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第2話 光の賢者、火の賢者

 結婚してから、水の賢者は一層魔法の研鑽に励んだ。彼女を守れる実力をつけたかったし、いつまでも惚れていて欲しかったから。


『馬鹿な奴だろ? 散々情けないところは見せたはずなのに、頼りにされたい、尊敬されたいなんて、急に思い始めるんだから』

『そうかな? カッコいいって思っててもらいたいの、なんとなく分かる気がする』


 頑張った甲斐があって、氷で色々な物を作れるようになった。武器だったり、建物だったり。簡易なテントで寝る必要はなくなって、旅は少し楽になった。

 ときどき、追手を撹乱する意味も込めて、進もうとしている方向とは見当違いの場所まで行って、強力な魔法を放ってみたりもした。


 それでも、水の賢者とアヴリーヌさんの幸せな結婚生活は、あまり長くは続かなかった。


 ある日、2人は集落の人達から光の賢者が闇の賢者に捕縛されたことを知った。しかも、既に処刑されたという。

 その夜、アヴリーヌさんは水の賢者に一通の手紙を渡した。光の賢者からの手紙だった。


 ”最も年若く、最も遠い未来を夢見た賢者へ

 あなたがこの手紙を読む頃には、きっと私は死んでいるか、死の淵に瀕していることでしょう。


 私は、滅びゆく世界を救いたいと思いつつも、どうすれば犠牲を少なくできるのか答えを出せずにいました。でも、時間は待ってくれない。世界を存続させるために火、地、闇の賢者は先に動き出した。

 このままでは物資の不足ではなく、戦争で多くの命が失われる。だから、力ある者達で協力できないかと思って、あの会議を招集しました。でも、結果はあなたの知っての通り。


 あの場で、最も私の理想に近かったのは、あなたの意見でした。誰も傷つけない解決策。それが実を結ぶまで世界が待てるなら、私はあなたの意見を支持していた。

 でも、もう世界は甘いことを言っていられる状況ではなくなっていた。火、地、闇の賢者は、最初から妥協点を探す気なんてなかった。彼らが建国してしまった時点で、全員で協力なんて望めるはずもなかったのです。だって、彼らはもう多くの者を背負ってしまっている。自分の領民の利益を離れて、全世界の民の利益を優先させるわけにはいかなかったのでしょう。


 訪れてくれるかも分からない美しい未来よりも、明日の食料。そんな状況で、具体的な策も出さずに、きれい事を言うだけの私は、彼らには愚かしく映っていたことでしょう。


 私は、3人の誰かを支持すべきだったのかもしれない。そうすれば、力の均衡は崩れ、戦いに早く決着が着いたはず。それでも、私は彼らの国が抱える歪みを許容できなかった。


 だから、私はあなたに賭けることにしました。近い未来のことは彼らに任せ、どうか遠い未来に希望をつないでください。

 少しでも長く生き延び、多くの者を導いて。あなたの教えを受けた者が、先の未来をきっと担ってくれる。


 勝手に重荷を背負わすようなことを言って、ごめんなさい。

 どうかお元気で。

 光の賢者 ローリエ=アザリーより”


 手紙を受け取って、水の賢者は光の賢者の願いを知った。知らぬ間に自分に期待を寄せ、おそらくは囮になってくれていたのだろうと推測できた。


 それから彼は魔法の教本を作り始めた。幸い、遺跡にあった紙は、識字率の低い当時はあまり使われることもなく、水と交換なら簡単にくれた。

 いずれ他にも弟子ができたときのため。あるいは、自分の死後、教本を手に学ぶ者が現れないとも限らない。少しでも、光の賢者の期待に応える行動をしたかった。


 しかし、そんなある日、風の賢者までもが地の賢者に討たれたことを知る。積極的に先頭に立とうとしなかった賢者は、残り1人。


『彼女は、風の賢者の死を知った日、水の賢者にやたらと甘えてきた。不安なのだろうと思った水の賢者は、ずっとそばにいるから大丈夫だと言い聞かせ、彼女を優しく抱き締めた。――だが、翌朝起きるとアヴリーヌの姿はなかった』


