第2話 手紙
午後の修業を終えて、家に帰る。
今日の修業はハードだった。ヘーゼルさんが新しい修業方法を思いついたせいだ。
いつもミスをしたときに頭上から降らされていた氷の粒。あれを先見の明で予測して避けてみた。そしたら、避けた先にも連続して降らされて、結局まともに受けることになったんだけど、同じことを新しい修業方法として取り入れたんだ。
次々にヘーゼルさんが氷を降らせ、僕は落ちてくるのを予測して避けるか叩き落とす。
氷が降ってくるタイミングや軌道を読み切って全て避けるか叩き落すかして僕自身に当たらなかったら、僕の勝ち。読み勝って僕に氷を当てられたら、ヘーゼルさんの勝ち。ギーラが好きそうな勝負形式の訓練だ。
何手も先を見通して動けるようになるための訓練ってことだけど、今日のところは僕の10連敗。1勝もできていない。
それでも、時間差で降ってくる氷を5回目に降ってくる分までは避けられた。
充実した気分だけど、疲れているし、早く手紙も読みたい。プリシラもギーラからの手紙を大事そうに抱きかかえている。
ヘーゼルさん宛の手紙は僕が読んじゃまずいかもしれないから、僕が寝てる間に読んでもらおうかと思ったけど、ヘーゼルさんは気にしないそうだ。皆で集まって読むことになった。
まずは、兄ちゃんから僕への手紙。
暴走事件のときのお礼と、近況報告だった。
町では、冒険者活動をしてるらしい。感知術がなくて最初は依頼達成に苦労した下りとかは、プリシラに見せたらちょっと嬉しそうだった。便利そうだから索敵魔法を覚えようと思い始めているそうだ。
それから、暴走事件の後から指名依頼が入るようになったらしい。といっても、討伐依頼のような危険な依頼じゃなくて、鍛冶職人さんに頼まれて鉄を溶かしたり、ブラックボアの丸焼きを作るのを手伝ったりと、極めて平和な指名依頼をこなしているって。
事件後から町の人達が妙に優しくなった、ケガをさせると氷の塊が降ってくると思われてるみたいだ、なんて書いてあった。
良かった。結構楽しそうだ。
次は、ギーラからプリシラへの手紙。
兄ちゃんの手紙と比べると、だいぶ短い。ギーラは文字を書くのが苦手なんだそうだ。
魔法塾の授業はあんまり教え方が上手じゃなかったから、村に帰ってから頑張る、だって。
それから、ヘーゼルさんに教わったことを、兄ちゃんに教えているとか、町での冒険者活動は意外と簡単だとか、そんなことを自慢してた。
あとは、ヘーゼルさん宛の手紙だけど、兄ちゃんからとギーラからの手紙の他に、マチルドさんって人からのもあった。兄ちゃんからの手紙にチラッと出てきたけど、泊まってる宿の女将さんで父さんと母さんの元冒険仲間のはずだ。
ヘーゼルさんへの手紙だから、体の制御を明け渡して本人に開封してもらう。
ギーラの手紙から読むみたいだ。
”師匠へ
オレ、師匠に言われた通り頑張ったよ! オレ1人じゃ止められなかったけど、師匠も助けてくれたからフェンは無事だ。
ところで、フェンに師匠の教えを伝授してんだけど、あいつ、覚えが早くてさ。教えられることなくなりそうなんだ。何か追加で教えとくこと、ない?
それと、また何か困ったことが起きそうなら、言ってくれれば動くから、何でも言ってくれよ! 返事待ってる!
