第8話 その名の意味
元日の神々の住み処。
”ボクは使徒をただの駒とは思ってない。覚えていないだろうけど、使徒に任命するときに、それでも華々しい活躍をしたい気持ちを捨てられないって、君は言ったんだ。
それで、幾度もの転生を経て、いつかその名に相応しい実力を手に入れ、活躍することを願って「マーリン」って名をつけた。
だから、活躍しなくてもいいけど、してくれてもいいよ?”
「これでよしっと。ちょっと固すぎたかな?」
プロメテウスの伝言板にマーリンへのメッセージを書き込む。
そんなプロメテウスの様子を、うらやましそうに眺めるヘルメス。使徒との連絡手段がほとんどないヘルメスはローが落ち込んでいたとしても、励ましてやることはできない。
「ん? ヘルメス、いたの? こっちのモニターにはロー君は映らないよ。マーリンと距離が離れすぎてるからね」
「この間のように、魔力を大量消費させて遠くの情報まで拾えばいいではないか」
情報収集のスキルがない場合、守護神は基本的に使徒の視界を借りてその様子を見守る。当然ながら使徒自身の姿は見られない。視点を変えて好きな角度から眺められるプロメテウスのモニターで観察することに慣れてしまったヘルメスには、この観察方法は不満だった。
ヘルメスは面食いだ。目に映る者は、男女問わず美しい方が良い。使徒が不細工なのは嫌だからと、全員に美貌《中》を取得させたほどだ。それなのに、見目麗しい自分の使徒の顔が見られないのでは楽しくない。
「まぁ、いいか。マーリンは元日から戦ったりする気はなさそうだし」
今日はモニターにローを映してくれるらしい。
守護神からのメッセージを受け取って、笑顔で平和な正月を過ごすマーリンに対し、ローの側では騒ぎが起こっている。
「ああっ! なんてことだ。在庫をたっぷり抱えた商品が売り時だというのに、無償で提供するだと? もったいない! 賢者ともあろう者が、全く嘆かわしい」
「あー。ヘーゼルってば、思ってたより優秀なのは良いけど、マーリンに出した課題を勝手に解いちゃいそうだなぁ。そこはちゃんと弟子に解かせてよ。師匠でしょ?」
使徒でも何でもないヘーゼルに文句を言い始める神々。
自分の使徒に手取り足取り教えてやりたいのを、規則上できないことへの不満。教えてやれる者へのちょっとしたやっかみ。
そんな八つ当たりでしかないことは、神々自身も自覚している。
神様でも嫉妬はするのだった。
◇
ある日の神々の住み処。
そろそろ黒雄羊をローが倒しに行きそうなので、またモニターに映してもらおうとプロメテウスを訪ねてきたヘルメス。
しかし、肝心のプロメテウスが留守だ。代わりに弟に当たる反省の神がいた。
「何やら調べものだとかで、ちょくちょく資料庫に出向いているようです。今日もおそらくはそちらかと」
「むう。仕方ない。そっちを探してみる。ところで、お前は何の用事でここに? 何か伝言でもあれば伝えてやるが?」
「いえ、私は兄の様子が気になっただけですから。会えないのであれば、日を改めます」
「何かプロメテウスの様子で気になることでも?」
エピメテウスは、空球で最近起きた原子力事故のことで兄が気に病んでいないか気になって会いに来たと言う。
地球よりもさらに文明が進んだ空球。それでも、完全に原子力は制御しきれずに、時々事故が起きていた。むしろ、使い続けて慣れが出てしまっているのか、事故の頻度は上がっているくらいかもしれない。
「原子力事故をプロメテウスが気に病むような理由でもあるのか?」
「空球や地球では、原子力のような人間の力では制御しきれない高リスクな科学技術を”プロメテウスの火”に例えることがあるのですよ。先のことを考えずに使う技術など、先に考える者の名に相応しくなどないのに」
「それだけのことなら、そんなに気にしないのではないか? 便宜上、名乗っているだけの名だ。あいつは、オモイカネでも天神でも、好きに呼んでいいと言っていたしな」
その言葉に安心したのか、「気にしていないようなら問題ありません。様子がおかしいようだったら知らせてください」とだけ言って、エピメテウスは去っていった。
言われたとおりに資料庫に行くと、プロメテウスはあっさり見つけることができた。