 代わりに手紙が一通残されていた。


 ”愛おしい私の太陽へ

 勝手に出て行ってしまい、ごめんなさい。あなたは私がいなくなることをとても嫌がっていたのに。

 それでも私は、ただ守られるだけの足手まといになりたくなかった。


 誰が何と言おうとも、あなたは英雄です。不毛の大地に花を咲かせることのできる人。

 あなたは追われる身でも、いろんな場所に水魔法を放って大地を潤すことを止めなかった。きっと、あなたが通った場所は、いずれ鬱蒼と生い茂る葉に朝露が光る美しい場所になるでしょう。

 上から物を言い、世界を救うためと言いながら人を殺す者達よりも、大地を芽吹かすために地道に力を使い続けるあなたこそが、賢者達の頂点に立つに相応しい。

 でも、あなたはそれを望まない。


 私は、あなたが幸せであって欲しいから、魔法を教わって、あなたを超えられたらあなたの代わりになろうと思ってた。でも、いくら努力しても、私はあなたに遠く及ばない。この数年で、力の差は縮まるどころか、大きく開いていった。私には無理だと思い知った。

 妻になって子供を産めたらとも思っていたけれど、結婚して2年半、まだ妊娠の兆候はない。追跡がきつくなる今後は、子供を産み育てることはより難しくなる。

 今となっては、私があなたにできることは1つだけ。

 ローリエ様のように囮になります。だから、あなたは逃げて、新しく優秀な弟子を見つけてください。

 死後の世界があったなら、その子を指して「あの子は2番弟子。1番弟子は私なんだから!」って自慢するわ。


 最後にわがままを言わせて。あなたは、私だけを見つめていてくれた。とても嬉しかったけれど、それはとても贅沢で、もったいないこと。これからは皆の太陽になって。

 あなたの1番弟子より”


『水の賢者は即座に彼女を追った。行き先は火の賢者領だろうと予測した。光の賢者は闇の賢者が、風の賢者は地の賢者が殺したからな。1人だけ敵を倒していないのでは、格好がつかない。火の賢者は躍起になって、水の賢者を探しているという噂だった』


 火の賢者領の中心となっていた遺跡までたどり着いた。目深にフードを被って顔を隠し、遺跡の中に入り込む。火の賢者に従う者なら誰でも受け入れる方針だったし、なぜかその日は浮かれた様子だったから、意外と簡単に入れた。大きな町がそのまま遺跡になっているような生活しやすそうな遺跡だった。


 中に入ると浮かれている理由が分かった。水の賢者を討ち取ったと噂していたのが耳に入ったから。嫌な予感を抱きつつ、遺跡中央にあった広場に足を運ぶ。


 広場には変わり果てた姿の彼女がいた。


『現実を受け入れられずに、立ち尽くしていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くとそこに火の賢者がいた。何か言われたが、水の賢者は聞いていなかった。この男が彼女を殺した。それだけ理解すると、理性が吹き飛んだ。――気が付けば、辺り一面血の海で火の賢者だったものが転がっていた』


 周りには遺跡に住まう火の賢者領の民が、怯えた目で彼を遠巻きに見ていた。その中から、1人が1冊の本を手におずおずと歩み寄ってきた。

 差し出されたのは火の賢者の日記だった。


 アヴリーヌさんを助けられなかったことで後悔していた水の賢者だったが、火の賢者の日記を読んで更に後悔することになった。そこには、彼の苦悩が記されていた。


 彼は魔法が使えるようになったことで化け物扱いされ、住んでいた遺跡を追い出された。魔法で動物を狩り、食料を確保できたから、何とか生き延びることはできた。肉以外の物は遺跡や集落に住む人達に物々交換を持ち掛けた。でも、何度か物々交換をしたら、食料を簡単に手に入れる彼を羨み、襲ってくるようになった。

 それでも、彼は誰かに必要とされたかった。あるとき、狼に襲われている人を助けたら、感謝されて集落に受け入れてもらえた。

 そこで頼られるまま、力を振るい、いつしかリーダーとして信頼を集めるまでになった。彼は、強い指導者として人々を導いていくため、自分に特別な力が与えられたのだと考えた。


 付き従う者は順調に増えていったが、徐々に行き詰っていった。

 いつからか動物がいなくなり、代わりに魔物が現れ出した。その凶暴さに恐れをなした人達は自分達では狩りをしようとしなくなった。自分1人で戦うことにしたが、魔物を見つけるにも1人では時間がかかる。食料を行き渡らせることが難しくなっていった。


