第3話 大切な人
『え!? 僕に太陽になれって? 誰もそんなこと言わないよ』
ヘーゼルさんは、水の賢者さんのことを甘っちょろいとか言ってたけど、世界を救うための自分なりの答えとそれを成し遂げうる力を持っていた。
僕みたいなただの子供とは比較にならない。
『仮定の話だ。どう答えても本契約を破棄したりしないから、安心して思うままに答えてみろ』
『なりたくないな』
話の流れからすると、太陽って救世主とか指導者とかを指してるはず。
頼まれたからってなる気はない。店主だったら、喜んでなるけど。
『無茶なわがままでも聞いてやりたいと思う相手の願いでも、か?』
それって、水の賢者さんにとってのアヴリーヌさんってことだよね。
自然とプリシラの顔が思い浮かんだ。
僕の価値を認めてくれ、希望を見つけさせてくれ、寂しさを埋めてくれた人。
『ほー』
かすかにからかうような調子。
『あ、ええと。そういう意味じゃないよ?』
『ふーん。どんな意味じゃないんだ?』
『結婚したいとかじゃなくて。いつも支えてもらってるから、お返しがしたいっていうか』
『――大切な人として真っ先に思い浮かぶ割に無自覚か。まぁ、まだ子供だしな。楽しみは、将来その気持ちの正体に気付いたときに取っておくか』
よく分からないけど、ヘーゼルさんは1人で納得していた。
『で、プリシラに頼まれたら?』
促されて、改めて考えてみる。
プリシラからの頼み事は、目的が大体はっきりしてる。例えば、冒険者になりたいから弓を作って欲しいとか。
プリシラが太陽になって欲しいなんて頼むとしたら、昨日みたいな感じだろうか。ただ助かるだけじゃなく納得できる未来を見つけて欲しい、そう昨日は言われた――。
昨日のことを思い出したら、すんなりと答えが出た気がした。
『ならないよ』
『そうか。理由は?』
『太陽になった先の理想があるはずなんだ。その理想を叶えるための選択肢をまずは探す。他にもっと良い選択肢があるかもしれない。まずは、それを考えるよ』
大切な人の想いを受け止めたいっていうだけじゃなくて、水の賢者さんもそのとき最善と思える選択肢として王になることを選んだんだと思う。僕も、まずはあらゆる選択肢を考えてみるべきだろう。
『たぶん、もっと良い未来を見つけ出せると思うんだ』
僕がトップに立つのが最善の選択だ、なんて結論には早々ならないだろう。幸い、僕には先見の明もあることだし、意外な答えを見つけられる可能性だってある。昨日はそういうところを頼りにしてもらえたわけだし、僕に求められている役割は道を探すことだろう。
『もし、もっと良い未来が見つからなかったら?』
もしも、考えつく選択をすべて検討した上でも僕が太陽になる以外に納得のいく未来を見つけ出せなかったとしたら。そのときは――。
『他の未来が許容できないなら、覚悟を決めるしかないね』
そんなことにはならないと思うけど、と小さく付け加えた。
『なるほど。納得した。――ところで、まだ気づいてなさそうだから言っておくが、水の賢者は私だから』
『ふぇっ!? え? は? またまたー。だってヘーゼルさんは精霊さんでしょ? 水の賢者さんは人間なんだから――』
『ブリュノは元人間だっただろ?』
急なカミングアウトに動揺してしまう。
確かにブリュノさんは元人間で村に住んでたこともあるみたいだった。そして、同じように木に宿っていた。ということは、ヘーゼルさんも元人間であってもおかしくない、の?
え、でも。ヘーゼルさんは精霊さんで、精霊さんと契約したから僕は精霊術師になったはず。でも、ヘーゼルさんは水の賢者さんで元人間だとしたら、僕は一体何!?
