第24話 家族会議
「なんで……。あいつは消えるわけじゃないと思ってたのに……」
小さくつぶやく兄ちゃんの声が聞こえた。なんだか気落ちしてるみたいだ。
兄ちゃんはブリュノさんが他の木に乗り移り、暴食樹人だけを倒せると信じてたんだろう。もともとの兄ちゃんの作戦は魔物だけ倒すものだったから。
でも、周囲に木々に話しかけてみても何の声も返ってこない。ブリュノさんはこの世を去ってしまった。
「マルドゥク! 良かった。精霊と契約できたんだな! 本当に良かった――」
諦めきれずにブリュノさんを探して呼び掛けていた僕を、父さんがギュって抱きしめた。
父さんにはブリュノさんの声は聞こえていないし、事情もほとんど説明していない。さっきまでの光景は、兄ちゃんの魔法と僕の精霊術で木の魔物を倒したというだけのものに見えたんだろう。
ただただ僕が生き残れそうなことを喜んでくれている。
ブリュノさんは明るい未来を願って、この結末を選んだ。感傷に浸るより、父さんを安心させてあげるべきだろう。
『マルドゥク、まだ私のことは話すなよ。安心させてやるのは、あんなことをした理由を問い質してからだ。――それに、フェンにも何か声をかけてやればいいものを』
ヘーゼルさんはやっぱり怒ってる。
と思ったけど、小さく笑って続けて言った。
『まぁ、仕方ないか。自分の手で殺そうとした息子の方が今は気になるだろう』
ちょっ!? ヘーゼルさん!? そんなにさらっと言っちゃう!?
「あ゛? マルを殺そうとした、だぁ!? 詳しく説明しやがれ!! 事と次第によっちゃあ、実の親でもただじゃ済まさん!!」
ぎゃー! 兄ちゃんがガラが悪くなっちゃった!!
『マルドゥク、大変だ! フェンが激怒している。父親の頭髪は守らなくていいのか?』
完全に面白がって遊んでいる声色だったけど、言ってることはその通り。父さんがピンチだ! 助けなきゃ!
「兄ちゃん! 怒っちゃダメ!! 父さんをいじめたら、口きかないよ!」
言いながら、さりげなく両腕を抱き込むようにして兄ちゃんに抱き着く。両手に魔力の放出口があるから、少しは魔法を発動しにくくなる。自由自在に炎を操るから、完全に抑えるのは、これくらいじゃ無理だけど。
「僕、父さんと仲良くしたいの。やっと普通におしゃべりできるようになったんだから。ね? お願い」
顔を上げ、やや上目遣いに見つめる。
ヘーゼルさんが教えてくれた兄ちゃんの取扱説明にあった、僕にとことん弱いっていうのを利用した。まさかこんな知識を活用する日が来るとは思わなかった。
「……マル、分かった。マルが嫌がるなら何もしないよ」
『ふふっ。チョロいな、フェン』
「マルドゥク、この件は私が全面的に悪い。お前はそれでいいのか?」
「うん。アブヤドに行くまでの間、皆で仲良く過ごしたいもん」
優しく笑いかけたんだけど、父さんは余計に落ち込んじゃった。反対に、兄ちゃんはもう落ち込んでないみたい。
『さて、フェン、ギーラ、プリシラ。私はマルドゥクと本契約することにした。お祝いのために、今度、食材を取りに行こう。北の町の近くにバッファローが生息していたはずだ。好みはあるだろうが、熊肉より私は牛肉の方が好きだ。旨いぞ』
『マル、おめでとう! あの青いローブ、今度は堂々と着られるね』
「良かったな、マル! 熊肉より旨い牛肉! ロースト牛、頼んだぜ!」
「バカ。ロースト牛じゃなくて、ローストビーフっていうんだよ。――そういえば、すっかり忘れてたけど、町の北の平原に牛頭鬼が出現してるって、討伐依頼出てたな」
「お前達、さっきからところどころ話が飛んでるんだが、どうやってコミュニケーションを取ってるんだ? 牛頭鬼は強敵だから、安易に挑んではいけないぞ。ただ、肉はバッファローのものよりも柔らかくて高級食材だから、私が冒険者をしてたときは取り合いだった。もういないんじゃないか?」
「大丈夫! もう3年以上居座ってるらしくてさ、困ってるみたいなんだよ。強敵でも、師匠と一緒ならいいだろ? ギルドの受付さんにも、師匠と一緒に倒してって言われたし。人助けだと思って、牛肉のついでに倒しちゃおうぜ!」
