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第18話 嘘

 クリューエルタイガーっていう虎の魔物が出た翌日、とりあえずラプを森から避難させておくために家を出ようとしたら、プリシラが人の気配がするという。

 そっと玄関のドアを開けてみると、昨日の背の高い子が家の前にいた。


「あの。……ホワイトシープのミルクを譲って欲しくて」

「はい! いらっしゃいませ! どうぞ、中にお入りください。――兄ちゃん、商品の準備をお願い!」

 今日は村役場での訓練は中止になったから、兄ちゃんは一緒にいた。空間魔法から商品を出してもらえるから、ちょうどいい。小声で「マル、ちょっとは警戒しろ。今まで何度も盗みに来てた奴だぞ」って言われたけど、せっかくのお客様に失礼な対応なんてできない。


「あ、その、お金ないんだ。物々交換でもいいかな?」

「はい。いいですよ! ホワイトシープのミルクは1リットル200ダハブなので、それくらいの価値の物なら」

 その子が持ってきたのはチーズだった。結構大きな塊で、丸々1個だと適正価格が1200ダハブだ。


 家に入ってプリシラの姿を見るなり、頭を下げた。

「プリシラちゃん、石を投げつけたりして、ごめん! もうしない。誓うよ」

 それから、伝わらないかもと思ったのか、何度も謝るジャスチャーを繰り返す。

『マル、もういいって伝えて。されたことを忘れはしないけど、本当に反省してて行動を改めるなら、それでいい』

 手話もつけてプリシラはそう言った。そのまま男の子に伝える。

「ありがとう。本当にごめん。――その手の動きでコミュニケーションしてたんだね」

 手話をつけたのは、意思疎通のスキルを隠すためか。プリシラもまだ警戒してるみたいだ。やったことを考えたら当然か。


「フェンも、昨日はうちの親が変なこと言って、ごめんな。それから、マルドゥク君。助けてくれてありがとう」

 クリューエルタイガーから助けたのが僕だって分かってるみたいだ。正確には僕に憑依してるヘーゼルさんだけど。

「おい。ちょっと来い」

 兄ちゃんが怖い顔で男の子の襟首を引っ掴み、僕達の部屋に連れて行く。

 そして、部屋のドアを閉めるなり、胸倉をつかんで凄んだ。


「お前、それを誰かに言ったか?」

 僕が青い服を着てたことがバレると困ったことになる。兄ちゃんはそれを心配してるみたいだ。

「まだ誰にも言ってないよ。なんだか秘密にしてるみたいだったから。でも、あんなことができるんだから水の精霊と契約したんだろ?」

「まだ、仮契約なんだ。だから、皆には黙っててくれる?」

「そうなの? うん、命の恩人が困るなら言わないよ。目の前で見ないと誰も信じなさそうだしね」

「言いふらしたら、痛い目を見るからな。覚えておけよ」

 兄ちゃん、こういうときは怖いんだよね。痛い目ってどんなだろう。

『私なら、玄関を雪だるまで塞いでおいたり、歩く度に足元に水溜まりを作ったり、飲もうとしてる水を凍り付かせたり程度のいたずらにしておくかな。実害がないなら、そんなものだろう』

『マルに危害を加えようとしたなら、俺は容赦する気はない。髪の毛、全部燃やしてやる』

『うわぁ。実害ないなら、ハゲはかわいそうだよ』


 意思伝達でヘーゼルさんと兄ちゃんのいたずらプランを聞きながら、チーズとミルクの交換。チーズ6分の1個でミルク1リットルと提案したら、あっさりオーケーしてくれた。

 男の子が持ってきた容器にミルクを入れて渡すと、すぐに魔法で加工し始めた。チーズじゃなくてヨーグルトにするみたいだ。


『うむぅ。こういう呪文を聞くと直したくなるな』

 ヘーゼルさんが思わずつぶやいてしまうくらい、効率の悪い呪文だった。闇魔法で発酵させてるんだけど、攻撃魔法でも撃つかのような仰々しい呪文で、必死で威力を抑えている。

 ヘーゼルさんに教えてもらった方法だと、精霊さんに何をして欲しいか伝えるときの言葉で威力を調整する。軽い調子の言葉で頼むと弱めに、真剣な重々しい言葉で頼むと強めの威力になる。

