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第9話 フェンの日記(12)

 魔法歴984年1月10日


 今日は珍しくジルさんが教師役だ。

 マチルドさんの講義形式の授業が続いてギーラが見るからに退屈してたから、気を利かせて野営の仕方をレクチャーしてくれた。ジルさん達が現役時代に使っていたというカンテラ、テント、魔除けの魔道具、寝袋などなどを持って1泊2日の探索に3人で出かけた。

 冒険者ギルドの依頼も討伐じゃなくて町中での依頼ばかりで、少しマンネリになっていたからこういう授業はありがたい。


 場所は町の北西にある森で、日帰りで帰れるような場所だ。夕飯も食べた後、夜に出かけ、朝には帰る。ジルさんが宿の料理を作らなきゃいけないので、こんな超短時間のスケジュールになった。

 2人ずつ見張りで1人が寝る3交代制で番を立てる。真冬だけど、焚火のおかげでそんなに寒くない。まぁ、積極的に冬の野営をやりたいとは思わないけど。


 ジルさんと2人で見張りのときに、気になっていたことを聞いてみた。


「ジルさんはどうして水の賢者のことをあまり好きじゃないんですか? 他のパーティメンバーは全員ファンだったんでしょ?」

「別に好きじゃないってわけじゃない。さんざん話を聞かされたから、仲間が水の賢者を好きな理由も分かってるしな。強いて言うなら、もっと好きなタイプの奴がいるってとこだな」


 さらに突っ込んで聞いてみると、マチルドさんや父さんには言わないように念を押したうえで、話してくれた。

 水の賢者は少年兵は殺さない、戦いたくない民は戦わせない、敵軍を壊滅させても追撃よりも会話を求める、と他の賢者と比べて甘さが目立つ。その甘さ、言い換えれば、優しさが人気の理由の1つ。

 でも、ジルさんはいざとなったら優しさを捨て去って、非情な決断のできる人を尊敬するという。


「昔、治安の悪い町を訪れて、ギャング見習いのガキに君のお母さんが誘拐されたことがあったんだ。普段、マチルドや君のお父さんは子供に刃を向けるようなことはしない。でも、そのときは違った。そのガキは何をしでかすか分からないと思わせるほど、荒んでいた。甘さを見せれば命取りになる。そう感じたから、そのときの2人は容赦がなかった。パーティ解散のきっかけになった事件ではあったんだが、俺はあの事件で2人を心の底から尊敬したよ」


 水の賢者は1人で魔物の軍勢を退けられるほどに強かった。自分が正しいと信じるなら、手を汚す覚悟を決めて勝ち残ることも可能だったのではないか。死後の国民の待遇を考えれば、意地でも勝たなきゃいけなかったんじゃないのか。水の賢者の話を聞くと、ジルさんはそう思うんだそうだ。

 例えば、少年兵にも構わず攻撃を加えて地の賢者を討ち取ったなら、次の戦線からは少年兵が戦わなくて済んだかもしれない。例えば、地の賢者と結婚したうえで闇の賢者を協力して倒し、地の賢者の寝首を掻いたなら、統一国家を樹立して理想の世界へと導けたかもしれない。


 ジルさんの言いたいことも分かったけど、俺としてはヘーゼルの生き様を支持したいかな。

 あいつが、この世界の将来に必要なのは”教育”だと信じていたのなら、子供を殺すことも、自分を慕う女性をだまし討ちするような真似もできなかっただろう。そんなことをした後で、子供達に「私の教えることを信じろ」と言っても白々しいだけになってしまう。

 信念を貫くための戦いで、その信念を汚してしまっては本末転倒だ。きれいごとだけじゃすまないことはあるけど、越えちゃいけない一線がある。

 俺には知恵の神の使徒として、華々しい勝利よりも優先すべきことがある。ヘーゼルも勝つことより優先したいことがあったんじゃないかな。


 元日にもらったプロメテウス様の言葉で、ヘーゼルに教わることへの抵抗は、ほとんどなくなった。

 頭下げて弟子入りするのは、まだちょっと抵抗を感じるけど、曲げたくないことを曲げずに生きた先輩に色々教わるのは悪くない。


 でも、お前に教わったことを糧にして、いつか越えてやるからな。フェンとして生きてる間だけじゃなく、転生した後でも異界図書館で得た知識を残し続けることができるんだから。遠い将来、いつか越えられるはずだ。


