第6話 クロード
毒殺未遂事件のあった翌日、朝早く目を覚ます。
同じ部屋では、綺麗な銀色に戻ったスプーンを握りしめたまま、クロード君が豪華なベッドでスヤスヤと幸せそうに寝ている。
実はスプーンには、自動浄化っていう潜在能力がついてて、毒や呪いを徐々に浄化して無害にする力がある。放っておいても5分位で元の色に戻ることを事前に説明したあったけど、スプーンに夢中で聞いてなかったみたいだ。
昨日の対策は、結局、失敗した。
クロード君は無事だし、実行犯は捕まったけど、どさくさに紛れてブリアン様がクロード君にスタンピードの激戦区を押し付ける未来は変わってくれなかった。
クロード君が毒を飲めば治療中に、勝手に話をまとめて事実上の総大将を押し付ける未来が見えていた。目利きで見破って毒を飲まないように止めた場合も、本当に毒入りだったか検分している間にこっそりと手回しして同じように押し付けられる。
だから、毒が入っていたことを一目で分かるようにしたんだけど……。
そこから先は、クロード君次第だった。犯人の処遇や、今後の対策を気にしてブリアン様の発言を待ち、その場に留まれば昨晩は普通の作戦会議で終わるはずだった。しかし、スプーンの変色が気になったクロード君はスプーンを洗うため退室してしまった。
そして、離席中なのを良いことに、ブリアン様は町の北半分はクロード君が、南は自分が受け持つと決めてしまった。
ミノタウロスの上位種が現れたのは北の平原だ。パニックになった魔物は北からやってくるはず。敵の大部分はクロード君が指揮する部隊が相手をする。普通なら正規の騎士がついてて補佐をしてくれるけど、彼らはすべてブリアン様の元にいる。
こんな小さな子に1人で重責を負わせたことが、惨憺たる未来に繋がっているんだろう。
悲惨な未来を覚悟して、先見の明を発動した。
あれ? 悪くなってない?
死者ゼロの未来は消えてない。
『マルドゥク、500人以上が死亡する未来は見たか? 私の見た未来は死者3人と、25人と、162人と、367人の4種類だ』
『僕が見たのはゼロ、18人、219人』
今回のスタンピードで動員される戦闘要員は、1000から1200位になる見込みらしい。昨日までは、その中で500人以上が死んでしまう未来が3つも見えていた。
確認しきれてない未来がないか何度か試したけど、この7パターンだけみたいだ。クロード君が実質的な総大将になったことで、死者数が減った?
『お前達の中でこの制服を着る者が増えるほど、被害が小さいようだったからな。お前が激戦区域に赴くことになる未来の方が良さそうだと思っていた。――昨晩の分岐はスプーンに青のラインがあるかどうかで変わるようだったから、意図的に込める魔力を増やしてみた』
『え、そうなの? でも、クロード君、まだこんなに小さいのに、大丈夫かな?』
『ここまで小さな子に大将をさせるのは、私も気が向かない。――が、私やフェンが激戦区域から離れていてはまずいだろう。スタンピードは、いかに素早く敵の数を減らせるかが重要だ。魔導師をできるだけ集めるのが定石。クロードはそこは理解していたのかもしれない』
ヘーゼルさんは僕の体を本が乗ったテーブルに向けさせた。本は3冊。タイトルは『魔物の危険な生態』、『古今戦術集』、『賢者外伝』。
クロード君が読むには難しそうな本が多い。ひょっとして、スタンピード対策のために勉強しようとしてたんだろうか。
『お前が寝てる間に見てみた。たぶん、文字は読めなかったんだろう。図解されてたり、挿し絵が入ってるところに栞が挟まっていた』
見てみると、『古今戦術集』の敵軍を偵察している絵や、過去の戦闘で伝令を走らせたタイミングを表にしたところ、『魔物の危険な生態』で魔物の大群を魔法で遠くから一掃している絵のところに栞が挟まっている。
守護騎士に求める条件は、この本で得た情報をもとにしてたんだろう。
そして、僕を任命するや、町で噂になっていた火魔法が得意な魔導師のスカウトを命じた。
