第4話 守護騎士
ラプに跨り、町に向けて出発する。母さんと兄ちゃん、コルさんにコルさんのおじいさんも一緒だ。
コルさんとおじいさんはラプに牽いてもらってる車に乗ってもらってる。ラプには何度か往復してもらって、村の人達の足になってもらうことにした。主人として認識されてる誰かが御者をしないといけないから、今日は町に着いたら兄ちゃんが昼過ぎ頃に村に引き返し、ギーラ達一家を乗せてまた町に移動する。
まだ、スタンピードの予兆があったって知らせを受け取ってから3日目。
こんなに早く移動することにしたのは、先見の明での予測を見てのことだ。
数十の未来に分岐しているみたいで、ヘーゼルさんに手伝ってもらってもすべての未来を把握することはできなかった。
それでも、出発が遅れれば遅れるほど、死者の数が増えていく傾向にあることはつかめた。どういう過程を経てそういう結末に至るのかは見られなかったけど、多くの戦力を早く集めることが重要というよりも、僕が早い段階で町にいる必要があるみたいだった。
しっかり準備を整えてから出発するつもりだったから、先見の明で最初に見えた未来は最悪のものだった。
1番酷い未来では、累々と死体が折り重なって、一体どれだけの死者が出たのか把握できない程だった。
左足の膝から下がなくなってしまっているギーラに兄ちゃんが肩を貸して歩く。兄ちゃんも負傷しているのか、お腹の辺りが血で真っ赤に染まっている。僕は右目を負傷したのか、左目だけを開いて、死体の間を歩いて知っている顔を探し回る。
マチルドさん、ジルさん、母さん、父さんの亡骸を順に見つけ、最後にうつ伏せに倒れているプリシラを見つける。急いで抱き起して治療を試みても、意識が戻らないまま息を引き取ってしまう。
そんな悲しすぎる未来。
家族で和やかに話せるようになって、どこか気が抜けてた僕の目を醒ますには十分過ぎる光景だった。
このスタンピードは舐めてかかってはいけない。選択を誤れば、多くの人が死ぬ。
チラリと後ろを見やる。
おじいさんと楽しそうに話すコルさん。先払いだと言って、必要な作業は指示した上でバイト代はもう渡してある。1人分の戦闘義務免除に必要な分だけ。
コルさんは知らない。おじいさんが、そのお金を自分ではなくコルさんの戦闘義務を免除するのに使ってしまうことを。そして、高確率で今日がおじいさんと過ごす最後の日になってしまうことを。
今日到着する場合、10の未来に分岐していた。その未来の中でおじいさんが生きて村に帰れるのは、たった1つだけ。計算機によると生還率8%だそうだ。それでも、他のタイミングで僕が村に到着すると、生還率がゼロになるんだから、まだましだ。
2人分の戦闘義務免除ができるお金を渡すと仮定した予測でも、結果は同じだった。おじいさんは、孫を守るためなら戦いたいのかもしれない。余分にお金を渡したところで、これからコルさんが生きていくためのお金として取っておくだけなんだろう。
そして、僕の真後ろで一緒にラプに跨る母さん。
招集期限ギリギリで僕が町に着いたとしたら、母さんも死んでしまう。救いは、今日、僕が町に着いた場合は、死んでしまう確率が大きく下がること。それでも、生還率は70%だ。確実じゃない。
「マルドゥク、どうしたの? よそ見してると危ないわ」
「はーい。早くあの青いローブが着たいなと思って。真っ白な服、飽きちゃった」
正面に向き直りながら、平静を装う。
母さんに、今日すぐに町に行きたいと説得するのは簡単だった。母さんがくれたローブを青く染めたから、早く着たいとせがんだ。ちゃんと精霊術が使えることを役所で確認してもらってからじゃないと、正式に精霊術師として認めてもらえない。でも、村には確認をしてもらえる役人さんは常駐していない。だから、早く町に行きたい。そう言って説得した。
