第21話 鏡(1)
長くなってしまったので、2つに分けました。
マルセル(父親)視点です。
この世界では、優しい人間は損をする。孤児として育った幼少期に嫌というほど思い知らされた。
孤児院では、最小限にも満たない食事を皆が奪い合っていた。全員に満足に行き渡る量なんてない。年下の子に分けてあげよう、なんて考えていたら自分が死ぬ。だから、孤児院では幼い子から死んでいった。大人達も助ける気はない。
そこは、行き場のない子供を労働力として出荷するための一種の工場。育った子は、暗殺者などの裏稼業に就いたり、奴隷同然の安価な労働力として使われたりする。需要のある人数だけ生き残ればいい。全員生き残ったらコストがかさむ。そういう考えだった。
別にそこが特別だったわけじゃない。ほとんどの孤児院はそういう所だと聞かされていた。
年上の子供達を押しのけて食料を奪ってくるのは難しい。回りを見回して、他の子供の意識を逸らしたり、死角になっているところから素早く食料を取っていったりしている同い年くらいの女の子を見つけた。
その女の子、マチルドと組むことにした。マチルドが効率的に食料を奪い取る作戦を立て、私がそれを実行する。得た食料は山分け。何とか生き残れそうだと安堵しつつも、次々と死んでいく他の孤児を見るたびにチクリと胸が痛んだ。
12歳になって、魔法の才能のある子を希望する買い手が数組現れた。子供が集められて、順番に呪文を唱えさせられる。私は魔法の才能はなかったらしく、発動しなかった。他の子も全く発動しない。
マチルドの番が回ってきた。他の子と違って、両手の間に火の玉が現れた。でも、様子がおかしい。力を吸い取られたかのように、マチルドは膝をつき、火の玉から火の粉が四方八方に飛び散り始めた。
魔力を暴走させているマチルドを見て、孤児院の職員はマチルドに弓を向けた。こういうときに孤児を助けようとする者なんていない。被害が大きくならないように処分するのが通例だった。
頭では助けることなんてできないと分かっていたのに、体が勝手に動いて、弓からマチルドを庇うように立っていた。マチルドとの間には思い出がありすぎて、見捨てられなかった。
孤児院の職員は気にせずに、弓を放とうとしたが、1人の女性が制止した。黒髪に紫の瞳のミステリアスな美人だった。マチルドに自分に向かって魔法を撃つように言い、魔法で出した大きな水球をぶつけて相殺させた。
マチルドは彼女の雇い主に買い取られることになった。なぜか私も一緒にまとめて買い取られた。
連れて行かれたのは、貴族の屋敷。そこのお嬢様だったマルゴーの護衛を命じられた。マチルドは同じ年頃で、背も同じくらいだから、影武者になることも期待されて選ばれたようだ。私の方は盾代わり。「襲われたら最初に死んでお嬢様を守れ」と執事長に言われた。
警護責任者のイフテラーム夫妻の指示にさえ従っていればいい、それ以上のことは期待していない。執事長は、言いたいことだけ言って足早に去っていった。
イフテラーム夫妻は、マチルドを助けた女性とその旦那さんのことだった。私達はマルゴーの家庭教師を務める彼女を”先生”と呼ぶようになった。護衛の訓練として、マチルドは先生から魔法を、私は先生の夫であり、護衛頭だった”師匠”の元で剣術を教わった。剣術の訓練は、先生と師匠の間の子供であるジルと一緒だった。
先生は美人だが、非常に残念な人だった。魔法以外の授業は私やジルも一緒に受けるように言ってくれたが、授業の3分の2は水の賢者の話を語っていた。熱烈な水の賢者オタク。マチルドを助けたのも、水の賢者の元領地で伝わるという風習に則ったものだという。「ねぇ、私、カッコよかったでしょ? ザ・師匠って感じ? 一度やってみたかったのよぉ~」と言われて、感謝の気持ちが半分くらい失せたものだ。
