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第1話 スランプ

 しばらく無理をしていたせいか、兄ちゃんの救助作戦が終わった後、僕もプリシラも熱を出して1週間ほど寝込んで修業を休止することになった。その後も、後回しにしていた防寒着づくりや、修業中に狩った魔物の素材の加工でさらに1週間が潰れた。


 やっと今日から修業再開だ。プリシラと2人で森に向かっていると、北から黒っぽい鳥が飛んでくるのが見えた。村役場の方に向かっているみたいだ。鳥がカバンを斜め掛けしているように見えたけど……?


『使い魔だな。魔導士が飼い慣らした魔物だ。ああいう鳥型の魔物は、手紙を届けるのによく使われる』


 なるほど。手紙を入れたカバンを持たせて飛ばしてるのか。便利そうだな。



 秘密基地に着いた。元々秘密基地として使っていた洞穴は氷室にしたままで、すぐ近くの場所に氷で作った小屋が建てられている。わざと白く曇らせた氷でできてるから、中が丸見えになったりはしない。今は、この小屋が秘密基地みたいになっている。

 氷室に入りきらなかった素材を入れておくために作ったんだけど、ある程度素材を整理して蔵に移動させたから、この小屋はだいぶすっきりしている。


 この小屋で休憩したり、お昼を食べたりするようになって、ブランケットとかクッションとかも置くようになった。氷で作ったテーブルと椅子もあるし、知らない人が見たら、この小屋に誰か住んでいると思うかもしれない。


 さて、早速、木刀と弓矢を持って修業だ。今日は、僕は剣術と先見の明をもっと使いこなすための訓練。プリシラは並列思考と弓術の訓練だ。弓術はヘーゼルさんも教えられないから、普通に練習あるのみなんだけどね。


 まずは木刀を氷刀にする。

 スッと刀身の根本から刃先に向かって手を動かし、氷で刀身を覆う。だいぶスムーズにできるようになってきた。


『マルドゥク、今日はいまいちだな。普通の5歳児と比べれば十分すごいが……。フェンを助けようと必死になっていたときの鬼気迫る姿を見てしまった後だと、気の抜けた今の状態は残念極まりない』


 あれ? ダメ出しされてしまった。


 救助作戦のために頑張ってたときは、ヘーゼルさんの講義を聞きながら、氷刀を手に戦って、テスト問題には食いぎみに答え、プリシラに戦闘プランを提案しながら、弓矢の軌道を指示したりしてた。

 さらに、先見の明で教えようとしてることを読み取って代わりに僕が講義をしてみて、ヘーゼルさんが拗ねて八つ当たりで降らせようとした氷を宙に飛び上がって蹴り飛ばして魔物を倒したり……。

 あのときは、「ヘーゼルさんでも習得に1週間かかったんだから、並列思考の習得のために可能な限りの負荷を掛けなきゃ」とか、「高く飛ばないといけないなら空中に浮いてる氷を足場に使えたら丁度いい」とか、そんなことを考えてた。必死だったんだ。

 暴走事件当日も、最後に魔物の一群を片付けるとき木刀が手元にないからって、ヘーゼルさんの杖を真似て魔力だけで刀を作ったりしたっけ。あのときはぶっつけ本番でも、できちゃったんだよね。

 今になって考えると、正気の沙汰じゃない。無茶が過ぎる。

 今は平和だし、普通に戻ろう。


 そんなことを思いながら氷刀を目利きで見てみると、込めた魔力が少なかったのか、「すぐに溶けてしまいそうだ」という注意書きが追加されている。


『あれ? ヘーゼルさん、兄ちゃんのこと呼び捨てにしてたっけ?』

『いいから氷を張り直せ。たぶん、あいつは消費魔力を軽減させるスキルでも持っているんだろう。暴走したら私以外の奴が止められるとは思えないから、私に弟子入りする以外の選択肢はない』

