第13話 フェンの日記(13)
魔法歴984年2月19日
今日は森で黒瑪瑙地走竜を使い魔にする予定の日だ。
マルとプリシラでフォレストラプトルを適度に倒して、今日黒瑪瑙地走竜が出現するように調整をしてもらった。
先見の明と計算機を駆使して出現パターンを絞り込んでもらったが、上位種の出現をコントロールするなんて初めての試みだ。不測の事態で出現が早まった場合は、もったいなくても安全優先で対処するしかない。
ラプトル種の魔物は荷運びや移動に役立つが、種類によって微妙に耐荷重や速度が違う。
黒瑪瑙地走竜は細身で、重い荷物を運ばせるのにはそれほど向かないが、脚が速く、並みの馬では追い付けない。
一方、岩石地走竜は荷運び用としては優秀で耐荷重も持久力もあるが、脚は遅い。馬どころか、ちょっとスピードに自信のある戦士なら走って追いつける程度らしい。
俺達が黒瑪瑙地走竜を使い魔にしたいのは、主に移動を考えてのことだ。町まで魔物の素材を売りに行ったり、マルがアブヤドに行くときについて行くのに乗ろうと思っている。それから、万が一、ギーラとプリシラが急いで両親から逃げ出さなければならなくなったときの足になってくれることも期待している。
荷物を運ぶなら俺の空間魔法があるから、岩石地走竜では使い魔にする意味がない。
だから、何らかの事情で岩石地走竜が出現した場合は倒す方針だ。
そんな計画に従い、まずは、南門から出て草原でマルやプリシラと合流。
森に入って、ヘーゼルから魔物を使い魔にする方法のレクチャーを受ける。マチルドさんは何ヵ月にもわたって餌付けしたりして、苦労してクロちゃんを使い魔にしたらしいけど、今日教えられたのは意外と簡単な方法だった。
ほとんどの魔物は強い者に従う習性がある。それを利用し、敵わない相手だと認識させてやればいい。
具体的には魔力を放出し、上から押し付ける。魔物はその魔力の与えてくるプレッシャーから、相手が自分には敵わない敵だと認識する。そこで、服従を選んでくれれば使い魔にできる。知能のある魔物だと、敵わないと思っても服従せずに死を選ぶこともあるらしいが、黒瑪瑙地走竜くらいなら気にしなくていいそうだ。
別の方法として、魔物を魅了する方法もあるみたいだが、俺には縁がなさそうだ。マルやプリシラなら可能性があるかもしれないが、上位種相手だと魔力と併用するしかないらしく、今回は魔力で服従を迫る方法で行くことになった。
まずは、練習としてホワイトシープや突進ウサギを使い魔にしてみる。こいつらは家畜やペットとしての需要があるから、かわいそうだが後で売り払う。今の村は食料不足で羊やウサギがいたら、勝手に殺して食肉にされてしまいかねないんだそうだ。だから、村で家畜として飼う選択肢はない。
俺は簡単にできたけど、マル、ギーラ、プリシラは苦戦してた。
ただの魔力放出は呪文が用意されてない。自力で魔力を外に出す方法がよく分からないみたいだ。しかし、マルがちょっと困った顔で笑いかけたら、雌のホワイトシープは使い魔になってしまった。魅了する方法の方が楽みたいだ。異性の魔物じゃないと効果が薄いけどな。
プリシラは色々考えて、殺傷能力のない風魔法を当てて魔力をぶつけてみることにしたようだ。これは上手くいった。けど、魔力量が足らなくて突進ウサギくらいしか使い魔にはできなかった。
ギーラは最後まで魔物を使い魔にはできなかった。
それで、黒瑪瑙地走竜は俺が使い魔にしてみることになった。
失敗したらヘーゼルがお手本としてやって見せてくれるらしいが、それは負けた気がするから嫌だ。是が非でも成功させてやる、と思って挑んだ。
黒瑪瑙地走竜は午後3時くらいに現れた。場所は夏に森が焼けた場所から北東に少し進んだあたり。マルの予測通りだ。
10匹くらい集まっていたフォレストラプトルの1体が、木の樹液をなめているうちに光を放ち始め、頭から順に色が黒く染まっていき、進化した。
進化を確認すると同時に、魔力を高密度で放出し、上から頭を押さえつけるようにして叩きつけてやる。
周囲のフォレストラプトルは、それだけで簡単に地面に這いつくばり、服従の意を示した。直接魔力を押し付けられなくても、魔力の強さを感じ取ったみたいだ。
しかし、黒瑪瑙地走竜は押さえつけてくる魔力に抗い、俺の方を見つめてきた。かと思うと、いきなり必死になって暴れ出した。
魔力が足らなかったか?
