第12話 町でのひととき
「マル、強くなったな」
兄ちゃんを背負って森を突っ切っていると、不意にそんなことを言われた。
確かに、前は兄ちゃんを背負いながら木々を渡って連続ジャンプなんてできなかった。今は、体内の魔力を使って力を強化できるから、楽勝だ。ただ、この魔力は僕自身のものじゃない。僕の中に住んでいるヘーゼルさんの魔力を借りているだけだ。
「魔力を使えるようになって確かに強くなったけど、ヘーゼルさんが憑依してるおかげだから」
「それだけじゃなく、強くなったよ。魔物に追われてても冷静なのは、十分に対処できるって自信があるからだろ?」
チラッと後方を見ると、キラーベアが追いかけてきている。
そういえば、修業を受ける前はキラーベアは怖かったな。倒せないわけじゃないけど、危険な強敵って感じだった。
「……修業で散々倒してるから。最近は10体以上いる所を狙って、突撃させられてるし」
「おい、ヘーゼル。小さな子になんて無茶させてんだ」
『まったくもって無茶じゃないから安心しろ。この間は上位種をプリシラと2人だけで楽々倒してたぞ』
「魔物に追われることも気にならなくなるわけだ。――でも、それにしたって急ぎ過ぎだと思うぞ? 森を1時間かからず抜けられるなら、これからもこっそり町に行って売ってくることだってできるだろうし」
「えっ!? だって、ヘーゼルさんがこの先、素材を売りに行けるチャンスなんてほとんどないって……」
『ふふふ』
「やっぱりお前のせいか。今すぐ稼がなきゃ金が足りないと思わせて、暴走するように仕向けたな?」
ジト目で睨む兄ちゃん。でも、ヘーゼルさんはむしろ楽しそうだ。
『いやぁ。最近、マルドゥクの操縦方法が分かってきたものだから面白くて。――しかし、やはりツッコミ役がいるのは良いな。マルドゥクとプリシラでは、真に受けてしまいそうで、遠慮してたようなことも気にせず言える』
「俺を弟子にしたかったのって、それが理由かよ」
『物事を素直を受け取るだけでなく、1歩引いて、おかしなところがないかどうか考える。疑いの目を忘れない。お前みたいなのがいると助かるよ。私に騙されるくらいならいいが、詐欺にでもあっては困るからな』
「ふぅん。思う存分、ボケたいだけじゃなくて?」
自分を超えうる才能を持っているからっていう理由は言わないみたいだ。言ってあげたいけど、口止めされちゃったから言えない。
「ま、いいや。並列思考だけでもお前の修業を受ける意味はあるから。それにしても、マル、空中での移動が自由自在だな。この分なら、空も飛べるな」
「もう、兄ちゃんってば、ヘーゼルさんに似てきたんじゃない? 空を飛べるわけないじゃん」
『マルドゥクの滞空時間の長さは異常だからな。できそうな気がする。フェン、何か心当たりがあるんじゃないか?』
「あるよ。マルには前にちょっとだけ言ったけど、タラリアってスキルがマルにはあるんだよ。あのスキルは空も飛べるはずだ」
タラリアは兄ちゃんの作ったお話に出てきたヘルメス様の靴だ。からかってるんだよね?