それと、ヘーゼルさんが父さんと母さんに直接言ってくれた。「僕と契約してくれた精霊さんは、ヘーゼルさんなんだよ」って言ったときは全然信じてくれなかったけど、ヘーゼルさんに体の制御を渡して目の前で氷の宮殿を作ってもらったら、さすがに信じるしかなかったみたいだ。
ギーラとプリシラの両親も死んでしまう確率が高かった。僕が今日か明日に到着しないと、生き残る可能性がゼロになってしまう。
だいぶ飛ばしてるから乗り心地は悪いだろうけど、何かあったときのために、この人達は目の届く範囲にいて欲しい。
騎竜術がラプにも有効で良かった。かなりのスピードを出してくれている。まだ、11時くらいだと思うけど、もうすぐ町に着く。
町に入って、即座に役所に向かう。戦闘員・非戦闘員の登録、そして僕の精霊術師認定。これらはすべて役所で手続きが必要だ。
戦闘員登録は、役所の外にテントが出ていた。臨時で窓口を増やしてるみたいだ。列が長く伸びていたから、兄ちゃんとコルさんに並んでおいてもらう。
おじいさんは戦闘義務免除の手続きに、僕は母さんと一緒に精霊術師の認定を受けに役所の中に入る。
おじいさんの方は結構長い列になってたけど、パーティションで区切られた白関係の手続き窓口は誰も並んでいない。
「その年齢で、精霊と契約できたって? 珍しいねぇ。長いこと務めてるけど、精霊術師の認定は初めてだよ」
窓口のおじさんに用件を伝えたら、こんなことを言われた。
それもそうか。精霊術師になれる確率は低い。それに、大半はアブヤドに行ってから精霊術師になるんだろうから、他の場所では認定をすることなんて滅多になくても不思議じゃない。
認定に必要なことをマニュアルを見ておじさんが調べている間に、仕切りの向こうが騒がしくなった。気になって覗いてみると、青い制服を着た人達が、コルさんのおじいさんに何か言っていた。
『ラティーフ伯の騎士だな』
『ラティーフ伯? ヘーゼルさんの関係者?』
『関係があるかどうかは微妙なところだ。この地方を治める貴族だから、スタンピード対策で騎士を派遣したんだろう。わざわざ高齢者に声をかける意味は分からないが』
水の賢者の死後、闇の賢者がこの地の民を冷遇したせいで暴動が起きそうになったことがあったらしい。その不満を抑えるために、水の賢者と容姿が似てる女性を見つけ出し、水の賢者の姉だと触れ回ってその息子をこの地方を治める伯爵にしたんだそうだ。
お姉さんはいたはずだけど、本物だったのかはヘーゼルさんには分からない。それで、関係があるかは微妙としか言いようがないそうだ。
そんなことを話しながら、様子をうかがっていたら、騎士の1人と目が合った。
「おい。あの子、ちょうどいいんじゃないか? ――そこの白、戦闘には参加予定か?」
周りに僕の他に白がいないことを確認してから、返事をする。
「はい。参加の予定です。何か御用でしょうか?」
僕が到着するタイミングで結果が変わるってことは、僕が早く来た場合に僕がらみで何か良い結果につながることが起きるか、遅く来た場合に悪い結果につながることが起きるってことだろう。
この騎士さんとの出会いがカギになっている可能性もある。
「では、戦闘員登録の手続きが済み次第、役所を出て通りを挟んで向かいの建物の2階に行きなさい。そのときにこの書状を見せるように」
言うだけ言って、騎士さんはさっさと出て行ってしまった。渡された書状には「臨時守護騎士推薦状」と書かれている。
おじいさんも同じ書状を渡されたようだ。役所の向かいは今は対策本部が置かれてる公館だったはず。ますます、重要イベントっぽい。
「マルドゥク、良かったわね。こういうときの貴族の守護騎士は割と安全な場所での仕事なのよ。母さんが今日は一緒に付いて行ってあげるからね。貴族相手のときに気を付けなきゃいけないマナーとかは後で教えてあげるわ」
「うん。ありがとう、母さん」
精霊術師の認定は結構すんなり終わった。全属性使えると言ったけど、信じてもらえなかった。本当だとしても、今この町で認定を出すわけにはいかないそうだ。とりあえず、水と光だけ認定してもらい、金属のプレートを受け取る。身分証にもなっているらしく、プレートはなくさないようにと注意を受けた。