『落ち着け。今までのことをよーく思い出してみろ。私が水の賢者だとすると、すっきり説明が付くこともあるだろう?』
思い返してみれば、父さんはヘーゼルさんと水の賢者さんを同一人物だって前提で話していた気がする。マチルドさんは水の賢者さんのファンらしいけど、手紙でヘーゼルさんの動向をめちゃくちゃ気にしていた。
それに、ヘーゼルさんの語った話は一般には知られていない話だという。氷像を見返してみるとアヴリーヌさんの氷像はやたらとリアルで、まるで見てきたかのようだ。賢者さん達はともかく、彼女はそんなに有名でもなさそうだったのに。
ふと、賢者会議の時の氷像を見て気付く。アヴリーヌさんの氷像は髪の毛の1本1本まで再現してるんじゃないかと思うほど丁寧に作りこまれているのに、他はそうでもない。
風の賢者さんなんて、目とか口とか省略されてて、ショートヘアの小柄な女性、というくらいしか分からない。地の賢者さんと闇の賢者さんは目鼻立ちは分かるけど、表情まで作り込まれておらず、無表情。
ただ、光の賢者さんの表情は憂いと焦りが見えるし、火の賢者さんは無遠慮な視線を送りつつ、にやついた口元が「まったく、見せつけてくれちゃって」とでも言いたげだ。アヴリーヌさんと比べると、作り込まれてないけれど。
水の賢者さんにとって、鮮明に記憶に刻まれた大切な人であればあるほど詳細に再現されている。氷像のそんな特徴に気付いたら、ヘーゼルさんが水の賢者さんなんだと素直に納得できた。
『納得したようだな。精霊術師と言われている者達は、今のお前と変わらない。元人間が憑依しているだけだ。お前は、それに加えて、魔法とは別の術を使えるんだ。精霊術師だと胸を張って言って構わないはずだ』
昨日はハンノキの木刀なしでも精霊さんに呼び掛けて術を使えた。魔法を教えてもらった今なら分かる。あれは、体内の魔力ではなく、周囲の魔力を使って行使している。魔法とは別の術だ。あれが精霊術なんだろう。
でも、それ以上に気になることがある。
『あの、ヘーゼルさん。契約相手は本当に僕で良かったの?』
『今までに憑依した白の中で、お前の体が1番力を振るいやすい。だから、まったく問題ない。――念を押しておくが、足手まといになりそうだからサヨウナラ、とか言うのは禁止だからな』
うっ。歴史に名を残し、今でも慕われている人と契約したんだと知って、内心恐れおののいていたら、釘を刺されてしまった。
そうだよなぁ。僕には無理ですって言って去っていったら、アヴリーヌさんのことを思い出させてしまいそうだ。
かといって力になれそうなことも思い浮かばないし、ヘーゼルさんがどうしたいのかも知らない。僕はどうしたらいいんだろう。
『色んな土地を回ったときに、上手く育ちそうな植物の種を持っていたら、蒔いておいてくれ。――あとは、住み心地をよくするために、肉体改造かな?』
『へ?』
前半の言葉で、今でもアヴリーヌさんが望んだ美しい世界にするために行動してるんだと思って、ちょっと感動してたら、後半に不穏なセリフ。
肉体改造って何するつもり!?
『なーに。ちょっと魔力を練って、体と魔力の馴染みを良くするだけだ。魔力効率も上がるから覚えておくといいぞ。ついでに、体内の水分バランスが整って、肌はモチモチ、髪はつやつやサラサラになる。良かったな! カッコよくなってプリシラの興味を引けるかもしれないぞ?』
完全にいたずらしようとしてる時の口調だ。
絶対に何か企んでる!