『ブリアンの方はライバルの足を引っ張ることばかり考えている。自分を高めることを考えているクロードの方が、上手く周囲の協力を得られれば優秀かもしれん。貴族にしては素直に話を聞きそうだしな』
コンコンコン
ノックの音がして、メイドさんが入ってきた。
「まだ、クロード様はお休み中ね。マルドゥク君、私の名はアンナ。昨日のお手並みお見事でした。ありがとう。食事を手伝っていた私が疑われても不思議ではなかったから、助かったわ」
「お役に立てて良かったです」
「……ねぇ、君は逃げてもいいのよ? せっかく精霊と契約できたんでしょう? クロード様が北方担当になった以上、ブリアン様に付いた方が安全よ」
「そういうわけにもいかないんです。この町の南に僕の住む町があるから、スタンピードを食い止めないと生活に困ります。アンナさんはブリアン様に付くんですか?」
通訳できる人がいなくなるのは困る。無理強いはできないけど、できればそのままクロード君の側に仕えてて欲しい。
「いいえ。ブリアン様に仕えるのは、死んでも嫌。メイドは戦闘員ではないから、そこまで危険にはならないしね」
アンナさんはそう言うと、クロード君の方に視線を移した。ちょうど起きたみたいだ。
「あんにゃ、まるるく、おはよー。きょー、お出かけしゅる。どぉーんしゅるかも」
「”おはよう。今日は外出する。早ければ第1波が来るから、遠距離魔法攻撃の出番があるかもしれないぞ”とおっしゃっています。クロード様、その前に臨時守護騎士候補の面接をしないといけませんよ。護衛が3人未満では外出は危険です。そろそろ妥協して、人数を増やすことを考えませんと」
「……じゃあ、まるるくのにーたん、しゅごきしにしゅる」
「はい。今日、ここに来るように伝えておきました。是非、会ってみてください。それと、友達を2人推薦したいのです。できれば、その2人も」
これくらいなら、通訳がなくても分かる。兄ちゃん達には書置きで事情を伝えてあるから、断ったりしないはずだ。
「いーよ。まるるく、しゅぷんくれたから、わがままきいてあげりゅ」
「”よかろう。スプーンの礼だ。わがままを聞いてあげる……ことにしてマルドゥクの友達と会おう。楽しみだな”とおっしゃって――」
「メー!! じぇんぶいっちゃ、メなのー!!」
考えてたことを言い当てられちゃったみたいだ。アンナさん、わざと訳したのかな。この2人は思っている以上に仲が良いのかも。
ところで、第1波って何だろう。そんな疑問には、朝食の席でクロード君とアンナさんが答えてくれた。
スタンピードの予兆は、生息域から大きく離れた場所で魔物が見つかること。その後、ゴブリンとかウルフとかの比較的弱い魔物がある程度まとまった数で生息地を追い出され、近くの町や村を襲う。これが第1波。徐々に強さを増しながら、第2波、第3波と続いていき、最後にその生息域の魔物全部が追い出されるスタンピードの本番が訪れる。
スタンピードの規模が大きい程、波と波の間のインターバルが長いらしい。今回のスタンピードが小規模なら、予兆があった4月1日から5日後の今日が第1波の訪れる日になるそうだ。
その他にも色々話してくれた。例えば、ブリアン様との武勲勝負は、犠牲者の少なさと騎士による評価で争うそうだ。
……クロード君、圧倒的に不利じゃないか。激戦区を割り当てられたから、犠牲者は多くなりがちだし、騎士は皆ブリアン様の側についている。勝ち目がないと言ってもいいくらいだ。
それから、アンナさんは来年には結婚する予定だそうだ。相手は昨日、この公館の入り口にいた案内の騎士さんだって。
朝食後は守護騎士候補者の面接。次から次へとやってくる候補者を、クロード君は数秒で「むり」,「きらい」,「いや」と切り捨てていく。
10人やってきて1人も採用なし。アンナさんも頭を抱えている。ただ、10人のうち、まともに戦えそうな人は2人位しかいなかった。他の8人は普通のおばちゃんだったり、よぼよぼのおじいちゃんだったり、子供だったり。
どうやって候補者を選んでるんだろう。僕だって、強そうには見えないと思うんだけど、候補者になったし。
