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第22話 暴食には共感を

 森を急いで駆け抜ける。途中でギーラ達さえ抜いて、今は先頭を走ってる。一番後ろの父さんにはもう僕の姿は見えないだろうけど、ラプの足跡をたどっていけば、ちゃんとついて来れるはずだ。


 できるだけ直線距離で移動したいから、木の枝を足場にして飛び移るようにしながら進んでいるけど、少し森の様子がおかしい。木々が少しやせたようだ。

 考えながらも、先見の明で見た最速でたどり着けるルートを進、――んでいたら足場にしようとしていた枝がポキッと軽い音を立てて折れた。軽く足に力を込めただけなのに!


 しまった。こんなところでタイムロスしている場合じゃない。先見の明では、このルートで進めていたのに。まさかこんな時にバグるなんて。


 父さんが剣を手放したときに、念のため先見の明で未来を見た。

 そのときに浮かんできたのは、木の魔物に襲われているところに、虎の魔物までやってきて必死に攻撃を防ぐ兄ちゃんの姿。

 木の魔物と言えばトレントだけど、本で見たのと様子が違った。上位種かもしれない。

 虎の魔物の方もクリューエルタイガーじゃなかった。白に銀色の縞模様で白銀色に鈍く光る大きな牙を持っていた。こっちはたぶん銀牙虎(シルバーファング)っていう上位種。

 早く駆けつけないと、兄ちゃんが危険だ。


 足場が崩れたことで体勢を崩して落ちる! はずだったけど、前へと急ぐ気持ちがそのまま足を踏みしめて前へと跳ばせる。

 体がそのまま前に進んだ。何もない虚空を足場にしたように。


 並列思考の1つで、この不思議な現象について考える。そういえば、兄ちゃんが空も飛べるはずだと言っていた。冗談にしか思えないけど、本当だったらありがたい。

 ダメ元で空を飛んで移動したらどうなるかを、先見の明で見てみる。


 ――え、できるの?


『マルドゥク、驚くのは後回しだ。ルートを再予測。飛べることを前提にな』


 確かに驚いていられる場合じゃない。木々を飛び移るのを止めて、一直線に飛んでいく。足元を見ると、魔力が翼の形に広がっていた。神話に出てくる翼付きのサンダル(タラリア)みたいだ。サンダルじゃなくて普通の靴だけど。

 これなら、余裕を持って間に合う。


『――マルドゥク。本契約してやる。条件は後でな』

『えっ。いいの? ヘーゼルさん。でも、なんで今その話を?』

『いい。後で話そう。少々派手に暴れることになりそうだから、先に言っておいた。もう、父親の前だからと、私の力を隠さなくていい。存分に使え』


 言葉と同時に左手に刀が生成される。


 一片氷心

 魔力で生成された刀。水系の魔法剣術の威力を大幅に上げる効果を持つ。作成者が魔法を解除するか、維持に必要な魔力がなくなると消える。

 付加能力:水魔法剣術威力大向上、消費魔力半減、敏捷性向上

 潜在能力:魔力循環(要魔法剣術≪上≫以上)


 ヘーゼルさんがクリューエルタイガー相手に出した剣の刀バージョンみたいだ。峰から刃にかけて青から白銀色のグラデーションになっている。飾り気はあまりないけど、綺麗な刀だ。

 敏捷性向上の効果を受けて、スピードがさらに上がる。

 言葉通り本気で力を貸してくれるようだ。ありがとう、ヘーゼルさん。



 すぐに兄ちゃんの姿が見えた。暴れるように枝を振り回す木の魔物相手に、得意の火魔法で攻撃している。複数の枝から同時に飛んでくる攻撃に、火を枝分かれさせて全て防ぎきっている。木の魔物なら、火は弱点。燃え広がるから有利に戦えるはずだけど、樹液を噴射され火を鎮火させられてしまっている。

 両者勝負を決める決定打がない互角の戦い。


 このままなら、先に体力か魔力が切れた方が負けるだろう。そして、一般的に人間よりも魔物の方が体力がある。トレントは魔物の中では魔力が多い方らしいから、上位種と思われるこの個体は魔力もかなりの量のはず。

 兄ちゃんの方が不利と見た方がいいだろう。しかも、もたもたしていると銀牙虎(シルバーファング)がやってきてしまう。


 僕が参戦することで、きっと状況は変わる。可能ならば、銀牙虎(シルバーファング)がやってくる前に勝負を決めてしまいたい。


 右手の木刀を一振り。樹液を噴射しようとしている、やや太めの枝に狙いを付けて斬撃飛ばしを放つ。


「兄ちゃん、お待たせ! 気を付けて。銀牙虎(シルバーファング)っぽい魔物がそのうちに来ちゃうから!」

「マジか。了解。こいつは暴食樹人(グラトニートレント)。並みの敵じゃないから気を付けろ」


 聞いたことのない名前の魔物だ。近付くと木のウロが目と口のように空いていて顔のように見える。特に口の部分が大きい。

 周辺からは甘くて香ばしい香りが漂ってくる。香ばしさは兄ちゃんの火魔法で樹液が焦げたせいだろう。甘い匂いは――メープルシロップ?