 ◇


 魔法歴984年1月12日


 今日は、午前中冒険者ギルドで依頼をこなしたあとは用事がなかったから、ギーラと村に帰る時期を相談した。


 俺としては早めに帰っても良いかなって思ってる。マチルドさんの授業を受けて分かったのは、この国で標準的に教えられている呪文はあんまり魔力効率が良くないってことだ。

 最初に精霊に呼びかけるところだけでも、ヘーゼル式に変えると少ない魔力で同じ魔法を発動できる。

 マチルドさんがそれを見て感激してた。


 なんでも、水の賢者の死後、闇の賢者が持っていった物のなかに魔法理論について書かれた書物もあったらしい。

 地の賢者と停戦協定を結んだ後、その書物をベースに魔法の教本が編纂されたが、実践的な部分はほとんど闇の賢者の魔法の使い方を参考に書き換えられたんだとか。

 教本が出来上がったら、元になった書物は焼かれてしまい、どこをどう書き換えたのか、今となっては分からない。

 しかし、ヘーゼルファンの間では「今の教本よりも優れた内容だったに違いない!」と信じられているそうだ。

 ついうっかりマチルドさんの目の前でヘーゼル式で唱えてみたせいで、その日はそこで授業が終わってしまった。マチルドさんが興奮しすぎて、授業どころじゃなくなっちゃったからな。


 呼びかけを変えると魔力効率が変わるのは、たぶん、精霊が力を貸す程度を変えているんだろう。

 なんでも、この世界の精霊は「こんなしょうもない人間達に力を貸したくない!」って神々に直訴したことがあるらしいからなぁ。嫌々ながら手を貸してくれてる相手には、闇の賢者式の「~の精霊に命じる」よりも、ヘーゼルの「~の精霊に願い奉る」の方が、ウケは良さそうだ。


 一般的な方式を知っておきたい気持ちはあったけど、呪文に関しては概略をつかめたと思う。実践的な部分は呪文に関するところが大半だろうから、残りは教本のベースを作った本人に習えば良いだろう。

 自分が基礎を作ったなら言えよ。俺は信じなかっただろうけど。


 マチルドさんからは、索敵魔法と使い魔の手なずけ方を教えてもらって、他はヘーゼルから教わると言えば反対もされないだろう。


 ということで、ギーラに2月末に村に帰ろうと思うと伝えると、少し迷うような素振りを見せつつも同意してきた。

 さっそく、手紙を書いておく。数日後にはクロちゃんが村に手紙を届けに行ってくれる予定だ。


 手紙を書き終えたのを見計らって、ギーラから話しかけられた。町に向かうときに打ち明け話をされた時と同じ、沈んだ声が不安を感じさせる。


 読んですぐに捨てていたギーラの両親からの手紙。

 そこには、土産のリクエストともに、町で酒を受け取って欲しいと書かれていた。町の北西区の店で名前を言えば受け取れるようになっている。代金は支払い済みだ、とあったそうだ。

 それだけなら、ただのお遣いに見えるが、ギーラはどうやって両親が代金を支払ったのか疑問らしい。


 言われてみれば銀行振込とかこの世界にはなさそうだ。そもそも銀行を見かけない。離れた相手に代金を払うなら、使い魔を使うくらいしか思いつかない。しかし、クロちゃんが運んできたギーラの両親からの手紙はギーラ宛の1通のみ。

 しかも、ギーラの両親はお金はあればあるだけ使う人間だそうだ。どうやって金を工面したのかも分からない。


 確かに、よく分からなくて不安になる。

 考えられるとしたら、馬車に乗っていた人に持っている物を売って、代金代わりの酒を受け取ってくれってところか。持ち逃げされる危険のある方法だけど。


 対策としては、村長である父さんに手紙で相談すること、指示された北西区の店に行ってみることくらいか。


 ◇


 魔法歴984年1月13日


 ギーラの両親が指示した店に行ってみると、大人な雰囲気のバーだった。まだ子供の俺達では場違いなことこの上ない。カウンターには、馬車に同乗していたおじさんがいた。


 店主は俺達を見るとちょっと驚いた顔をしたが、ギーラが名乗ると酒を何本か出してきた。


「すまないね。出発は3月の終わり頃と聞いていたから、準備をしていなかった。今、渡せる酒だとこの辺りだ。たぶん、高い酒を少しより、安い酒をたくさんの方がいいだろう?」

 本当に酒の代金は払ってあるようだ。


「あの、おじさん。オレの両親はどうやって酒の代金を払ったの?」

「君達が村を出るときに、物々交換で品物をもらったんだよ。すごくおいしい保存食だったよ」


 ギーラの顔が蒼ざめた。

 どうやら、村の倉庫から持ち出した食料をこの人に渡したようだ。

 店主はギーラの様子から何か問題があったと察したらしく、何ならお金で保存食の代金を渡してもいいと言ってくれた。

 村に帰るのはまだ先だからと、ひとまず返事は保留させてもらい、宿に帰った。


 さて、どうしよう。

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