「クロードさまぁ。いい加減にしてくださいよ。候補者を探してくる騎士の苦労も考えてくださいよぉ。外に出れないまま第1波が来ても知りませんよ!」
案内の騎士さんも苦言を呈しているけど、クロード君が悪いわけじゃない気がする。
「まともな候補者を連れてこない方がいけないんです!」
「だって、守護騎士って普通は戦わないだろ? 戦場に出なくても問題にならなさそうな奴を探してるんだよ。前線に出る兵士を減らしたくないから」
なるほど。わざと弱そうな人を選んでるわけか。
「クロード様はそんな人を求めていないのです。いい加減に学んでください!」
口論になってはいるけど、2人は婚約中。じゃれ合ってるみたいで微笑ましく見えるから、クロード君と2人でニヤニヤしながら見守っている。
「はぁ。さっきの人で候補者は全部です。追加で声かけてきてもらいますから、待っててください。あ、子供が3人と昨日のその子の母親が来てたんで待ってもらってますけど、会います?」
「あう! まるるくのにーたんと、ともだち!」
なんだ。兄ちゃん達もう来てたのか。早く言ってくれたら良かったのに。
「ええと……、マルと同じ村の出身でギーラ=サーフィとモウシマス。こっち、じゃなくて、こちらは妹のプリシラ=サーフィ、とモウシマス。耳が聞こえず、声も出せないので、代わりにオレ、じゃなかった、ワタシがしゃべります!」
ギーラが頑張って敬語を使おうとしてるけど、めちゃくちゃぎこちない。プリシラは母さんに習ったのか、かわいらしくお辞儀をしていた。
問題は兄ちゃんだ。普通に挨拶してくれると思ったのに、クロード君を見て目を見開いたかと思うと、そのまま固まってしまった。
『兄ちゃん、どうしたの?』
『マル、このクロードって奴、気を付けろ。……なんていうか、その、すごく怒りっぽいかもしれない』
『――フェン、なんだそれは? いつからお前の鑑定は相手の性格まで分かるようになった?』
「まるるく、だっこ」
兄ちゃんと意思伝達で話してる間に、クロード君が抱っこを要求してきた。抱き上げると、兄ちゃんの顔に手を伸ばし――。
ぺちぺち。むぎゅ。ぎゅーん。
顔を手で叩き、それでも反応がなかったから、頬をつねって引っ張った!
「何すんだ! このガキ!」
「ふぇんちゃちゃむ。ふぇんちゃらちゃらむー。むちゅかしい。――けるたん、まるるくのにーたん? しゅごきし、してあげてもいーよ」
「あ? 俺は”けるたん”じゃねぇ。それに守護騎士になってください、だろ!?」
兄ちゃん、子供相手だよ……。兄ちゃんの方がよほど怒りっぽい。
クロード君も貴族。失礼な態度に怒り出してもおかしくないんだけど、反応が返ってきてむしろ楽しそうだ。
「えー。けるたん、じしんにゃいのぉ? とおくから、どぉーんしゅるだけやのに。まるるくは、できるのに」
「”えー。ケルちゃんは守護騎士になる自信がないのか? 遠方から範囲魔法攻撃するだけの簡単なお仕事なのに。弟のマルドゥクはできるのに、お兄ちゃんなのにできないんだー”とおっしゃっています」
アンナさんの訳には煽りが追加されている気がする。が、クロード君が満足気に訳を聞いてるから、言いたかったことは合ってるっぽい。
『ぷっ。おい、フェン。玩具にされてんぞ。この子、本当に師匠の血を引いてるかもな!』
ヘーゼルさんが水の賢者だったことはもうギーラ達も知ってる。ラティーフ家のこともマチルドさんに聞いてきたみたいだ。
『うむ。フェンを見たら遊ぶ。私の遺伝子に深く刻み込まれているのかもしれないな』
『直系じゃないだろうが! それに、他にもっと遺すべき情報あるだろ!? この子、水属性相性Dだぞ?』
Dってことは普通よりもやや苦手ってことだ。
『兄ちゃん、クロード君の能力が低いから固まっちゃったの?』
てっきり、すごいスキルを持ってたから固まったんだと思ってた。
『いや、こいつの能力は高いよ。信じられないくらいだ。光属性はSだし、とんでもないスキルも持ってる。英雄主義、聖剣化、第六感に不屈の闘志なんて、そうそうお目にかかれるもんじゃない。他にも剣術の才能とかのスキルもあるし』
クロード君はめちゃくちゃ優秀らしい。