『――3年以上だと? それなら、さらに上の上位種に進化していてもおかしくないな。牛頭鬼王なんかになった日には、スタンピードが起こりかねん』
スタンピードは、魔物が一斉に生息地を離れて押し寄せる現象だ。原因は強力な魔物が出現して元からいた弱い魔物が逃げ出すパターンが多い。
スタンピードが起こってしまいそうなら、急いで倒す必要がある。
ヘーゼルさんの言葉が聞こえない父さんは「ヘーゼル様が戦う……。観たい! 一緒に付いていけないだろうか? でも、村も放っておけないし」なんて呑気につぶやいていた。
ひとまずはこの場の片付けをして、先見の明でスタンピード発生時期の予測かな。そう思っていたら、バサッバサササッと羽ばたく音が聞こえて、真っ黒な鳥の使い魔が父さんの肩に降り立った。
マチルドさんのクロちゃんだ。いつもは村役場に飛んで行くのに、今日は直接父さんのところに来た。急な連絡だろうか。
父さんはクロちゃんのカバンから2通の手紙を取り出した。どちらも封筒に「緊急」と赤字で書かれている。その場で封を開けて読み始めたから、僕達は後片付けをしながら待った。
まだ、甘い香りが周囲を漂っている。ときたま香りに誘われて魔物が寄ってくるから、なかなか片付かない。兄ちゃんは父さんがこちらに注意を払ってないのを確認して、どんどん空間魔法に収納し始めた。素材は大量に手に入ったから、町に行ったら、色々売り払おう。
「フェン、マルドゥク。家に帰ったら、母さんも入れて話し合おう。町でスタンピードの予兆が確認された。今日、私がしてしまったことも話し合わなければいけないが、町への招集がかけられているから、その件も」
「……分かった」
「はーい。招集って何?」
「町を防衛するために戦力を集めるんだ。近くの村には協力義務がある。逆に村が襲われたときは、避難させてくれることになっている。お互い様というわけだ」
父さんは、受け取った2通の手紙を見せてくれた。1通は招集令状で、各家庭に戦闘要員か物資の拠出をすることを命じるもの。
もう1通はマチルドさんからで、町に来るなら僕達家族の分の部屋を空けておいてくれると書かれていた。
……あと、ヘーゼルさんの動向が知りたいそうだ。「ヘーゼル様は町に来て下さるかしら? 町の防衛破られたら、あなたの村は魔物に踏みつぶされるけど。結構、スタンピードの規模が大きそうなのよ。ねぇ、いらしてくれるかしら? もちろん、一番良い部屋を空けてあるわ。来ていただけるなら、スタンピードなんて、ただのお祭り。楽しいだけのものになるんだけど」だって。
マチルドさん、こんな感じだったっけ? 町で会ったときは落ち着いたちょっとミステリアスな人って印象だった。ヘーゼルさんへの手紙も固い感じだったけど、礼儀正しかったし。
とりあえず、急いで村に帰ったら、もう夕方だった。使い魔にしたホワイトシープをコルさんにやや強引に引き渡し、家に帰る。
母さんはお昼に帰ってこなかった僕達を心配して、家の前で待ってくれていた。父さんも一緒に帰ってきたのを見て、鬼の形相で父さんにビンタを食らわせていた。
父さんのやろうとしたことを知ってたのかと思ったけど、そういうわけじゃないらしい。母さんに黙って子供達と森で危険な魔物狩りをしていたと思い込んだみたいだ。
そういえば、遠距離攻撃が主体の兄ちゃんやプリシラ、傷口が凍り付く凍結斬りで戦っていた僕はともかく、父さんとギーラは結構な量の返り血を浴びている。魔物を狩ってきた帰りと判断するのも妥当だろう。
魔物狩りに行ってただけでもビンタが飛んでくるなら、本当のことを知ったらどうなっちゃうんだろう。これからの家族会議が不安だ。
まずはマチルドさんの手紙と招集令状を母さんに見せる。もめてる場合じゃないことをなんとか分かってもらえた。招集の件を他の家にも知らせないといけないってことで、父さんは各家を回り、それが終わったら夕食。家族会議はその後だ。
◇
いよいよ家族会議だ。プリシラには外してもらってる。部屋で先に休んでいるそうだ。
