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第10話 悔しさ

『フッフフーン♪ フンフフフーン♪』


 兄ちゃんからの手紙を読んでから、ヘーゼルさんがご機嫌だ。

 ”弟子になるかどうかは置いといて、指導は受ける。早めの時期に帰るつもりだ。帰ったら、一度サシで話す機会を作ってくれ”

 手紙の本文はこれだけだったんだけど。


『ヘーゼルさんって兄ちゃんのこと好きだよね』

『む。なぜそう思う?』

『え。だって鼻歌歌ってたよ?』

『――今はお前が体を制御してるから、鼻歌じゃない。浮かれた気分が鼻歌っぽく聞こえただけだ』

 無自覚だったらしく、恥ずかしがって屁理屈を言ってる。浮かれてるのは認めてるじゃん。


『前から気に入ってるんだろうなって思ってたよ。だって、フェンさんには弟子入りを何度も勧めてたよね。私達は自分から頼み込んだのに』

『……すまない。依怙贔屓しているように思っていたか?』

 プリシラにも言われて、シュンとなってしまった。


『僕は気にしてないよ。兄ちゃんとヘーゼルさんが仲良くなってくれたら嬉しいし』

『私も気にしてない。1番魔法の才能がありそうなのはフェンさんだから、お気に入りでも仕方ないよ』

『……今後は気を付ける。個人の資質に合わせて修業の内容を変えはするが、弟子の扱いに差をつけるつもりはない。指導が不足だと思ったら遠慮なく言ってくれ』

『僕は気にしないって。ところで、ヘーゼルさんは兄ちゃんのどんなとこが気に入ったの?』

 出会ってすぐから兄ちゃんに絡んでた気がする。どういうところが気に入ったんだろう。


 兄ちゃんには言わないように口止めされたけど、教えてくれた。理由は2つ。


 1つ目は、ヘーゼルさんの実力を垣間見た後の反応。怖がる人や、崇拝するかのように持ち上げてくる人がほとんどで、そういう人とは距離を置くことにしているそうだ。

 ところが、兄ちゃんは挑むように睨み付けてきた。そこが気に入ったらしい。

 灼炎熊(イグニスベア)の素材が欲しいとねだってきた僕や、教えてくれと弟子入りを志願したギーラとプリシラも、気に入ってるそうだ。嬉しいけど、変わり者だと言われてる気もする。


 2つ目は、兄ちゃんの才能。

 自分と同格と言って良い才能の持ち主に久しぶりに会い、今後の成長次第では自分を超えるかもしれないと思って、はしゃいでしまったらしい。

 

『ヘーゼルさんは自分を超える相手が出てきてもいいの? 才能ある子を潰そうとする魔法塾講師だっているのに』

『あんなのを教育者の基準に置くな。見知らぬ他人に負けたら悔しいが、弟子が師匠を超えるのは別だ。むしろ、自慢するところだろう』

『でも、自分が頑張って身に付けたことを簡単に成し遂げる人が目の前にいたら、私はちょっと悔しいな。そんなこと、しょっちゅうだけど、それでも慣れないの。毎回、悔しい。やっぱり才能の差ってあるんだなって思っちゃう』


 そういえば、プリシラは自分より先にヘーゼルさんが魔力流感知(マナ・センシング)を習得したとき、諦めと悔しさが入り混じったような複雑な表情をしていた。

 気が付かなかったけど、僕が先に並列思考を習得したときもあんな表情を浮かべていたのかもしれない。


『私がまだ15歳の頃に、魔法の才能に長けた者で集まったことがあった。それぞれ得意な属性が違って、私を入れて6人。火属性が得意な奴は、フェンみたいに鑑定のスキルを持っていてな。そいつが言うには、6人の中で私が一番魔法の才能に乏しかったらしい』

『『えっ!? ヘーゼルさんが?』』

 ヘーゼルさんは魔法関係なら何でも簡単にできちゃうイメージだったから、プリシラと2人で驚いちゃった。


『ああ。全員、無詠唱と魔法の習熟を助けるスキル、得意な属性の魔法スキル、得意な武器の習熟を助けるスキル、得意な武器に関するスキルは保有していた。その他に、各自何かしらのスキルを持っていたんだが、私の場合はそれが美貌≪中≫だった。魔法の才能の1つとして数えるには、難があるだろ? 二重詠唱だの、並列思考だの、消費魔力半減だの、良いスキルを持ってる奴が揃ってる中でそんなのだからな。しかも、土魔法が得意な奴なんて、美貌≪上≫と消費魔力半減を持っていた』