追加で魔力を放出しようとしたら、ヘーゼルが魔力を放出。俺が最初に放出したのと同じくらいの量だ。黒瑪瑙地走竜はやはり魔力に抗い、ヘーゼル(体はマルだけど)を見やる。と、即座に服従のポーズをとった。地面に伏して頭を下げるんじゃなく、お腹を見せて「喜んで従いますとも!」って感じだ。
「分かっただろ? 魔物もダサい奴には従いたくないものなんだ」
こいつ、やっぱりムカつく。
とはいえ、使い魔にとって主が魅力的かどうかは重要らしい。う~ん、少しは身だしなみに気を使うべきか?
黒瑪瑙地走竜はヘーゼルを1番上位の主としつつも、俺やマル、ギーラにプリシラも主人として認めてくれた。今後は、こいつの操縦なんかも訓練することになる。あらかじめ用意しておいてくれたらしい鞍と手綱を付け、さっそくギーラと2人乗りで町に帰る。もちろん、この日使い魔にできた魔物を引き連れてだ。
黒瑪瑙地走竜は俺の使い魔として登録し、他は全て売り払うことを門番さんに伝えた。
登録の手続きとして、使い魔であることを示す印を決める。主人として登録された者が決めるらしいが、全員で話し合った結果、赤いスカーフと決めてあった。クロちゃんみたいにリボンでもいいけど、こいつは雄だからスカーフの方が良いだろう。
赤は火魔法が得意な魔導士がよく選ぶ色だ。門番さんには青じゃなくていいのか聞かれた。
むう。ヘーゼルの使い魔だって思われてるな。間違ってないけど。
◇
魔法歴984年2月24日
今日、村に帰ってきた。馬車ではなく、黒瑪瑙地走竜に2人乗りで帰ってきたから、村はちょっとした騒ぎになった。事前に父さんには手紙で知らせておいたんだけどな。
首に真っ赤なスカーフを巻いた黒色の黒瑪瑙地走竜は、体も大きく迫力がある。
ギーラは見た目も気に入っていて、カッコいいからと毎日乗り回していた。目の際とか白いラインが入ってるのもアクセントになっていて良いそうだ。
村の男の子達は恐がって近くには寄ってこなかったけど、ずっと熱い視線を送っていて、心なしかラプも誇らしげに見えた。ラプってのは黒瑪瑙地走竜に付けた名前。俺とギーラが勝手にそう呼んでるだけだけど。
飼う場所は森の中だ。秘密基地から肉を勝手に持っていこうとする不届き者がいるらしいから、番をさせておく。
でも、今日のメインはラプじゃない。ヘーゼルとのサシでの話し合いだ。指導を受けることは決めたけど、いくつか聞いておかなきゃならないことがある。皆が寝静まった時間に蔵で会って話した。
まずは、マルと本契約する気があるのかどうか。
これは、明確な回答は得られなかった。当人も決めかねてるらしい。能力的には問題ないけど、ただの商人になるつもりならヘーゼルのやりたいことができない可能性もあるからだそうだ。
そういう理由なら問題ない。マルが使命を果たそうとしてくれれば、本契約してくれそうだからな。
次に、今の状態を続けていてマルにデメリットはないのかどうか。
こっちの答えは「あると言えばある。でも、最小限に抑える」だそうだ。
そもそもヘーゼルが憑依すると、相手の容量の問題でかなりの確率で元の魂がはじき出されるらしい。その場合、元の魂を宿らせた木で杖を作って持ち歩き、成長してから体に魂を戻していたそうだ。しかし、最初から同居できていたマルには、このデメリットは生じなかった。
この話を聞いたときは思わず睨みつけてしまったが、嫌だと言われれば、大人しく適当な木に憑依して体を返す気だったらしいから、まぁ許そう。今まで憑依してきた白も見捨ててはこなかったみたいだし。
他のデメリットとして、ヘーゼルが憑依している間は、他の奴は憑依できないそうだ。これは容量の問題。ヘーゼルほどの魔力を持った相手を憑依させている状態で他の相手も、というのは明らかに容量を超えてしまう。
こっちのデメリットはちょっと痛い。本契約の確約がない以上、去っていかれたら生き残れなくなるかもしれない。
