第7話 黒雄羊
今日は、黒雄羊を倒しに行く日だ。
発見から数日しか経っていないが、今回は襲われるのではなく、こちらから仕掛けることになるから多少有利なのと、今までに遭遇した上位種3体と比較して弱いらしいことから早めに挑むことにした。
お腹を空かせたらしい村の子供が、僕達の秘密基地からこっそり肉を持ち出そうとしたせいもある。
こんなこともあろうかと分厚い氷で入り口を塞いでおいたから、未遂に終わったけどね。お肉の価格表は作っておいたから、欲しいなら買ってねと言ったら、驚いて口をパクパクさせていた。価格表は氷室の入り口近くの氷に閉じ込めるようにして掲示した。これで失くす心配もないし、すぐに見られる。
価格表は目利きで分かる適正価格を基準に作ったんだけど、最近の目利きはバグり気味だ。前に調べたときの適正価格の1.5~2倍くらいの価格に変わっちゃってる。
需要と供給のバランスで変動があるのは理解できるけど、2倍は吹っ掛けすぎだ。なんなら今後もご贔屓にしてもらいたいから、リーズナブルな価格設定にしておくのも悪くない。
お肉屋さんになった気分で楽しんでいたら、ヘーゼルさんから『平常時の価格にするのは構わないが、来年の春にはアブヤドに行くから、ご贔屓にしてもらう今後はないぞ?』と釘を刺されちゃった。
ということで、突進ウサギの肉とか、羊肉とかの安めの肉は平常時の適正価格、ブラックボアの肉は平常時の適正価格の1.1倍、熊肉は1.2倍にしておいた。今は贅沢してる場合じゃないから、高級なお肉だけ値上げ。
お金が十分にあるなら熊肉買ってくれてもいいけど。
なにはともあれ、村の人達がいきなり黒雄羊に遭遇したら危険だ。今日倒してしまおう。僕とプリシラの2人で。
まずは、戦いの場所に移動する。森のやや東寄りの場所に少しひらけた場所がある。ハシバミの木があった場所からは少し北。
たぶん、灼炎熊が縄張りにしていた辺りなんだろう。炭化した木や、半ばからへし折られた木が点在している。もとはびっしりと木が生い茂っていたんだろうけど、今は木がまばらで大きな敵と戦うにはちょうどいいスペースができている。
木が減ったことで日当たりが良くなったのか、地面には他の場所よりは豊富に草が生えている。それを食料にしようとホワイトシープが集まり、その中から上位種に進化する個体が現れた、という状況のようだ。
ホワイトシープたちは上位種に追い出されたのか、今は黒雄羊しかいない。
大きな体で一心不乱に草を食んでいる。体の大きさなら熊にも負けない程だ。あっという間にこの場所の草は食べつくされてしまうんじゃないだろうか。
角も立派だ。黒くねじ曲がった角は、くるりと渦巻き、その尖った先は前方を向いている。突進されてあの角が刺さってしまったら、大ケガは免れないだろう。
兄ちゃんとギーラなしの年下組2人だけでの戦いだ。ミスをしたら、プリシラにケガをさせてしまいかねないから油断は禁物。深呼吸とともに、心を落ち着けた。
僕は樹上で木刀を構える。まだ氷刀にはしない。草食の魔物は警戒心が強く、魔力の流れに敏感な傾向にある。途中までは僕とプリシラの脅威度を同等程度だと思っていてもらうため、魔力を見せるのを抑えておく。
樹下のプリシラに準備ができていることを伝える。
あとは、プリシラのタイミングで動き出せばいい。
ザッ
小石の擦れる音を立てて、プリシラが黒雄羊の前に姿を現す。弓は既に構えているが、矢を放つのはまだだ。
人間を見つけて、突進しようと正面にプリシラを捉える黒雄羊。その立派な角に向かって斬撃飛ばしを放つ。左の角が落ちる。
樹上からの攻撃に、僕へと視線を移した瞬間にプリシラが矢を放つ。もちろん、タイミング、角度、弓を引く姿勢などは先見の明と計算機の補助付きだ。右目の近くに命中。
痛みからか、唸り声とも雄たけびともつかない声を上げながら、プリシラに視線を戻す。
そのタイミングを狙って再び斬撃飛ばし。右の角も落とす。これで突進の脅威は幾分か減った。角もきれいな状態で確保だ。
角を両方落とした僕に憎悪の眼差しを向ける黒雄羊は、僕を木から落とそうと、木に向かって突進。もうすっかり、僕を主たる敵と認識したようだ。
もちろん、僕は突進の瞬間に別の木に飛び移る。連続でジャンプして次々に木々を飛び移り、少し距離を稼いだところで止まる。
木刀を氷刀に変えて左手で持ち、右手にハンノキの木刀を構える。
