第22話 フェンの日記(8)
魔法歴983年12月4日
今日は大失敗してしまった。正直、詳しく書きたくないけど、同じ轍を踏まないために記しておく。
今日は魔法塾入門コースの初日。
魔法塾に集まった子供達は俺やギーラを入れて14人。大体、俺達と同じくらいの年頃の子供だった。
講師は壮年の魔導師で、普段は現役の冒険者として活躍してるって話だ。
……今後、会うこともないだろうから名前とかは記録しないけど、土魔法《中》と闇魔法《中》を持っていたから、そこそこ優秀な部類だと思う。
講師の自己紹介が終わると、天気が良いから外で実習の授業にすると言われ、町の南門から平原に出た。
南に森が見える。あの森は俺達の村の北にある森だ。いつも4人で過ごしてるあの森。
この町まで馬車で丸1日かかったのは、森を迂回しなければならなかったからだ。直線距離だと意外と近い。
平原に出たら、呪文が書かれた紙が回され、覚えたら次の子に回して唱えてみるように指示された。
最初は爪の先に火を出すだけの簡単な魔法だったから、ほとんどの子は発動できた。
発動できなかった子は、そのまま何度か唱えてみるように言われ、発動できた子には次の呪文を書いた紙が回された。
次は「土弾」。ここまでで、4人が脱落した。
その次は「氷の矢」。ここで、6人まとめて脱落。ギーラもだ。「師匠に教えてもらった呪文では発動したのに」って、小さな呟きが聞こえた。
3つ呪文を覚えて、何となく法則が見えてくる。最初に「我、~の精霊に命じる」って呼びかけて、次に魔法で起こしたい現象を格調高く伝える。最後に魔法の名前を言う。3部構成だ。
普段、無詠唱で発動させてる身としては、呪文を唱えるのがちょっと恥ずかしい。しかも、無詠唱のときと比べて消費魔力の割に威力が小さい気がする。
ヘーゼルが話していたように、この呪文から各自で効率を上げる方法を模索するんだろう。
この時点で残ってる子は俺を入れて4人。次は「風刃」だけど、4人のうち2人が掌が痛いと言い出した。
壮年魔導士は、我慢できそうなら気にせず唱えてみろっていうけど、これって魔力の放出口を拡げたときの痛みだよな? あれは無理に拡げると魔法の制御に難をきたすから、止めといた方が良い。痛みを訴える2人は無理をする気はないらしく、次の呪文を唱えるのを拒否した。このあたりで、壮年魔導士の教え方に少し疑問がわき始めていた。
あとは俺を入れて2人。もう1人の子は風属性はEだから、発動しなさそうだなって思ってたら、案の定ここで脱落。この子の得意属性の魔法なら同じレベルの魔法を発動できそうだけど、別属性の呪文は用意してなさそうだ。
俺はもちろん簡単に発動できたけど、呪文の詠唱中に、さっき痛みを訴えていた子の1人が泣き声を上げだした。ギーラがその子に寄っていって、話しかけてる。手にハイポーションを持ってるから、こういうときの対処法を知ってたんだな。
それなのに、壮年魔導士は脱落した子供達には目を向けない。俺に次の呪文を渡してくる。「火炎爆弾」。着弾すると爆発が起こるタイプの魔法だった。
入門コースだよな? こんなレベルの魔法を唱えさせるより、簡単な魔法を皆ができるように気を配った方が良いんじゃないか?
壮年魔導士は、俺を褒めたたえ始めた。痛みに泣く子、最初の方の呪文でつまずいたままうつむいている子に囲まれた中で1人褒められるなんて、居心地が悪いだけで嬉しくもなんともない。他の子のことも考えてやれよ。
さらには、「強化魔法をかけるから、少し難しいのにチャレンジしてみよう」って言い出して新しい呪文を渡してくる。
泣いてる子をなだめていたはずのギーラが戻ってきて壮年魔導士に抗議し出した。
「急に難易度上げたら危険だろ! 何考えてんだよ! 魔法が発動できなかった子だっているんだし、そっちを優先しろよ!」
「おやおや。できるお友達に嫉妬ですか? ダメですよ。せっかくの才能だ。伸ばしてやるのが講師の務め。高い目標を設定して伸ばしてやろうとしてるんです。君はもっと地道に努力なさい」
ギーラがなだめてた子が、大声を上げて泣いている。他にも徐々に痛みを感じ出したのか、数人の泣き声が聞こえてきた。
ここでもめてると、あの子達の処置が遅れてしまいそうだ。
「ギーラ、いいよ。俺なら大丈夫だろ。それより、後ろで泣いてる子についてやってくれ」
手持ちで持ってたハイポーションを2本ほど渡しながら、言ってやる。
――後から思えば、俺も一緒に泣いてる子のケアをしてやったら良かったんだよな。応急処置の仕方は俺も知ってたんだから。でも、ギーラの行動が嫉妬によるものじゃないって確信したくて、反応を確かめたかったんだ。
ギーラは引き下がったけど、まだ不安そうに眉を寄せていた。
