第2話 秘密基地
翌朝、兄ちゃんと手をつないで玄関に向かう。僕の靴もちゃんとあった。良かった。外に出たことなかったから、靴がないんじゃないかってちょっと心配してたんだ。
「フェン、あの……」
「母さん、今日はマルも一緒に遊んでくるよ」
「あ、えっと。靴は――」
「僕のちっちゃい頃のがあるし」
なんだ。兄ちゃんが用意してくれたのか。でも、今、母さんがちらっと僕の方を見た。ちょっとうれしい。
「じゃあ、行ってくるね。いつもよりちょっと遅いかもだけど、夕飯までには戻るよ」
「あ……、待って」
そう言って、母さんは家の中から小さなフード付きのローブを出してきた。白は着る服の色を決められている。何の精霊とも契約していない、竜にも乗れない白は、白い服しか着てはいけない。だから、ローブも白色だ。
迷いながら、僕に向かって差し出してくる。
何かを手渡されたのは初めてだ。何かを与えられるときは、いつも寝てる間に枕元にそっと置かれていたから。
「ありがとう」
母さんは目を合わせずに、奥に行ってしまった。
ローブのフードをかぶって顔を隠して出かけた。
家を出ると広場になっていた。村の中心に家があるなんて知らなかった。父さん、実は村長なんだよ、と兄ちゃんが教えてくれた。
広場を挟んで向かいの建物が村役場で、父さんはそこで働いているらしい。
広場では子供たちが数人遊んでいたが、兄ちゃんは目もくれずに村の外を目指して歩いていく。
近くの森に入る。そんな奥までいかないから安全だよって兄ちゃんは言うけど、いいのかな。少し歩くと小さな洞穴があった。兄ちゃんの秘密基地なんだって。
「おい、フェン。遅いぞ。――そいつ、誰だよ。ここはオレ達の秘密基地だろ。勝手に他の奴連れてくるなよ」
「俺の秘密基地だ。弟を連れてくるのは自由だろ」
「なんだ。例の白の弟か。オレはギーラ=サーフィだ。よろしくな」
僕の方を向いて自己紹介してくれた。父さんや母さんみたいに僕を無視しない。
「なんで弟が白だと思うんだ? 顔を見ていないだろ」
「父ちゃんと母ちゃんが言ってた。っていうか皆言ってるぞ。なんだ違うのか?」
この人が兄ちゃんの友達のギーラさんか。僕のことを白って言ったせいで、兄ちゃんはちょっとトゲトゲした態度になっちゃったけど、別に悪い人じゃなさそうだな。
「初めまして。マルドゥク=サラームです。よろしくお願いします」
フードを取って、顔を見せてあいさつした。
「おう。フェンが弟連れてくるなら、オレも妹連れてきたのに。妹はお前と同い年だから、仲良くしてやってくれよな。耳が聞こえなくて話せないけど、いじめたらぶっ飛ばすぞ」
妹想いの良いお兄ちゃんだ。もちろん、友達になってくれるかもしれない子をいじめたりしないよ。
「で、今日は何するんだ? 狩りか? 剣か? 今日は負けないぞ」
「俺がお前に負けるわけないだろ。それに今日はマルの訓練だからな。邪魔するなよ」
何となく分かった。きっと2人はライバルなんだ。それで「倒すべき敵」なんだな。
「ちぇっ。……ん? でもそれって、オレにも弟子ができるってことか!」
「違う。なんでそうなるんだ。俺の弟を勝手に自分の弟子扱いするな」
「よーし。まずは木剣作りからだ。その辺で手頃な木を見つけて、削って剣の形にするぞ。ほらこんな風に」
そう言って木を削って作った剣を見せてくれた。そんなにキレイには出来ていないけど、剣の振り方に慣れるには十分だ。
周りを見回して、適当な木に目を付けると、ギーラさんは登ってそれなりの太さの枝を切ってきた。ちゃんと刃の付いたナイフも持ってるんだな。
「ほい。オレの木剣を見ながら試しに削ってみな。小刀も貸してやるよ」
「ありがとう、ギーラさん」
「さん付けはよせよ。ギーラでいい。それか師匠と呼べ」
調子に乗ったギーラさん――、ギーラに兄ちゃんのチョップが炸裂した。
「こいつは呼び捨てでいいから。マル、刃物には気を付けて。ちょっとでもケガをしたら、兄ちゃんが治してやるから。皆にはナイショだけど、兄ちゃん、少しだけ魔法が使えるんだ」
「兄ちゃん、魔法使えるの!? すごい! 普通は10歳位から習って15歳までに習得すれば優秀なんだよね?」
「あぁ。父さんの書斎に魔法関係の本があったから、それ見て試してたら使えたんだ」
兄ちゃんはニコニコしてる。ギーラは魔法と聞いてムスッとした表情になった。
「今に見てろよ。フェンより強力な魔法を使えるようになってやるからな」
「ふん、やれるもんならやってみな」
「おうよ。やってやる! でも今はマルの剣作りが先だな」
ギーラは元気が良くて、負けず嫌いな性格のようだ。そして、意外と面倒見がいい。
兄ちゃんとギーラは手取り足取り教えてくれようとしたけど、僕が剣を作っている間、2人にはいつも通り過ごしてもらった。僕のために遊べないんじゃ申し訳ないし、集中したかったから。
木を見つめると、剣の姿が浮かんできた。それに合わせて無心で木を削る。ちょっと離れたところから「やぁ」とか「とぉ」とか声が聞こえていたけど、集中するにつれ、自分が無音の世界にいるような感覚になる。
「できたっ!」
時間を忘れて作業していたら、もう夕方になっていた。
いつの間にか兄ちゃんとギーラがチャンバラを止めて、僕の手元をのぞき込んでいた。
「なんで3歳児がこんな本格的な木剣作れんの……」
「う~ん。木剣っていうより木刀だね。片刃になってる」
言われて気が付いた。お手本の木剣と形が違う。
「ホントだ。お手本と違っちゃった」
「いいじゃん! オレのよりカッコいい! うらやましいな~。オレにも作ってくれよ」
「どうだ。俺の弟はすごいだろ! でも、気安く頼むなよ。自分で作れ」
「いいよ、兄ちゃん。僕、木を削るの好きかも。明日はギーラの分を作るよ」
「待て待て待て。マル、兄ちゃんの分は!? 兄ちゃんの分が先だろ?」
「いーや。オレが先に頼んだんだから、オレが先!」
「えっと、ごめんね。兄ちゃん。兄ちゃんの分もがんばって作るから」
兄ちゃんは、しばらくショックを受けていた。ホントにごめん。
明日、ギーラの分を作ったら、今日作った分を兄ちゃんに渡そう。
自分の分はその後で十分だ。