第20話 凛として
ずっと誰かの声が聞こえてるけど、全然頭に入ってこない。
父さんが剣を手に襲い掛かってくる姿が目に映ってる。勝手に体が動いて避ける。
そんなことを何度も繰り返して、やっと気付く。そうか。今はヘーゼルさんが体を動かして避けてくれているんだ。
じゃあ、この声もヘーゼルさんか。でも、なんて話しているのか理解できない。何か父さんと話しているみたいだけど、父さんの言葉も頭に入ってこない。
父さんにとって、僕はいない方がいいらしい。それだけは理解できた。
そんなことがどれだけ続いたのか分からないけど、父さんの動きがちょっとの間止まって、その後、ヘーゼルさんの様子が変わった。なぜか周囲の温度も下がったような気がする。
僕のことを置き去りにしたまま、状況は動いていってるみたいだ。
何か音が聞こえた気がするけど、ヘーゼルさんの様子の方が気になる。ヘーゼルさんは、いつもあまり動じた様子を見せない。今も表面上は平静に見えるけど、体を巡る魔力が荒れ狂い、うねりとなって流れるのを感じる。
「私もヘーゼル様の怒りに触れて死ぬことは覚悟している。ともに死のう」
急に言葉の意味が理解できた。あぁ、そうか。ヘーゼルさんは怒ってるのか。
父さんが死んじゃうのは嫌だな。どうしよう。止めてって頼めばいいのかな?
でも、父さんは僕を殺そうとしてる。僕が死んじゃうとヘーゼルさんはどうなるんだろう。
迷ってるうちに、ギーラがやってきて、父さんに斬りかかった。軽く防がれてしまったけど、何度も何度も向かって行く。
「信じてたのに! なんで、あんたがこんなことするんだ!!」
涙声の言葉。ギーラも辛そうだ。
目の前で起こっていることなのに、何だか遠くの景色を見ているみたい。
頭では動かなきゃいけないと思うのに、動こうという気持ちが起こらない。
ギーラに加勢しようとするヘーゼルさんを制して、プリシラが横に立った。ひとり言のような言葉が聞こえてくる。
――皆が私のことを役立たずだって決めつけた。両親も私を避ける。
家の中で、味方はお兄ちゃんだけ。家から出ても、村の子供達は私と仲良くしようとなんてしない。
村の大人達はもっと酷かった。聞こえていないから分からないと思って、お荷物だとか、出来損ないだとか、言いたい放題だった。そのうちに、大人達の真似をして、子供達も陰口を言い始めた。「村のお荷物なんだから追い出した方がいい」そう言い始めた子供達は、嫌がらせをしてくるようになった。友達になってくれそうな子なんて見当たらなかった。
ある日、お兄ちゃんが私と仲良くできそうな子を見つけたって言い出した。会ってみたら白の男の子だった。その子は私を避けなかったし、役立たずだとも思ってないみたいだった。2人目の味方ができた。
その子のお兄さんにも会った。私を避けなかったし、嫌がらせもしない。悪い人じゃないのは分かった。でも、私に何も期待していなさそうに思えて、少し距離を感じた。敵じゃないけど、味方でもない人。
それでも、十分だった。字を教えてくれたし、本も貸してくれる親切な人だった。
おとぎ話を読んで、お姫様に憧れた。物語に出てくるお姫様は、何かをしたわけじゃなくても、皆から好かれてたから。
お姫様みたいに控え目で、優しい子になろう。そう思ったけど、上手くいかない。村の子供達は、相変わらず私を嫌った。嫌がらせがエスカレートして、お兄ちゃんが気付いた。怒ったお兄ちゃんは子供達を殴りつけて、悪者にされちゃった。
私がどんな子なのかなんて、村の人達は見ていない。それに優しいだけじゃ、味方になってくれた人の足を引っ張るだけ。それなら、他人任せのお姫様じゃなくて、自分の力で道を切り開く冒険者になりたい。
何もしないでも愛されるお姫様と違って、冒険者になるには力が必要。
そう思って努力してみて、気が付いた。お兄ちゃん達と比べて私には才能がない。
自分は本当にお荷物でしかないのかもしれない。そう思って焦っていたときに、友達の中から変な声が聞こえた。精霊さんらしきその声の主は、私にも果たすべき役割があると言ってくれた。才能だけで勝負は決まらないと教えてくれた。3人目の味方。
できることが増えていって喜んでいたら、友達のお兄さんがピンチになった。助けようとして先生と友達が作戦を立てる。当然のように私もその作戦で、役割を振られた。私に期待してくれたことが嬉しくて、頑張った。そのおかげか、作戦は上手くいった。自分にも価値がある。そう心の底から思えた。