師匠は厳しくて、寡黙な人だったが、息子のジルと私を同じように扱ってくれた。お嬢様のはずのマルゴーも、私達が孤児だということは気にしておらず、友達が増えたと喜んでいた。
次第に、最初から6人家族だったかのような錯覚を覚えるほど、安心して過ごせる間柄になっていった。ついでに、マチルドは水の賢者の話になると鼻息が荒くなる残念な少女になって、先生に似ていった。
でも、幸せな時間は長くは続かない。
私達が15歳になって成人する直前、マルゴーの両親が賊に襲われて亡くなった。未成年のマルゴーの後見という名目で、親類の男がやってきたが、家を乗っ取るつもりだったようで、マルゴーに刺客を差し向けてきた。
執事長を始め、ほとんどの使用人は買収されていたから、マルゴーを連れて屋敷から逃げ出すために、顔なじみの使用人達と戦うことになった。
勝つのは造作もない相手。でも、平和ボケしていた私は、命乞いをされて剣を収めてしまった。背を向けて出て行こうとしたところに、そいつが隠し持っていた短剣で斬りかかってきた。そんな私を庇って、先生が負傷した。
師匠は、「逃げる時間を稼ぐ。息子を頼む」と言って、屋敷の門の前に1人残って、追手をしばらく食い止めた。多勢に無勢。いずれは体力が尽きて死ぬことが分かっていても、私達を逃がすことを選んだ。
逃げる途中から追手の数が増えだした。実戦経験がなくて頼りにならない私達を庇いながら戦い続け、先生にはどんどん傷が増えていった。そして、追手が私達を見失ったと確信できた途端に倒れ、そのまま息を引き取った。最期に「少年達を助けて死ぬとか、マジでヘーゼル様っぽくない? 私は満足よ。どうか4人とも優しさを忘れずに生きて」と言ってくれたが、後悔ばかりが残った。私を庇ったときの傷が一番深い。他の傷は致命傷には程遠かった。執事長にかつて言われた通り、私が最初に死ねばよかった。
せめてもの救いはマルゴーとジルも生き残っていたこと。先生と師匠が最も助けたかったであろうこの2人を命がけで守ると誓った。そして、残した逸話だけで先生に優しい生き方を選択させた水の賢者のような人になろう。そうすれば、私が生き残った意味もある。
そう思って、冒険者として活動したが、伸び悩んだ。マルゴーやジルは思い出を美化しているだけだと言うが、先生や師匠に遠く及ばない程度の実力しか持てなかった。
でも、類稀なる才能を持つらしいフェンとギーラなら、私がかつて目指した水の賢者の強さに届くかもしれない。
諦めずに向かってくるギーラを見ていたら、そんな気持ちが湧いた。まだまだ未熟だが、弱い者を助けようと戦う優しさが、先生を思い出させたのかもしれない。
「プリシラ、ありがとう。君がいてくれるから、安心して戦える。――ギーラも、ありがとう。代わって」
なぜか、かつて妻に言ったのと似たセリフをプリシラに言って、木刀を構えた次男が前に進み出た。
ブロードソードを持つ相手と戦うには、貧弱すぎる武器。諦めて、覚悟を決めたのだろう。
「……こんなことになるとは思っていなかったが、思い出を作らなくて正解だった」
マチルドを庇ったときのことを思い出して、ついそんな言葉が漏れた。
「父さんには、僕の思い出はないかもしれないけど、僕には父さんの思い出があるよ」
場違いな程に柔らかな笑顔で、そんな言葉が返ってきた。
言葉を交わしたりしたのは、最近になってからだ。それも、基本的に業務連絡のようなものでしかなく、思い出と言える程のものは思い浮かばない。何を思い出だと言っているのか。
進み出たマルドゥクだったが、そのまま動かない。表情を見る限り、足が竦んで動けないわけではないと思うのだが。
「来ないのか?」
「うん。父さんを倒したいわけじゃないから」
