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第6話 心配事

 氷室に保管していた肉を荷車に積み、父さんに引き渡したら、予定通り修業をすることにした。


 僕の修業中心の日とプリシラの修業中心の日を交互にしていて、昨日は僕中心だったから今日はプリシラの番なんだけど、プリシラは朝の騒動からちょっとうわの空だ。

 矢を取ろうとして、何度も取り落としたり、尖った鏃のところを握りそうになったりしている。


『プリシラ。どうしたの? 朝のことが気になってる?』

『プリシラ、今の状態で修業を続けるのは危険だ。一旦、小屋に入ろう。マルドゥク、ホットミルクでも用意してやれ』

『ごめん。こんなんじゃ、修業の邪魔だよね。ヘーゼル先生、気持ち切り替えるので、少し時間をください』


 プリシラはずっと一生懸命に修業していた。こんなことは初めてだ。

 凍らせてあるホワイトシープのミルクを弱い火魔法を使って解凍し、温める。料理術のおかげか、僕は戦闘用の魔法よりこういうのの方が得意な気がする。これで気持ちを落ち着けてくれたらいいんだけど。


『はい、プリシラ。ホットミルク』

 ちょっとだけ蜂蜜を入れて甘くしたホットミルクを渡す。

 こんなとき、どうしたらいいんだろう。


 立場が逆のときは、プリシラは僕の様子を見て感じたことを言ってくれていた。その言ってくれることが的確だったから、いつも前に進むきっかけになってた。

 プリシラは観察力があるんだろうな。僕も同じようにしてみようと思うけど、プリシラの悩みに思い至らない。

 朝の騒動を見るまではいつも通りだった。朝の騒動では、兄ちゃんとギーラが疑われてた。それから、以前、村の子供達から嫌がらせを受けていたことを教えてくれた。プリシラが関係してそうなのは、この辺りだ。


『あのね、そのうちにお兄ちゃんと話し合ってから、マル達には話しておくつもりだったんだけど、お兄ちゃんも私もこの村を出る計画を立ててるの』

 かける言葉を思いつく前にプリシラから話し始めてくれた。

『うん。冒険者になるためだよね』

 それに、アブヤドにも来てくれるつもりみたいだった。僕が行ってからすぐは無理でも、何年か後には行けるだろうかって話してたはずだ。


『うん。でも、今まで話してたよりも早く出たいなって思ってて。もし、ヘーゼル先生やフェンさんやマルが協力してくれるなら、お金の都合が付き次第、すぐにアブヤドに行けたらなって』

『え? 僕は嬉しいけど、プリシラのご両親は心配しない?』

 父さんと母さんは、兄ちゃんが近くの町に行っただけですごく心配してる。兄ちゃんよりもっと年下のプリシラが遠いアブヤドまで行ってしまったら、きっと心配するんじゃないだろうか。

 そう思って言ったんだけど、プリシラは唇を引き結んで、泣き出すのをこらえるような表情になってしまった。


『両親には内緒で行く。――私が商品価値のある年齢になったら、どこかに売る計画をこっそり話してたから。その前に逃げ出すの』


 驚いてしまって、なんと返せばいいのか分からなかった。その間にもプリシラは話を続けている。

 普通なら子供だけで家を出て行っても碌なことにならない。何もできない子供では、相手にされずに働くことができないかもしれない。守ってくれる人がいなければ、別の村なり町なりに着く前に死んでしまうかもしれない。悪い大人に騙される結果になるかもしれない。リスクが高すぎる。

 でも、アブヤドは元々、大勢の白の子供が家族と離れて住む町だ。子供だけで受けられる仕事があるはずだ。

 もっと打算的なことを言うなら、僕と一緒ならヘーゼルさんもいる。アブヤドまでついて行って修業を続ければ、難しい依頼をこなせるだけの実力をつけ、そのうちにちゃんと稼げるようになるだろう。

 そんなことをずっと下を向いて話している。


『迷惑かけないように、頑張るから。だから――』


 ボロボロと大粒の涙が零れ落ちそうになったのを見ると、ヘーゼルさんがそっとプリシラを抱きしめた。で、なぜか体の制御を返してきた。

 どうして? 理由を聞きたいけど、さすがに空気を読んだ。

 たぶん、ちょっとぎこちない感じになってたと思うけど、しばらくしたら落ち着いたのか、小刻みに震えていたのが止まった。


『プリシラ。他に手段はないか、よく考えてみたのか? 例えば、頼りになりそうな親類はいないのか?』

『親類はいないの。お父さんもお母さんも元は孤児だったらしいから。お兄ちゃんはマルのお父さんに相談してて、今いる町で信用できる人がいるかとか、冒険者ギルドでの仕事が上手くいきそうかとか、調べてる。この村から近すぎて心配だけど、実力をつけてから移動するなら方法はあるかも』