「ラプが上位種になったときに、木の樹液をなめてただろ? あの木が、上位種の出現頻度が上がっていた原因だったんだ。それが魔物化して、こいつになった。ヘーゼルがハシバミの木に宿っていたみたいに、あの木に宿っていた奴がいたんだ。たぶん、コルが言ってた村を出て行った大食漢だと思う」


 ヘーゼルさんと同じ?

 そういえば、ヘーゼルさんと初めて会った日にハシバミの木と似た表示をされた木があった。


 楓の木

 魔力を持つ何者かを宿す楓の木。甘い樹液が採れるが、その樹液は魔物を育む餌となっている。


 恐ろし気な説明がついていたから、声をかけなかったけど、あの楓の木は確かに何者かを宿していた。魔物になってしまった今は、もう目利きでは何の情報も表示されない。


『……嫌……だ。なんで……こんなことに……』


 意識を向けると、声が聞こえる。この木に宿っている人だろうか。


『ねぇ、どうして苦しんでいるの?』


 声があまりに苦しそうで、話しかけた。


「おい、マル。そいつの声に耳を傾けるな。敵だぞ」

「確かに魔物になってるけど、悪い人とは限らないよ。同じように木に宿ってたヘーゼルさんは良い人だったもん」

『――前にも言ったが、悪い人じゃなくても危害を加えてくることはある。どうしても会話するなら、惑わされないように注意しろ』

「おい、ヘーゼル! こいつはマジでヤバい。魔物がそいつのまき散らした樹液をなめると上位種に変わっちまうんだ。もう倒したけど、匂いに釣られて来たゴブリンがあっという間にホブゴブリンになったし」

 言って、チラリと脇に目をやった。ところどころが焦げたホブゴブリンっぽい見た目の魔物の死体が転がっている。

 銀牙虎(シルバーファング)もだけど、普通の魔物がやってきても上位種に進化してピンチに陥る可能性もあるってことか。確かに、余計なことをしている時間はなさそうだ。

 しかも、こうして迷っている間も、ずっと枝を振り回して攻撃してきている。


 倒すべき敵だってことは分かってる。でも、この人が本当にコルさんの言っていた人だとすると、僕が生まれるよりも前から、ずっとこの森で話し相手もなく過ごしてきたってことになる。村の人は誰も行方を気にしなかったみたいだし、きっとすごく孤独で寂しかったんじゃないだろうか。


『――マルドゥク、木刀は納刀。左手の刀を右に持ち替えろ。少し話をしてみたらいい。もし、会話で不自然なことがあったら、私とフェンで強引にでも排除する』

「おいッ! 勝手に決めるな!」


 兄ちゃんの抗議に構わず、ヘーゼルさんは空いた左手に氷晶魔杖(クリスタルロッド)を生成した。

 続けて、辺り一帯の地面を覆うように水を出し、まき散らされた樹液を洗い流す。樹液を含んだ水は、渦を巻きながら、球状にまとまっていき、そのまま凍り付く。さらに樹液を含んだ氷を覆うように厚く氷でコーティング。