 発酵が進み過ぎると酸味が強くなっちゃうから、こういう時は軽い方がいいのに。


「ストップ」

 目利きで見ていて、ちょうど良さそうなタイミングで声をかけた。驚きつつも魔法を止めてくれた。味見用にスプーンを渡す。

「あ、美味しい。ありがとう。――ヨーグルト作るの、久しぶりだったんだ。上手くいって良かった」

「そうなんだ。いつもはチーズを作ってるの?」

 兄ちゃんが鑑定で見た結果によると、この子はコルネイユ=ハヤワーンって名前で、兄ちゃんよりも年上の12歳。スキルは飼育術と闇魔法≪下≫の2つだけ。両方とも技能系スキルだから、家畜の世話や発酵食品作りをしているうちに身に付けたスキルだろうってことだった。


「じいちゃんに教えてもらって、前はチーズとかヨーグルトとか良く作ってた。――ねぇ、言い訳にもならない話なんだけど、聞いてくれる?」

 何だろう。でも、随分久しぶりに僕とお話してくれる人が現れたんだ。聞いてみよう。軽くうなずいた。


「僕が生まれる少し前、やたらよく食べる人が村に移り住んできて、他の家に忍び込んでまで食べ物を漁ってたらしいんだ。村長が満足に食べ物を集められないお年寄りやケガをしている人のためにって用意することにした村の備蓄食料にも手を出すようになった。それで、異常な食欲で食べまくる人のために苦労して食料を用意するのが馬鹿らしくなって、真面目に食料を準備しない人が増えていったんだって」

「それじゃあ食料が足りなくなっちゃうんじゃない?」

「うん。食料不足になっちゃうから、その人に食料を取られないように厳重に警備をするようになって、その人は食料を求めて森に入ったまま帰ってこなかったらしいんだ」

 その人には迷惑をかけられっぱなしだったから、誰も行方を気にしなかったらしい。


「その人がいなくなっても、楽することを覚えてしまった人達は元には戻らなかった。そうすると、他の人がサボってるのに、自分達だけ頑張るのは不公平だって気になって、怠ける人が増えてったんだ。うちは、じいちゃんの代からずっと山羊とか羊とかを飼って、毛を売ったり、ミルクをチーズとかに加工したりしてて、昔は何十頭もの家畜の世話をしてた。僕もマルドゥク君くらいの年の頃までは、喜んで手伝いをしてた。でも、一昨年くらいから僕の両親も家畜の世話を止めちゃったし、僕も手伝いをするより友達と遊ぶようになった」

 それで、冬越えの準備をしなかったのか。困るのは自分達なのに。

「誰かが助けてくれるって甘えてたんだ。村長とかの強い人にとっては魔物なんて簡単に倒せるから、食料に困っても何とかしてくれるって。――昨日、魔物に襲われて、魔物ってこんなに恐ろしいんだって、初めて実感した。今までは、肉くらい分けてくれてもいいじゃんって思ってたけど、あんな怖い相手に立ち向かって得た物なんだから、簡単にもらえないのは当たり前だよね。やっと理解できたんだ。気付くのが遅すぎたけど」

「今の状況さえ乗り越えれば、また家畜の世話をしてチーズを作ったら良いんじゃない?」

 チーズは目利きで見たけど良い出来みたいだった。売ってお金にするもよし、自分達で食べるもよしだ。おじいさんと協力して頑張れば大丈夫だろう。


「無理だよ。森にはあんな怖い魔物がいるし。たくさんの家畜を世話してたときは、牧草が足りなくて、森で草を取ってきてたんだ。森に入れないんじゃそれもできないし、2週間前に最後の羊を潰しちゃったんだ。もう、うちに家畜はいない。もう、やり直せないんだ」

 まだ羊がいるなら、僕のところにミルクを買いに来るわけがない。考えれば分かることだった。

 やり直せないなら彼はどうなっちゃうんだろう。


「このヨーグルトは、じいちゃん用なんだ。最後の家畜を処分した後から寝込んでて、一昨日から食事もとらなくなっちゃった。でも、ヨーグルトなら食べられるかもと思って。じいちゃんが生きてる間は、何とかこの村で生活するつもりだけど、その後は家族バラバラになっても、どうにか生きられる道を探すしかない。養子を探してる革細工職人の親戚がいるから、僕はそこに引き取られることになると思う。じいちゃん、永くないだろうから、少しでも孝行したいんだ」

