第17話 フェンの日記(14)
魔法歴984年2月25日
今日から、ヘーゼルの修業。
どれくらいの期間になるかは分からないけど、ギーラやプリシラとも冒険者活動をすることになりそうだから、鑑定の結果を共有しておく。親が頼れないなら、1人でも生きていける力を身に付けてもらいたいしな。
ギーラが悪徳の使徒だってことは、今は考えないようにしておこう。
俺はまず、並列思考獲得を目標に努力する。マルとプリシラは嫌がってたけど、結構楽しい修業だ。
途中から俺も教える側に回って、ちょっと大変さが分かった。ヘーゼルの知らないことを語ってやろうと思って、地球での知識を中心に子供でも難しくない内容を選んだつもりだったけど、プリシラには不評だった。次からは、すぐに役立ちそうな内容も混ぜよう。
そして、修業後にヘーゼルとマルの計画を聞かされた。
性能の良い杖を売り出すことで、白が杖の製作に使われる状況を変えていこうとしているらしい。面白いし、商売の神の使徒らしい作戦だ。
でも、マルには一緒に戦って欲しいし……と渋っていたら、ヘーゼルは技術協力をする見返りとして色々条件を出しているらしい。やりたいことをやるのに協力しろとか、製造とかを任せられる奴を見つけろとか。マルの力をちゃっかり利用しようとしている辺り、あいつも結構したたかだ。
あいつが本契約を迷っている理由と考え合わせると、本契約をしてもいい条件を提示しているようにも思える。
商売に専念したいマルは納得してないみたいだけど、俺はこの話に乗ってやってもいい気がしてる。
よし、ある程度は杖の練習をしておくか。前々世の世界で読んだ武器の扱いの解説書とか、参考になりそうだ。
そうだ。弓関係の使えそうな知識も教えてやろう。少しは役に立つかもしれない。
◇
魔法歴984年3月30日
今日、ギーラが精神耐性のスキルを獲得した。
前と比べて、講義の最中でも動きが良いと思ったから期待して鑑定したのに。こいつにとっては俺とヘーゼルの授業は精神攻撃だったのか。そういって怒っても堪えている様子はない。
はぁ。気分的に疲れた。こいつの相手をしていたら俺も精神耐性を獲得するかもしれない。
ヘーゼルは薄々ギーラが話を聞き流していることに気が付いていたみたいで、面白がって笑ってた。
氷塊を避ける訓練は楽しそうにやってるのにな。マルにとっては先見の明の練習だけど、ギーラにとっては見切りと急加速の練習になってるみたいだ。そっちは順調そうだ。鑑定で見ても変わりはないけど、近くで見てると成長していってるのが分かる。
熟練度みたいなものがあるのかもしれない。並列思考も、しつこく訓練してる間に、同時に考えられることが2つから3つに増えた。
気にしてないみたいだけど、マルの意思伝達とかもそうだ。最初の頃は、マルのスキルを使って俺とギーラで直接コミュニケーションってのは無理だった。一旦マルに伝えて、マルからギーラにって感じだったのが、今は直でやり取りできている。
指揮官を代わってくれって言い出しそうだから、このことは黙っとく。
先見の明があって、作戦を瞬時に複数人に伝えられる指揮官。良いじゃないか。そのまま続けてほしい。
◇
魔法歴984年3月31日
今日は色々あって長い1日だった。順を追って記していく。
明日から4月だからということもあってか、森で村人達が狩りをすることを解禁するらしい。俺も狩りに参加した方が良いか父さんに聞いたら、だいぶ悩んでから「午前中だけ、最低限の手伝いだけ頼む」って答えが返ってきた。
食料がなくなったときの村人達の態度が酷かったから、少しは反省させたい。けど、食料が足りなくて餓死されたりしたら困るから、最低限の手伝いだけってことらしい。
それで、しばらく魔物狩りを控えることにし、度々盗みに入られかけている秘密基地を整理した。
村人総出で襲撃とかされたら、たぶん父さんがキレる。
氷室と化していた洞穴は元通りに。小屋は、物を減らしたうえで、透明な氷が嵌った窓を少しだけ大きくして何もないことを外からでも分かるようにしておく。こうすれば、わざわざ襲う奴もいないから、数日留守にしても大丈夫だろう。
