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第16話 不満のはけ口

 冬が終わって、寒さも緩み、ポカポカと暖かい日も増えてきた。


 冬の間の食料は、町で買って補充した分と1回だけ父さんが秘密基地で保管してある肉を買い取った分で何とかなったみたいだ。


 冬眠する魔物も目を覚ましてから少したった頃だろうし、森には木の実などの食料が増えてきている。村の人達が森に入っても、そんなに大きな危険はなくなっただろう。

 そう判断した父さんから村の人達に、明日から自分達の食料を自分達で森に入って調達するように、と通達があった。


 無事に兄ちゃんは2週間くらいで並列思考を獲得できたし、ギーラはめでたく(?)昨日精神耐性を獲得したので、並列思考獲得のための修業は終了だ。兄ちゃんは「俺の講義はお前にとって精神攻撃かよっ!?」って怒ってたけど、明らかに聞き流してるんだから並列思考は獲得できないだろうってことで結局諦めた。

 修業で魔物を狩り続けていると村の人達が食料を確保しにくくなるだろう。だから、魔物を狩りに行くのは一旦お休みだ。しばらくは、秘密基地周辺での訓練や溜まった素材の加工、家での座学系の修業が中心になる。


 修業スタイルを変更するに前に、今日は秘密基地の整理だ。

 兄ちゃんに氷室の中の肉類を全部空間魔法に入れてもらい、元の洞穴に戻した。余った肉は機会を見つけて町で売る。売りに行くときは騎乗訓練を兼ねて、黒瑪瑙地走竜(オニキスラプトル)のラプに乗っていく。名前は兄ちゃん達がつけてた名前で何となく定着した。

 氷の小屋は休憩所として便利だし、父さん達がヘーゼルさんの住み処だと認識してるからそのまま。でも、留守にすることが多くなるから片付けて、あまり物を置かないようにする。

 置いておいたローブも兄ちゃんの空間魔法で保管してもらうことになっている。しばらく、手に取ることもないから一度だけ袖を通しておこうかな。


 久しぶりに着るとやっぱり新鮮だ。いつも白い服ばかりだから。

 さて、狩りが解禁になって何日間かは森に入る人も多いだろう。最低でも3日間は留守にする予定だ。

 その間に起こることを先見の明で予測しておこう。まず最初に浮かんできたのは――。



 何度か秘密基地に肉を盗みにやってきた村の子供達。太った中くらいの背の子と、普通の体格でやや背の低い子と、痩せた背の高い子の3人組。全員男の子で、年は兄ちゃんよりちょっとだけ上だそうだ。

 性懲りもなく秘密基地に向かってきているみたい。太った子と普通の体格の子の服がちょっと個性的だ。太った子は、オークの顔がバンっと前面に描かれたトップスと黒いパンツ。普通の体格の子は、白いシャツに蛍光イエローのオーバーオール。ひょっとしたら兄ちゃんに回ってきた服はこの子達のものだったのかもしれない。……あのオークの顔のトップスとか兄ちゃんに回ってこないと良いな。

 これは、いつだろう。太陽の位置から計算機(カリキュレーター)で時刻を割り出すと、今から1分後らしい。随分、近い未来だ。

 でも、知っておいて良かった。青いローブを着ているところを見られたら困ったことになる。残念だけど、脱いでおこう。


 ――と思った直後。イメージの中の普通の体格の子が、突然現れた魔物の爪で切り裂かれ、悲鳴を上げる。虎の魔物だ。今まで森では見たことがない。

 幸いケガは深くないらしく、そのまま恐怖に駆られて村の方へと逃げ出した。

 痩せた背の高い子は腰を抜かしてしまったのか、座り込んでしまう。先頭を歩いていた太った子は、悲鳴を耳にしてから眉をひそめて振り返り、魔物を見て硬直。そんな様子を見て、虎の魔物は口角をニッと上げて牙を見せる。

 魔物は太った子に向かって腕を振り上げ木立に叩きつける。致命傷を与えずに嬲る習性でもあるのか、太った子のケガもそんなに深くないように見える。しかし、恐怖のためかケガのショックか、気を失ってしまったみたいで白目をむいて動かない。太った子に興味を失ったのか、それとも、もう1人の子が逃げないうちに攻撃しようと考えたのか。魔物は痩せた背の高い子に向き直る――。


 そこまで見て、ヘーゼルさんが体の制御を奪って小屋を飛び出した。


「フェン、ギーラ! 森の入り口まで来い! 先に行く! プリシラは小屋の中で待機。魔物の気配を感じたら鏑矢で知らせろ!」


 それだけ言って、駆け出す。

 そうだ。助けなきゃ。あれが1分後ならギリギリ間に合うかもしれない。


『ヘーゼルさん、僕の方が早い。体の制御は僕に。二人羽織で刀を出して』


 木刀は置いてきてしまった。魔力だけで武器を作るのは兄ちゃんの救助作戦のときに1回成功しただけ。失敗できない場面ではヘーゼルさんに任せるべきだ。


『勝手に走り出してしまってすまない。剣は私に任せてくれ。攻撃も私がやろう』

 僕の言葉を聞いて、即座に体の制御を返してくれた。フードを深くかぶりつつ、全力で走る。足に翼が生えたみたいに体が軽くなる。


 もともとそんなに遠い場所じゃない。あっという間に現場に着く。


 見えた。

 先見の明で見た最後の場面と同じ光景だ。

 痩せた背の高い子に向かって近づき、腕を振り上げる虎の魔物。


 右手に白銀の刀身に深い青のラインが入った剣が生成される。ヘーゼルさんが使うからか、刀じゃなく両刃の剣で、柄のところに青い宝石っぽいものが嵌っている。宝石の中には、雪の結晶をベースにした魔法陣が浮かんでいた。


