第21話 救助作戦
『午後2時14分。プリシラ、どう?』
『まだ。あ……、始まった』
12月4日。今日は先見の明が告げた事件の起きる日。
この日に備えて、僕達は準備を重ね、この作戦で兄ちゃんを助けられることを何度も確認した。あとは、タイミングを間違えず、確実に行動することだ。
遠すぎて、僕の目では魔力の暴走開始は見えていないけど、魔力の流れが乱れているのは感じ取れた。
プリシラは森の北端の木の枝に腰掛け、水魔法で作った氷透鏡を片目に当て、兄ちゃん達の様子をうかがっている。
プリシラにもう1つ氷透鏡を作ってもらい、受け取る。僕は両手を空けておく必要があるから、片眼鏡のような形状にしてもらっている。
氷透鏡を受け取ったら、プリシラにハンノキの木刀とハイマナポーションがたっぷり入った水袋を渡し、僕だけ木の下に降りる。
『プリシラ、いくよ』
『了解。いつでもどうぞ』
木の根元に書いておいた魔法陣を起動。魔力による感知能力を強化するものだ。動力源になる魔力は昨日のうちに魔物の骨に込めてある。
今日のために、プリシラには色々な能力を身に付けてもらった。
さっきの氷透鏡の魔法の他、風魔法の魔力流感知と音波反響。そして、精霊であるハンノキさんと意思疎通できるようになってもらい、ハンノキの木刀の潜在能力発動条件を満たしてもらった。頑張ってたけど、並列思考は習得できた手応えはまだないそうだ。
プリシラは白じゃないから、精霊さんと意思疎通できたところで精霊術が使えるようになるわけじゃない。今後役立つ見込みのない能力を苦労して身に付けてくれて、本当に感謝してる。他の能力はこれからも使えるだろうけど。
どの能力も本当に大変だった。ヘーゼルさんの魔力を使える僕と違って魔力量が少ないから、魔力が少なくなったらハイマナポーションを飲んで回復して訓練を限界まで繰り返してもらった。特に魔力流感知は、ハイマナポーションの飲み過ぎで気持ち悪くなって、何度も吐きながらようやく習得できたんだ。
ちなみに、魔力流感知はヘーゼルさんも最初は使えなかった。並列思考のときみたいに弟子より先に習得してたけど。
氷透鏡による視覚での状況確認に加えて、魔法陣による強化とハンノキの木刀の加護を受けて感知範囲を拡大し、事件現場の魔力の流れから何か変な動きをしようとした奴を見つけ出す。それが、今日の作戦でのプリシラの主な役割。あとは色々な合図やサポートも頼んである。
途中で魔力が足りなくなったら、今日もハイマナポーションを飲んで魔力を維持してもらう。ポーション瓶だとかさばるのと数が足りないので、修業の途中から水袋に入れて持ち歩くようになった。
ポーション瓶の底に刻まれている品質の低下を防ぐ魔法陣を施しておき、1回分の分量を間違えずに飲めるようになっておけばこの方法でも問題ない。
『魔力流感知発動完了。マル、感知した情報は意思伝達で読み取って』
『了解!』
プリシラと比べると、僕が今回の作戦で新しく身に付ける必要があった能力は少ない。
並列思考と滞空時間の長いジャンプくらいだ。今日の魔法はほとんどヘーゼルさん任せだから、魔法系の訓練は休止して、意思伝達や先見の明、計算機といった、元々持っていたスキルの強化に努めた。
特に頑張ったのは、より高く、より滞空時間の長いジャンプ。訓練を始めて2週間くらいたった頃から、足に翼が生えたような感覚になって、グンと滞空時間が伸びた。
頑張って1分以上の滞空時間を確保したあたりで、ヘーゼルさんから「お前は変だ」って言われてしまった。まだ足りないのかと思ったけど、「もう十分だ」って。一体何が変なんだろう。
それから、ヘーゼルさんが僕の体で強力な魔法を放てるように魔力の放出口を拡げた。
僕は何かするわけじゃなく、ヘーゼルさんが砂地の何もない所めがけて魔法を撃って、当日と翌日の掌の痛みに耐えただけだけど。
ヘーゼルさんの標的になったその場所は、僕達の住む村くらいならすっぽり収まりそうな大きさの水溜まりになった。「そのうち、水は引くよね? 新しく池を作ってしまったわけじゃないよね?」って聞いたけど、ヘーゼルさんは「ふふふ。どうだろう?」って笑うだけだった。
『1個目のお守りが燃え尽きた。――フェンさん、火魔法を発動』
出番が近付いてきてる。水袋からハイマナポーションを口にする。なくても計算上魔力は足りるから、僕のハイマナポーションは保険だ。およそ3回分の分量を口の中に含んだままにして、水袋はそこらへんに放り投げておく。今はできるだけ動きを妨げる物を身に付けておきたくない。木刀も今日はなしだ。
向こう側に遠くを見られる人物がいた場合に備えて、ローブを羽織り、フードを被って顔を隠す。ローブは、前に母さんから渡してもらったものを青く染めて魔法陣を魔女蜘蛛の糸(白)で刺繍してある。