秘密基地に着いた。おしゃべりは一旦中止にして、敵を片付けよう。
空中で敵の方に向き直りながら着地。呪文を意思伝達で唱えておいて、キラーベア5体の足元に着弾させ、修業のときにヘーゼルさんがよくやっていたように、足を凍り付かせて動けなくさせる。
これで、先にワイルドビー6体を仕留め、ゆっくりキラーベアを倒せばいい。
と思ったら、兄ちゃんがさっさとワイルドビーを倒していた。複数の敵をまとめて倒すのが上手くなってる気がする。兄ちゃんも町での冒険者活動とかで強くなってたんだ。
よし。僕もいいところを見せたい。気合を入れてキラーベアを片付けよう。
結構な数の魔物を倒すことになったけど、危なげなく森を往復できた。これからが本番だ。まずは、今日することを皆で確認。
『さて、今日のスケジュールだが、まずは全員で町に入る。マルドゥクとプリシラの2人は町に入る時に色々言われる可能性があるから、フェンとギーラが上手くサポートしろ』
「もちろん。マル、安心していいからな」
「おう、任せとけ」
『その後は、2手に分かれる。フェンとマルドゥクで用意した物を売りに行き、ギーラとプリシラで穀類や野菜類の買い出しだ。それから、服を売ってる店の目星を付けておいてくれ』
ギーラからの手紙でギーラの両親が村の食料を持ち出したことが分かった。
ギーラは責任を感じ、食料を調達して返すことにした。肉類は冒険者活動で兄ちゃん達が狩った分や、僕達が修業で狩った分で用意できるけど、それ以外は無理だから購入するしかない。
買った食料は、僕が背負ってきたリュックに詰めてもらい、持ち帰る。父さんにはヘーゼルさんが手紙で話をつけてある。
これが、今日すべきことの1つ目。
「服? あぁ、プリシラの服か。スカートじゃ動きにくそうだもんな」
『フェンさん、私のはついででいいの。お兄ちゃんのお古で何とか間に合わせてるから……』
そう。プリシラも動きやすい服を欲しがってはいるが、それは緊急に対処すべき問題ではない。
今日はギーラの誕生日。本人が希望したことを成し遂げる必要がある。
「フェン、オレが師匠に頼んだんだ。今まで黙ってたけど、フェン、お前のファッションセンスは酷い。今日はまだましだけど、この間の水玉のシャツにチェックのパンツとかは止めてくれ!」
「はぁ!?」
『村にいたときは、普通の格好だったから、お兄ちゃんの手紙読んで不思議だったんだけど……。今日の黒ずくめの格好とか、ちょっと怖いかも』
「兄ちゃん、ごめん。いつも寝る前に明日着る服を用意してるのを見て、コーディネートがいまいちなときは、こっそり直してたんだ。でも、ずっとやってあげられるわけじゃないし、ちゃんと言うべきだったね」
「え? いや、別に着るものの見た目とか気にしなくて良くないか? そんな突飛な格好をしてるわけでもないし」
『その無頓着をとりあえずは直せ。私の弟子はダサいの禁止だ。修業にきたとき、変な格好だったら着替えに帰らせるからな』
兄ちゃんがポカンとしている。ギーラは結構見た目にこだわる方だから、変な格好だと一緒に歩くのが辛いんだそうだ。だから、これが今日すべきことの2つ目。
「いやいやいや。今日はこいつの誕生日だろ? 俺の服とか後回しで――」
『ギーラの希望によるものだ。せっかく中の上くらいの顔してるんだ。少しは気を使え。じゃないと、マルドゥクと兄弟だと信じてもらえなくなるぞ』
兄ちゃんはまだ納得してなさそうだったけど、ギーラは、雪を降らせるよりも、こっちを優先して欲しいって言ってきたんだ。これは外せない。
それに、僕と違って着る物の色を限定されてないんだから、是非、オシャレを楽しんでもらいたい。
『それから、ギーラの誕生日を祝うパーティと、上位種出現への対策を話し合う。以上だ』
「おい。俺の服装の優先度がおかしい。上位種出現の対策、買い出し、誕生日のパーティ、で最後に俺の服装だろ?」
『それでは、出発だ』
「こら。無視すんな。上位種出現の対策よりも優先しなきゃいけない程の酷いファッションセンスなんてありえないだろ」
ギーラが兄ちゃんの肩に手をポンっと置いて、憐れむような眼で見つめ、うなずく。
そのまま、皆で町に入る門へと向かって行く。
「おいっ。なんか言えよ!」
