第1話 向日葵の恋
『ヘーゼルさん、急にどうしたの? 町に行く準備もあるのに』
『マルドゥク、契約の内容をまだ詰めてないだろ? ちょっと話をしたいだけだ。少し長くなるが、これから話す水の賢者の話を聞いてくれ』
『水の賢者さんって、父さん達の先生が憧れていた人だよね?』
本契約すると言ってくれた日の翌日、ヘーゼルさんは氷の宮殿を作り出して閉じこもった。僕に話を聞いて欲しいらしい。
『そうだ。ただ、私がこれから話すのは、一般的に言い伝えられている話とは違う。偉人とか英雄の話だと思わず、ただの甘っちょろい男の話だと思って気楽に聞いてくれ』
ヘーゼルさんは、そう言って語り出した。
水の賢者が生まれた約1000年前、人々は世界に点在する遺跡の物資を頼りに生活していた。誰がどうやって作り出したのか、誰も知らず、何の記録も残っていない遺跡。そこには、水や食べ物などの簡単に用途の分かる物以外に、どうやって使うか全く見当のつかない物もたくさん置いてあったそうだ。
『ただ、一歩遺跡の外に出ると、何もなかった。大抵の場所は砂漠か、乾いてひび割れたむき出しの地面が拡がっていた。多少の草木が生えている場所もなくはなかったが、狼やら猪やらの動物がいて、気楽に近寄る者はいなかった』
水の賢者は、ある遺跡の中で実権を握る権力者とその愛人との間の子供として生まれたそうだ。
水の賢者が生まれる前に女の子が生まれていたらしいけど、遺跡の物資が減ることを嫌がり、権力者は外に放り出したそうだ。遺跡以外で水や食料を得る当てがなく、権力者はそれがなくなることを恐れていたからだ。そんな父親だったけれど、水の賢者は自分は愛されていると思っていた。何が姉と違うのかは分からないけど、手元に残しておいたのだからと。
『でも、それは間違いだった。遺跡でしか物資が得られないなら、今いる遺跡の物資が尽きたときは他の遺跡を襲うつもりだったようだ。男の子だったから、他の遺跡に攻め込むときの兵士にするつもりで手元に置いていただけだった』
水の賢者が10歳のとき、彼のいた遺跡は他の遺跡から襲われた。水の賢者を含む、遺跡にいた少年達は使い捨ての兵士として利用された。父親からの最初で最後のプレゼントとして剣を渡され、水の賢者は1人の少年兵として送り出された。
攻めてきた兵士は大人を中心とした編成で、あっという間にほとんどの少年兵が死んだ。水の賢者もケガをして大地に倒れた。
遺跡の外は砂漠だったから、昼間は酷く暑くて喉が渇いた。水の賢者は自分が死ぬことを意識しながら、最後に水が飲みたいと思った。誰か、助けてくれる存在がいたらと空想し、最後に水を飲ませて欲しいと願った。
その願いは届いて、空に伸ばした手の先に水が生成された。このとき、水の賢者は自分が魔法を使えることを知った。
『水の賢者は親に喜んでもらいたくて、覚えたての魔法を使い、攻め込んできた者達を追い払った。そして、元いた遺跡に戻ろうとしたが、遺跡の門は固く閉ざされたままだった。遺跡の屋上から戦いの様子を見ていたらしい両親から”化け物”と罵られ、彼は自分が愛されてなどいなかったことを理解した』
それから、遺跡の外で見つけた動物を食料にしたり、遺跡を見つけて水と食料の交換を持ち掛けたりして生き延びながら、水の賢者は自分を受け入れてくれる場所を探して旅を始めた。
他の遺跡では、水を提供した彼に最初は親切にしてくれる人も多かった。けど、水の賢者が魔法を使うことを知ると怖がって距離を置いた。喜んで受け入れてくれる場所を見つけては、化け物扱いされて追い出される。そんなことを何度も繰り返した。
ある日、遺跡の外に作られた集落を見つけた。
その集落の近辺では、魔物が出現していた。集落の人は皆で協力して魔物を狩り、食料にしていた。集落の人達は魔物の血を水の代わりとして飲んでいたから、水の賢者が提供したきれいな水を喜んだ。
滞在中のある日、ウルフが10体程度の群れで集落を襲った。集落の人達が苦戦している様子を見て、水の賢者はウルフを魔法で撃退した。
ここの人達なら自分を受け入れてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたけど、結果は今までと同じだった。助けてくれたことには感謝する、でも、得体の知れない力を振るう者が恐ろしい。そう言われて、水の賢者はそこを離れることにした。
翌日、集落を出ようとすると、自分より少し年上の少女が付いて行きたいと言い出した。
『その頃には、水の賢者の性格は少々ひね曲がっていた。期待して裏切られるくらいなら、最初から期待させないで欲しい。そう思って、彼女に色々いたずらを仕掛けた。そのうちに、嫌気がさして離れていくだろうと思っていた』