そんな作業をしていたら、事件は起こった。
虎の魔物、クリューエルタイガーが出て、村の子供を襲った。幸いマルが先見の明で察知してヘーゼルと助けに行ったから、大事には至らなかった。そのとき、マルは青く染めたローブを着ていて、子供達に声をかけるわけにいかず、俺とギーラが後を引き継いで事後処理に当たったんだけど、これが大変だった。
現場には、凍り付いたクリューエルタイガーの死体と、ケガをして気を失ってしまっている子と、腰を抜かして呆然としている子。
ケガをしている子は魔法で治療。ケガは浅く、簡単に治せた。それから、2人を村まで送り届ける。腰を抜かしていた子は、何とか歩けるようになってくれたけど、目の前でクリューエルタイガーの死体を空間魔法に収納するわけにいかない。仕方なく、これも運ぶ。
俺が太った子をおぶって、ギーラに虎を運んでもらった。
村に着いたら、いきなり父さんに出くわした。最初に襲われて逃げた子が助けを呼んだみたいで、剣を手にしてた。ギーラが抱えている虎を見て、目を見開いたが、凍り付いた死体を見て誰が倒したかはすぐに悟ったようだ。
でも、そのままお役御免にはならず、何があったのか詳しく説明して欲しいと頼まれた。早く、マル達の元に帰って話し合いをしたかったけど、仕方ない。
あの魔物は、獲物をじわじわと痛めつけて殺す習性のある魔物で、今まで森で見かけたことはなかった。フォレストラプトルが現れて、上位種の黒瑪瑙地走竜が出現したときと同じだ。また上位種が出現するのかもしれない。
しかも、クリューエルタイガーは上位種でなくても強い魔物。普通の魔物のくせに、三日月熊よりも強いと考えられているくらいだ。
それの上位種となれば、今まで戦ってきた魔物とは一線を画す強さだろう。4人がかりでなら倒せるんじゃないかと思うけど、不意を突かれて攻撃されたりしたら俺やプリシラはあっという間にやられるだろう。ギーラの見切りや、マルのタラリアみたいなスキルでもなければ、素早い虎の魔物の攻撃を避けるのは難しい。
ラプのときみたいに、出現と同時に4人で対処できる体制を整えておきたい。
さて、父さんへの説明だけど、子供達の親も同席したいと言い出して、これが大変だった。
父さんだけなら、「虎の魔物はヘーゼルが倒した。危険な魔物が他にいないか確認するから、ちょっと時間をくれ」で済ませることもできそうだったんだけど、襲われた子供達の親は気が動転しているのか話を聞いてくれない。
「もっと早く、ケガをする前に助けてくれたらよかったのに」
っていうのはまだ理解できる。それができるならやってるよ、って言いたいけどな。
「そもそも、肉を素直に無料で差し出してくれたら、こんなことにならなかった」
「その虎の魔物も森に住む狂人の使い魔で、うちの子を襲わせたんじゃないのか」
「勝手に森に住みついているのなら、何かしら村の役に立つことをしろ。そんなに強いなら村の安全のために、危険な魔物を片付けてくれ。ついでに余った肉は腐らないうちに食べてやる」
なんて図々しいことを言い出されると腹が立つ。ヘーゼルのファンである父さんは、眉をピクピクさせて怒りをこらえていた。助けてくれた人を狂人扱いとか失礼だと思わないのかな。
「そもそも、森に住み着いた魔導士がいるっていうのは嘘じゃないのか」
なんて意見もあった。正解だ。あいつは森じゃなくて、マルに住み着いてるからな。
でも、クリューエルタイガーを倒したのは俺やギーラじゃない。それをどう説明するのか。
「きっと村から持ち出した食料を森に隠し持ち、別人が集めたものだと偽っていたんだ。あそこにある肉は全て村のものだったに違いない」
ギーラをチラチラ見ながら言いやがった。結局、ギーラの両親がやったことを利用しつつ、濡れ衣を着せるために言っているだけってことだ。
