第3話 フェンの日記(10)
魔法歴983年12月27日
マチルドさんが村に飛ばした使い魔が帰ってきた。
使い魔はカラスみたいな見た目の魔物で、名前はクロちゃん。ちゃんと躾けられているから大人しい。
小さなカバンを斜め掛けにして、使い魔であることを示すリボンを首に巻いた姿だと意外とかわいく思える。
通信用に鳥型の使い魔を躾けておくのは悪くないかもしれない。また、マチルドさんに教えてもらいたいことが増えた。
カバンには11通の手紙が入っていた。マチルドさん宛が3通、ジルさん宛が2通、俺宛が2通、ギーラ宛が2通。他の2通は村人から町の知り合いへの手紙のようだ。
マチルドさんは1通の手紙をじっと見つめて、「このサイン、王都の図書館で見たヘーゼル様のサインと同じ!!」と感激していた。
まだ開封してもいないのに、幸せそうな表情だ。残り2通は俺の両親からみたいだけど、ヘーゼルからの手紙に夢中で放っておかれている。
俺宛の手紙の差出人を見ると、1通は両親からで、もう1通はヘーゼルからだった。なぜかマルからの手紙がない。
ギーラ宛の手紙も1通が両親から、もう1通がヘーゼルからで、プリシラからの手紙が入っていない。クロちゃんの持ってるカバンは普通の厚さの手紙なら15通ほど入るサイズだと聞いていたのに。
不思議に思いながら、まずはヘーゼルからの手紙を開封しようとした。が、魔力を込めためちゃくちゃ固い氷が封蝋代わりに使用されていて開けられない。封筒を破こうとしたけど、なぜかそれもできない。
「あら。魔封蝋ね。魔導士の師匠はよくやるのよ。封蝋に流れる魔力を読んで、流れを押し戻すように魔力を流してやると開くわ。腕試しを兼ねてるの」
マチルドさんが教えてくれた。
ほほぅ。ヘーゼル、早速仕掛けてきたか。普通に手紙を寄こすだけなわけないとは思ってたけど。
恥を忍んでギーラに色々教わったおかげで、魔力の流れを感じることはかなりできるようになっている。封蝋をよく観察すると――。
なんと、ただの一方通行に魔力が流れている。力押し(魔力押し?)で開くようになっていた。が、量がおかしい。暴走事件の最後に出してたプロメテウスの火につぎ込んだのと同じくらいの魔力が必要じゃないか。俺の全魔力の1/3ほどを手紙の開封に使わせる気らしい。何考えてるんだ。
うぉりゃーーーと、およそ手紙を開封しているとは思えない感じで魔力をつぎ込んでいる横で、ギーラがサクッと手紙を広げていた。こいつのには、こんな仕掛けはしていないようだ。
何、この差別。
ギーラは便箋を見て、「なんだ。プリシラからの手紙もまとめて入れてあったのか」ってつぶやいてた。ってことは、マルからの手紙もヘーゼルからの手紙と一緒に入ってるのか。
ようやく、開封して手紙を読む。5番弟子ってなんだよ。それはギーラより前なのか? 後なのか?
そして、アドバイスをくれるのが遅い。暴走事件のときの俺のプロメテウスの火は、町の人から「三頭番犬業火」って名前で呼ばれてる。火を分けて氷塊にぶつけてた様子が、頭が分かれてるように見えたんだろう。
訂正して回るにも新しい名前を考えないといけなくなりそうだし、好きに呼ばせておけばいいや。なんか強そうな名前だし。
――はい、実は気に入ってます。
マルからの手紙には、俺を助けるためにした修業のことなんかが書いてあった。
そっか。プリシラもすごい協力してくれたんだな。修業しても無駄なんて思ってたこと、改めて反省した。
そして、並列思考を獲得したかもしれないのか。いいなぁ、並列思考。俺の二重詠唱って並列思考ないと、そんなに使い勝手が良くないんだよな。やっぱり、無詠唱、並列思考、二重詠唱を併用して異種の魔法を同時発動させるんじゃないとね。
う~ん。並列思考獲得のためだけでもヘーゼルの指導を受ける価値はある、かな?