やはり嫉妬による行動なんだろうかと思っていたら、「念のため、これ持っとけよ」と言って、俺の服の胸ポケットに自分の分のお守りをねじ込んできた。ホッとした。俺の分のお守りはちゃんとズボンのポケットに入ってるけど、突っ返す気になれなくてそのまま預かっておくことにした。
最後に渡された呪文は、少し様子が違った。最初の呼びかけからして違う。「偉大なる我が名において命じる。闇の精霊よ、我が意に従え」って尊大すぎないか? 今の俺はただの子供で、偉大でも何でもない。唱えることにしたのをちょっと後悔した。
それでも、大丈夫だと言い切ってしまった手前、渋々詠唱を開始。
すると、魔力がどんどん漏れていくのに気が付いた。詠唱のせいじゃなく、情報収集のスキルで魔力をどんどん使用されていっている。普段の数百倍の消費スピードに違和感を覚えた。このスキルはプロメテウス様の方で出力調整をしていて、俺が戦闘中とかで魔力を確保しないといけないときは、最小限の消費に抑えてくれる。そうでなくても、使徒自身の役には立たないスキルを守護神の都合で取得させたことに引け目を感じてらっしゃるのか、余計な魔力消費はしないように気を付けてくれている。
つまり、緊急に調べないといけないことがあるか、この魔法を発動させてはまずいから止めようとしているか。どちらにせよ、発動させない方が良いな。
呪文を唱えていると、体内の魔力が勝手に流れていく感覚がある。無詠唱のときは自分で魔力を動かしていたから、それが詠唱する場合との違いだと思う。
呪文を詠唱して魔法を発動させるときも、無詠唱ときのように魔力を操作してせき止めてやれば発動させないこともできるんじゃないだろうか。
そう思って、呪文を唱えつつも魔力の動きを邪魔していたが、勝手に動かされる魔力の流れが段々と強くなっていき、上手くいかなくなってくる。そのとき、右手にはめたグローブの甲の部分に魔法陣が光っり始めた。このグローブは甲の部分だけ中綿を入れてキルティングにしてある。わざわざ縫い目で六芒星を描くようにしてあったが、こっそり魔法陣を仕込んでいたのか。たぶん、表からは見えない裏地部分に施された分と合わせて1つの魔法陣として効果を発揮するようにしてあるんだろう。
魔法陣は魔力の制御を助けるものだったらしく、再び魔力の動きを邪魔することに成功。
「混沌の門」
呪文が完成した瞬間、脳裏に8つの頭を持った大蛇の姿が浮かんだ。
ヤマタノオロチか? 呪文の内容からして召喚魔法っぽいと思ったが、まさか発動したらこいつが出てくるのか!?
焦ったけど、魔力の大半を体内でせき止めているからか黒い靄が広がるだけで不完全な発動に終わった。靄が門の形にまとまろうとするけど、量が足らないみたいだ。
良かった。この呪文は危険だ。靄をしまってしまおうとし始めたそのとき、壮年魔導士の声が響いた。
「均衡崩壊!!」
え?
名前からして強化魔法ではない。
壮年魔導士の魔法を受けた瞬間、自分の意思で操っていた魔力が思うように動かせなくなった。体内でせき止められていた魔力が暴れ出す。一部は体内で、そして残りは外へと飛び出し黒い靄になっていく。
体内で暴れ始めた魔力は、即、情報収集で消費され消え、俺を傷つけることはなかった。
守護神様、感謝します! 使徒には役に立たないスキルとか言って、こういう非常時の備えをこっそりしてあるところ、尊敬します!
しかし、問題はこの黒い靄だ。門を形作ろうとするでもなく、四方八方に飛び散ろうとする。しかも、体内の魔力がどんどん流出し続けている。完全に暴走している。
ビキリと掌が痛む。放出口が拡がったことで、余計に制御が難しくなる。
壮年魔導士の魔法は魔力制御を崩す魔法だったようだけど、効果は徐々に弱まるようだ。この暴走状態でも周囲の子供達の方に向かった靄を引き戻すくらいはできる。でも、体内から相殺用に魔力を出して靄を消すことはままならない。このままだと俺が疲弊してコントロールが甘くなったら、周囲の人を無差別に傷つけるだろう。
それくらいなら、術者として責任を取ろう。外に飛び出していく靄を俺のもとに引っ張るように制御していく。
靄が俺に直撃しそうになる直前、胸ポケットのお守りがふわりと浮いて魔法陣が光り出す。靄がお守りに集まり、黒い炎となってお守りを燃やす。俺の身代わりになってくれているようだ。
大量の靄を受け止め、お守りが燃え尽きる。すぐさま、ズボンのポケットから2個目のお守りが飛び出す。
1個目のお守りが燃えている間にも、壮年魔導士にかけられた魔法の効力は弱まっていったけど、体内の魔力の流出が止められない。プロメテウス様が体内の魔力を減らし続けてくれているけど、燃費が良い俺の魔力はそう簡単に底をついてくれない。消費魔力半減のスキルが仇になるなんて。