ギーラより”
やっぱり、ギーラの手紙はシンプルだ。
短くても元気いっぱいな様子が目に浮かんで、読んでるとつい笑顔になっちゃう。
”ギーラへ
見ていたよ。よく頑張ったな。助かった。
新しいことは直接教えたい。あいつには「魔力制御の修業に終わりなどない。基本を疎かにするとは、まだまだだな」とでも言っておけ。
何もない方が良いが、何かあったときは頼りにしてる。よろしくな。
ところで、降らせた雪で遊んだか? 魔力をたっぷり含んだ雪は、投げれば攻撃魔法などを標的に向かって飛ばす感覚をつかむのに役立つし、雪だるまなんかを作れば魔力で何かを形成する感覚をつかめる。
もう雪は解けてしまっただろうから、良ければ2月に誕生日プレゼント代わりに降らせよう。
ヘーゼルより”
ヘーゼルさんは、ささっと返事を書いた。
同じ体なのに、僕とは筆跡が違うのがちょっと不思議だ。魔法陣に書き込む文字はもっとカチッと書くから、少しくずした流麗な文字が新鮮に見える。
次は、兄ちゃんからヘーゼルさんへの手紙だ。僕宛の手紙と比べるとだいぶ短い。
”ヘーゼルへ
まずは、お礼を言っとくよ。助けてくれて、ありがと。
でも、お前の弟子になるって決めたわけじゃないからな。
この町にはお前のファンらしき人がいるから、ちょっとお前のこと調べさせてもらう。構わないよな? それで、問題なさそうなら、弟子入りを考えてもいい。
それと、お前、使う魔法が派手過ぎだ。氷晶隕石群って魔法なんだって? 町で話題になっちゃってるんだけど、お前って少なくとも本契約まではうちの両親に存在明かさないつもりなんだろ? ギーラが口を滑らせそうになってたぞ。一応、つじつまの合いそうな説明をしといてやったから、気が変わったんじゃなければ話合わせとけよ。
フェンより”
つじつま合わせをした話っていうのは、便箋の裏に書かれてた。
森で遊んでいるときに僕がヘーゼルさんと知り合い、また会う約束をしていた。ところがある日、森で火事が起きてヘーゼルさんは住居を失った。困ったヘーゼルさんを助ける代わりに、弟子として色々教えてもらうことになった。
つじつま合わせというか、本当のことだけだ。けど、精霊だってこととか僕に憑依してるってことは知らせてないから、聞いた人はヘーゼルさんが普通の人間だと思うだろうな。
ヘーゼルさんから教わった上手な嘘のつき方を思い出すようなつじつま合わせだ。
”5番弟子のフェンへ
私のことを調べるのは構わないが、お前はもう私の弟子だ。他に適任者はいないだろ? 諦めろ。
暴走事件のときに使った魔法は、術者としては氷雨に魔力をたっぷりつぎ込んで、ちょっとアレンジしただけだ。広範囲の魔法としては基本の魔法だよ。
無詠唱だと魔法の名前を言わないから、勝手に周りが名前を付ける。無詠唱あるあるだ。勝手に名前を付けられるのが嫌でわざわざ魔法の名前だけは言うようにしていた奴もいた。
お前の魔法もいずれ勝手に名前を付けられるだろうから、それが嫌なら自分から名前を言っておくことだ。
つじつま合わせは了解した。ギーラにも私が普通の人間であるように話せと言っておいてくれ。
師匠より”
なんで5番弟子なんだろうって疑問に思ったら、教えてくれた。
ずっと昔に死んでしまった1番弟子さんがいたそうだ。で、2番弟子が僕、3番弟子がギーラ、4番弟子がプリシラ。その後に弟子入りさせた兄ちゃんは5番目ってことらしい。
最後は、マチルドさんって人からの手紙だ。
”偉大なるヘーゼル様
初めまして。私は、あなた様の弟子の子供達が一時滞在している町で蒼銀亭という宿屋を営んでいる者でございます。
私は、先日の強大な魔法を拝見し、あなた様が偉大なるお方であると確信いたしました。今は秘かに活動をされていらっしゃるご様子ですので、あなた様が何者であるのか詮索するつもりはございませんが、微力ながらお力になりたいと願っております。何なりとお申し付けください。
差し当り、お弟子さんをお預かりする身として、いくつかご教示いただきたいことがございます。
