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第7話 兄弟神

 ある日の神々の住み処


「兄上! なぜです? その名前をとても気に入っていたでしょう? 分に過ぎた技術につける名前ではないのです。それを人間達は――」

「気分の良いものじゃないけど、ボクはそれくらいで人間を見限ったりしないよ。大きな事故につながらないよう、自戒の意味も込めてるんだろうし」

「それでも! 人間は反省しないで失敗を繰り返すではありませんか! なぜ愛想が尽きないのです!」

 スパイであることがバレたエピメテウスは、反省の神ではなく、浅慮の神として敵陣営へと追い出された。

 兄にあたるプロメテウスと一緒の陣営にいたいらしく、連日会いに来て勧誘していたが、返事はつれない。


「そもそも、なんで裏切ったの?」

「……人は歴史を重ね、痛みを知ったはずです。それなのに、いつまでも同じ過ちを繰り返す。人間同士で争い、差別し、憎悪を増幅させ、また争いが生まれる。その醜さに失望していたところに、声をかけられたのです」

「で、スパイになった? なんで、離反を宣言して向こうの陣営に行かなかったの?」

「――それは……、スパイになってくれと言われたから」

「不誠実だとは思わなかったんだ? いや、後で考える者(エピメテウス)だから、考えもしなかったのかな。人間と変わらないじゃない」

「だからですよ、兄上。私は、兄上のような優れた方が好きです。自分と同じような後悔してばかりの存在を見続けるのは苦痛でした。弟としての頼みです。私と一緒にいてください」

「断る」

 はっきりと言い切った。静かな声だが、怒りが滲んでいる。


「裏切りはスパイ行為だけじゃないよね? 過去の資料を見たら、君がユトピアの設計に関わっていたことが記されていた。初期は明らかに人が住むには環境が整っていなかったし、魔法でそこに住む人間が自由にアレンジするっていったって誰かが方法を教えなきゃいけない。その辺りの設計不良はわざと?」

「いえ! そんなことは……。思うままに進めたら上手くいかなくて、いずれ兄上に知恵を借りようと思っておりました。自分でも適当に人間を選んで賢者にしてみたりと対策を取ったのですが、結果が芳しくなく……」

「ツッコミどころがいくつもあるんだけど。ユトピアの正常化は、ボクに頼るって? 使徒を送り込んでるから、有利になるように細工したって思われかねないよ。あと、賢者を適当に選んだって、どうやって選んだの? 選考基準は?」

「自分でやると、十中八九またやらかします。ここは兄上を頼るのが、世のため、人のため、神のためかと。使徒がいたらダメとは思わなくて。賢者の人選はアミダくじです」

「弟だからって毎回助けてあげるわけにはいかないよ。それに、世界の行く末を左右する人間をアミダくじで選ぶって……。もっとよく考えて行動しなさい」

「兄上と一緒にいれば、まだましかも」

「ダメ」


「いつも助けてくれていたではありませんか。そんな兄上のことが大好きなのです!」

「過ちの繰り返しにうんざりしてるんだろ? ボクの計画を破綻させるのは、大抵弟である君だ。ボクだって、うんざりしてるんだよ」

 拒絶されて、エピメテウスはがっくりと肩を落として帰っていった。


「冷たいなぁ、プロメテウス。弟よりも人間の方がかわいいのかい?」

「……なんで、ボクの部屋に憤怒の神まで集まってるの? 敵陣営でしょ、君」

「ヘルメスが教えてくれたんだ。このモニター、いいね! 気に入ったよ! 人間ごときのことで神々がいがみ合うなんてアホらしいだろ? 僕の使徒も見せて」

 爽やかな笑顔で答える憤怒の神。

マーリン(フェン)の近くにいないと、君の使徒は映らないからね?」

「えー。君のことだから、何か裏技を用意してたりしない? あと、憤怒の神って呼ぶの、長くてめんどくさいでしょ? 君達に合わせると、僕は”アポロン”ってことになるんじゃないかな?」