水と光にしたのは、犠牲者が少ない未来では青地に銀の縁取りがされた服を僕が着ていたからだ。たった1つだけ見ることができた死者ゼロの未来では、僕だけじゃなく兄ちゃんに、ギーラ、プリシラに母さんまでその服を着てた。
そういえば、あの服はさっきの騎士さん達が着ていた制服に似てた。もう少しシンプルな感じだったけど、どちらもベースはこの町にあるヘーゼルさんの石像が着てる服だと思う。
役所の中であったことを兄ちゃんに話すと、心配だからついていくと言い出した。けど、兄ちゃんにはコルさんを村に送り返し、ギーラとプリシラを連れてくるっていう役目がある。
おじいさんがコルさんに村に帰るように告げたとき、コルさんは納得せずにおじいさんに考え直すようにと縋りついた。そんなコルさんにおじいさんは当て身を食らわせて、気絶させた。
時間をかけていると目覚めてしまうから、急いで村に連れ帰って欲しいとおじいさんに頼み込まれて、兄ちゃんは渋々ながら村に引き返していった。
そんなわけで、僕と母さんに、おじいさんの3人で公館を訪れた。僕はさっそく青いローブを羽織っている。精霊術師だと思ってもらえた方が、あの制服を着れる未来につながりやすいはずだ。
公館は3階建てのかなり立派な建物だ。僕達の家の5倍くらいの広さがあるんじゃないだろうか。
入り口に立っていた騎士さんに書状を見せると、2階の東側1番奥の部屋に案内してくれた。母さんも保護者としてついて来ていいみたいだ。
「いーーーーやーーーー! やーー!! きらいーー!!」
騎士さんが、ノックをして扉を開けた瞬間、子供がぐずる声が大音量で聞こえた。
部屋の中には、壮年の魔導士と小さな子供。大声を上げているのは、もちろん子供の方だ。仕立ての良さそうな綺麗な服を着ていて、淡い金髪に青い瞳の整った顔をした男の子だ。悲しくて泣き喚いているのではなく、怒りを全身で表現しているようだ。
壮年の魔導士の方は、こちらに背を向けているから顔は見えないけど……。兄ちゃんの魔力を意図的に暴走させた魔法塾の講師に見える。
騎士さんは「またダメだったか」とつぶやく。どうやら何度も繰り返されている光景のようだ。
「クロード様はあなたを守護騎士に任命する気はないとおっしゃっています。ご足労いただいたのに、申し訳ございませんが、お引き取り下さい。兵士としてご活躍されることを期待しております」
男の子の側に控えていたメイドさんがそう言って、壮年魔導士を出口へと誘った。
やはりあの魔法塾講師だ。扉に向かって振り返ったから顔が見えた。扉のすぐそばに立っていた僕とおじいさんを見やると、「こんな年寄りや白の子供よりは私の方が――」と言って振り返ろうとしたが、メイドさんに背中を押されて追い出されていた。
追い出された魔導師は放っておいて、男の子の方を見ると目があった。
案内の騎士さんが歩み出て男の子に何か言おうとしたけど、それより早く男の子がこっちに向かって駆け出した。
そして、コケて倒れ掛かる。
ダッシュで近付いて支えた。思わず駆けつけたけど、床にはフカフカの絨毯が敷かれているから転んでもケガはしなさそうだ。タラリアまで使って助けなくても良かったかもしれない。
近くで見るとホントに小さな子だ。2歳くらいかな?
そして、顔立ちが水の賢者の石像に似ている。この子がラティーフ伯爵の子供だとしたら、闇の賢者は本物のヘーゼルさんのお姉さんを見つけ出したんじゃないだろうか。
「かみ、キラキラ……。ぎんいろ?」
舌ったらずの声を男の子が発した。
「大丈夫?」
声をかけたら、ハッとしたように僕から離れて胸を張り、言った。
「われは、くろーろ、びくとりゅ、……えっと、るしあん、らちーふ。しゅごきし、にんめいしゅる。なをもーしぇ」
えーと? どうしよう。なんて言ってるか分からない。