『――分かった。マルドゥクが反対しないなら、私も拒否したりはしない。ただ、誰か養子にとってくれる人を見つけるとか、もっとマシな選択肢が欲しかったな』

『ヘーゼル先生は、あんまり賛成してくれないの?』

『いざとなったら帰れる場所があるかどうかは意外と大きい。それに、親がいないことがハンデになることもある。結婚とかな』

『結婚はワケありの人くらいしか、可能性ないって言われたけど』

『誰がそんなことを言った?』


 プリシラの耳が聞こえないから伝わらないと思って、村の人、子供達、プリシラの両親と結構な数の人が無遠慮に言っていたらしい。

 黙っててもヘーゼルさんが怒ってるのが伝わってくる。

 ワケありの人か。具体的にどんな人を指すのか分からないけど、あんまり良い相手じゃないんだろうな。


『私、そのこと自体はもっともだと思うから、いいの。マルとかお兄ちゃんは別だけど、意思疎通のスキルがあっても、他の人は私の考えてることを読み取れないみたいだから。何考えてるかよく分からない相手と結婚しようって人、あんまりいないと思う』

 そういえば、兄ちゃんでさえ僕なしではプリシラとのコミュニケーションは手話を交えないとスムーズにいかないんだった。


『意思疎通のスキルは、相手との相性に左右されるって、兄ちゃんが言ってた。相性の良い人ならきっと大丈夫だよ。僕みたいに同種のスキルを持ってる人だっているだろうし』

『気を使わなくていいよ。考え方を変えれば、家の都合とか、条件だけで妥協して結婚することはないってことじゃない? 私のハンデなんか気にしないくらいに想ってくれる人か、同じようにハンデを抱えて分かり合える人とちゃんと恋愛結婚するか、1人で生きていくかの2択って考えたら、そんなに悪くないよ』

 なんとか慰めたくて言ってみたけど、余計なお世話だったみたいだ。


『プリシラ、将来のことはまだゆっくり考えればいいとして。今日そのことを話そうと思ったきっかけは何だ?』

 大恋愛も憧れるけど、1人でも生きていける女っていうのもカッコいいよね、なんて言い出したプリシラの姿にちょっと安心していたら、ヘーゼルさんからこんな質問が飛んできた。


 確かに、話してくれたのは前々から考えていたことのようだった。今日の様子がおかしかったのは別の理由があるはずだ。


『朝の騒動で集まっていた中に、私の両親もいたの。お兄ちゃんが疑われたときの表情の変化が気になって。怒るんじゃなくて、目は無表情なんだけど口角がニッて少しだけ上がってた』

『笑ってたってこと? 自分の息子が疑われているときに?』

『ちょっと違うと思う。余裕を見せたいけど、内心では悪いことがバレないか心配してるときの顔、だと思う』

 行商人さんが来ていたときに、こっそり代金を払わずに商品を持ち出そうとしたことがあったらしい。声をかけられて、そっと商品を戻していたときに同じ表情をしていたそうだ。


『お兄ちゃんが出発する前に、馬車に乗ってたおじさんと何か話してた。村の食料をあの人に売り払っちゃったのかもって思って……。どうしよう。家の両親のせいで皆を困らせてるのかも』

『気にするな。あの馬車は乗合馬車だった。そんな大量の荷物を持ち込めないだろう。たとえ食料を持ち出したとしても、大した量じゃない。今日渡した肉で十分以上の補填になっている』

『うん。兄ちゃんからの手紙に10人くらい乗れそうな馬車に9人が乗ってたって書いてあった。手荷物以外に荷物を積み込んでも、せいぜい乗客1人分の量だよ』


 表情は晴れなかったけど、少し安心したみたいだ。



 その後の修業では、予定を変えて僕の修業中心になった。それはいいんだけど。

 僕が指示を出しつつ、僕が避け切れない氷塊を矢で撃ち落とす練習って、矢が当たりそうで怖い。先見の明で当たらないって分かってるけどさ。


 しかも、この修業の理由が、次の上位種との戦いで、2人で上手く連携するためって。僕とプリシラの2人で上位種倒せってこと?

 お願い、上位種さん、出現しないで。せめて、兄ちゃん達が帰ってくるまで待って。


 ◇


 翌日の森の探索で、上位種が見つかった。

 ホワイトシープが進化した個体で黒雄羊(ブラックラム)って黒い羊の魔物だ。

 ヘーゼルさん曰く「はずれ」。上位種の中では弱く、素材の価値もそんなに高くないそうだ。

 村の人達が森に入る用事がなければ、放置してもう1段階上の上位種に成長させてから狩りたいところだとか言ってた。


 村の人達が遭遇しちゃう可能性があるなら、兄ちゃん達を待っていられない。僕達でなんとかしなきゃ。

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