黒雄羊が僕に注目している間に、プリシラは敵から隠れるように木の陰を利用しながら移動する。
僕が止まったのを確認して、突進を始める黒雄羊。
『水!』
進む先の地面をプリシラが魔法で水浸しにする。タイミングを合わせて、ハンノキの木刀で風を起こし、土と水を混ぜて地面を泥に変える。
突進の勢いを殺せず、泥地に沈み込む黒雄羊。
泥はそこまで深いものではなかっただろうが、巨体の重量と、この場所がもともと水はけの悪い、多量の水を含んだ土地だったことが災いし、はまり込んでしまう。
『氷の矢!』
続いて、はまり込んだ足を氷でつなぎ止めるように、泥地に向かって氷の矢を放つプリシラ。
これで、敵の足を潰せた。次は僕の出番だ。
樹上から飛び降り、黒雄羊の首筋に着地。ハンノキの木刀を構え、斬撃飛ばしの要領で一閃。
風を纏った斬撃が黒雄羊の黒い毛を刈りとる。連続してハンノキの木刀を振り続け、どんどん羊毛を刈っていく。
別にふざけているわけでも、血で羊毛が汚れるのが嫌なわけでもない。
分厚い羊毛はこいつにとっての衝撃緩衝材だ。刈り取った後じゃないとまともに攻撃が通らない。
『いや、羊毛を汚したくないって理由はあるだろ? 汚れていいならそんなに何度も、ハンノキの木刀を振る必要はないんだから。最初に首筋付近の毛を刈ってあるんだ。氷刀で攻撃して倒してからゆっくり毛を刈ればいい』
ヘーゼルさんが茶々を入れてきたけど、無視しよう。
大体、ヘーゼルさんだって毛を全部刈り終わってから倒すことに賛成していた。僕達には、お金が必要だ。
そうでなくたって、僕が最終的に目指すのは冒険者ではなく、商人。商品を無駄にしたくない。血を洗い落とすことはできるけど、石鹸が必要になるし、羊毛についた油脂分であるラノリンが採れなくなる。商品価値のある物を無駄にしないに越したことはない。
プリシラもお腹の下に潜り込んで、せっせと毛を刈っていってくれているんだ。僕も頑張って毛を刈らなくては!!
これでも、僕だって我慢したんだ。こいつを放置してたら、黒曜雄羊っていう宝石のような輝きを放つ角が高値で売れる魔物か、漆黒雄羊っていう艶のある美しい羊毛が採れる魔物に進化するって聞いて。しかも、それでも灼炎熊よりは対処が楽だって言われて。
最初はわざと放置してさらに進化させるなんて危険なことしなくてもって思った。けど、こいつの素材が上位種のくせに、とてもしょぼいと知ってしまったら。放置しておけば、高価な素材を持つ魔物に進化するって知ってしまったら。そのまま倒すのがものすごく損な気がしてしまった。
それでも、村の人に被害が出ては困るから、兄ちゃんとギーラが帰ってくるまで待って、進化した後の上位種を狩りたい気持ちを抑えた。
二束三文のホワイトシープの角よりは高い程度の角、ホワイトシープよりは大量にとれるけど肉質・味ともに普通な羊肉、同じく普通のラノリン。そして、暖かさと耐衝撃性能は悪くないものの、黒くて他の色に染められず、艶がなくてそんなにきれいでもない色だから、おしゃれさんからは見向きもされない黒雄羊の羊毛と、同じくみすぼらしい黒色の黒雄羊の皮。それが、僕達の今日の戦果なんだ。雌だったら、使い魔にして定期的にミルクを出してもらう手もあったんだけど、雄だからミルクは出ない。
せめて、裏地とか中綿用に使い道がありそうな羊毛くらい、しっかり刈り取らせてもらいたい。
もちろん、危険がないように、先見の明でこいつが動き出すまでに毛を刈り尽くせるかどうかは確認済みだ。
それに、変な動きをし出したら即倒せるように、氷刀を左手で握って、万一の対策もしてある。
効率の良い刈り方も計算した。5分とかからずに刈り取れる。だから『ぷふっ、くくく。だいぶ、マルドゥクの操縦の仕方が分かってきた』とか、テンションの下がることは言わないで欲しい。
全身の毛を刈られ、2回りも3回りも小さくなったように見える黒雄羊は、僕を見てちょっと引いてるように見えたけど、気のせいだろう。
再び背中に飛び移り、氷刀で首を落とす。血抜きをするために、切断面を凍り付かせてしまう氷の魔力は込めない。
返り血も浴びないように計算。もちろん、皮も傷つけない。肉もちゃんと切り分けては凍らせて、持ってきたカバンに詰め込んでいく。
こうして、僕とプリシラでの上位種狩りは無事に終わった。なくていいけど、もし次があるとしたら、せめて良い素材が採れる上位種にして欲しい。