それから、24日にヘーゼルの仮誕生日祝いをしたらしい。誕生日が分からないから、この日に祝うことにしたらしい。なぜクリスマスイブなんだろうと思ったが、なんとなくケーキとかご馳走を用意したい日だから、まぁいいか。来年は一緒にお祝いしよう、だって。
続いて、両親からの手紙だ。母さんからは便箋1枚だけで、元気にしているか、ちゃんと食事はしてるか、魔力が暴走したと聞いたけど後遺症はないか、村で良いお師匠さんを見つけていたなら町に行くことなかったのに、と割と普通の内容だった。最後の「良いお師匠さん」ってとこだけ反論したいけど。
問題は父さんからの手紙の内容だ。
まず、ヘーゼルのことで長々とお説教が書き連ねてあった。弟子入りを打診された時点で相談してくれれば、断るなんてもったいないことさせなかったのに、ってことみたい。
父さん達の冒険者パーティ「蒼銀の軌跡」は、ジルさん以外全員がヘーゼルファンだったようだ。パーティ名もあいつの二つ名からとったんだって。
いや、パーティ名もあいつの二つ名も初めて知ったよ。知ってたらもっと厳重にあいつのことを秘密にしておいたのに。
マチルドさんが「ただ者ではない」と太鼓判を押したせいで、古の賢者本人ではないにしても、正統なる継承者だろうと信じたようだ。
そして、帰ってからの修業スケジュールが勝手に決められていた。以前と同じように、午前中は村役場で戦闘訓練で、午後から森でヘーゼルの指導。勝手に指導を受けることにされてる!?
まあ、どうせ森には行くし、問題ないか。後は、できるだけ早く帰って来いって書かれてた。
さらに、マルとの手紙のやり取りを禁止するとあった。俺を町に行かせたのは、弟離れをさせる目的もあったらしい。再来年の春になれば、マルはアブヤドに行かなくてはならない。その前にお互い離れ離れになることに慣れておきなさい、と書かれていた。
さすがに5歳の子供にそのまま伝えたりはしなかったようだが、マルからの手紙は届ける気はないそうだ。
それで、ヘーゼルの手紙に同封したのか。よし、次からは俺もヘーゼル宛の手紙に同封して送ろう。
最後は「ヘーゼル様はお前の弟子入りを受け入れてくださるようだ。お前には才能がある。立派な配下になれるよう頑張りなさい」という言葉で締めくくられていた。
配下って……。あいつ、そんな気ないと思うよ? どうなってんの? 父さんはひょっとしてマチルドさん以上のヘーゼル信者なんだろうか。
ギーラは両親からの手紙はお土産の指定と仕送りの催促だったと言って、がっかりした顔で捨ててた。逆にヘーゼルとプリシラからの手紙は喜んで読んで俺に見せてきた。お返しに俺からもヘーゼルとマルの手紙を見せてやった。
――雪合戦、した方が良かったのか……。
◇
魔法歴983年12月28日
ずっと教えるのを渋ってたマチルドさんだけど、なんだか気が変わったみたいで、今日からちゃんと教えてくれるらしい。ヘーゼルからの指示だって。
あいつ、正体隠さないことにしたんだな。たぶん、俺を守るためだ。
暴走事件の後、俺が危険な魔法を暴走させるんじゃないかと魔力を封じる案も出たらしいけど、町の人達が「その子に手出しすると、水の賢者に祟られるぞ」って反対してくれた。結局、警備隊の前で魔法を使って制御できることを確認してもらうだけで済んだ。
冒険者ギルドとか町中で変な奴に絡まれることもなくなった。
話が逸れたけど、マチルドさんはまずは古の賢者達の話を知ってもらいたいと言ってこの国の建国史を語り出した。これは、父さんから頼まれたそうだ。
ヘーゼルのことは調べるつもりだったから、渡りに船だ。ちょっと偏った意見を持ってそうなのが心配だったけど、マチルドさんはまずはオーソドックスな建国史を教えると言ってくれた。
昔、この世界には、色々な道具や食べ物、水の備蓄がされた遺跡があって、人々は遺跡の近くに集落を作って生活していた。しかし、それらがどうやって用意されたのか誰も知らなかった。