 プロメテウスは冷たい視線を送るが、アポロンに動じた様子はない。


「はぁ。ま、いいか。せっかくこんな場所にいるんだ。色々聞かせてもらうよ。まず、なんで君は敵陣営(そっち)側なの? 光明を司る神でしょ」

「エピ君じゃないけど、君達がなんで人間に愛想を尽かさないのかの方が疑問だよ。人間は神と違って不完全だ。秩序を守らぬ輩、思い上がって分を弁えない愚か者、そんなのばっかりだろ? 英雄と言われる者達だって、時として不寛容な行動を取るし、見方を変えれば殺戮の限りを尽くした極悪人だったりする。面白い子もいるけど、人間全部の味方になる気にはなれないさ」

「ふーん。こんなところまで来て観察したいというくらいだから、自分の使徒のことは気に入ってるんだよね? あの子の魂名、なんでアキレウスなの?」


 プロメテウスの視線の先にはクロード。アポロンは、彼を見にこの部屋に来ている。


 名前:クロード・ヴィクトル・ルシアン=ラティーフ

 性別:男

 生年月日:魔法歴981年7月24日

 守護神:憤怒の神

 称号:憤怒の神の使徒、英雄製造機(ヒーローメーカー)堕英雄(フォールンヒーロー)

 魂名:アキレウス

 所有スキル:

(才能系スキル)

 憤怒、闘争心、鉄壁、威力増大≪感情・大≫、英雄主義(ヒロイズム)、聖剣化、第六感、不屈の闘志、カリスマ、美貌≪中≫、強化魔法の才能、回復魔法の才能、剣術の才能、盾術の才能、音楽の才能、騎竜術

(技能系スキル)

 なし


 属性相性:火(B)、土(D)、水(D)、風(D)、光(S)、闇(E)


 鉄壁

 攻撃を受けたときのダメージが半減。


 英雄主義(ヒロイズム)

 英雄的行動を取る自身または味方の能力が上がる。対象に寄せられた期待や偉業達成への願いの強さに応じて効果が高くなる。


 聖剣化

 魔力のこもった物体を聖剣に変化させる。


 第六感

 直感的に物事の本質を見通せる。勘で行動した場合に、自身の有利になる選択肢を選ぶ確率が上がる。


 不屈の闘志

 ピンチに陥ったときに能力が上がる。


 カリスマ

 人々の信頼を得やすく、期待をかけられやすくなる。



「せっかくだから活躍して欲しいじゃん? 神話の英雄みたいにさ。でも、使徒には苦しんでもらう必要があるから、神話の中でアポロンが手を貸した者の名をつけるのは止めといたんだ。で、アキレウスにした」

 神話の中でアキレウスが死んだのは、アポロンが敵に手を貸したせいだ。プロメテウスには、その名を自分の使徒につける気持ちが分からない。


「苦しんでもらわなきゃいけないの? お気に入りなんでしょ?」

「君はもう気付いているだろ? 善良な魂に道を踏み外すような特性を付け加え、人間の弱さを証明する。善良な者でも、ちょっとした欠点だけでこうなるんだぞってね。全員とは言わないけど、そのために任命された悪徳の使徒もいる。僕もこっち側にいる以上は自陣営に貢献しないと」

 あっけらかんと言い放つ。憤怒の神らしからぬ穏やかな微笑を浮かべており、お気に入りの使徒が苦しむことについて心を痛めている様子はうかがえない。


「そんなことより、アキレウスとロー(マルドゥク)が仲良くなってしまっているんだが? あの使徒、何人もの使徒を堕落させているんだろ? アポロン、ローは私のお気に入りだ。堕落させないでくれ」


 アキレウスは守護神達の間では有名だった。色欲の神の使徒サキュバス1号と並んで、最も多くの使徒を堕落させている。


 彼は、基本的に勇者や勇者パーティの一員として、味方陣営の使徒と関わってくる。そのスキルで苦難に立ち向かう者に寄せられた期待を力に変え、勇者や英雄として活躍する使徒を助けてきた。そこで付いた称号が英雄製造機(ヒーローメーカー)


 憤怒の神の使徒であるため、怒ることはあるが、理不尽な怒りではなく、理不尽()()()()怒る。それは、虐げられた者への同情や真っ当な正義感から生じる怒りだ。

 しかし、溢れ出る憤怒に流され、報復の度が過ぎてしまうのだ。周囲の者達も彼の怒りへの共感から、激しい怒りに引きずられ、相手を憎悪し、苛烈な行動に走る。そんなことが続くうち、正義の戦いは、いつしか復讐心や嗜虐心を満たすためだけのものに変わっていく。

