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第19話 渇望

 その日の神々の住み処。


 ヘルメスは事態が好転することを願いながら、ロー(マルドゥク)の様子を見守っていた。


 ローの視野から見る父親は何度も剣で攻撃を重ねている。全て避け切っているが、それはローが自分の意思で避けているわけではない。ショックで固まってしまったローの代わりに避けながら、ヘーゼルが父親に問いかけている。


 その問答から分かったのは、村人達は自分は備えをしていなくても他の人はちゃんとしているだろうから、自分の家が破綻したところで助けてくれる余裕があると思い、食料の備蓄どころか、金も使い切っていたこと。既に破綻ギリギリの状態に追い込まれている家も多く、何の犠牲もなく再建することはできないこと。そんな状態でも、なお誰かが助けてくれることを期待する者ばかりであること。

 父親は村人に理解を求めるため、最初に自ら犠牲を払うことにしたようだ。プリシラまで巻き込まれたのは、ギーラの両親が食料の持ち出しについて咎められ、「うちも口減らしをすればいいんだろう!」と逆ギレした結果のようだ。


 最初は迷いがあったのか、父親の剣筋は鈍かった。しかし、繰り返し避けられるにつれて、覚悟が決まってきたのか、徐々に鋭さを増していきつつあった。


 動かなくなってしまったローに、信用していた者に裏切られ無気力になってしまい、怠惰に堕ちたかつての使徒の姿が重なる。


「ヘルメス」

 今日は1人でローの様子を見ていたのに、いつの間にかプロメテウスが近くに来ていた。

「プロメテウスか。マーリン(フェン)にローのピンチを伝えられないか? あいつが説得すれば、父親は考え直すだろう。優しく声をかけてもらえれば、ローもショックから抜け出せる」

 一縷の望みをかけて頼んでみたが、返ってきた答えは冷たいものだった。


「ヘルメス、この事態は君のせいだよ。使徒は転生時に記憶を失くすけど、強く意識したことは不思議と心に残り続ける。ロー君は、君の役に立ちたいと強く願った。だから、死んだ方が役に立つって言葉は彼の心に突き刺さってしまった」


 呆然とプロメテウスを見つめる。

 以前も1度だけ、こんなことがあった。忘れもしない怠惰の神から勝利宣言を受けたときのことだ。


「この間の転生のときだけじゃなく、ずっと君が見向きもしなかったせいで、彼は誰かに必要とされたいという気持ちを抱きやすくなっている。孤独がロー君の弱点になってしまった。その上、彼はあの父親に君を重ねている」

「この事態はお前の仕業なのか?」


 言われた言葉は理解できる。しかし、なぜプロメテウスが来るのかは理解できない。使徒の行動で敵陣営の使徒を堕落させたのでなければ、勝利宣言はできない。プロメテウスが手にしているモニターには、上位種が頻繁に出現する原因を突き止めようと森を調査するマーリンの姿が映されている。

 少なくともマーリンは味方として行動している。


「そうだね。数多の未来の中で許容できる未来の1つに導いた。未来は一見何でもない選択の積み重ねで出来ている。例えば、ロー君の戦闘訓練を始めるのがもっと遅ければ、村の倉庫を満杯にするほどの食料を集められずに、もっと早く村の惨状に気付けたかもしれない。例えば、マーリンが夏の終わりにきた冒険者達を早急に追い出して森が燃えずに済んだなら、ヘーゼルが憑依するのは少し遅くなって、ロー君のポーション目当てに強盗しようとする冒険者も現れずに、模擬戦を見ないから父親は憧れの対象にならなかった」

 父親の模擬戦を見なかった場合は、十中八九ヘーゼルが憧れの対象になったんだけどね、と軽い調子で付け加える。


 恐ろしいものを見る思いで、ヘルメスはプロメテウスを見つめ返す。打つ手から狙いを全く読めない。こんなことは先を見通す力を持つこの神(プロメテウス)くらいしかできないだろう。


 危険な世界にいるのだから力をつけようと言われれば、まだ子供なのに早すぎるとは思っても納得してしまう。そうしなければ、十分に冬を越す準備ができないと言われればなおさらだ。

 模擬戦だって関係を改善したいと願う父親の戦う姿を見られて、あんなに楽しそうにしていたのだ。ローにとって良いことだとしか思えなかった。

 マーリンだって、良かれと思って行動していただろう。冒険者をすぐに追い出さなかったのも、三日月熊(クレッセントベア)の出現を許した反省から慎重になっていたからだ。責められることではない。