ユトピアに関する資料を広げていたが、何やら考え込んでいて、資料をめくる手はずっと動いていない。
何度か声をかけたが、気付く様子がないので、肩をつかんで揺さぶる。
「おいッ。さっきから呼んでいるのだ。そろそろ気付けッ!」
「あぁ、ヘルメス。どうしたの?」
心なしか元気がないように見える。しかし、ヘルメスはお構いなしだ。
「ローが黒雄羊を倒しに行く予定の日だ。お前のモニターで観戦したい」
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。ピンチになったらヘーゼルが助けるでしょ。そもそも苦戦しそうもないし」
「かわいい使徒が活躍する姿を見たいのだ。楽勝に決まってるとか、そんなに敵が強くないとか、保護者同伴だとか、そんなことは関係ない」
ローは戦わない、と常々主張しているが、戦闘シーンを見るのが大好きなヘルメス。戦闘が終わってしまうのでははないかと気が気ではない。
「はいはい。分かったよ。部屋に戻ってモニターに映せばいいんでしょ。モニターは1つだけにしてよ。マーリンも新年初仕事の日みたいだし」
資料の貸し出しを申請して、資料庫を後にする。ヘルメスはユトピアに関する資料とばかり思っていたが、空球やその他の世界の資料もまとめて借りている。
「そういえば、さっきお前の部屋でエピメテウスにあったぞ。空球で起きた事故でお前が気に病んでいないか心配していた」
「そう。今度会ったら、大丈夫だって言っておいてよ。予測してた中で最悪の未来が実現しちゃったけどね」
「最悪の未来?」
「ボクの使徒、空球にも派遣してるんだよ。――事故のあった場所の近くで仕事をしてて、ちょっとだけ巻き込まれた。死んではいないけど、寿命は縮まるだろうな。事故の後処理にも関わることになって、かなりのストレスがかかりそうだし」
元気のない理由に納得がいった。
この神にとって、”思ってもみないこと”というのは滅多に起こらない。先に予見して心の準備ができているから、過度に落ち込んだり、取り乱したりすることもまずない。
しかし、予測していても実現しないでくれと願っていた未来が実現してしまったときは、さすがに気を落とすこともあるようだ。
ヘルメスも今日ばかりは遠慮し、ローを映すモニターは1つだけで我慢して観戦する。
タラリアの出番はあまりない。当人がその性質をよく分かっていないからだ。一方、最近の修業で鍛えている先見の明はだいぶ使い慣れてきた感がある。
戦闘が終わったところで、ふと他のモニターにも目をやると、マーリンがプロメテウスの火を使っていた。といっても、戦闘ではなく、ブラックボアの丸焼きを作るのを手伝っているのだが。
プロメテウスの火。先見の明。
先に考える者の名を冠するスキルと、その名の意味を体現したスキル。
先に考える者だから反省は苦手だと言っていたこの神にとって、その名は本当に便宜上のものでしかないのか。
最近の様子を見て、ヘルメスのプロメテウスへの疑いはかなり弱まっていた。
自身の使徒をかわいがっており、ピンチになると助けるために自ら動くほどだ。人間が嫌いであれば、あんなことはしないはずだと思えた。
エピメテウスの話で人間を嫌う動機があると知ってしまったが、もうスパイだとは思いたくない。
今、モニターの1つに映されている使徒を見つめる視線は心配そうだ。彼が空球に派遣した使徒なのであろう。病院で静かに眠っている。
モニターの端には、焦点を当てる相手の名前が表示される。このモニターに表示された名は”ミチザネ”。
適当に使徒の名前を付けたヘルメスと違い、プロメテウスは使徒1人1人の名前をこだわりを持っていそうだ。
守護する相手の名前にこだわる者が、自身の名前にはこだわりがない、なんてことがあるだろうか。
もし、プロメテウスがその名を名乗ることに誇りを持っていて、その名を意図しない使われ方をすることに静かに怒っていたとしたら。
そんな考えが頭をよぎるが、いつもの軽口も叩かず、じっと自身の使徒を見守る姿はやはり人間の敵には思えない。
結局、まだ結論は出せず、敵でないことを祈ることしかできないのだった。