 この状態なら、魔物がやってきても樹液をなめるまでかなりの時間がかかるだろう。


『これで良いだろう? 少しの間、様子を見るだけだ。――私も、似た状態だったからな。ほんの少しばかり話し相手になってやるくらいは、大目に見てくれ』

 言いながらも、枝やら幹やら、そこかしこから射出される樹液を水球で受け止めて1つにまとめていく。

 はぁーーーー、と大きなため息をついてから、兄ちゃんも「分かった」と言ってくれた。ただし、2人とも攻撃は一切止めないそうだ。

 僕も兄ちゃんを危険にさらす気はないから、こうしてる間も攻撃をしてきた枝を斬撃飛ばしで斬り払い続けている。会話中も相手からの攻撃が続く限り、これは止められない。


 並列思考があって良かった。いつの間にか3つのことを同時に考えられるようになっていたから、会話、迎撃、先見の明での魔物接近の予測を同時に行える。


『これは……、素晴らしい。これなら……。いや、ダメだ……』


 小さく、つぶやくような声が聞こえた。意識も僕に向けられているような気がする。


『ねぇ、楓の木さん。あなたは、この森の南にある村にいた人ですか?』

『君は……? 水魔法を使っている人とは別なのか? 白の少年、私は君の敵のはず。気にせず、早く決着をつけてくれ』


 答えが返ってきたから、様子を見ていて感じた疑問をぶつけてみる。

『その前に教えてください。あなたは、どうして苦しんでいるんですか? 今、あなたが暴れているのは、あなたの本意ではないのではないですか?』

 暴食樹人(グラトニートレント)はずっと攻撃を仕掛けてきているけど、声は苦しげで、僕達を殺したいと思っているようには感じられない。

 ついさっきまでの父さんみたいに、本心とは別の何かに突き動かされているように思えた。


『そんなことはどうでもいい! 放っておいたら、この森の水も養分も、すべて吸い尽くしてしまう! 急いで倒すんだ。これ以上、私のせいで迷惑をかけたくない。頼む』

「そう思うなら、さっさと止めればいいだろ! ヘーゼル、やっぱりこいつは早く倒すべきだ」

『今、その体を制御しているのは、お前ではないのか? フェンの鑑定では、その時点で体を制御している者の情報が読み取れる。名を名乗れ』

 楓の木さんの言葉に兄ちゃんとヘーゼルさんも反応する。


『――ブリュノ=タアーム。体の制御というのは……? 木になったら、体は動かないと思うんだけど……。ただ、人間として生きていた頃から、私は自分の意思とは無関係に、あるものは全て貪り食ってしまうんだ。止めたいのに止められない。ただ迷惑をかけ続けるだけの存在だ。だから、気にせず攻撃して、可能な限り素早く倒してくれ』

「……ただの木のときは、ブリュノ=タアームの名前で表示されてた。今は、暴食樹人(グラトニートレント)にあんたが憑依してる状態だ」

 つまり、攻撃をしているのはブリュノさんの意思じゃないってことだ。


『ブリュノさん。僕はマルドゥク=サラームっていいます。あなたは、この森が枯れてしまうのを心配しているんですね。分かりました。魔物は倒すつもりです。その前に、他の木に憑依し直せますか?』

『いや、このまま倒してくれ。ただの楓の木に宿っていたときも、私の性質が影響したのか、この森の養分を他の木よりもはるかに多く吸い取っていた。しかも、魔物を成長させる樹液を出すような忌まわしい木になっていた。私は人間であった時も、いなくなってくれたらいいのにと思われて生きてきた。私の人生は無意味どころか、他の人に害悪をもたらすものだったんだ。もう終わりにしたい。話を聞いてくれただけで、十分だ』


『でも……。ねぇ、何か得意なことはない? 何か役に立てることがあるはずだよ』

 僕も村の人から役立たずだって思われているけれど、ブリュノさんは役立たずどころか厄介者扱いされていたようだ。

 このまま、自分で自分の価値を見出せないまま終わってしまうのは悲しい。ブリュノさんは既に諦めてしまっているみたいだけど、何かを見つけて欲しい。


「持ってるスキルは、暴食、魔力転換、剛力、意思疎通、美貌《上》、体術の才能、回復魔法の才能、強化魔法の天才、ものづくりの心得、風魔法≪下≫、光魔法≪中≫、料理術。なあ、魔力転換って体力とかを魔力に変えられるみたいなんだけど、ひょっとして吸った養分が全部魔力に転換されてってないか? さっきから魔力が減ってない気がする」

『確かにそうだな。ブリュノよ。その魔物から体の制御を奪えるか? 体を巡る魔力を自分の支配下に置くように意識してやってみろ』

『魔力を支配下にと言われても……。口を動かせないから、呪文を唱えられない。魔法が使えないなら、無理だろう?』

『大丈夫だよ! 僕の友達もしゃべれないけど、意思疎通のスキルで呪文を唱えてるから』


 いぶかしがりながらも、意志疎通で呪文を唱え始めた。制御を奪うことは完全に成功したわけじゃないみたいだけど、攻撃しようと動いていた枝の一部が動きを止めた。


魔力分与(マナシェアリング)


 呪文の内容からすると、自分の魔力を誰かに分け与える魔法みたいだ。ブリュノさんが魔法の対象にしたのは兄ちゃん。

 魔法をかけられた兄ちゃんは、一瞬キョトンとした表情を浮かべた。


「……なんで俺に?」

『え、なんでって言われても。一番魔力を消費してるのは、長く戦ってる君かなと思って。あれ? 水球を操ってる彼の方が良かった? なんだか、余裕ありそうに見えたんだけど』

『ふふっ。私には不要だ。名乗るのが遅れたな。私はヘーゼル=ラティーフ。今はマルドゥクに宿ってる』


 兄ちゃんは困っているような、悩んでいるような、複雑な表情を浮かべている。眉間にはしわが寄ってるけど、口元は緩んでいるから、兄ちゃんもブリュノさんが悪い人じゃないと感じているんだと思う。

 そんな様子を見てヘーゼルさんは軽く笑い、自己紹介。ブリュノさんはやたら驚いて、「え? それって、あの?」とか言っていた。


「あー、もう。仕方ねぇな。俺はマルの兄、フェンサー=サラームだ。――ヘーゼル、協力しろ。作戦を立てる」


 兄ちゃんが頭を掻きむしりながら、思いついた何かを元に作戦を立てよう決めたみたいだ。


 そのとき、北の方から怪しく光る眼がのぞいた。白と銀の毛皮に覆われ、金の瞳をぎらつかせる虎の魔物。

 銀牙虎(シルバーファング)が音もなく、すぐそこまで近付いてきていた。

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