 氷刀を作るのに失敗したことが分かっても別のことが気になってしまい、聞いてみたら呆れた声で返されてしまった。

 兄ちゃん、強制的に弟子にされてしまったみたいだ。兄ちゃんと一緒に修業したいし、またあんなことになっても困るから弟子入りには僕も賛成だけど。


 改めて木刀に氷をまとわせる。


『……やり直し』


 う~ん。なぜか上手くいかない。

 結局、5回もやり直した。


 プリシラの方は順調だ。ヘーゼルさんの講義を聞きながらも、少しずつ的の中心近くに当たる矢が増えていく。途中のテストへの回答もスムーズだ。これは、並列思考を獲得する日も近いかもしれない。


『マルドゥク、午前中はそのまま素振り。的にしてもよさそうな木を見つけて、斬撃飛ばしの練習を』


 ヘーゼルさんにしては軽めのメニューだ。

 でも、前は10回に3、4回は成功していたのが、10回に1回程度しか成功しない。先見の明でも上手くいくイメージが浮かばない。


 たぶん、集中できていなくて、明鏡止水が発動していないせいだ。

 少し前までは兄ちゃんを助けるっていう明確な目標があった。そのために、ずっと頭がすっきりと冷えた状態で修業ができていた。でも、「兄ちゃん早く帰ってこないかな」とか「溜め込んだ素材、どうしよう」とか、今日は余計なことが気になって仕方がない。

 調子の上がらないまま、昼になった。


『ねぇ、マル。フェンさんがいなくて寂しい?』

『え? うん、寂しい、かな?』

 昼食をとりながら、プリシラに聞かれたけど、よく分からない。今の状態の原因が兄ちゃんがいないことなら、もっと前からスランプに陥ってそうなものだ。

『上手く言えないけど、今のマル、木刀作りを放り出して私と遊んでた頃に似てる気がするの』


 僕が役に立てることなんてないって思ってた頃だ。

 でも、兄ちゃんは意外と僕を頼りにしてくれていた。その兄ちゃんが今は近くにいない。ただ、それだけじゃない気がする。


 例えば、保存食作りのときは、母さんの役に立ってるかもって思えた。

 今は、父さんも母さんも口を開けば兄ちゃんの話ばかり。初めて親元を離れて生活してる息子を2人とも心配してる。両親の態度は以前と変わらないと言えば変わらないし、当然でもある。けど、不在の兄ちゃんの話ばかりしている2人を見ていると、僕はいてもいなくても変わらないんじゃないかと思えてしまう。


 収穫祭の頃は、少しは僕と交流してくれていた母さんも、今は兄ちゃんのことで頭がいっぱいみたいだ。僕が母さんからもらった白いローブを着なくなったことにも、気が付いてないと思う。

 青く染めたあのローブは見つかってしまうと困ったことなる。だから、今はこの小屋に置いてある。長く着れるように折り込んであった布を全部出したら、兄ちゃんが着れるくらいのサイズになりそうだけど、僕がまたこのローブを着れる日は来るのかな。



『――マル。誰か来る』

 考え事をしている僕を心配そうに見ていたプリシラだったけど、誰かの気配を感じ取って表情がキリっと引き締まる。約3週間のきつい訓練と実戦を経て、プリシラはすごく変わったと思う。成功体験が自信につながったのかな。