 ヘルメスが衝撃を受けている間にも、ユトピアではヘーゼルの問いかけが続いていた。「ヘーゼルの弟子なのに殺すのか?」と問いかけると、父親の動きが数秒止まった。そして、語り出す。それこそが殺すことを決心した最大の理由であると。

 水の賢者は弱い者を切り捨てられずに敗北した。足手まといになるマルドゥクやプリシラがそばにいたら、きっと同じ轍を踏んでしまう。

 クリューエルタイガーを倒した後に残された水晶のように冷たく輝く氷を見て、本物の水の賢者だと確信した。本人ならば、例え破滅の原因になるとしても、子供を切り捨てられないだろう。この世界を導く障害になってしまいかねない。だから、自分が手を下すと決めたのだと。

 理由を聞いて、ヘーゼルの動きも一瞬止まる。続いてすっと目が細くなる。悲しみの色が表情から消えている。周囲の地面や木々が霜で覆われたように白くなっていく。怒りで魔力が漏れ出ているようだ。

 急に温度が下がったことで、ずっと動けずにいたプリシラがハッとしたように弓を手にした。鏑矢を空に向けて放つ。


「まだだ。まだ、ローは堕落したわけじゃない。ショックで動けなくなっているだけだ」

「ぐふふふふふふ。そうだねぇ、そうだねぇ。今は()()堕落してないねぇ」

 いつの間にか暴食の神と審判役の神である掟の神(テミス)が近くに来ていた。審判役は中立の立場の神が務めている。使徒が堕落しているか否かの判断を求めるために、勝利宣言の場に同席してもらうことも多い。


「いやぁ。しかし、しかし。驚いたもんだ。兄弟神そろって寝返ってるとはねぇ!」

 プロメテウスは左の眉をピクンと上げただけで返事をしない。

「さぁ。これから、これから。あの賢者はきっと父親を殺す。君の使徒のその手でね。生き残れても、待ち受けるのは絶望! 渇望した父親からの愛情はもう得られない。満たされることのない渇きに苛まれ続ける。このまま無気力になって怠惰に堕ちるか。満たされない渇きを満たそうと、強欲に愛情を貪るか。さて、どう堕ちるかな?」


 周囲が霜で白く染められていくのを見て、父親は間近にヘーゼルがいると思ってキョロキョロしていたが、誰も現れないので探すのを止めた。「私もヘーゼル様の怒りに触れて死ぬことは覚悟している。ともに死のう」と告げ、剣を構え直した。

 そこに横合いから走り寄った影が、父親に向かって剣を振り下ろした。鏑矢の音を聞いて駆け付けたギーラだった。


「ふん。使えない使徒め。まぁいい、まぁいい。交渉の時間が取れる。ヘルメス、君もこちらに寝返らないか? そしたら、あの使徒は君の使徒のままでいられる。君なら現職の強欲の神よりも、その座に相応しい。歓迎するよ! それとも、3人目のスパイになるかい? 2人しかいないって聞いて、ちょっと不安だったしねぇ」


 ギーラは尊敬していた村長が敵に回ったことで、動揺していて攻撃が単調だ。「信じてたのに! なんで、あんたがこんなことするんだ!!」と泣きながら斬りつける様は、甘い相手なら迷いを見せたかもしれない。

 しかし、実の息子を殺す決心を固めてしまった相手には、その言葉も届かない。眉1つ動かさず、冷酷に徹する気のようだ。ギーラの攻撃は、いとも簡単にいなされている。すぐに決着はつくだろう。


 使徒でなくなって転生できずに魂が消えてしまったり、暴食の神の使徒となって生きていくより、ローにとっても守護神ごと堕ちてしまう方がいいのかもしれない。何より、ヘルメスはローを手放したくなかった。

 返事をしようと顔を上げる。



「ふーん。スパイは2人、うち1人はエピメテウスね。情報ありがと。もう帰っていいよ。――ヘルメス、次にロー君に会ったら”お前ならできる!”とか”期待している”とか、言ってあげなよ?」


 急にやたらと能天気な調子で明るく話し出すプロメテウス。

 いつの間にか、テーブルと椅子を出し、お茶とお菓子を用意している。さっきまでの冷たく見下すような態度とは打って変わって、親しげだ。まるで「いつも通り、一緒に使徒の様子を見守ろう」とでも言っているようだ。椅子は3脚。既にテミスとプロメテウスは座っている。