そう思ったけど、自分の体内にいる相手から逃げる手段なんてない。
体内を巡る魔力が勢いよく、ぐりゅんと練り上げられた。つられて内臓とか血まで動いたような気がした。
「ギャーーーーーーーーーー!!」
急に体を襲う異変に、思わず声を上げる。
なにこれ。全身の筋肉が一瞬こわばり、練り上げられる魔力の動きを抑えようとする。体内にいる敵と自分の体が戦っているみたいだ。
一瞬で終わったけど、ものすごい疲労感が残った。
『慣れないうちはめちゃくちゃ疲れる。まぁ、毎日やってればすぐに慣れるから、安心しろ』
毎日やる気!? 微塵も嬉しくない宣言をされてしまった。
悲鳴を聞きつけてドンドンと扉を叩く音が聞こえる。兄ちゃんと父さんみたいだ。
ふらふらになりながらも、扉を開いて外に出る。倒れ込む僕を兄ちゃんが受け止めてくれた。
「どうした!? マル、大丈夫か!?」
「ヘーゼルさんが魔力を練り上げたら……、ものすごーく疲れた」
疲れすぎてて、あんまり話したくない。やたら雑な説明になってしまったけど、ともかく今は眠りたい。
「魔力を練り上げるとどうなるんだ?」
「肌はモチモチ、髪はサラつや」
「……メインの効果は?」
「ヘーゼルさんの住み心地が良くなる」
眠気と戦いながら、何とか質問に答える。疲れすぎてて頭があんまり働かない。
『うーん、ちょっと早すぎたか? 明日からは寝る直前にやることにするか』
ヘーゼルさんのつぶやきが聞こえる。ニュアンス的に気遣ってくれてるっぽい気がする。
うん、そうして……。
「マルドゥク、よく分からないが、体に異常はないか? どこか苦しいところは?」
兄ちゃん以上に状況が分からないであろう父さんが話しかけてくる。
「眠い」
「そうか。父さんがベッドまで運んでやるからな。もう寝てていいぞ」
父さんの優しい言葉に甘えて、抱き上げられて宙に浮くのを感じながら、眠りに落ちる。
こんなふうに父さんに抱きかかえられたまま眠れるなんて、昨日まではあり得なかったから、幸せな気分で眠れた。
◇
目覚めるともう朝になっていて、疲れはすっきり取れていた。筋肉痛であちこち痛いけど、動き回れなくなるほどじゃない。
町にはいつ出かけるんだろう。それまでに色々やっておきたいことがある。
売り払うための素材の加工をしないとだし、壊れちゃったハンノキの木刀の代わりに何か作りたいし、ケガした場合に備えてポーションの準備もしておきたい。
『町に出かける時期は、家族で相談だな。スタンピード発生の予測時期は1週間後らしいが、こういう緊急時は馬車を待ってるわけにもいかないだろうから、集団で自力移動が多い。村長は最後に村を出ることになるだろうが、お前達は先に移動しておく選択肢もある』
なるほど。父さんと一緒に行きたいけど、邪魔になるかもしれないし、町でやりたいこともあるから相談しないとね。兄ちゃんは部屋にいないけど、もう出かけたのかな。
とりあえず、兄ちゃんだけでも見つけようと外に出たら、広場にいた。
「マル、コルの奴がおじいさんの戦闘義務を免除させたいから金が欲しいっていってるんだけど――」
広場には、村のほとんどの人が集まっていて、そこかしこでスタンピードについて話している。
その中に、コルさんとプリシラが話しているのを見つけた。筆談とジェスチャーを駆使してコミュニケーションを取っている。
何だか面白くない。お金がないなら、女の子と話なんてしてないで働けばいいんだ。
「コルさん、兄ちゃんから話聞いたよ。僕、町に行く準備で忙しいから、ちょっと手伝ってよ。バイト代は払うから」
一昨日狩りまくることになった魔物の解体に、チーズ作り。肉の1部は保存食に加工しておくのもいいし、皮だってなめさなきゃいけない。色々やることはある。出発するまで、仕事に困ることはないだろう。
ヘーゼルさんがクスクス笑ってる声がする。僕の提案はいたって普通なのに。
そうだ。素材の加工を頼めるなら、手が空くからハンノキの枝をもらってきて、プリシラ用に何か作ろう。僕はハンノキの木刀なしでも精霊術を使えたから、風の加護の潜在能力が付いた装備品はプリシラが持ってるのがいいはずだ。
何がいいかな? ペンダント? ブローチ? それとも髪飾り?
「なあ、マル。スタンピードでどうなるか先見の明で予測を頼めるか? あんまり困ったことにならないようにしときたいんだ」
ヘーゼルさんと何やら話していた兄ちゃんが、そんなことを言ってきた。
うん、それは必要そうだけど、プリシラへのプレゼントを何にするか予測してからでもいいかな?
『マル、私の両親も参戦するって。信用したいんだけど、ちょっと心配だから先見の明で見てくれる?』
『うん、いいよ。じゃあ、最初に――』
『最初は、フェンが言ってたスタンピードの予測ね。場合によっては、いっぺんに私の両親の未来も分かるかもしれないし』
前もこんなことあった気がする。