まず、フェンサー=サラーム君、ギーラ=サーフィ君に適切な魔法教育を施せる者がこの町にはおりません。できる限り早い時期にあなた様の元へお返しすべきと考えておりますが、今の時期は馬車が出ておりません。早くとも2月の終わりごろになってしまいますが、それまでお待ちいただけるでしょうか。
また、フェンサー=サラーム君より、魔法基礎理論の講義を依頼されたのですが、いかがいたしましょうか。元冒険者で魔導師をしていたことはありますが、未熟な私の教え方では、あなた様のご指導の邪魔になってしまうのではないかと危惧しております。
なお、件の不届きな魔法塾講師については、町の有志が今までの所業を洗い出しておりますので、早晩、自身の行いの報いを受けることになるでしょう。
全てはあなた様の意のままに。
マチルド=イフテラームより”
まるで家臣が主君に宛てて書いたかのようだ。ヘーゼルさんもちょっと困った様子だ。
兄ちゃん、早めに戻ってくるのかな。村から町に買い出しに行く馬車を3月に出し、村に帰ってくるタイミングで一緒に連れて帰ってくる予定だったから、3月の終わりになるってことだったけど。
早めに帰ってくるなら僕は嬉しいけど、余分に馬車代がかかるよなぁ。
少し考え込んでいたけど、ヘーゼルさんがペンを走らせ始めた。
”マチルド=イフテラーム殿
初めまして。私は子供達の師匠、ヘーゼル。貴女のご厚誼にまずは感謝を。
貴女のお言葉に甘えて、いくつかお願いをさせていただきたい。
まず、帰る時期はフェン、ギーラの2人に判断を任せたいと思う。初めて村の外を見る2人だ。学ぶことはきっとある。2人が満足できるまで、町で面倒を見ていただけないだろうか。もちろん、2人の両親の意見もあるだろうから、私の意見は参考程度に聞いておいていただければ十分だ。
次に、フェンが貴女の教えを請うているそうだが、差し支えなければ可能な範囲で貴女の知っていることを伝えてやって欲しい。
フェンは聡い子だ。多少の教えの食い違いは、自分で何が正しいのか考えるきっかけになる。多くの者から学ぶことは彼の糧となるだろう。ギーラの方は勉学は嫌いそうだから、違うことを教えても気づきもしないだろう。だが、きっと実戦の中で彼も自分なりの答えを出していく。そのときに学んだことがヒントになることもある。貴女の教えは無駄になることはない。
ただし、歴史について教えるのであれば、偏った情報を与えないように注意していただきたい。2人とも話を鵜呑みにするほど幼くはないが、素直な子達だ。一面的な考えに凝り固まることなく、物事の受け取り方は人によって違うことを学んでもらいたい。
色々と一方的にお願いをしてしまって申し訳ないが、彼らは類稀な才能を持つ子達だ。貴女には面倒をかけるが、大切に扱ってもらいたい。
よろしく頼む。
ヘーゼル”
兄ちゃんやギーラへの手紙と比べて堅い感じだ。大人相手だからかな。最後のサインもちょっと気合入れて書いてた気がする。
そのまま封筒に入れようとしたら、止められた。昼間の様子なら子供の手紙は入れられなくても、ヘーゼルさんの書いた手紙だと思えばきっと届けてもらえるから、僕とプリシラの書いた手紙も一緒の封筒に入れてしまえ、だって。
◇
「父さん、これ。ヘーゼルさんからお返事だって。それと、これは父さんに」
ヘーゼルさんは父さん宛にも手紙を書いた。兄ちゃん達が帰ってきた後の、訓練スケジュールを相談するだけの手紙で、封筒にも入れられていないメモ書きみたいなものなんだけど、父さんは神妙な顔で受け取った。
「僕やプリシラからの手紙は届けられそう?」
「悪いが無理そうだ。ギーラの両親からの手紙もあるし、村の人から町の知り合いに届けて欲しい手紙をたくさん受け取ってしまったからな」
「……うん。分かった」
手紙を届けてもらえないことは、先見の明で見て知ってた。
本当は村の人からの手紙はそんなになくて、手紙の1、2通くらいまとめて入れる空きがあることも。
なんで、父さんが僕の手紙を兄ちゃんに届けようとしてくれないのかは分からない。
会話はできるようになったけど、まだ僕と父さんの距離は遠いみたいだ。