ただ、ヘーゼルには弟子を死なせる気はないそうだ。今まで憑依してきた白とは、長くても10年以内で憑依を解いてきたらしいが、必ず簡単な水魔法だけでも使えるようにさせて処分されてしまわないようにしてきたそうだ。ある程度の期間、強い魔力を使い続けることで、体内を魔力が自然とめぐるようになるみたいで、憑依を解いても魔力が残る。精霊術師を名乗れる程度には、魔力が残る状態になるまで仮契約は解除しないと確約してくれた。
マルを害する気は皆無みたいで、ホッとした。一方、ヘーゼルは暗い顔だ。
自分が憑依した相手がこんなに懐いてくるのは、今までなかったらしい。
生き残るためには仕方ないという諦め、自分の体を奪われたことへの憎しみ、強大な力への嫉妬。最初はいつもそんな感情を向けられ、正体を察すると畏怖の念か敬意に変わる。そんな相手とは、本契約する気は全く起きなかったし、別れる時も悩まなかった。
でも、マルについては色々考えてしまうようだ。マイペースに見えて、こいつも悩んでるんだな。
話していると師匠っていうよりも、生徒の進路を真剣に考える学校の先生に見えてくる。
戦闘の才能があるから長所を生かして活躍して欲しいけど、当人は商人になりたがってて、戦闘の訓練はそんなに真剣に取り組んでくれない。最近になってようやく一生懸命頑張るようになったけど、将来の希望を叶えてやるにはもっと別のカリキュラムを組むべきかもしれない。
ってそんなことを言われても。師匠が弟子に相談するなよ。
こら、拗ねるな。口を尖らすな。膨れて頬を膨らませるな。やっぱり子供っぽい。
俺はマルがただの商人になることには反対だから、俺に相談しても親身になってやることなんてできない。
それに、そもそもヘーゼルに商人になるための授業なんてできないだろう。
「お前にできることをすれば? 教わったことをどう活かすかは本人次第なんだし」
面倒くさくなって、投げやりにそう答えたら、なぜか感心した様子でうなずかれた。いや、そんなに嬉しそうにされても困る。
話題を変えるために、おまけで聞いてみた。
「ところで、賢者大戦の最後に水が溢れ出したのって、あれ、お前がなんかしたの?」
「あの頃は白はいなかった。私はハシバミの木に宿ったまま、動くこともできずに事態の成り行きを眺めていただけだ」
確かに、白はもっと後で出てきたはず。白以外の人間に憑依できないなら、水の賢者といえど何もできないか。
「ただ、生きてるうちに、ちょっとした時限式のいたずらを仕掛けていた。どこかの馬鹿が、魔力をたっぷり含んだ骨をちょうど仕掛けた魔法陣に触れるようにばらまいたせいで、いたずらが予定よりも盛大に成功してしまった可能性は否定しない」
ニヤッと悪い笑みを浮かべながら言う。ほら、やっぱりお前が原因じゃないか。
よく魔法陣発動用の動力源にしてた魔物の骨と同じ働きをヘーゼルの遺体が果たしてしまったっていう誤算はあったみたいだけど。
呆れた表情を向けたら、ちょっと寂しそうな顔で言葉を続けた。
「本当はサプライズプレゼントのつもりだったんだがなぁ。水不足で悩むあいつらは、湧き水を喜ぶと思って。怒りと受け取られてしまったようだが」
マチルドさんが語り聞かせてくれたヘーゼルを殺した民の残した手記によると、ヘーゼルから闇の賢者へ手紙が用意されていたという。手紙には”水の賢者を討ち取った褒美として、自国の民には敗戦国の民としての扱いをしないでくれ”という内容が書かれていたそうだ。
この手記に書かれていることが本当なら、ヘーゼルは民の裏切りを知った上で死を受け入れたってことになる。だから、あんまり信じてなかった。けど、もしこれが真実で闇の賢者が手紙を受け取った上で民を冷遇したとしたら。最後の願いを握りつぶした後ろめたさから、善意の贈り物も怒りで起こした奇跡に思えてしまったかもしれない。
町にあった石像のように寂しく物憂げな表情を見せられると、何も言えなくなってしまった。