そう言われればそうだ。私には殺す理由があっても、この子にはない。どう見ても攻撃が届かない場所にいるが、自分から距離を詰める理由がない。
それなら、こちらから行くしかない。距離を詰めると、その分後ろに下がる。そんなことをしても生きていられる時間が大して延びるわけではないのに。
所詮は子供。さっさと勝負を決めよう。長く顔を合わせていては、決心が鈍りかねない。
脚力には自信がある方だ。地を蹴り、一気に間合いを詰めつつ、剣を振るう。
得意な斬撃飛ばしは使わない。あれは、水晶のように輝く氷を生む斬撃を飛ばして戦ったという水の賢者を意識して習得したものだ。今は使う気になれない。
一撃で殺しきるつもりだった。
しかし、マルドゥクが遥か間合いの外から剣を振るうと、剣がはじかれた。風が吹き抜け、前に進む勢いも弱まる。
斬撃飛ばし。さすがにヘーゼル様の弟子だけある、ということか。
そういえば、たまに私が素振りしているのを見て、真似するように素振りをしていたことがあった。意外と筋が良いと思ったことを思い出す。
ならば、斬撃飛ばしの威力も殺しきれるだけのしっかり体重の乗った一撃で。
風で少し崩された体勢を整えるなり、上段から思い切り剣を振るう。しかし、これも斬撃飛ばしではじかれる。
それなら、連撃で距離を詰めていき、斬撃飛ばしを放てない間合いまで持っていく。
風で体が流されないように、少し重心を落とす。素早く動くことよりも、しっかりと地面を踏みしめて体勢を維持することを意識する。
スピードがウリの軽戦士タイプだった私には苦手な戦い方だ。こういうのは生粋の盾役だったジルや、重厚な斧などの武器を扱う者の方が向いている。昨秋、模擬戦で戦ったライアンはこの戦い方だったな。
幾度も攻撃を重ねていると、徐々に距離が詰まってきた。もう少しで剣と剣が直接ぶつかる距離まで迫れる。普通なら、そこから鍔迫り合いが始まったりするのだが、木刀ではブロードソードの攻撃を受け止めることはできない。
先が見えたというのに、マルドゥクの表情は変わらない。距離を詰められつつあることに気が付いていないのか。それとも――。
いや、考えるのはよそう。非力な白の子供に、これ以上何かできるはずがない。これは邪念だ。何か奥の手があって、私に勝って生き残ってくれるなんて期待すべきじゃない。
次の一撃で剣は届く。終わりだ。
横なぎに剣を振るうよりも一瞬早く、マルドゥクが飛んだ。下から上に吹き上げるように突風が吹き、私の頭上を飛び越して、背後に着地。空中で向き直ったのか、私を正面に捉えて、首筋に木刀を突きつけようとしている。
ここまで同じ動きをなぞられれば、私も気付く。これはライアンと私の模擬戦を真似しているのだ。ところどころ再現しきれずに違ってしまっているが。
例えば、その木刀。身長が足りなくて、私の首筋まで届いていない。背伸びして、やっと剣先が首の近くに突きつけられている状態。そこから首を刎ねる動作に移れないのだから、意味がない。
やはり、子供。甘い。試合ならこれで終わりだが、これは実戦。殺しきった方が勝ちなのだ。
突きつけられる木刀を意に介さず、体を回転させ、そのまま遠心力を乗せた一撃を叩き込む。
木刀を斬り飛ばす。マルドゥクごと両断するつもりだったが、木刀とブロードソードが触れる瞬間、激しい突風が吹き荒れた。
しばらく体勢の維持に意識を傾けていたせいもあって、踏ん張って体の動きを止めてしまった。剣も振り抜かずに、中途半端な位置で止めてしまう。
対するマルドゥクは、突風に乗り、大きく後ろに下がっていた。手に残った木刀の柄部分を見ながら、小さくつぶやく声が聞こえた。
「残念。こっちの未来になっちゃったか。ごめんね、ハンノキさん。――父さん、もう風は使えないから、斬撃飛ばしが当たらないように避けてね」
そう言って、もう1本の木刀を構えた。