「コルネイユさんはそれでいいの?」

「自分達がサボった報いだから、しょうがないよ。――僕のことはコルとか、コニーって呼んで。また、ミルクを分けてもらいに来るかもしれない。短い間だけど、よろしくね」


「ねぇ、僕がホワイトシープを使い魔にしてくるよ。その使い魔を貸して、コルさんが世話をするのはどう? 採れたミルクを加工して作ったチーズの一部を対価として渡してくれればいいから」

「そんな提案、しない方がいいよ。羊だけ盗って、ミルクの出が悪いとか言って誤魔化して対価を払わないかもしれないだろ?」

 良い提案だと思ったのに断られちゃった。


 コルさんが帰った後、気になって先見の明で彼の未来を見てみた。


 ベッドに横たわるおじいさんに声をかけ、ヨーグルトを食べさせている。良かった。ちゃんと食べられるみたいだ。

 コルさんも、おじいさんに「美味しい」って言ってもらえて嬉しそうだ。でも、「新しい羊を買えたのか?」と聞かれて、ミルクだけを買ったことを話すと、おじいさんは少し落胆した様子だった。

「じいちゃん、大丈夫だよ。先月、真っ黒なラプトルを使い魔にして帰ってきた奴がいただろ? いつも4人で森に行ってる奴ら。今日、そいつらと話してさ。ホワイトシープを使い魔にしたら、僕に貸しても良いって言ってくれたんだ。お礼はチーズを分けてくれればいいって」

「本当か? ――ろくでもない子とばかり遊んでると思うとったが、良い友達もいたんじゃな。随分、お人好しのようじゃが、裏切ったらいかんよ。いざというときに助けてくれる友達は貴重じゃ。早く死んで、口を減らさにゃならんと思うとったが、新しい羊が来るなら儂も頑張って生きなければな」




「さっきは断られちゃったけど、コルさん、おじいさんと話して気が変わるんだね! 皆、ホワイトシープの雌を見つけたら倒さないで。使い魔にするから」

『……マルドゥク、あれは優しい嘘――』

『ヘーゼルせんせ、しぃーーっ。羊を渡したら、本当のことになるかもしれないし。ね?』

 ヘーゼルさんとプリシラが何か話してたけど、よく意味が分からなかった。

 おじいさんに元気になってもらうためにも、早めに羊を用意してあげなきゃ。


 ◇


 翌日、家の裏手に移動させたラプのところに行くと、地面に兄ちゃんの字で「ちょっと調査をしてくる。昼までには帰る。フェン」って書いてあって、ラプはいなかった。虎から逃げる機動力を確保するために、1人で森に入るときはラプに乗っていくように決めてある。兄ちゃんは1人で出掛けたんだろう。

 さっそくホワイトシープを探しに行きたかったけど、仕方ない。プリシラに頼んで2人で行こう。感知術で見つけやすくなるし。

 そう思って、家に入ると父さんから声をかけられた。


「マルドゥク、父さんと出かけないか? ちょっとした散歩だ」

「うん! 行く!」


 目は逸らしたままだったけど、初めて名前で呼んでもらえた。嬉しくて即答してしまった。

 ヘーゼルさんは『急に散歩だなんて妙だ。警戒しておけ』って言うけど、父さんとのお散歩に警戒することなんてあるとは思えなかった。


「プリシラちゃんも一緒に行こうと思う。呼んできてくれないか?」

「分かった!」


 プリシラも『急にどうして?』って不思議がってたけど、弓を持ってついてきてくれた。僕も森に行こうとしてたから、木刀は持ってる。

 前を歩く父さんも背中に剣を担いでいる。ライアンさんとの模擬戦のときのブロードソードだ。


 散歩の行き先は、森だった。ずんずん奥へと進んでいく。いつも行くことが多い東側じゃなくて、西の方だ。こっちは魔物が少ないのか、全然遭遇しない。

 せっかくだから、父さんと何か話したかったけど、脇目も振らずに早足で進んでいくから声をかけられない。


 だいぶ進んで魔物もいないのに、父さんは剣を引き抜いて振り向いた。


「マルドゥク、プリシラちゃん。すまない。ここで死んでくれ」

「え? ちょっとした散歩だって――」

「あれは、嘘だ。今、村は危機的状況だ。口減らしをしないといけない。――それに、お前は杖になってくれたら一番役に立つ」


 表情を消してるけど、辛そうな声でそう言われて、頭が真っ白になった。

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