帰ってきた友達のお兄さんとの間には、前みたいな壁を感じなかった。4人目の味方になってくれたんだって思った。
きっと、1人1人をしっかり見てくれる人なら、いつかは私の価値を認めてくれる。そう思えた――。
『ねぇ、マル。お父さんには、まだあなたの価値を理解してもらえてないかもしれないけど、私にとっては自分の価値を信じさせてくれた人なの。あなたをよく知らない誰かには分からなくても、すごい人だって私は知ってる。今も、私はあなたを一番頼りにしてるから。ただ倒すんじゃ、助かっても皆が傷つく。黒雄羊のときみたいに、マルが一番いいと思える未来を見つけて。それまで時間は稼ぐから』
言いながら、ずっと父さんが攻撃に移るタイミングを見計らって矢を放っていた。防がれるのは想定内。言葉通り、時間を稼ぐための行動なんだろう。
迷いのない表情。僕が正しい道を見つけ出すと信じて疑っていない。
美しく、凛としたプリシラの横顔を見ていたら、遠くで移り変わっていく場面を眺めているだけの傍観者からこの状況の当事者へと意識が切り替わっていく。
体を巡る魔力のうねりが、波紋一つない湖面のようにピタリと収まった。
黒雄羊を倒したときは、倒す方法は簡単に見つかった。でも、素材が無駄になるのが嫌で、一番いい倒し方を探した。
今もヘーゼルさんに頼れば、生き残ることは簡単だろう。でも、その先の未来は僕達が望むようなものじゃない。僕が父さんに認めてもらえる日は永遠に来なくなるし、ギーラには信じていた人に裏切られた過去が大きな心の傷として残るだろう。兄ちゃんやヘーゼルさんにとっても、悲しいだけの出来事になってしまう。
意識を集中して、先見の明で幾多の未来を見ていく。
――見つけた。納得のできる未来。
僕はハンノキの木刀を手に、前に進み出た。
◇
その頃、神々の住み処にて。
ヘルメスはローの前世での一場面を思い出していた。
前世で一度だけ、悪徳の使徒と対峙したときのことだ。
その頃は政情が不安定で、保守派の権力者達が改革派の者を潰そうと血眼になって探していた。民衆の支持を集めるカリスマを持った改革派の中心人物。彼こそが傲慢の神の使徒であった。
その者が追手に追い詰められて、ローの屋敷に逃げ込んだ。匿ってくれと頼む割に、「商人風情の屋敷でも、我慢してやる」となぜか上から目線のその男に、何の義理もないはずのローが手を貸した。
先見の明で未来が見れるとしても、妙な選択だと思った。外では役人がそいつを探し回っている。引き渡せば、即座に首を刎ねられるだろう。
ローには、保守派も改革派も関係がなかった。むしろ、力をつけすぎた商人の力を削ごうとする改革派の方が都合の悪い存在。匿ってやる意味はない。
ローは屋敷内の部屋の1つに彼の者を通し、明かりを付けずにその場で待っているように伝え、捜索に訪れた役人と相対した。
お尋ね者がこの辺りに逃げ込んだから敷地内を検めるという役人達を案内して、まずは店へと移動させる。当然だが、何もない。次は隠れる場所が多そうな蔵に、と言い出した役人に、散らかっているし、店とつながっているからと住居となっている屋敷へ案内すると言い出した。しかも、意味ありげに次男の弥助に目配せしたものだから、役人も不審がる。
怪しんだ役人は蔵に案内するように言って聞かず、押し問答になった。結局、押し入るようにして蔵に入られた。まぁ、そこには匿っていないわけだが。
蔵で見つかったのは、弥助が隠し持っていた春画の数々。呆れ返る役人達に「息子が助平で申し訳ありません!」と謝り倒す。その姿に、「まぁ、顔をあげてくだせぇ。禁制品ってわけじゃないんですから。店主も、妙に隠さず言ってくれれば良かったのに。あっしらは仕事があるんで、次の場所に」と笑って解放された。
女性陣の弥助を見る目が冷たくなり、弥助からは恨めしそうな視線を向けられたが、無事に匿えた。
でも、それからも大変だった。
「よく追い払ったな。私が老中に取り立てられた暁には、褒美を取らそう。何を所望する?」
「要りません」
「遠慮せず申せ。何も報酬を受け取らない者は不気味で敵わん。タダより高い物はないと言うしな」
「あなた様は、報酬を受け取れば恩をお忘れになります故」
「なんだと?」