だから、なくなったらどうやって調達していいのかも分からなかったし、自然に生える植物や川や湖などの水源は乏しく、遺跡にある物資がなくなったら滅びることが容易に予見できる状態だったそうだ。
そんな中、魔法を使う者が現れ、徐々に状況が変わっていく。最初に魔法を使い始めた彼らは後に”賢者”と呼ばれるようになる。
火の賢者が野生の動物を狩って食料とし始め、地の賢者が大地に植物を芽吹かせた。そして、闇の賢者は異世界との境界を薄くすることで、魔物を召喚することに成功した。
魔物は元からいた動物を駆逐してしまったが、繁殖力が高く、食料として狩るには好都合だった。
そうして、3人の賢者が滅びの運命からの脱却を目指して歩み出し、人々が彼らのもとに集い始めた頃、光の賢者が夜空に光で文字を描いて「魔法を操る者達で集まり、話し合いの機会を持ちましょう」と呼びかけた。
賢者たちは各自がバラバラに活動していたから、魔法を使える者が何人いて、どんなことをしているのかお互いに知らなかったが、光の賢者の呼びかけで火、地、水、風、光、闇の6人が集まった。
年齢も主義主張もバラバラな6賢者だったが、魔法を使えるようになった時期は皆この会議の5年前だった。そのため、魔法使用者が現れたその年を魔法歴元年と定めた。
会議の主要な議題は滅びゆく世界のかじ取りだったが、意見はまとまらず、決裂。
火の賢者が今の世界には皆を導く強力なリーダーが必要だと説けば、水の賢者は人々に魔法を教え1人1人が事態を変えていく力を身に付けることを提案した。光の賢者は少数者の意見をないがしろにせず、協調できる道を探すことが重要だと言って妥協点を探ろうとしたが、地の賢者は個人の意見を汲むよりも皆で1つの目標に向かって団結することが大事だと返す。闇の賢者が今の世界に必要なのは人々が誇りをもって事態を打開できると信じることだと言い、風の賢者は緊急事態にあるのに力を持つ努力を怠った者に救われる権利はないと言い放った。
歩み寄れそうな意見の賢者もいたが、派閥を作られてパワーバランスが崩れることを危惧する賢者もいて、妥協点を探せない。
特に既に建国の準備を進めている火、地、闇の3人と、賢者が先頭に立って危機を回避しようとすること自体に疑問を差し挟む水、風、光の3人の対立は埋まらず、ついには火、地、闇の3賢者が他の3賢者に攻撃を開始。攻撃を受けた側の賢者達が逃走した。
こうして、対立が決定的になった賢者たちの間での戦いが始まる。俗に賢者大戦と呼ばれてるらしい。
まずは、この危機に立ち上がろうとしない水、風、光の賢者を討伐すべしと、この3人が倒されるまでは火、地、闇の間は不可侵とする密約が交わされた。
闇の賢者が光の賢者を見つけ出して処刑。地の賢者も大軍で包囲して逃げ道を塞ぎ、風の賢者を討ち取った。
水の賢者は3年ほど捕まらずに各地を放浪し続けたが、火の賢者が水の賢者の弟子を捕らえ、さらし首にしておびき寄せた。
個人の戦闘力では最強と評されていた火の賢者に対し、当時まだ18歳と賢者の中では最年少の水の賢者。勝利は揺るがないと信じられていた火の賢者だったが、結果は惨敗。あっという間に八つ裂きにされてしまったそうだ。
――怒らせると怖そうだな、ヘーゼル。マチルドさんはうっとりしながら話してるけど、八つ裂きとかちょっと引いたぞ。
火の賢者と水の賢者の勝負が決するや否や、闇の賢者と地の賢者の軍が火の賢者の元領地に押し寄せた。火の賢者を頼って集まった民衆は水の賢者を説得。前線に1人送り出した。
召喚した魔物で構成された闇の賢者の軍勢は火の賢者対策として火に強い魔物で構成されていたが、水の賢者とは相性が悪く、壊滅。闇の賢者軍の敗北を見て取った地の賢者軍も兵を引いた。
こうして、賢者大戦は水、地、闇の3賢者による3つ巴の戦争に移行した。
ここまで話したところで、マチルドさんの肩をジルさんがトントンと叩いた。夕飯の支度だ。
火の賢者との戦いの辺りから、だいぶ熱くなってたからなー。本来の建国史にない話とか入れちゃって話が長くなってたんだろう。今日はここまでってことになった。