白くなくなっちゃったから、着てるところを見つかると問題になるけど、少しでも作戦の成功率を上げたくて「水魔法威力向上」の効果が付くように加工した。これの魔法陣は雪の結晶の形がベースになってて、文字部分はローブと同色に染めた糸で刺繍したから、遠目には魔方陣が仕込まれてることは分からないだろう。
プリシラの方もラビットファーケープに緑色の糸で葉っぱの模様をモチーフにした魔法陣を刺繍してある。こっちは「風魔法消費魔力軽減」の効果だ。糸は母さんに頼み込んで分けてもらった。
準備は万端。あとは、ヘーゼルさんが遮蔽物なしで魔法を放てる場所まで僕が飛べばいい。
心を静めて、深呼吸。先見の明で軽く手順とタイミングのおさらい。ついで、氷透鏡を左目にかけ、髪や耳を巻き込んで氷を張らせてしっかり固定する。冷たいけど、落として作戦を失敗するわけにいかない。
脚に魔力を集める。翼を広げたようにぶわっと足元に魔力が広がる感覚を覚えると同時に、頭が冷えていく。
『黒い靄が消えた。火魔法のみの安定状態に移行したよ!』
『了解。……3・2・1、スタート!』
カウントダウンをして僕の動きをプリシラに伝え、走り出す。助走を付けて跳躍。左右の木の幹や枝を交互に蹴って上に昇っていく。目は氷透鏡の付いた左目を閉じ、右目だけで見ている。
木のてっぺん近くの枝を最後に蹴るときは、思いっきり足に魔力を込めて高く跳ぶ。枝は衝撃に耐えられずに折れ、落下していく。
『合図を!』
『マルドゥク、火魔法の魔力量がおかしい。再計算を』
プリシラが鏑矢を射る。音を鳴らして飛んでいくように孔を開けた鏃を付けた矢だ。鏃はホワイトシープの角を加工して作った。
この音で兄ちゃんに魔力の相殺先を見つけてもらうため、音波反響で音を増幅し、遠くまで響かせる。
空中で今度は右目を閉じて、左目を開け、氷透鏡を通して兄ちゃん達の様子を直接視認する。
ヘーゼルさんから指摘のあった魔力量については、プリシラが魔力流感知で感知した魔力量を教えてくれた。確かにおかしい。空中での姿勢制御や兄ちゃんの様子を確認するのと同時に並列思考で計算。――僕の体で放てる魔法でなんとか間に合うけど、ギリギリだ。
音が届いたのか、こちらを見上げる兄ちゃんと目があった気がした。全力ダッシュと連続ジャンプで消費した魔力を回復させるため、1回分のハイマナポーションを飲み込んでおく。魔力全快状態にしてからヘーゼルさんと交代だ。
ヘーゼルさんは、まずは魔法で杖を作り上げた。雪の結晶の模様が浮かんだ水晶が先に取り付けられた僕の身長よりも長い大きな杖。これは予定になかったけど、『遊びが必要だろ?』と言われて納得。
「遊び」って言葉は、湿度や温度の変化による膨張した際に生じる歪みを吸収するために意図的に持たせた余裕のことをさすこともある。チャンスは1回きり。ギリギリの威力で失敗するわけにいかないなら、足りないよりは大きすぎる方がいい。
僕がちゃんと軌道を計算して直撃するようなことを避ければ、威力が過剰なことは問題にならないのだから。
氷晶魔杖
魔力で生成された杖。水魔法の威力を大幅に上げる効果を持つ。作成者が魔法を解除するか、維持に必要な魔力がなくなると消える。
付加能力:水魔法威力大向上
潜在能力:消費魔力半減(要水魔法≪上≫以上)、二重詠唱(要無詠唱)
続いて、無数の氷の塊を自分の周囲に生成。いつも僕達の頭上に落としてくるようなサイズの塊じゃなくて、大きなものは僕の体と同じくらいのサイズだ。小さなものでも僕の頭くらいの大きさ。色々なサイズを取り混ぜているのは、兄ちゃんが相殺するのに調整がしやすいようにだ。
『魔導士が詠唱を始めた!』
『了解。……詠唱完了まであと12秒だよ、ヘーゼルさん』
僕は先見の明で着弾位置の予測と計算機で発射角度と着弾時間の計算をしてヘーゼルさんに伝える。
ヘーゼルさんがニヤリと笑って杖を振ると、氷の塊は一斉に兄ちゃん達の元へ向かって降り注いでいく。
これで、ミッションコンプリート。あとは結果を確認するだけ。ヘーゼルさんが、口の中のハイマナポーション2回分をまとめて飲み込む。魔力が全快までは回復してない。あの魔法の消費魔力はそれだけ多かったみたいだ。
氷透鏡越しに、発動直前だった魔導士の魔法が手元で氷の塊の直撃を受けて消滅するのが見えた。そのまま足元に落ちた氷の塊に驚いて腰を抜かしたようだ。
ギーラが抑えていた男2人の足元にも着弾。周囲を氷で包み、男達の足を氷で大地につなぎ止めた。
最後まで確認したいけど、落下が始まっている。あとはプリシラからの情報で確認しよう。
途中で木の枝に何度かつかまり、落下の速度を殺してから着地。プリシラのいる木に登って、様子を見守りたいところだけど、付近に魔物が集まってきている。
作戦前に一掃しておいたけど、どうしても異変を感じ取って集まってきてしまうみたいだ。
結果を確認するのは、僕とヘーゼルさんでこいつらを片付けてからだ。