 その姿から付いた称号が堕天使ならぬ堕英雄だった。


 彼のような使徒の存在は、悪徳の使徒と手を取り合う作戦に反対する神が多い理由にもなっている。

 自身の使徒が胸躍る英雄譚の主人公になっている様子を守護神が温かい目で見守っていると、あれよあれよという間に堕ちていく。

 善なる魂の持つ正義感を利用して堕落させるような手口に、アキレウスの魂が善良であると信じる神は少ない。特に自分の使徒を堕落させられた神にとっては、羊の皮を被った狼にしか見えないようだ。


 ヘルメスは、悪徳の使徒には善良なる魂を持つ者もいると分かっていても、ローにアキレウスが近付くことは歓迎できなかった。


「そう言われても、使徒の行動を守護神が左右することってできないからね。諦めてくれ。――そうだ! あの使徒が堕落したら、ヘルメスも一緒に堕落しちゃいなよ。アキレウスが堕としちゃった(やっちゃった)ときは、勝利宣言じゃなく、勧誘に行くから」

「分かった」

「ヘルメス。分かった、じゃないよ。”ローを堕落させることなどできるものか! 返り討ちにしてくれる!”くらい言えないの?」


「ローは、もう悪徳の使徒を1人倒したんだ。見事に使命を果たした。あとは好きに生きればいい。堕落したくなったら堕落しても、私は責めない」

「なんてダメ守護神……」

 もはや両陣営の戦いよりも使徒個人をかわいがることを優先させているヘルメスに、思わず絶句するプロメテウス。


「あはは。ヘルメスのそういう自分の気持ちに正直なところ、好きだよ。僕も気持ち分かるし。僕の使徒は胸が熱くなる英雄譚を見せてくれる子が多くてさ、ついつい応援しちゃうんだ。お気に入りも多いから、いなくなったらと思うと寂しいね」

「……じゃあさ、アキレウスを倒せたら、アポロンはこっちの陣営に入る?」

「えー、どうしようかな? 納得のいく堕ちっぷりだったら考えるよ」

「――内なる悪徳に打ち克つのも、堕ちるっていうの……?」

「うん、僕達の側から見れば。あー、でも、堕落というよりは陥落かな?」


「おい。ローは危険に巻き込むなよ。マーリンだけにやらせろ」

「何もしなくても、ロー君は関わっていくよ。めちゃくちゃアキレウスに気に入られてるじゃん」


 視線の先には、町の城壁からスタンピード第1波が来ないか見ている一同。小さなアキレウス(クロード)は良く見えない様子だったため、ローが氷透鏡(レンズ)を用意して渡している。使いやすいように双眼鏡型だ。さらにマーリンに肩車をさせ、遠くまで見えるようになってご満悦だ。


「しかし、第1波来そうにないね。魔物がお行儀よく並んでて、パニックの様子はないし。今日は来ないな」

「明日も明後日も来なさそうだがな」

 予言の神でもあるアポロン、先読みができるヘルメス。それぞれが予測しても第1波が来るタイミングが分からない。

「そりゃそうだよ。これ、スタンピードじゃないから」

 あっさりと言うプロメテウス。

「あ、そうなの? でも、何か起きるよね? これで何も起きないとか、僕、怒るよ?」

「短気だね、アポロン。ロー君が惨事を予測してるんだから、何もない訳ないじゃん」

「おい。ローは大丈夫なんだろうな?」

 ローが予測した未来の中に片目を失明してしまう未来があったことが、気にかかるヘルメス。

「ロー君を信用しなって。未来は確定してないけど、危機に気付いてるんだから大ケガはしないようにするはずだよ。どれだけ被害を減らせるかは、この先の行動次第だけど」

 結局、守護神は見守るしかない。3人そろってモニターをのぞき込むのだった。


 しばらくすると、何も起きないモニターを見続けるのに飽き、アポロンはヘルメスに妹の純潔の神(アルテミス)の様子を聞き始めた。別々の陣営に分かれても、妹のことが気になるようだ。


「こっちの兄弟は仲が良さそうで良いな」


 アポロンとヘルメスに気付かれないように、プロメテウスが寂しげにポツリとつぶやいた。

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