 闇の賢者は魔物を召喚して、地の賢者は植物の生長を促して、それぞれ食料を確保できる。でも、火の賢者にはできない。自分1人の力では世界は救われない。

 だから、彼は水の賢者を探していた。殺すためではなく協力を求めるために。


 しかし、火の賢者は強い指導者を演じるため、力不足に思い悩む内心を誰にも吐露していなかった。水の賢者を見つけたら殺すものだと信じ込んでいた領民は、水魔法を使ったアヴリーヌさんを水の賢者と思って殺してしまった。

 火の賢者は、領民の罪を贖うつもりで、わざと水の賢者に討たれに来たようだった。


『光の賢者と同じように、火の賢者も水の賢者のことを内心では認めていた。出会い方が少し違えば、無二の親友になれる可能性だってあったかもしれない』


 日記を読んだ水の賢者に、遺跡の住民達が助けを願った。闇の賢者と地の賢者が攻め込んできていたからだ。

 自分達の王を殺した相手に頼むなんて節操がないが、そんなことに構っていたら明日はない。それに、火の賢者は「厚かましい願いなのは承知の上で頼む。自分亡き後、私の民を見捨てないでやって欲しい」と日記の最後に記していた。


『アヴリーヌの希望と、火の賢者の内心と、光の賢者の願い。それらを思い起こして、水の賢者は火の賢者の代わりを務めることにした。ここから先は一般に知られている話が多いから、興味があったら自分で調べたらいい。結論だけ言うと、水の賢者はアヴリーヌが願ったような太陽になることはできなかった』

『どうして?』

『光の賢者が言っていたことは間違っていなかった。水の賢者が潤した大地には、いずれ植物が芽吹くかもしれないが、植物が生長し、実をつけるまでには時間がかかる。人の成長も、もちろん時間がかかる。明日の食料に困る者を救うことは、彼にはできなかったんだ。もともと、1人では無理だった。協力をすべきだと考えていた光の賢者か、火の賢者が太陽になるべきだったんだ』


 自分が導くのであれば、今生きる人の大半は飢え死にすることになる。遠い未来では多くの人が豊かに暮らせるかもしれないが、近い未来に多くの犠牲を払わなければならない。

 残った3人の賢者で協力する道も模索したが、不調に終わった。

 思い悩む中、地の賢者による少年兵の前線投入があり、不利な状況に追い込まれていった。そんな彼を見た民は、彼の暗殺計画を練り始めた。

 首謀者は、水の賢者が剣の扱いを教えた者の1人だった。


 火の賢者の代わりに指導者となった彼は、魔法を習いたい者を募った。でも、誰も手を上げなかった。魔法以外のことでも同じだった。王だけが戦い、すべて何とかしてくれる。そんな状況に慣れた国民は、魔法は選ばれた者だけの技術と感じていたようだ。

 勧めても何も学ぼうとしない者をアヴリーヌさんと同列で扱う気はなかったから、弟子扱いはしていない。それでも、筋の良い者には、半ば強制的に魔法に限らず色々と教え込んでいた。そのなかで、比較的楽しそうに教わっていた男だった。


 弟子ではないにしても、教え子が自身を殺そうとしている。そのことを、水の賢者は偶然知ってしまった。

 水の賢者は賭けることにした。教え子がそのまま計画を実行するなら、他の2賢者に世界を託す。自分の元にいた民も、宿敵を倒した功績があれば不当な扱いを受けずに済むかもしれない。

 でも、もしも土壇場で、水の賢者に期待をかけて計画を中止したなら、犠牲をより少なくできるように全力で期待に応えよう。


『教え子が自分を殺そうとしていることを知り、心が折れかけていた。暗い将来の見通しもあって、分の悪い賭けだと分かっていたが、それでも信じたかった』


 自分が死んだ場合でも、すぐには水不足にならないように、ちょっとした細工をして、暗殺計画決行の日を待った。


 結局、暗殺計画はそのまま実行され、水の賢者は命を落とした。



『この話をしたのは、聞きたいことがあったからだ。マルドゥク、太陽になってくれと言われたら、お前ならどうする?』

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