彼女の名前は、アヴリーヌ。
ヘーゼルさんはわざわざ氷像で彼女の姿を作り出した。隣には水の賢者なのであろう少年も作ってあった。町で見た石像と違って、いたずらっ子が悪だくみをしているときのようにニヤッと笑っている。
顔を洗う水をやろうと言って、頭から大量の水を浴びせてずぶ濡れにしたり、水を飲もうとした瞬間に氷に変えてしまったり。
水の賢者は色々いたずらをしてみたけど、彼女の意思は変わらなかった。
ついに、水の賢者は折れて、彼女と一緒に旅をし始めた。一緒に旅をするようになっても、水の賢者は彼女がいずれは自分を怖がって離れていくんじゃないかと疑っていた。だから、いたずらは続いた。
透明な氷で壁を作ってぶつかるように仕向けたり、寝ている間に隠れて見たり、倒した魔物の口に上半身を突っ込んだ状態で倒れて死んだふりをしたり。
エスカレートしたいたずらに、彼女も怒った。水の賢者はこれで彼女も離れていくだろうと思った。そう思うと、少し寂しい気持ちになった。いつの間にか、彼女がずっとそばにいてくれることを期待していた。
ある日、水の賢者が起きると彼女がうつぶせに倒れていた。辺りは血の海で魔物の足跡がいくつか残されていた。
水の賢者は、すぐさま彼女を抱き起こし、回復魔法をかけた。水系統の回復魔法は代謝を促進して自己回復力を高めるものが基本。相手が弱りすぎていると効果が薄いから、ともかく焦っていた。
そんな慌てふためく水の賢者の様子を見て、瀕死の重傷を負っているはずの彼女は大きな声で笑い出した。
彼女は、前日に水の賢者が倒した魔物の死体を使って、死んだふりをしていたただけだった。
大笑いした後、彼女は顔を洗うから水をくれと言い、天を仰ぎ見た。水の賢者はいつもよりも盛大に水を浴びせて、2人してずぶ濡れになった。魔物の血で服が汚れていたから、そのくらいでちょうど良かった。
――憮然とした表情でずぶ濡れの水の賢者と大きく口を開けて笑うアヴリーヌさんの姿の氷像を、ヘーゼルさんは新しく作った。
人形劇仕立てで語ってくれるらしい。アヴリーヌさんの愉快そうな顔が底抜けに明るくて、素敵な氷像だった。
その後は、彼女は水の賢者がいたずらしても対応するようになった。飲み水が氷に変わっても、ナイフで小さく砕いて口に放り込む。頭上から水が降ってきそうなら、即座に桶を出して受け止める。氷の壁を出したら、削ってかき氷を作り始める。
彼女は決して自分を怖がらない。水の賢者もそう確信した。
ある集落で一時的に暮らし始めたある日、彼女は水の賢者に散々いたずらされた仕返しで、他の家に隠れさせてもらった。
朝起きて、彼女がいないことに気付いて、水の賢者は辺りを探し回った。そのうち、集落の人達の様子がおかしいと気付き、彼女に危害を加えたと勘違いした彼は攻撃魔法を放とうとした。アヴリーヌさんが慌てて止めたけど、その集落の人には怖がられて、出て行くことになった。
――呆れた顔で水の賢者の手を引くアヴリーヌさんと、膨れっ面で付いて行く水の賢者の像。立場が逆転しちゃったみたいだ。よく見ると水の賢者の目元が薄っすら濡れている。彼女がいなくなったと勘違いして泣いてしまったんだろうか。
『唯一、自分を受け入れてくれた人だったからな。その頃にはもう、彼女は水の賢者にとってかけがえのない人になっていた』
そんなことがあってから、アヴリーヌさんが水の賢者に魔法を教えて欲しいと言い出した。「私も魔法が使えたら、あなたもそんなに心配しなくていいでしょう?」と言って。
『水の賢者は別の理由で、魔法を教えることを承諾した。彼女が魔法を覚えたら、他にも希望する者を探して魔法を教えよう。自分以外の人も魔法を簡単に使えるようになれば、自分は得体の知れない力を振るう者ではなく、ありふれた人間として扱ってもらえる。そう考えた』
魔法を使うときに考えていることを言葉にして伝えると、自然と体内の魔力が動くのを感じた。それを元に、水の賢者は呪文を組み立てた。こうしてできた呪文を詠唱すれば彼女にも魔法が使えるようになった。
2人で試行錯誤しながら魔法の能力を伸ばしていく日々を過ごしていたある日、夜空に光で文字が書かれた。これも魔法だとすぐに分かった。
書かれたのは、魔法を使える者に対し、集まって話し合いをしたいと呼びかける文章。場所と時間も指定されていた。
自分達以外にも魔法を使える者がいたことに水の賢者は歓喜した。彼らは自分を怖がらないだろう。きっと仲間ができる。
そんな期待を胸に2人で指定された場所に向かったが、期待は裏切られた。
