第5話 家督争い
「”我はクロード・ヴィクトル・ルシアン=ラティーフなり。汝を守護騎士に任命する。名を申すがよい”とおっしゃっています」
なるほど。メイドさん、ナイス通訳だ。
「私の名は、マルドゥク=サラーム。お目にかかれて光栄でございます。クロード・ヴィクトル・ルシアン=ラティーフ様」
サッと跪き、名乗る。ちなみに僕じゃなくて今はヘーゼルさんが動いている。貴族相手の礼儀作法は母さんが教えてくれたけど、実際に見ないとよく分からなかったから。
『……そのうち、貴族社会のマナーも修業に組み込むからな』
はい。ごめんなさい。よく考えたら、僕はともかくヘーゼルさんが頭を下げる相手じゃないよね。
『別にそんなことは気にしてない。面倒ごとを避けられるなら、いくらでも頭くらい下げるさ。ただ、この先も貴族を相手にすることがあるだろうから、ちゃんと見て覚えておけ』
『はーい』
貴族相手の商売とか儲かりそうだしね。ちゃんと覚えよう。
「まるるく=ちゃらーむ。よち、おぼえた!――くろーろれいい。うしろのふたりも、なをもーしぇ」
「”クロードだけで良い、後ろの2人も名を申せ”とおっしゃっています」
「マルドゥクの母、マルゴー=サラームにございます。クロード様」
母さんが名乗り、優雅にお辞儀をした。さすが元お嬢様だ。
「アルマン=ハヤワーンでございます。しがない羊飼いでございますゆえ、ご無礼は平にご容赦を」
おじいさんも続けて名乗る。でも、クロード君は首をかしげ、ちょっぴり不満そうだ。
本来はクロード様って呼ばないといけないんだろうけど、クロード君の方がしっくりくる。心の中では君付けで呼ぼう。
「まるまん。しゅごきし、むり。ごめんなちゃい」
「”アルマン=ハヤワーン殿。此度の作戦における守護騎士に求められる条件を貴殿は満たしていない。すまないが、通常の兵役についていただきたい”とおっしゃっています」
……これは、通訳しなくても大体分かったかも。色々付け加えて通訳してるけど、合ってるのかな。
守護騎士は安全な役目らしいから、おじいさんも守護騎士になれた方がいいんだろうか。
「ぷっ。守護騎士に求められる条件って。ただの遊び相手だろ?」
案内の騎士さんがメイドさんに小声で問いかけているのが聞こえた。声、抑えてるつもりなんだろうけど、結構普通に聞きとれるボリュームだな。
「あしょび、ちやうの! しぇーふくきて、てーしゃつしたり、でんれーしたり、いっきうちしたりしゅるの!!」
クロード君にも聞こえてしまっていて、怒りだした。本当に守護騎士に求める条件っていうのがあったみたいだ。何て言ったのか全然分からないけど。
メイドさんを見ると、片手を頭に当てて首を横に振っている。
僕達がメイドさんに通訳を求める視線を送っているのに気が付くと、軽くため息をつきながら答えてくれた。
「クロード様は、緊急時の臨時守護騎士といえど、作戦行動を補佐するために手足となって動くことを期待しておいでです。御身を守るためにそばにいるだけでは足りません。騎士見習の制服を貸与いたしますので、敵戦力を調査するための偵察、作戦内容を伝えるための伝令、スタンピードの原因となった魔物との一騎討などもこなしてもらう可能性があります。ご高齢のアルマン殿には、難しいかと。――サイズの合う制服もありませんし」
最後の言葉が本音ってわけじゃないよね? 僕のことは任命するつもりみたいだけど、子供用サイズはあるの?
