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第1話 白

 僕は泣いていた。家の中には母さんもいるのに、僕の方を向くことがない。僕のことが見えないみたいに。

 でも、見えていないわけじゃない。だって僕を避けて他の部屋に行くから。通り道にわざと立ってみても、僕を見ないまま横を通り抜けて歩いていく。

 母さんだけじゃない。夜には父さんも家にいるけど、僕のことは見ない。


 構って欲しい。気付いて欲しい。

 だから、僕は泣いた。それでも、状況は変わらない。泣き声も聞こえていないみたいに。


 夕方になって兄ちゃんが帰ってくる。

「ただいま、マルドゥク。また泣いてたのか。もう俺が帰ってきたから寂しくないぞ~」


 兄ちゃんは僕を無視しない。すごくかわいがってくれる。だから兄ちゃんがいれば僕は泣かなくていい。

 兄ちゃんが帰ってくると家の中がにぎやかになる。


「フェン、おかえりなさい。今日もギーラ君と遊んできたの?」

「うん」

「もっとゆっくり遊んできてもいいのよ。夕飯までまだ時間あるから」

「いいんだ。マルドゥクとも遊びたいし。家にある本も読みたい」

「そう。フェンは本当に本が好きね。また今度、お父さんに本を買ってきてもらえるように頼んでみるわ」

「ありがとう」

 兄ちゃんのことは、父さんも母さんも無視しない。


「じゃあ、マルドゥク。書斎に行こうか。何か絵本でも読んであげるよ」

「兄ちゃんの作ったお話の方がいいな。ヘルメス様が出てくるやつ」

「う~ん。もうネタ切れなんだよ。前と同じお話になっちゃうぞ」

「いいよ! ヘルメス様のお話、どれも大好きだもん」

「よく飽きないな」

「だってカッコいいもん」


 これが、僕の日常。そのうち、僕は涙を流さなくなった。誰にも気付いてもらえないなら、無駄なことだから。兄ちゃん以外はどうせ僕を見ない。期待するのは止めた。


 ◇


 ある日、また兄ちゃんにお話を聞かせてもらった。やっぱり、ヘルメス様はカッコいい。僕はパチパチと拍手する。

 お兄ちゃんはそんな僕の頭をなでる。


「じゃあ、次はお勉強だ」

「はーい」

 勉強でも、構ってもらえるなら僕は大歓迎だ。

 でも、お兄ちゃんはちょっと気が重そうだ。


「マルドゥク、ずっと迷っていたけど、父さん達は話す気がなさそうだから、代わりに俺が話す。2人のマルに対する態度が変なのは気付いているだろ?」

「うん」

「なんでなのか、今から教える。でも、話を聞いて落ち込んだり、悲しんだりする必要はないからな。俺は、いつでもマルの味方だよ」

 僕としっかり目線を合わせて、兄ちゃんが言う。いつもと違う。なんだか怖い。

 でも、兄ちゃんが味方なら心配ないよね? そう思って僕はうなずいた。


 兄ちゃんは僕が無視される理由と僕の将来に待ち受けることを教えてくれた。


 僕は、兄ちゃんや両親と違って髪も黒くないし、目も黒くない。髪は白で目は赤かった。肌の色も兄ちゃんは健康的に焼けているのに、僕はやたら白い。僕は本当の子じゃないから避けられているのかなって、何となく思っていた。今日までは。

 でも違った。正確には分からないけれど、何千人に1人くらいの割合で、ときどき色素が抜け落ちたような、白い髪と赤い目の子が生まれるらしい。その子達は「白」って呼ばれていて、他の人が少し訓練を積めば使えるようになる魔法を使えないらしい。なぜかは分かっていないけど、呪われた子供だからだって考えられているんだって。


「でも、そんなことないからな。すごい術を使えたり、竜に乗れたりする才能を持つのも白達なんだ。そんな人々が呪われているわけないだろ」

 僕をなだめながら、優しく兄ちゃんは言ってくれた。


 白の中には百人に1人位、精霊と契約をして魔法に似た術を使える者が出るらしい。精霊術師って呼ばれて、大規模な術を使えるから重宝されているんだって。日照りが続いたときは、水の精霊と契約している精霊術師の術で雨を降らせたりするそうだ。