 僕も気持ちを切り替えなきゃ。


 コンコン


 控え目に小屋のドアがノックされた。

 透明なガラスをはめ込んだ窓から、来訪者を確認する。


 ――父さんだった。

 窓から覗き見た僕と目が合うと、スッと目を逸らされた。

 でも、驚いた様子はない。立ち去る様子もないから、僕が対応することになるんだけど、会話をしてくれるだろうか。


「父さん。どうしたの? 森に来るなんて珍しいね」

 ドアを開けて父さんと対面したはいいけど、なんて声をかけていいか分からない。とりあえず、当たり障りのない感じで話してみる。


「冬の間は、森に入るのは禁止しているからな。村長が率先して決まりを破るわけにもいかない」

 そうだった。森に入るのは禁止されていたことを忘れてた。怒られるだろうか。

「ごめんなさい。ちょっと事情があって……。危ないことはしないから――」

「いや、いい。町からの手紙で事情は多少知っている。この森でお前達がヘーゼルという人物と会ったと書いてあったんだが、本当か?」


 どうしよう。仮契約の間は両親に存在を明かさないように言われている。ぬか喜びさせてしまっても困るからって。


『フェンを助けたときに、少々派手な魔法を使ったからな。私に気付いた者がいたんだろう。精霊だとか言わなければ、話しても構わないぞ。直接話したりするのは、まだお前達4人だけにしておきたいが』

 承諾を得られたから、父さんに小さくうなずいて見せた。


「そうか。今はご不在だろうか。フェンを助けてくれたそうだから、お礼を言いたかったんだが」

 遠慮がちに小屋の奥を覗き込みながら言う。

「ごめんなさい。ヘーゼルさんは僕達4人としか今は会うつもりはないみたいで」

「ヘーゼル()()!? さん付けで呼んでいるのか!?」

「え? ヘーゼルさんとか、ヘーゼル先生って僕は呼んでるけど」

 何か問題があるだろうか。ギーラみたいに師匠って呼んだ方が良いのかな。


「その呼び方でお気を悪くされてはいないだろうか。ヘーゼル様か、いっそ“陛下”とお呼びした方が良いのではないか」

『陛下なんて呼び方したら、しばらく口聞かないからな。様付けも禁止だ。むず痒い』

 父さん、大げさすぎるみたいだよ。ヘーゼルさん、本気で嫌がってる。

「その呼び方で良いって言われてるから。たまに先生って呼ぶと満更でもなさそうだし」

 先生呼びすると、ちょっと声のトーンが上がるんだよね。プリシラも『分かる分かる』と同意している。ヘーゼルさんは無自覚だったみたいで、ちょっと恥ずかしがってる。


「それならいいが……。ともかく、失礼のないようにな。ヘーゼル様の用事であれば、森に入ることは何も言わない。それで、直接お会いできないなら、伝言はできるか? 可能なら手紙も渡して欲しいんだが」

 それなら大丈夫だ。伝言っていうか、そのまましゃべってくれれば聞こえるけど。

 手紙はヘーゼルさん宛だけで3通。他に兄ちゃんから僕宛の手紙と、ギーラからプリシラ宛の手紙もあった。伝言は「息子を助けていただき、ありがとうございました。よろしければ、今後ともフェンを鍛えてやってください」だそうだ。


「もし、ヘーゼル様からお返事をいただけるようだったら、私か母さんに渡してくれ。古い友人の使い魔が手紙を運んでくれるから」

「分かった。いつまでに渡せばいい? それと、僕から兄ちゃんに手紙を書いたら、それも届けてもらえる?」

「1週間後に町に向けて使い魔を帰すようになってる。それを逃しても、フェンが町にいる間は1か月ごとに往復させるそうだ。無理強いしたり、焦らせたりしないようにな。お前からの手紙は――。空きがあれば届けられるが、確約はできない」


 父さんと僕の初めてのまともな会話はこんな感じで終わった。返事を書くための便箋、封筒、ペンにインクも渡された。


『手紙を確認する前に、修業の続きだ。手紙は逃げないしな』



 父さんと会話できたことは、僕にとって思っていた以上の効果があった。

 午前中のスランプが嘘みたいに氷刀も上手く作れたし、斬撃飛ばしは10回に5回くらい成功した。


 ライアンさんと父さんの試合を思い出す。あの試合を見て、父さんみたいになりたいって憧れたんだ。

 父さんと仲良くなれる手応えが全然なくて、いつの間にか目標を見失ってた。でも、もう大丈夫だ。


 それにしても、父さんの態度、ちょっと変だったな。ヘーゼルさんって思ってたより有名? この森のヌシとかなのかな?

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