第19話 暴走の理由
『あの、大事な話の最中にごめん。お兄ちゃんは? お兄ちゃんは無事に帰ってくるの?』
プリシラが泣きそうな様子で聞いてきた。
そうだ。ギーラも一緒に行ってるんだ。僕も気になる。
『私の見た未来では、死んではいない。しかし、ケガはしていたな。――ただ、ギーラは私の話を聞いてくれそうだったから、事前に話しておいた。分かっていて罠にはまることもないだろう。フェン君のことも頼んでおいたから、力になってくれるはずだ』
少しだけ安心した。一緒にいるギーラが事前に何が起こりうるか知っているなら、ヘーゼルさんが見たままにはならないだろう。
『それで、ちゃんと事前に講じた策が効果があるのか確かめたい。――マルドゥク、太陽の位置から時間と季節が分かることを教えたな。覚えているか?』
覚えてるけど、今、そんなことが何の関係があるんだろう。
『11月中は冒険者達も活動を休まないから、事件は12月に入ってから起きるはずだ。マルドゥクは浮かんだイメージの太陽の位置だけ気にしていればいい。できるだけ正確な日にちと時間を計算機で割り出してくれ。何が起こるかは見なくていい。というか、見るな。前回のあれは、子供が見るものじゃなかった』
『僕も何が起きるか見るよ。良い未来になってればいいけど、酷い未来のままだったら何ができるか考えないと』
『小さな子が魔物を殺すのを何とも思わない奴が、見るなというほどのものだぞ? それでも見るのか?』
何も言わずに大きくうなずく。
頭の奥がキンと冷える感覚。先見の明を発動する。
これから、僕達が何もしなかった場合、兄ちゃんの身に何が起こる?
浮かんできたイメージは2つだけ。前よりも明らかに数が減っている。両方を把握し切ろうとせず、2つのイメージの太陽の位置をまずは確認。位置に違いはないようだ。
2つのイメージに強弱はない。適当に選んだ片方のイメージだけに集中して把握する。他はヘーゼルさんに任せよう。
壮年の魔導士に連れられて、屋外で魔法の実習を始める兄ちゃんやギーラを含む十数人の子供達。
次々に教えられた呪文を唱えて魔法を発動できるか確かめていく。発動できなかった子は、そのまま練習。発動できる子は徐々に難易度を上げた呪文を渡されて、発動できるか試していく。
最初の呪文から3段階目くらいの呪文でギーラを含む多くのの子供が脱落。3段階目でも氷の矢だけど。ギーラはここまでは使えたはずだけど、なぜか発動していない。当人も首を捻ってるから、わざと発動させなかったわけじゃないみたいだ。次の4段階目では、兄ちゃんだけが残った。
一瞬、真顔になる壮年魔導士。5段階目を成功させた後で、「すごい才能だ!」と兄ちゃんを褒めたたえつつ、「強化魔法をかけるから、少し難しいのにチャレンジしてみよう」と言い出した。まずは詠唱させてみて、まずそうなら途中で強化魔法をかけると言う。
ギーラが急に難易度を上げるのは危険じゃないかと壮年魔導士に抗議をしたけど、まだまだ余裕があったらしい兄ちゃんは大丈夫だと言ってなだめている。
――心臓がバクバクいってる。
ギーラが止めに入ったってことは、ヘーゼルさんの見た未来ではここから魔力の暴走が起きてしまうんだろう。
でも、兄ちゃんは聞いてくれない。ライバルのギーラにできるところを見せたいのかな。
結局、ギーラが自分の分のお守りを「念のため持っておけ」って渡して引き下がる。兄ちゃんの分もズボンのポケットから見えているから、2つのお守りで防御されてることになる。これで抑えられるだろうか。
兄ちゃんが呪文を唱える。黒い靄が兄ちゃんの右手から噴き出し、渦を巻く。発動もしたし、制御もできてるような気がする。でも、壮年魔導士は兄ちゃんに何かの魔法をかける。
途端に黒い靄が噴き出す量が爆発的に多くなる。片手で支えきれなくなったのか、両手で制御しようとするけど、兄ちゃんの意思に反してどんどん靄が不規則に広がっていく。周囲に飛び火して他の子供達を傷つけるのを避けようとしているのか、あまり大きく外に広がろうとすると靄は引き戻されていく。引き戻された靄は術者である兄ちゃんに向かっていく。