あの事件はさすがに黙っているわけにはいかなかったのか、村の皆に知れ渡ってしまった。午前中の訓練でも、ギーラに嫌みを言ってきたりする奴がいる。
これには、魔物の死体を見せて説明したけど、俺でもできるはずだと言って聞かない。
父さんが、襲われた子に話を聞こうと言い出した。最初に逃げ出した子は魔物を倒すところは見ていないから除外。
太った子も気を失っていたから見ていないはずだけど、「あの小屋には人はいないと思う。10回以上通ってるけど、フェン、ギーラ、プリシラ、フェンの弟以外に見たことないもん」なんて言いやがった。
次に腰を抜かしてた子。でも、太った子が何か耳打ちして、「僕もあの小屋で大人の魔導士を見たことはないです」って言いやがった。
こいつら、助けてもらった恩を仇で返しやがって。そんなに肉が食いたいか。
そう思っていたら、腰を抜かしてた子は勢いづく親達を見て何かを思ったのか、意を決したように話し出した。
「父さんも母さんも、待って。誰か強い人がいるんだと僕は思う。顔は見えなかったけど、青いローブを着た人が助けてくれたんだ。その人が剣を振るったら、村長がやるみたいに斬撃が飛んで行って。魔物に当たったと思ったら、キラキラした氷ができて、魔物が凍って倒れてた。フェンは、剣術はそこまですごくないから、あれは別の人だと思う」
最後の一言は気に食わないけど、まぁ事実だ。それに、本当のことを話してくれた。そんなに嫌な奴じゃないのかも。
この一言で、ヘーゼル不在説はなくなったけど、食い意地の張った親達は止まらなかった。
「白や耳の聞こえない子でもお世話ができるなら、うちの子でもできるはず。お肉が簡単にもらえる楽な仕事を独占するのはずるい。村の子供たち全員で当番制にしよう」
なんて言い出だした。
「いやいやいや。無理だろ。師匠は結構、面白い性格してるぜ? 誰でも相手できるわけじゃない。それに、ダサいと着替えに走らされるから、お前とか走るだけで日が暮れちゃうんじゃないか?」
太った子を見ながら、ギーラはこんなことを言ってた。俺も散々着替えに帰らされてるから、ありえそうだけど、それをはっきり言っちゃうのはマズイ。
案の定怒り出して、うちの子の方が気に入られるはずだと喚き出した。
ヘーゼルは精霊もどきだよ、なんて本当のことを説明できるわけがなく、埒が明かない。
結局、父さんがぶちギレて話を打ち切った。
しかし、村人達も引くに引けなくなったのか、話を通すまで森に狩りにはいかない、食料は村長の責任でどうにかしろと言い捨てて出て行った。
家に帰ったら、ヘーゼルから作戦会議の呼び出し。
ギーラは、両親が変な行動を起こさないように実家で暮らしているから、夕飯を家で食べさせると約束して連れ出した。こいつの両親もセコい。
作戦会議では、今まで上位種に出会った時期、場所を整理した。
そこから予測するに、大体1ヶ月から1ヶ月半に1体のペースで出現していると考えられる。
そして、出現場所。三日月熊は秘密基地に現れた。秘密基地自体は、森の南端からやや北西に進んだ場所だけど、魔物は東からやってきた。灼炎熊は森の東側に北から。黒瑪瑙地走竜はそこから少し北東。
俺の会っていない魔女蜘蛛や黒雄羊も他の上位種と近い場所を縄張りにしていたと考えられる。
通常より遥かに早いペースで出現する上位種。ハシバミの木があった森の東側から少し北に入った辺りに集中している出現場所。
上位種出現が人為的かどうかは分からないけど、あの辺りに何かあるのかもしれない。
しっかり準備をしたうえで、調査を進めることにして、詳しい対策は明日以降に立てることになった。
俺は、プロメテウス様からの「先を見よ」って指令を思い出していた。
まだ点数を言われていないから、あの指令はまだ続いているはず。
上位種が頻繁に出現する状態のまま、俺達が村を離れたらいつか大惨事が起こるだろう。
きっと、あの指令はこの異常事態に対処しろってことだったんだ。
だとしたら、これは俺に出された指令。
あまり人任せにするべきじゃない。無茶をしない範囲で単独でも動こう。