そう思って視線を送ると、部屋の端を向いて目配せしてきた。
先見の明で見た青地に銀の縁取りの制服がハンガーにかかっていた。小さいサイズが圧倒的に多い。
「マルドゥク、騎士は主に下級貴族の子弟の職業なんだけど、幼い頃から成人するまで見習いで、成人と同時に正式な騎士になることが多いの。だから、見習い用の制服は子供サイズが多いんじゃないかしら」
母さんが小声で解説してくれた。なるほど。
女性や小柄な男性なら着れそうなサイズの制服もあるけど、やや大柄なおじいさんが着れるサイズはなさそうだ。
それに、本気で一騎討とかするんだとしたら、おじいさんは守護騎士にならない方がいいのかも。
スタンピードで一騎討は普通はしない。ただ、上手く魔物の大群を捌き、原因になった魔物と精鋭部隊がぶつかるように仕向けることがこの現象を迅速に収めるコツらしい。
精鋭部隊が用意できなくて、エースを1人でぶつける場合は一騎討と言えなくもない。当然、その場合にエースにかかる負担は大きい。
「承知しました。では、この老いぼれは去ると致しましょう。クロード様とその守護騎士のご武運をお祈り申し上げます」
一応、先見の明で見ようとしたけど、そもそもおじいさんが守護騎士になる未来はないようだ。クロード君、頑固そうだもんなぁ。
「まるごは、しゅごきし、なりたい? あと、まるるく。けりゅべろしゅふれーみゅのふぇん、しってゆ? あってみたいの。しゃがして」
「”マルゴー殿が守護騎士になるかどうかは、ご自身の判断にお任せしよう。それから、マルドゥク。三頭番犬業火のフェンなる人物に心当たりはないか? 初仕事として捜索を命じる”とおっしゃっています」
「ご配慮、感謝いたします。お返事は、明後日までお待ちくださいませ。相談しなければならない相手もおりますので」
母さんは返事を保留にした。父さんとも相談しなきゃいけないもんね。
そして、引き受けるとも言ってないのに初仕事を振られてしまった。
”ケルベロスフレイムのフェン”って、ひょっとして兄ちゃんのこと? それとも別人? ケルベロスフレイムっていうのに聞き覚えがないから、よく分からない。
「私の兄がフェンサー=サラームと申しまして、火魔法を得意としております。ケルベロスフレイムのフェンというのが、兄を指しているかどうかは分かりかねますが、強力な魔法を放てる魔導士をお探しであれば、お役に立つかと」
ヘーゼルさんは気にせず、兄ちゃんを推すことにしたらしい。僕にも異存はない。
もしかしたら、クロード君の守護騎士がちゃんと役割を果たすことがカギになってるのかもしれないし。
「とおくにどぉーんできれば、いーよ。やく、たつなら、ちゅれてきて。しゅごきし、たりにゃいの」
「”求める役目は魔法による遠方からの範囲攻撃。それがこなせるなら歓迎しよう。他にも役立つ者に心当たりがあるなら、連れてくるがよい。守護騎士の人員は不足しているからな”とおっしゃっています」
そこまで言ってるかな? 兄ちゃん以外にも本当に連れてきていいの? ギーラとプリシラ、連れてきちゃうよ?
しかし、クロード君はうんうんとうなずいている。言いたかったことをちゃんと伝えてるらしい。すごいな、このメイドさん。
「魔法による遠距離攻撃でしたら、私も自信がございます。機会があればお目にかけましょう」
ヘーゼルさん、何で兄ちゃんと張り合ってるの……?
「ふふっ。わかりゅ。わかりゅよ、まるるく! くろーろも、にーたんにかちたいの。がんばろーね」
クロード君は、にぱぁっと満面の笑みを浮かべている。
かわいいなぁ。ヘーゼルさんも『なんだか、甥っ子でも相手にしてるような気分になるな』なんて言ってる。
「このスタンピード対策には、クロード様の兄上、ブリアン様も参加されていて、どちらがより多くの武勲を上げるか、兄弟での勝負にもなっております。――クロード様は活躍して認めてもらいたいのです。ちょっと無茶を言うかもしれませんが、耐えてください。普通に戦わされるよりは安全なはずですから」
後半の言葉は、母さんの耳元に口を寄せてささやくようにして教えてくれた。
「まるるく、じゅんびありゅよね。しぇーふく、えりゃんで。きょーのゆうがたにごーりゅーね」
「”マルドゥク、準備もあることだろう。サイズの合う制服を選べ。一旦解散だ。今日の夕方に改めてここに来るように。その後は泊まり込みで警備を任す”とおっしゃっています。ところで、青い服を着ていますが、あの制服は着られますか? 銀の布でパイピングがされていますから、光属性も扱えないと着られないのですが」
役所でもらったプレートを見せて納得してもらい、制服を受け取った。
ここまでは上手くいってるかな?