「んなッ。なんだと、なんだと。お前は何を言っている? こちら側のスパイなんじゃないのか!?」

「やだなぁ。スパイだなんて、ボク、一言も言ってないよ? ロー君が堕落するとも言ってない。――断言しよう。彼はこの程度では堕落しない。君はロー君と()()を甘く見過ぎだ」

「さっきまでのは演技か。ローは無事というのは信じていいんだな?」


 どうやら、失言を期待して演技していただけのようだ。プロメテウスを軽く睨みつけつつも、堕落しないと断言されたことで安心したのか、残る椅子に腰かける。

「うん、保証するよ。ヘーゼルが父親を殺す可能性はゼロだ。それに、高確率でちゃんと立ち向かう。明鏡止水を自力で獲得するような使徒は、そんなに打たれ弱くないよ」

 テミスは優雅にお茶を飲んでいる。

 そう言えば、父親にプレゼントを渡そうとしたりして、自分から愛情を示そうとしていた。誰か親代わりに愛情を注いでくれる人物が現れても同じようにしている限りは、堕落したとは言えないだろう。


「おいぃ。どうして、どうして、私を無視する? テミスも中立なんだから、しれっと椅子に座ってんじゃない! それに、暴食の神の前で菓子を貪ろうとは、どういう了見だ!?」

「先見の明を持つ神がこれだけ断言するのですから、かの使徒は堕落しないのでしょう。仕事ですからちゃんと見届けますけれど、長引きそうですから座らせていただきました。それに、私も女性ですから、甘いお菓子は好きです」


 剣の腕では村長の方に分がある上に、尊敬していた相手に刃を向けているという精神的な負荷があるというのに、ギーラは攻撃を防ぎ続けている。隙が生まれそうなタイミングでプリシラが矢を放ってくるせいで、村長も勝負を決めきれないようだ。

「暴食の神が暴食はダメだって言うから、節度をもっていただこうか。フィナンシェ、1人2個ずつね。プレーンとチョコと抹茶、それぞれ2個ずつあるよ。レディーファーストでテミスから選んで」

 舐め切った態度に憤慨し、暴食の使徒は立ち去ろうとした。そもそも、自分1人で食べ物を独占するのが好きな暴食の神は、他の者が目の前で美味しいものを食べられるのが大嫌いだ。

 しかし、背を向けた途端、プロメテウスが声を上げた。


「お、マーリン、やっと見つけたか。暴食の神の使徒が宿った木。ねぇ、テミス。これってありなの? 死後に人間じゃないものに宿って力を使ったとして、それで相手陣営の使徒を堕落させても勝利宣言ってしていいの?」

 見せているたモニターには、暴食の神の使徒が宿った楓の木を見つけ、焼き尽くそうとしているマーリンの姿が映っていた。乗ってきたはずのラプは、鏑矢の音を聞いてプリシラの元に駆け付けさせたようで単身だ。

「それは、想定されていませんでしたから、ルール上明確に禁止されているわけではありません。しかし、人間が善なるものかどうかを証明するという目的からしますと、禁止すべきかもしれません。検討しておきますわ。私、チョコと抹茶をいただいても?」

「なっ」

 声を上げる暴食の神を無視して、フィナンシェを皿に盛りつけ、テミスに差し出すプロメテウス。自分の皿にチョコと抹茶のフィナンシェを乗せるヘルメス。プレーンが2個残っているのを見て「空気読んでよ、ヘルメス」と文句を言われても、「わざとだ」と返す。


 暴食の神は、まるっきり無視されていることに腹を立て、自身の使徒に力を送り込んだ。


「あら。今のは、明確なルール違反ですわね。第1種世界といえど、守護神が使徒に直接力を貸せるのは、限られた条件を満たしたときだけ。何かしらのペナルティを与えねばなりませんわ。追って罰を言い渡しますので、ご覚悟を」

 審判役の神の前でやらかしてしまったが、自身の使徒の目の前にいるマーリンを殺せればいい。そう思って勝ち誇る暴食の神に向かって、プロメテウスは実に嬉しそうな良い笑顔を見せる。今の行動で、望む未来が確定した、とでもいうように。


「渇望していたのは、ロー君だけじゃない。救世主を渇望した父親。存在意義を渇望した暴食の神の使徒。未来を照らす希望を渇望する水の賢者。さて、誰の渇望を彼らは満たしてくれるかな?」

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