 青藍氷水

 魔力で生成された剣。水系の魔法剣術の威力を大幅に上げる効果を持つ。作成者が魔法を解除するか、維持に必要な魔力がなくなると消える。その見た目から、通称でロイヤルブルーとも呼ばれている。

 付加能力:水魔法剣術威力大向上、消費魔力半減、敏捷性向上

 潜在能力:魔力循環(要魔法剣術≪上≫以上)


 すぐさま剣を振るうと、その軌跡に沿って魔力の刃が生成され、魔物に向かって飛んでいく。

 飛んでいった斬撃が、虎の魔物に直撃。胴体を両断され、地に倒れる。斬られた魔物は凍り付いて血は流れ出ていない。

 余った魔力が解放されたのか、剣を振るった軌道の延長線上にいくつもの透明な氷が生成された。クリスタルのように日の光を浴びて冷たい輝きを返す透き通った氷だ。

 きれいだなと思ったけど、魔物が倒されたことを理解した痩せた背の高い子が僕の方に顔を向けたから、慌てて顔を伏せた。急いで背を向け、秘密基地に向かって走り去る。

 呆気に取られていたのか、声をかけられることも、追いかけてこられることもなく、その場を離れることができた。


 途中で追いかけてきていた兄ちゃんとギーラに会って、ケガをしている太った子の手当てを頼み、青いローブを脱いで兄ちゃんにしまっておいてもらう。

 これで、しばらくはこのローブを着る機会はないだろう。名残惜しいけど、仕方ない。


 なんにせよ、大事にならなくて良かった。プリシラの待つ小屋に帰ろう。



 プリシラと一緒に兄ちゃん達を待ちながら、小屋の整理をしていると、ギーラだけが戻ってきた。

 手当てを終え、村まで男の子達を連れて行ったら、先に逃げ出した子の報告で騒ぎになっていたため、兄ちゃんは村役場の父さんのところまで行って事情を説明しているという。

 長引くかもしれないから、小屋を片付けたら帰って戻ってくるのを待たずに帰っていてくれって伝えると、ギーラは急いで村役場に向かっていった。


 虎の魔物は素早かったし、強そうだ。あんな魔物が出ると分かったら、その対策で村は大変かもしれない。兄ちゃん達の帰りを待っていたら、確かに遅くなってしまうだろう。

 母さんが心配しているかもしれないし、手早く小屋の整理を済ませてプリシラと一緒に家に帰ることにした。

 ギーラが戻ってきた今も、プリシラは僕達の家で暮らしている。それでも、ギーラ達の両親は何も言ってこない。家にいてくれた方が安心だけど、ずっと会いにも来ないんじゃ、プリシラも寂しいんじゃないかな。


『え? 私、両親とも意思疎通できないから、マルの家の方がおしゃべりする相手がいて寂しくないよ』


 考えていたことが筒抜けだったようだ。プリシラの言葉を聞いて、ホッとすると同時に悲しいような気にもなってしまう。

 話題を変えたくて、ヘーゼルさんに話しかけてみる。


『ヘーゼルさん、虎の魔物を倒してからずっと黙ってるけど、どうかした?』

『ん? いや、今日の魔物が上位種出現の前兆である可能性を考えてた。フェン達が帰ったら、作戦会議でもするかな』

 ヘーゼルさんは平然としてるから、深刻な内容でもあんまり不安な気持ちにならずに済む。


 そんなことを話しながら村に帰ると、まだ騒ぎは収まっていないみたいで、村の人が広場に集まっていた。

 いつもは人のいないタイミングを見計らって通るけど、騒ぎが収まるのはまだ時間がかかりそうだし、森から現れた僕達に注目が集まってしまったから、そのまま家へと向かう。


 僕を見た途端に前は皆逃げてしまったけど、今日は逃げずに声をひそめて話をしている。プリシラは、また石でも投げられるんじゃないかと緊張してるみたいだ。


『あの女の子の家、村の食料を持ち出したんでしょ? 返したって言っても迷惑かけたんだから、もっと誠意を見せて欲しいわよねぇ。何かお詫びにご馳走してくれるとか、ないのかしら』

『あの子達、お肉の見張り番をしてるからって、たっぷり食べさせてもらえてるんですって。良いわよねぇ。どうして選ばれたのかしら。出来損ないのくせに』


 声は聞こえないんだけど、僕の注意が村の人達に向いているせいか、意思伝達が彼らの意思を拾ってしまう。プリシラには伝わってないといいんだけど、表情が硬くなったところを見ると、何を言われているのか分かっちゃったみたいだ。

 プリシラは表情は変えても、歩くスピードは変えなかった。しっかり顔を上げて、何もないかのように進んでいく。僕もその隣をスピードを合わせて歩く。


『子供だし、耳も聞こえないし。きっと私達に迷惑かけてることとか全然分かってないのよ。呑気なものよねぇ』


 心ない言葉が続き、プリシラの横顔には悔しさが浮かんだけれど、振り返らずにそのまま家に帰る。


『帰ろう、マル。何も知らない人が適当なことを言ってるだけ。気にするだけ損』


 たぶん、振り返って睨みつけたり、僕が言い返したりしても、何も変わらないだろう。僕らが原因で食糧難になっているわけじゃないのは、彼らも分かっている。ただ不満をぶつける相手として僕達を選んだだけ。

 彼ら自身が不満の原因を解決しようとしない限り、きっと何も変わらない。

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