水の賢者は集まっていた他の者達と同列の魔導士として扱われたが、アヴリーヌさんはそうは見てもらえなかった。扱いに差をつけられたことが、水の賢者は不満だった。彼女は自慢の1番弟子。実力は低くても、立派に魔法を使えるのだから、ちゃんとした扱いをして欲しかった。
それに、火の賢者が彼女に値踏みするような視線を向けたことも、闇の賢者が無遠慮にジロジロ舐めるように眺めていたことも不快だった。
『その会議は、滅びゆく世界を救うための話し合いの場だった。それに値するだけの実力を持たぬ者を、正統な参加者と認めるわけにいかなかったんだ』
――6人の賢者の氷像が作られた。水の賢者のすぐ後ろに、アヴリーヌさんもいる。他にも5人の賢者がいるのに、彼女は水の賢者だけを見ていた。そういえば、今までの氷像でも彼女は水の賢者の方を向いている。
その場には、基本となる6属性をそれぞれ得意とする者が集まっていた。水属性の魔法を扱う第1人者と認められ、この日から彼は”水の賢者”と呼ばれるようになった。
話し合いの方は、それぞれの賢者で今の世界に最も必要だと思うものが食い違い、話はまとまらなかった。
協調が必要だと主張する光の賢者は、何とか皆をまとめようとしたが、強力な指導者が必要だと主張する火の賢者や助かる努力をしてふさわしい力を身に付けた者だけが生き残ればいいと考えている風の賢者などは、落としどころを見つける気がそもそもなかった。
誇りが必要だと言う闇の賢者も、上に立つことでプライドを保てると考えたのか、6人の中で序列をつけたがった。地の賢者は団結が必要と説くものの、団結には共通の敵が必要と考えていたから、全員で仲良くする気はなかった。
水の賢者は皆に魔法を覚えて力をつけてもらおうと考えていたから、自分が先頭に立って人々を導いていく気はなかった。光の賢者と風の賢者もそれぞれ別の理由で、トップに立つ気はなかった。
これに対して、火、地、闇の賢者はそれぞれが既に自分の国を作り、統治をしていた。
そのうちに、妥協点を探そうとするばかりで、自分の主張を口にしなかった光の賢者に、火、地、闇の賢者が揃って攻撃を始めた。ケガを負った光の賢者を見て、風の賢者は自分が標的にされないうちにと逃げた。
水の賢者は光の賢者の前に出た。彼女は、他の賢者と違って、まだ仲良くなれそうな相手だったから。
光の賢者は攻撃魔法は1つも覚えていなかったが、回復や補助に長けていた。攻撃魔法が割と得意だった水の賢者と光の賢者で協力し、その場を切り抜け、逃げのびた。
一時は共闘した光の賢者だけれど、途中で別れた。前日に、アヴリーヌさんと何か話していたのが気になったけど、女同士の会話でもしたかったんだろうとこのときは思っていた。別れ際、光の賢者は「あなたの主張する”教育”は確かに必要なものではある。でも、時間がかかり過ぎる。今の世界を救う英雄となるには不足だわ」と告げた。
結局、仲間を得られなかったことに軽く落胆しつつ、水の賢者はまたアヴリーヌさんと旅を始めた。
それからの旅は以前よりも大変だった。火、地、闇の3賢者は水、風、光の賢者を見つけたら褒美を与えることを確約したからだ。
魔法を教える相手を見つけるどころではなくなった。
正体がバレないように注意して旅をしたけど、魔物に襲われている人を見かけたりしたら放っておけなくて助けた。何度も追われて移動を繰り返した。
そのうちに、アヴリーヌさんが住んでいた集落の近くまでたどり着いた。魔物に襲われたのか、集落は壊滅して誰もいなかったけれど、水の賢者がいたずらで大量の水をアヴリーヌさんに浴びせた辺りは一面に向日葵が咲いていた。おそらく、魔物の体に付着した種がその場に運ばれたのだろう。
きれいな花が咲き乱れる故郷を見て、彼女は「ありがとう。こんな美しい光景は初めて見た。この向日葵は最高のプレゼントよ」と水の賢者に伝えた。
『彼女は、自分の集落が長くは続かないことを感付いていた。弱い魔物でも群れて襲ってきたら対処できない。水もない。再び訪れたときに壊滅していたことは予想通り。でも、その場所に咲く花を見て、彼女は未来の可能性を感じたみたいだ』
植物が生育できる環境になれば、食料問題は改善する。魔物相手では歯が立たない弱い者でも、植物からなら食料を得られる。彼女にとって、咲き乱れる花は未来への希望だった。
水の賢者は、その場で彼女にプロポーズした。自分の価値を最も認めてくれた人物であり、彼にとっての希望を見つけさせてくれた女性であり、寂しさを埋めてくれた存在。彼女以外に人生の伴侶は考えられない。
彼女も受け入れて、2人は夫婦として旅を続けた。
――作られた氷像は、笑って手を取り合う2人。高く伸びた向日葵は彼らを祝福する列席者のようだった。
ストックがなくなってしまいました。
申し訳ありませんが、水曜日の更新はお休みします。