額に青筋を立てて刀を抜く傲慢の神の使徒に対し、ローは鉄仮面で全く表情を変えない。挑発するような言葉にヘルメスはひやひやしていたものだ。
「あなた様は、力を付けつつある商人達から力を奪いたいのではありませんか。だから借りを作りたくない」
「ほぅ。私の考えをよく分かっていると見える。しかし、それならばこの店だけ特別に見逃すように頼めばいい。1つの店くらいなら見逃すさ。何も希望しないならば、貴公の店も例外とはしないぞ」
そう言って、冷たく見下ろす傲慢の神の使徒。
「では、1つお願いを。弾圧するにしても、お触れに則って行っていただきたい。お触れの内容も、理由の説明のつくものでお願い致します。結果として生き残る店も出るでしょうが、それは見逃すということで」
「……それでは、貴公の店が潰される可能性を排除できんぞ?」
「ご心配なく。何とかします」
言って、にこやかに微笑みかける。
「ふん。余程、自信があると見えるな。……世話になった。私はさっさと出て行くとしよう」
「お待ちください。出て行くときは裏口ではなく、表の玄関から。出てすぐに右に曲がり、突き当りまでは真っ直ぐ。それから左に曲がると役人がいます。追いかけられますので、これから言う経路で逃走してください――」
「待て。なぜ分かる? しかも、なぜ見つかるような道を教える?」
再び、青筋を立てて迫られるが、涼しい顔で返す。
「お仲間も追われていらっしゃるのでしょう? 囮になってお逃げになれば、あなた様のもっとも頼りにする部下も助かります。別の道を行かれても構いませんが、それでも見つかる危険性は付いて回ります。信じる信じないは自由ですが、私の勘はよく当たるのですよ」
ローを最後にギロリと睨みつけてから傲慢の神の使徒は去っていった。
それから3年後、老中となった傲慢の神の使徒が再び店に現れた。
「店主、いつぞやは世話になった。此度は貴公を私の補佐役として誘いに来た」
「お断り致します」
「……まだ条件など何も話していないが」
「私は商人でございます故、商売以外は門外漢。あなた様の役には立ちません」
にこやかに追い払ったかと思ったら、背を向けた傲慢の神の使徒に声をかけた。
「今から2年後にコロリが流行ります。衛生環境の整備をして、拡大を最小限になさってください。それから、反対勢力に属していても医者の粛清はお控えください」
眉を寄せてローを見つつも、立ち去り、傲慢の神の使徒は助言に従う。
勧誘に来ては断られながらも、助言を受けて帰る。そんなことが3度続いた。
「いい加減に私の右腕となれ。何が商売以外は門外漢で役に立たないだっ! まるで未来が見えているかのようではないか!? なぜ、その能力を活かそうとしない?」
「あなた様は傲慢でございます故、私がお近くで活躍しますと面白くないでしょう。だから、このままが良いのです。それに、私はあなた様の味方ではございません。最も平穏な未来に誘導するのに、あなた様を利用しているだけでございます」
「――貴公でなければ、今の暴言だけで斬って捨てておるぞ。まぁ、自分の店だけ助けろとも言わず、願いといえば皆が助かるためのものという仙人のような者と比べれば、私は傲慢極まりないだろうよ。貴公に会いに来るのも、後世の人間に無能な指導者だと評価されるのが我慢ならないからであるしな。貴公は、誰もが認める功績を残すのに丁度良い道具というわけだ」
そんな言葉にも、ニコニコと笑顔を返す。
「そうだ。私は、来年死ぬ予定でございます。それまでに、必要そうなことは書き残しておきますので、是非、葬儀にはいらしてください」
「……貴公はどこまでも変な男だ。もっと長生きできる方法はないのか?」
「いえ、私はそろそろ答えを知りとうございます。――お気づきの通り、私には未来のことが何となく分かります。でも、それは良いことばかりではございませんでした。何度も何度も、破滅の未来を見させられました。それを回避するために知恵を絞り、危機を回避したと思ったら、また絶望の未来を見ることになる。その繰り返しでございました」
暗い話を澄んだ目で語る。
「私のこの能力が、何かの罰であるのか。それとも、神からの恵みであるのか。死後の世界があったならば、その答えを知ることができるでしょう」
可能であるなら恵比須様にお会いしたいものです、と言って穏やかに笑う。ローが明鏡止水のスキルを獲得したのはこの時だった。




