第3話 呪われた子
本日2話目の投稿です。
あくる日、兄ちゃんは家を出ようとしたら、父さんと母さんに呼び止められた。先に行っててくれって言われたから一人で家を出た。
広場に出ると遊んでいた子供たちが一斉に僕を見て、「呪われるぞーっ」って叫びながら、走って逃げだしていった。母さんからもらったローブのフードはかぶってたけど、顔が見えなくても僕が白だと知っているようだ。
人がいなくなった広場を見つめる。
ギーラや兄ちゃんは普通に接してくれたけど、これが普通の反応なのだと思い知る。両親の態度も、世間と比べたらましだったんだ。
呆然としていたら、ふいに肩をちょんちょんとつつかれた。隣に小さな女の子がいた。
この子は僕から逃げなくていいんだろうか。
女の子は地面を指さす。地面には『泣いてるの?』と書かれていた。
「泣いてないよ。ほら、涙、出てないし」
首を振りながら答えると、女の子は手に持った枝で地面に文字を書く。
『でも悲しんでる』
僕はうつむいた。
『気にしなくていい。そばに残った人を大事にすればいい』
続けて書かれた文字に驚いた。
目が合うと、女の子がにっこり笑う。
『私、ギーラの妹。プリシラ=サーフィ』
◇
プリシラは、地面に『ギーラ兄、家でお説教されてる。今日は遊べない』って書いて自分の家に戻っていった。
僕も家の中に戻された。
兄ちゃんも、「今日は一日書斎でじっとしていなさい」って言われてしまって、秘密基地に行けなくなったらしい。僕のせいだ。
今日会ったプリシラの笑顔を思い出す。僕に笑顔を向けてくれた人は、これで4人目だ。文字は兄ちゃんが教えてくれたから書けるけど、ずっと筆談は大変だな。
「ねぇ、兄ちゃん。言葉を話せない子とどうやって会話したらいいかな?」
ムスッと頬をふくらませていた兄ちゃんが驚いた顔でこっちを見た。
「どうした? 村の奴らに何か言われたのか?」
僕の言葉が唐突すぎて、村の人に無理難題を突き付けられて困っていると思ったらしい。兄ちゃんを混乱させてしまった。
プリシラに会ったことを話すと、兄ちゃんはやっと落ち着いた。
「う~ん。手話って手段があるけど……、難しいし、他のことに時間を割いた方がいいんじゃないか?」
そういいながらも、兄ちゃんは書斎の本棚から一冊の本を取り出した。
手と指で決まった形を作り、それを文字に見立てて会話する方法が書かれていた。手で話すから手話か。なるほど、これならプリシラと話せそうだ。
兄ちゃんは渋っていたけど、僕は手話を覚えることにした。
夢中で手話の練習をしながら本を読み進める。次に会えるまでにマスターしておきたい。集中して覚えるぞ。
◇
翌朝、僕は手話の本を大事に抱えて、家を出た。
兄ちゃんは一緒じゃない。午前中は村役場の訓練場で大人と混じって、訓練をするように言われたらしい。お昼を食べたら合流できるから、先に秘密基地に行っておくことになった。
昨日より早く家を出たから、広場には誰もいない。
今度からはこの時間に出よう。逃げられるのは嫌だ。
秘密基地に着いたけど、ギーラも兄ちゃんと一緒に訓練することになったから、誰もいない。
魔物対策として子供のころから戦闘訓練をしておくことはよくあることだって兄ちゃんは言ったけど、僕のことが原因なんだろう。僕は、兄ちゃんたちの遊び時間を奪ってしまった。
気持ちが暗くなって、僕は首を振る。泣いたって、落ち込んだって、誰も僕を気にかけない。
せめて、笑って明るくふるまって、心配かけないようにしよう。
昨日のことで、兄ちゃんは僕以上にショックを受けていたから。
昨日みたいに木刀を作れば、僕でも役に立てそうだ。だから材料になる木が欲しい。一昨日はギーラが木に登って木を切ってくれた。同じように、木に登って高い所の太い枝を落とせばいいのかな。
何か使えそうなものを求めて、周囲を見回す。秘密基地に置いてあるのは、兄ちゃんが貸してくれた小刀、ギーラのナイフ、2本の木剣、昨日作った木刀、数冊の本、雨合羽、桶。
小刀で切れそうな枝じゃ、小さすぎて材料にならないだろうし、ギーラのナイフを勝手に使っちゃうのは申し訳ない。
一つ一つ道具を見ていると、ふと頭に言葉が浮かぶ。
木刀
材料:樫
付加能力:なし
潜在能力:斬撃飛ばし(要精神集中)
潜在能力って何だろう。というか、なんでこんな言葉が浮かんだんだろう。
疑問ばかりがあふれてくるけど、僕は何か兄ちゃん達の役に立ちたくて、木刀を手に取り、手頃な木を探す。
木を眺めていると、木刀と同じように言葉が浮かぶ。そのなかで1本の木に目をとめた。
ハンノキ
風の精霊の守護を受けている。
よく分からないけど、試してみるならあの木だな。
その前に、僕はそっと心の中で木に謝る。
『ごめんなさい。あなたの枝が欲しいんです。必要以上に傷つけないようにしますから、許してください』
『――いいわ。また伸びるから。幹を傷つけないでね』
返事が聞こえた気がした。そうか、余計な傷をつけないように気を付けなきゃ。
木刀を構えてみる。呼吸を整え、狙う枝を見定める。
自分がすべき動きのイメージが自然と湧いてきた。その後、狙った枝が落ちてくるイメージも。
イメージをなぞるように、思い切って木刀を振りぬいた。
◇
つんつん。つんつん。肩をつつかれた。
プリシラがいた。何だかちょっと怒っているように見える。
『結構前に来たのに、作業に夢中で全然気付いてくれない。お昼持ってきてあげたのに』
何だか、そう言っている気がした。
「ごめん」
手話も付けつつ、謝った。
『その手の動き、何?』
プリシラは地面に文字を書く。
そっか、プリシラにも手話を覚えてもらわないと話せないな。
僕は手話の本を取り出して、プリシラに説明した。最初は地面に文字を書こうとしたけど、止められた。
『唇の動きで、言っていることは大体分かる。ゆっくり話して』
◇
プリシラに手話を教えていたら、兄ちゃんとギーラがやってきた。
二人の腰には剣があった。
「おーい。プリシラにマル~。見てくれよ。オレら、正式な戦闘訓練始めたからって、ちゃんとした剣もらっちゃったぜ。カッコいいだろ?」
すごく嬉しそうだな、ギーラ。目がキラキラしてる。
うん、そうだよね。実戦で使える鉄の剣は、男の子にとって一人前の証みたいなものだ。
……白にとっては、竜騎士にならないと持つことすら許されないものだ。
はしゃぎまわるギーラほどじゃないけど、兄ちゃんもどことなく嬉しそうだ。
もう、2人には木刀はいらないな。役に立てることがなくなっちゃった。