そういえば、ヘーゼルさんの言ってた兄ちゃんの取扱説明に、言葉でのやり取りは得意だけどジェスチャーだけだと返事に困る傾向にある、とかあったなぁ。
授業を受けてないのにマスターしてるなんて、さすがにギーラは兄ちゃんのことをよく分かってる。
僕が白だっていうことで門ではいくつか質問をされたけど、申告した期日までに入ったのと同じ南門から出ることを約束し、ちゃんと入れてもらえた。逃亡防止のために白の所在は把握しておかないといけないようだ。
それから、僕と兄ちゃんは職人ギルドに向かう。兄ちゃんはいつも冒険者ギルドで素材を買い取ってもらってるみたいだけど、なめし革や織物なんかの半加工品はこっちの方が良い値を付けてくれるだろう。
まずは、兄ちゃんが何度か指名依頼を受けたことがあるという目利き持ちの鍛冶職人さんに、いくつかなめし革を売った。なめし革は剣のグリップに巻いたりもするから、鍛冶職人さんにも需要はある。
僕も目利きを持っていることを察したのか、職人ギルドでの納品の仕方なんかを親切に教えてもらった。僕は年齢が足りなくて登録できなかったから、代わりに依頼の受注までしてくれた。依頼の未達があったりすると受注者として責任を問われてしまうのにだ。ただ、納品する相手が変な人だと困るからと、受注する依頼は全部鍛冶職人さんの知り合いが出しているものになった。何かお礼をと思ったけど、ギルドでの依頼達成成績が上がるから、それで十分だという。良い人だ。
ギルドで渡せばいいものもあったけど、依頼のうち2つは品質確認のために依頼者の元まで配達する必要があった。目利き持ちの人は依頼者にはいなかったから、この確認が結構時間がかかった。
適正価格よりは低い報酬になっちゃったけど、それでも行商人さんに売るよりは高い。
時間がかかったのは、依頼者の仕立て屋さんが僕のコートを買い取りたがったせいもある。今日の僕のコートはホワイトシープの毛皮を使ったムートンコートだ。白一色でも膨張して見えないように、やや細身に作ってある。「良いラインね」って言ってくれたのは素直に嬉しいけど、これを売ってしまっては寒くて外に出られない。
すっかり昼を回ってから、待ち合わせ場所の広場でギーラ達と合流。広場には水の賢者だという若い男の人の石像が建っていた。何だか寂しげな顔をしている。
「オレ、いつも思うんだけど、なんでこいつこんな辛気臭い顔してんだろなー」
『偉くなったせいで、いたずらができなくてつまらないんだ。そういう顔をしてる』
ヘーゼルさんは断言してたけど、石像が建ってるくらいだからすごい人のはずだよ? ヘーゼルさんじゃあるまいし、「あぁ、いたずらができなくてつまらない」なんて思ってるはずないのに。
兄ちゃんも「お前、それ、町の人に言うなよ?」って釘を刺している。
それから、兄ちゃん達が泊っている宿屋に行って、部屋でギーラの誕生日パーティ。持ってきたローストベアは喜んでもらえた。
普通はゆっくりお祝いをするところなんだろうけど、ギーラは外に出たいみたいだ。
町を案内してもらいながら、ギーラとプリシラで探し出した服屋さんに向かう。依頼で訪れたような仕立屋さんではなく、古着屋さんだ。
とりあえず、兄ちゃんに選んでみてもらって分かったのは、センスが悪いというよりも、何も考えずに目についたものを手に取ってるってことだ。目につきやすいものは色が派手だったり、柄の個性が強いから組み合わせが難しい。自分で選ぶと変なコーディネートになるのはその辺が問題なんだろうな。
今は、地味な色の服ばかりだから、組み合わせを多少失敗しても微妙な格好程度だけど、自分で選ぶようになったら一緒に出掛けられないレベルになってしまうかもしれない。
『お前はごちゃごちゃしたのは似合わない。基本はスッキリしたデザインの物を選んで配色で遊ぶか、小物でアクセントをつけてみろ』
「お前、俺に最初に教えたいのは本当にそれか?」
ヘーゼルさんの助言も今の兄ちゃんでは活かせないだろう。
「兄ちゃん、その紫の毛皮のベストは止めた方がいいよ。呪われてる」
慌てて兄ちゃんが手を放す。
目利きを使うまでもない。店員さんがさりげなく手の届くところに、何度も置き直してくるあたり、明らかに不良在庫だ。
性能面は気にしそうだから、まともな見た目で性能の良い服を揃えておけば多少は改善するかなぁ。