◇
夕方になって公館に戻り、クロード君と再会。作戦会議も兼ねた夕食の場に同行する。場所は公館の1階食堂だった。騎士の食事は主人が食べ終わった後になるらしいから、この場ではただ食事を見ているだけだ。普通なら。
先見の明を使ってみたら、今日の夕食でちょっとした事件が起きることが分かった。
対策のために奔走し、何とか間に合わせることができた。
席についているのは、ブリアン様、クロード君、町長さん、冒険者ギルドマスターさん、警備隊長さんの5人。後ろにそれぞれのお付きの騎士やら、メイドさんやら、冒険者やらが控えている。
クロード君の手には、僕が贈った銀色のスプーンが握られている。
対策っていうのは、このスプーン。
銀を含む銀牙虎の牙を使って、この町にいる目利き持ちの鍛冶職人さんに手伝ってもらい、大急ぎで作ったものだ。普通の作り方では間に合わないから、魔力を大量に混ぜ込み、強引に成形した。
魔力と反応して魔導銀になってしまったから、別のものに作り直したりする加工は難しくなってしまった。いっぺんに魔力を通した残りの銀もだ。……プリシラへの誕生日プレゼントの材料にするつもりだったんだけどなぁ。惜しいけど仕方ない。
金属の加工は初めてだったから、デサインはシンプル。柄の中央に青い線が一本入っているだけ。中央はヘーゼルさんの魔力が特に多く混ぜ込まれたから、自然と青みを帯びた色になっただけで、狙ってやったことじゃない。
でも、クロード君にとってはそこがお気に入りポイントみたいだ。「あおとぎん! へーじぇるのいろ!」だそうだ。
銀の食器は毒に反応して色が変わるため、貴族社会ではよく使われている。実際、ブリアン様の前には銀のナイフ、フォーク、スプーンとフルセットで並べられている。
クロード君は、跡を継ぐ可能性が低いから用意してもらえなかったらしい。
宿屋で、マチルドさんにラティーフ伯爵家のことを聞いた。クロード君の母親は、奴隷として買われた白だったらしい。普通は平民として放逐されるそうだけど、水の賢者によく似た顔立ちをしていたから、伯爵家の末席に名を連ねることになった。
平時なら、血筋や生まれた順番で誰が跡継ぎか決まってくる。
でも、事件が起きれば、人心を掌握しやすくなる要素が無視できなくなる。特にラティーフ伯爵家では、その傾向が強い。どれだけ水の賢者に似ているか。それが家督相続の支配的な判断要素となったことも何度かあるようだ。
ここにいるブリアン様は、焦げ茶色の髪とオレンジ色の瞳で、顔にはいくつものニキビの跡。不細工なわけじゃないけど、水の賢者には似ていない。年は16歳で次男。母親は正妻。何もなければ第2夫人が生んだ長男かブリアン様のどちらかが家督を継ぐ。
そう思われていたところに現れたクロード君は、繊細で美しい水の賢者に似た少年。
他の兄弟にとって、クロード君は末っ子であっても油断のできないライバルなんだろう。
今日、これから起こるクロード君毒殺未遂の黒幕がブリアン様かどうかは分からない。でも、先見の明で見たその後の言動から、ブリアン様はクロード君を邪魔だと思っていること、このスタンピードで家督争いから脱落することを願っていることはうかがえた。
「まるるく! しゅぷん、くろくなったった!」
スープを掬おうとして、スプーンが変色したことを告げるクロード君。
素早く、周囲に目を走らせる。町長さんのお付きの侍女がこっそりと部屋から逃げ出そうとするのが目に付いた。出口を塞ぐようにドアの前に立つ。
「どちらに行かれるのですか? クロード様のスープに毒が入れられていたようなのです。皆様、この場所に留まって捜査に――」
言い終わるよりも先にナイフを手に襲いかかってくる。ナイフには毒が塗られているのか、暗い紫色に光っている。
大立回りをするスペースはない。ナイフを持った手ごとまとめて、氷で包んで制圧する。動かなくなった右手に驚いているところを、警備隊長のお付きの人が拘束してくれた。
あとは、この後の展開次第で、この先の未来が分岐する。具体的にはブリアン様とクロード君のどちらが先に口を開くか。事態の収拾を付けるために、ブリアン様が発言するのを待っていると――。
「まるるく。しゅぷん、また、きれーになりゅ?」
泣きそうな顔で見つめてくるクロード君。毒を盛った犯人よりも、家督争いよりも、黒く変色してしまったスプーンが綺麗な銀色に戻るかどうかの方が重要みたいだ。




