良く当たりますけれども。マルドゥク君の勘も良く当たるんですか?」
「あぁ。百発百中だぜ!」
クロード君が助け舟を出してくれた。アンナさんもクロード君の第六感で慣れているのか、深く追及してこなかった。ギーラが自信満々で答えたおかげもあるのかも。
兄ちゃんが以前、スキルのことを秘密にしておきたがっていた理由が分かった気がする。説明が難しい。特に先見の明とかは、根拠のない憶測で人を惑わせてると思われたらかなわない。
◇
翌朝、母さんと兄ちゃん、そしてギーラは聞き込みに出かけていった。
クロード君は今日は出かけないらしい。どうせ第1波は来ないと確信しているようだ。
「まるるく、ごほん、よんであげりゅ」
「”マルドゥク、本を読んでもらってる振りをして、なんて書いてあるか教えて欲しいな”と――」
「メー! よんであげりゅ、ことにしゅて!!」
「はい。ぜひ、読んでもらいたいです」
兄ちゃんによると、アンナさんは意思伝達でクロード君の言いたいことを把握して通訳してるらしい。確かに僕がプリシラの言葉を通訳していたら、こんなふうになるのかもしれない。
同じスキルを持つ僕にもできるはずだけど、うまくできない。相手との信頼関係がないと読み取れないからだろう。クロード君は懐いてくれてるから、彼を利用して事件の犠牲者を減らそうとしてることを秘密にしてる僕の方の問題だろう。
クロード君は手に『賢者外伝』を持っている。ソファに座ってゆっくり本の内容を教えて欲しいみたいだ。
難しい言葉で書かれてないといいな。読めなかったらカッコ悪い。
クロード君は本を開いた。見開き1ページを全部使って、絵が描かれている。読んであげようと思ったのに、文字がない。
絵は水の賢者が右手に剣を左手に杖を持って、魔物の大群と戦っている場面を描いたものだ。中央には巨大な竜。
「ぱぱ、なの」
クロード君は描かれた水の賢者を指さして言った。
「パパ!?」
『ヘーゼルさん、クロード君のお父さんだったの!? 早く言ってよ! クロード君のお母さんとの恋物語を聞かせて!』
『――違うに決まってるだろ。真に受けるな』
でも、はっきりパパって言った。どういう意味? 僕とプリシラの疑問に答えてくれたのは、アンナさんだった。
「ラティーフ家の現当主様は、色々とアレで……。クロード様のお母様は、先祖ということになっている水の賢者を父親と思って尊敬するように、とおっしゃっていました。本当の父親ではないことは、ちゃんと理解されていますよ」
「いっきうち、なの」
ん? 一騎討? 絵には巨大な竜の他、トロールとか、キメラとか、ミノタウロスとか、小さく色々と描かれてるんだけど。
プリシラと顔を見合わせ、アンナさんに解説を求める視線を送る。
あ、アンナさん視線逸らした。
「あー。えっと。今更、守護騎士辞めたりしないわよね? クロード様のいう一騎討は、味方が1人だけで戦うって意味で、敵の数は気にしてないの」
「え!?」
嘘だよね。そんな気持ちを込めてクロード君を見つめる。
「いっきうち、なの。へーじぇる、いつもいっきうち。まるるくと、ぎら、どっちがいっきうち、とくい?」
「”これも一騎討だ。水の賢者はいつも1人で戦っていた。できるだけ避けるつもりだけれど、念のために聞いておきたい。マルドゥクとギーラなら、どちらが一騎討を得意としている?”とおっしゃっています」
「できるだけ避けてくれるの? 本当に?」
クロード君はうなずいてくれた。しかし、いたずらっ子な笑みを浮かべている。あわよくば、一騎討が見たい。そう目が語っている。
僕とクロード君の視線のやり取りの間に、プリシラが何やら絵を描いて、クロード君に見せた。
「わかった! てき、いったい、ぎら。てき、たくさん、まるるく!」
「”分かった。敵が1体ならギーラ、敵が多数ならマルドゥクだな!”とおっしゃってます。プリシラちゃん、クロード様の理解は合ってます?」
笑顔でうなずくプリシラ。
『ちょっと! プリシラ!?』
『だって、マルにはヘーゼル先生が付いてるし』
『ふふふ。諦めろ、マルドゥク。的確な判断だ。――それに、それだけ頼りにされてるってことだぞ?』
そう言われると、反論しにくい。
そんな会話の後、本を読んだ。分からないところはヘーゼルさんが教えてくれた。
あっという間に時間がたって、母さん達が帰ってきた。報告を聞く。
僕達4人だけで会議をしようとすると母さんとクロード君が拗ねるので、もう普通に全員で話すことになった。
どうやら、冒険者ギルドでも普通のスタンピードではないかもしれないと考えていたようだ。数か月前に既に牛頭鬼王の出現が確認されていたらしいが、その時点ではスタンピードの予兆が起きなかった。
牛頭鬼王以上の魔物の出現によるスタンピード。あるいは、牛頭鬼王が魔物を統率している。冒険者ギルドはそう予測しているそうだ。
事実上の総大将であるクロード君の耳には入れておいた方がいいと判断して話してくれたが、この予測は現時点では一般に公表されていない。確証がないからだ。
……僕、本当にクロード君流一騎討するの?