かろうじて自分の魔法が直撃する前に方向を逸らすことに何度かは成功したけど、靄が増えるにつれてそれもかなわなくなっていく。靄が兄ちゃんに殺到していき――、直撃する寸前でお守りが光を放ちながら靄を吸い取って燃えだした。
対策は有効だったみたいだ。後は、お守りがどれだけ兄ちゃんが受けるはずだったダメージを肩代わりしてくれるか。
出ていた靄の8割くらいを吸い取ってお守りは燃え尽きた。でも、靄はまだ増え続けている。お守り2個で足りてくれるだろうか。
2個目のお守りが燃え始める。
2個目のお守りが燃え始めた直後、両手で靄を制御しようとしていた兄ちゃんが左手だけに靄を集めて右手を空けた。
続いて、右手で火を発生させる。いつもの不思議な火魔法のようだ。黒い靄の魔法といつもの火魔法。なぜ暴走状態でわざわざ2つの魔法を同時制御するなんて無茶をし出したのか。兄ちゃんの意図は分からないけど、火魔法を出し始めてから黒い靄が増えなくなった。
黒い靄がどんどん少なくなっていき、やがて炎だけになる。規則的に渦巻き、きれいな球状にまとまった炎。兄ちゃんもホッとした表情を浮かべている。暴走状態は脱したようだ。
――良かった。胸を撫で下ろしたのも束の間。
いつの間にか、剣を持ったガラの悪い男が2人壮年魔導士の側に現れていた。他にも異常事態を察知したのか警備隊と思しき制服を着た人が何人も集まってきている。
「魔法を暴走させてしまったようですね。その魔法を消さなくては周囲の皆が危ない。かわいそうですが、魔法を出す腕を斬り落とすしかないですな」
白々しくそんなセリフを吐く壮年魔導士。彼には、今でも暴走状態に見えるのか。男2人に目配せして、斬りかからせる。
男達と兄ちゃんの間にギーラが立ち塞がって、剣を抜いて応戦。
金髪の長い髪を三つ編みにした女性が警備隊の後ろから人の隙間を縫って出てきて、壮年魔導士に近づき、食ってかかる様子も見えた。
「あなた、魔法塾の講師でしょう!? 教え子が魔法を暴走させたら、その魔法を受け止めるのが師匠の務め! 何で教え子を犠牲にしようとしているの!?」
「彼の魔法の才能は、想定を超えていました。私ではとても抑えきれない。犠牲を少しでも少なくするには、彼自身に責任を取ってもらうしかない」
「大きすぎる炎だけど、今は安定しているわ! 多少でも制御できてるなら、少しずつ力を削っていけば……!」
「あなたも魔導士でしょう? あの炎を見てください。とても無理だ」
兄ちゃんもあの炎を自力で消しきれないのか、相殺する先を探している。けど、だだっ広い草原で的にしてよいものが見当たらない。
そうこうしている間に、男2人を抑えていたギーラに壮年魔導士から魔法が放たれる。咄嗟にかわすと、1人がギーラの脇をすり抜け兄ちゃんに向かう。そのまま、兄ちゃんの右腕を斬り飛ばした。
そのまま左腕も斬り落とそうと迫る男の前に、炎が兄ちゃんの壁になるようにそそり立つ。でも、兄ちゃんは気力が尽きたのか、そのまま倒れ込む――。
そこでイメージは途切れた。
『まさか、ここまでするとは……。マルドゥク、大丈夫か?』
『……大丈夫。でも、どうしよう。僕の見た方の未来は、死ななかったけど酷い結果だった』
『そうか。どっちを見たか分からないが、2つとも酷かった。片方は利き腕を斬り落とされ、もう片方は斬りかかった男に応戦して警備隊に捕まり、危険人物とみなされて魔封じの魔法陣を刻まれる』
もう片方も酷い。制御できてるのに襲い掛かって来たら応戦するしかないじゃないか。兄ちゃんは悪くないよ。
魔封じの魔法陣は、ヘーゼルさんが解除することも可能だそうだけど、危険人物として記録が残ってしまうと今後不自由することもあるかもしれない。
何より、兄ちゃんがそんな辛い思いをするのは嫌だ。
『マルドゥク、日にちと時間は計算できたか?』
『暴走が始まるのが、12月4日午後2時14分。暴走が収まるのが、午後2時31分』
『あと、3週間程度か。その間に対策を立てよう』
『例えば、どんな?』
『簡単なことだ』
ヘーゼルさんの対策が上手くいくか、念のため先見の明で確認する。
――策は決まった。あとは十分に準備をしておくだけだ。