 さらに、千人に1人位、竜に乗れる才能を持つ者がいて、竜騎士として活躍するんだって。


「マルは水と相性がいい気がするから、水の精霊との契約を狙ってみてもいいかもな」

「う~ん、ヘルメス様みたいに空を飛べるのはないのかな」

「風の精霊と契約したら空を飛べることもあるらしいよ。でも、空を飛びたいなら、ヘルメス様と同じ翼付きのサンダル(タラリア)を身に付けるか、竜に乗れる竜騎士になった方がいいかな」

 兄ちゃんと話していると、何だかできるような気がしてくるから不思議だ。

 あれっ? 兄ちゃん、架空のお話だって言ってたのに、「タラリア」って本当にあるのかな。あったらいいな。


「どうやったら精霊術師や竜騎士になれるの?」

「俺も詳しくは知らないけど……。マルが7歳になる年の春、この村から離れてアブヤドっていう都市に行くことになる。そこには白達が精霊と契約できるように訓練するための学校がある」


 7歳になる年の春から精霊術訓練場に行き、5年間精霊と契約するために努力する。

 それが終わって、精霊術訓練場を出るときに竜の卵を渡される。それから王都に行き、15歳になる年の春までに卵から竜を孵化させることができたら、竜騎士訓練校に入学できる、というシステムらしい。竜騎士訓練校は3年間だ。卵が孵化してから入るから、入学時の年齢は12歳~15歳と幅がある。


「もし、精霊術師にも竜騎士にもなれなかったら、どうするの?」

「マルドゥクは、そんなことにはならないよ。だから知らなくていい」

 兄ちゃんは言い切ったけど、少しだけ不安そうに見える。


「兄ちゃん、母さんや父さんが僕を避けるのは、僕が呪われているって思ってるからなの?」

「それは違うよ、マル」

「でも、今日教えてもらったことで、それ以外に嫌われることあったかな?」

「――マルは嫌われてはいないんだ。ただ、母さんも父さんも怖いんだ」

「怖いって僕のことが?」

「ううん、違うんだ。15歳までに精霊術師にも竜騎士にもなれなかった白は奴隷として売られる」

「!」

「そして、奴隷として買い手が付かなかったら、呪われた子として処分されてしまうんだ。母さんも父さんも、そんな日が来てしまうことを恐れている。そうなってしまったときに、かわいがっていた思い出があったら余計につらいから……。本当は二人ともマルのことを大事に想っているよ」

「処分って、殺されちゃうの?」

 かすれた声で問い返す。両親が僕を避ける理由が本当かどうかよりも、自分を待ち受ける将来にショックを受けていた。だって、精霊術師になれるのは百人に1人、竜騎士になれるのは千人に1人って話だ。どう考えても、ほとんどは奴隷になるか処分されるかだ。

 兄ちゃんはうなずいた。殺されるってことで合ってるらしい。


「大丈夫だ。絶対。でも、マルさえ良かったら、最悪の事態を避けるために今から準備を始めないか?」

 兄ちゃんがやたら自信をもって言うから、何だか大丈夫な気がしてきた。僕は今3歳。まだまだ時間はある。


「準備? あっ、分かった。お金を貯めるんだね!」

「どうしてそうなるんだ?」

「えっ。ダメだったときのためにお金を貯めといて、兄ちゃんが僕を奴隷として買うんじゃないの?」

「あー。そういう手もある、のか? 俺が考えてたのは、殺されそうになっても逃げられるようにするか、今から精霊と契約できるように色々試してみようってことだったんだけどな」

「なるほど」

「よし。明日からは一緒に外に出て訓練な」

「でも、兄ちゃん、いいの? お友達をほっといて。最近、いつもギーラ君って子と遊んでたんだよね?」

「あいつは友達じゃないよ。倒すべき敵だ」

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