修羅場にならないように、まずは場所取りだ。父さんが席に着いたタイミングで、すかさず膝の上に座る。ここなら、母さんや兄ちゃんが怒っても、なんとかできるだろう。
父さんは、一瞬驚いたけど、優しく微笑んで頭をなでてくれてるし、僕も甘えられて一石三鳥だ。
『やっぱり、落ち着いて気が抜けたか。私と本契約の条件を詰めるまでは、もう少し緊張感を持ってて欲しいんだが』
「マルドゥク、こっちにいらっしゃい。真面目なお話だから、ちゃんと1人で椅子に座るのよ」
ダメか。仕方なく、いつもの席に座り直す。
「母さん、会議の前に報告があるの。僕、精霊さんと契約できたんだよ!」
せめて、少しでも和やかな話になるように、喜んでくれそうなことを話しておく。母さんに言うのはヘーゼルさんも反対しなかったし。
「本当に? 属性は? 術はちゃんと使えるか試してみたの?」
「母さん、本当だ。今日、精霊術を使っているところを見たよ。属性は水と風が使えていたな。――ただ、今日は他に話すべきことがある。まずは、今日私がしてしまったことと、その理由を話そう」
父さんは自分から話し始めた。
父さん達にも、色々なことを教えてくれる先生がいたこと。その先生が父さんを庇ったときに負ったケガで死んでしまったこと。
白の僕が生まれて、また助けられずに見送るしかなくなるんじゃないかと気が気でなくて、奴隷になったりするくらいならと思っていたんだそうだ。
それと、父さんは自分に僕を重ねてもいたらしい。すごい人の弟子になった普通の人間。結局、足を引っ張ることしかできなくて、偉大な人が志を成し遂げる邪魔になる。それを心配したらしい。
「あなたって人は、いつもいつも1人で考え込んで。勝手に思い詰めて突っ走って。昔から変わらないんだから。マルドゥク、ごめんなさいね。怖かったでしょ? 父さんのことは私がしっっっっかり叱っておくわ。だから、許してあげてね」
「うん……」
『マルドゥク、私のことを考えてるなら不要の心配だ。お前は普通ではない』
『ヘーゼルさん、それって喜んでいいの?』
父さんが考えていたように、僕がヘーゼルさんの足を引っ張っちゃう可能性を考えていたら、微妙なフォローをされた。
『マル、ヘーゼルはちゃっかりしてるから、気を付けろよ? 足引っ張るどころか、いつの間にか手伝いさせられるかもしれないぞ』
あー、そういえば技術協力の条件として、協力をしてくれって言われてたな。頼りにしてくれてるって考えていいのかな?
「じゃあ、次の話ね。父さん、招集の件は比率の指定はあったの?」
母さんが先に話を進めた。子供達の前でケンカをしたくないのかもしれない。
招集の比率っていうのは、1家族当たりどれだけの戦力を出す必要があるかを示すものだ。例えば、50%なら4人家族なら2人の戦闘要員を出す必要がある。どうしても戦える人がいなければ、足りない分をお金や物資で負担することもできる。拠出されたお金は戦闘要員に報酬として支払われたり、滞在費に充てられたりするみたいだ。
「比率は100%だそうだ。しかも、お金か物資で戦わずに済ますにも、一度は全員町に行く必要がある」
「……4人で町まで行って、子供達は非戦闘員として物資を納めましょう」
「母さん、俺は戦闘要員で良いよ。マルも戦えるよな?」
兄ちゃんの言葉に大きくうなずく。心配なのは、むしろヘーゼルさんが暴れすぎることだ。ヘーゼルさんの魔法、普通の人より派手みたいだから、ちょっと参加しただけでめちゃくちゃ目立ってしまうかもしれない。
「フェン、気にしなくていいのよ。あなた達の分は、父さんが責任をもって物資なりなんなり用意してくれるわ」
「母さん、前も言ったと思うがフェンは強いから大丈夫だ。マルドゥクも――」
「あなた! 子供を危険にさらすのは止めなさい! まだ修業途中の子供なのよ?」
「いや、でも――」
「ダメ!! 危なくなったらちゃんと助けられるの? それとも、フェンとマルドゥクがあなたよりも強いとでもいうの!?」
結局、ずっと母さんが反対して、この日は結論が出なかった。やっぱり、母さんは父さんのこと、すごく怒ってたのかもしれない。