スキルで思い出した。俺はこんなときに役立つスキルを賜ってるじゃないか。
プロメテウスの火。あれは、完全制御が可能な範囲で魔力をつぎ込める。逆に言えば、あれにつぎ込むことができた魔力は暴走しない。
制御を楽にするため両手で支えていた黒い靄を片手にまとめる。今はお守りに吸い取られて靄が減っているから、多少は制御が効きやすい。
空いた手でプロメテウスの火を出し、可能な限りの魔力をつぎ込む。右の掌に再び痛みが走る。でも、こっちは完全制御だ。気にする必要はない。後の処置さえ間違えなければ後遺症もないはずだ。
新しい靄は出てこなくなり、2個目のお守りが半分ほど燃えたとき、黒い靄は消え去った。ホッと胸を撫で下ろし、壮年魔導士に文句を言ってやろうと視線を向けた。
いつの間にか、大勢の人が集まっている。中には抜身の剣を手にした怪しげな男も2人いる。壮年魔導士の仲間のようだ。そして、なんと壮年魔導士は男達に俺の腕を斬り落とすように指示をした。
冗談じゃない。焦っていると、ギーラが俺と男達の間に入り、剣を手に応戦してくれた。大人2人相手に全く引かない。男達はギーラにも容赦なく攻撃を仕掛けてきたけど、避けたり受け流したりしながら、隙を見て牽制で攻撃を入れる。
マチルドさんも駆けつけて、壮年魔導士に抗議してくれているのが見えた。
プロメテウス様、マル、たぶんヘーゼル、ギーラ、マチルドさん、ひょっとしたらプリシラも。何人もの人が、俺を助けようと動いてくれた。そのことに胸が暖かくなる。
でも、同時に怒りが沸き上がってきていた。
壮年魔導師とその仲間の男達。
俺が何をした? 何のためにこんなことをする? 俺だけじゃなく大勢の人が巻き込まれる危険性だってあったんだぞ?
プロメテウスの火で奴らを攻撃してしまいたくなる。けど、俺は知恵の神の使徒だ。憤怒に任せて行動してはいけない。怒りを何とか抑え込む。
今、俺がすべきことは、この火を消すことだ。だけど、火をぶつける的がない。岩でも魔物でも、何かないだろうか。周囲を見回していると、南の上空から、ピューっと音がした。
見上げると、空中に何かがキラリと光っていた。強大な魔力の流れを感じる。
そして、大きな氷塊が降ってきた。的だ。
こんなことができる人物の心当たりは1人しかいない。
氷塊の1つは何かしようとしていた壮年魔導師の手元を掠めるが、人に直撃させない配慮はしてそうだ。これなら、安全に魔法を相殺できる。
「これ、まさか氷晶隕石群!?」
マチルドさんが声を上げた。周りの大人達は、「まさか。水の賢者以外、使えない魔法だぞ」と騒いでる。
氷塊のサイズに合わせて火を分け、ぶつけて相殺していく。
他の人には当たらない軌道で飛んでくるけど、俺に向かっては時々直撃コースで飛ばしてくるのがヘーゼルらしい。
苦笑しながら相殺していたとき、また直撃コースで似たようなサイズの氷塊が2つ飛んできた。両方に同じサイズの火をぶつけて相殺しようとしたが……、うち1つは外側の氷だけが溶け、中に詰められていた雪が顔面に直撃した。
頭を振って雪を振り払うと、周囲の様子が目に入った。
後ろに巨大なかまくらやら雪だるまやらができている。マチルドさんはいつの間にか、氷でできたウサギの像を抱きしめている。ざっと見渡す限り、7割強は俺を助けるためじゃなくて、こういうお遊び用のものが降ってきている。
よそ見していたら、また氷塊が顔めがけて飛んできた。同じ手は食わない。大きめの火で余裕を持って相殺――。したと思ったら真上から大量の雪が直撃。死角から飛ばしてこられたら、的にできない。
つまり、ヘーゼルは俺を助ける作戦にかこつけて、超遠距離雪合戦と氷像作りを楽しんでいる、というわけか。
ブチッ
てめぇ、時と場合を考えろ! 俺の感動と感謝を返せ! 全部撃ち落としてやる!
俺を助けるために頑張ってくれたと思っていたヘーゼルが実は遊んでいるだけと分かって、何かが切れる音が聞こえた気がした。そして、怒りで我を忘れた俺は、氷塊を全部蒸発させる勢いで火をぶつけまくった。途中、「あぁ、ペンギンさんが……」とか「カッコいいドラゴン像だったのに」とかの子供達の声が聞こえた気がしたが、配慮してやる余裕は俺にはなかった。
出してたプロメテウスの火が消えたら、降ってくる氷塊もなくなったけど、辺り一帯は氷像が立ち並び、雪に覆われた銀世界になっていた。
ムカつきが収まらない俺は、ハイマナポーションを取り出して追加の火を出そうとしたが、ギーラに後ろから羽交い絞めにされて止められた。
猪突猛進のギーラに「落ち着け」なんて言われてしまうなんて、一生の不覚だ。
しかも、そのまま魔力切れで気を失い、ギーラとマチルドさんで宿まで運んだそうだ。情けない。