 うわぁ。自分のスキルの上位版に加えて、魔法関係で使えるスキルを持ってる人がいたんじゃ、落ち込んじゃうかも。


『私も言われたときは悔しくて、それからは色々工夫するようになったよ。水以外の属性の魔法を試してみたり、魔法で武器を創り出してみたり。おかげで、できないことがあっても、すぐには諦めないようになった。だから、口で呪文を唱えられない程度じゃ諦めなかっただろ?』

 意思疎通のスキルを使って呪文を唱えることを提案してくれたから、プリシラは魔法を使えるようになった。プリシラは魔法は使えないって皆が思ってた中で、ヘーゼルさんは諦めなかったんだ。


『うん。私が魔法を使えるのは、そのときの悔しさのおかげってことね。ありがとう、ヘーゼルせんせ』

『どういたしまして。ついでに言うと、才能では負けてても、直接戦ったら決して負けてはいなかったぞ。才能だけで勝負は決まらない』

 負けず嫌いだなぁ。でも、ヘーゼルさんらしい気もする。


『弟子に自分を超えて欲しいと思うのは、工夫した末に得たものが消えてなくなってしまうのが嫌だからでもあるんだ。全て吸収し尽くしたうえで、さらに上を行く奴がいたら、私が苦労したことはそいつの中で活かされ続けてるってことだ』

 たいへんだなぁ、兄ちゃん。約1000年分の苦労、しかも現在進行形で成長を続けてるヘーゼルさんの全てを吸収し尽くさなきゃならないなんて。


『別にマルドゥクが私を超えてくれてもいいんだぞ。4人で分割して引き継いでくれてもいい。マルドゥク、お前は向上心が足りない。少しは悔しいと思え』


 他人事だと思って呑気に構えていたら、怒られちゃった。

 兄ちゃんもギーラもプリシラも味方なんだから、勝ち負けとかないし、悔しいと思うことなんてないと思うんだけどな。ヘーゼルさんに至っては師匠なんだから、僕より優れていても当然としか感じられない。


 ◇


 家に帰ると、父さんが僕達を待っていた。聞きたいことがあるらしい。


「フェンが少し早めに帰ってくるつもりのようなんだが、ヘーゼル様は何かおっしゃっていたか? 予定が変わってしまって困るようなら、こちらで対応してご迷惑をかけないようにしなくては」

「大丈夫だよ。すごく喜んでたから。自分を超えられるかもしれない才能のある弟子を教えられるって」


 父さんが目を見開いて驚いている。僕の言葉が信じられないのか、プリシラに視線を移してうなずくのを確認している。そんなに驚くようなこと言ったかな。

 あ、兄ちゃんには言うなって言われてるから、父さんから兄ちゃんに伝わらないようにしないと。


「今言ったこと、ヘーゼルさんが兄ちゃんにはナイショにして欲しいって言ってたんだ。だから、兄ちゃんには言わないでね」


 コクコクとうなずく。反応が面白いけど、珍しく会話できたから、言葉を返して欲しかったな。

 伝えることもあるし、少し会話を続けてみよう。


「兄ちゃんが帰ってくるのに合わせて、ちょっとスケジュールを組み直したんだ。少し遅くなったり、蔵で作業してたりすることがあると思うけど、僕もプリシラも夕飯までには戻るようにするから気にしないで」

 兄ちゃんが帰ってくるまでに、ヘーゼルさんに作って欲しいって頼まれたものがあるんだ。

 それに、町にいる間に、森を突っ切って一度会いに行こうと思ってる。村じゃ魔物の素材を売れないから、町で売ってもらうためだ。


「本当、なんだな? フェンが……、ヘーゼル様を超えられるかもしれない、そうおっしゃっていたんだな?」

「え、うん。そう言ってたよ。自分と近い才能を持ってるから、成長次第では超えるかもって」


 僕の言葉は耳に届いてなかったみたいだ。

 近くで聞いてた母さんが「あなた、ヘーゼル様にフェンが帰ってきたときのための準備を頼まれてるんですって。この子達、しばらくは帰りが遅くなったりするそうよ」ってフォローしてくれている。

 それを聞いて、やっと「そうか。分かった。泊まり込みになるようなときは事前に言いなさい。小屋に夕飯を届けてやるから」だって。

 兄ちゃんの才能をヘーゼルさんが認めてくれたことに夢中で、本当に僕の言葉は聞いてなかったんだね。泊まり込みの予定はなかったんだけど。


 ……悔しいって気持ち、僕にも分かったよ。

 今までは、兄ちゃんが褒められたら、ただ単純に自分が褒められたみたいに嬉しかった。でも、今は兄ちゃんだけが注目されてることが悔しい。心が澱んでいくような嫌な気持ちだ。


 初めて兄ちゃんに負けたくないと思った。

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