第18話 並列思考
『マルドゥク、疲れはとれたか? そろそろ家賃の支払いを再開したいのだが』
兄ちゃん達を見送った日の昼過ぎ、そんな言葉でヘーゼルさんに起こされた。
家賃の支払いを再開する?
『知ってることは教えるって契約だっただろ。いやー、マルドゥクの家賃は高いな』
高いかな? 僕の体に憑依する家賃の適正価格なんて、目利きで僕の体を見ても「プライスレス」って出るだけで確かめられなかったから、釣り合う対価になっているかどうかは分からないけど。
『私は暇に任せて色々なことを学んだからな。なかなかの知識量だぞ? それを全部教えるとなると……。仕方ない。魔物と戦ってる最中も延々と講義を続けるしかないな!』
戦闘中にも?
くっくっく、とヘーゼルさんの笑う声が聞こえる。
ダメだ。兄ちゃんがいないから、ヘーゼルさんは僕で遊ぶつもりだ。たぶん、本当にやる。
『もちろん、ちゃんと理解しているか確かめるために時々テストもしてやろう。では、さっそく――』
『ヘーゼルさん、あの。えっと。今まで憑依してたときの家賃って――』
戦闘中は集中してないと危ない。そんなときに話されたことなんて覚えてられるわけがない。
慌ててヘーゼルさんの言葉を遮り、契約条件の変更を申し出ようと思った。
『マルドゥク、商人を志す者が契約通りの報酬を受け取れないなんてことはないよな?』
『うっ。――分かったよ』
確かに相手が契約を履行しようとしてるのに拒否するわけにはいかない。覚悟を決めよう。
聞いたことだけ教えてくれる約束だったはずだけど、弟子入りしたときに「色々教えて」って言ってしまった。ヘーゼルさんが「色々」に入ると思ったことが全部なら、勝手に全て教えてくるだろう。
『ところで、ヘーゼルさんて何歳?』
知識量がどの程度か当たりをつけるために聞いてみる。話してる印象は若そうだよね。20代前半くらいかな。
『今年は魔法歴983年だったな。私が10歳のとき、魔法歴は始まったんだ。だから、993歳。覚えやすいだろ?』
え゛。
からかわれているんだろうか。それとも精霊さんは人間とは寿命が違うのかな。まさかの1000歳近くだった。
1000年分の知識を覚えるのはさすがに無理だ。
でも、年を取ると昔のこととか忘れていくものだよね。ヘーゼルさんも適度に忘れてて、知識量が減ってることを期待しよう。
『ちなみに誕生日は?』
あと7年で1000歳だから、そのときの誕生日はお祝いした方がいいよね。そういえば僕の誕生日はいつだっけ。お祝いしたことないから覚えてない。
『知らん。分からないなら12月24日に祝おうと転移者から言われたことはあったが』
そうか。分からないなら、その日を誕生日にしちゃうしかないよね。覚えておこう。
『マルドゥク、さっそくテストだ。私の誕生日は?』
『12月24日!』
『違う。正解は″不明″だ』
む~。テスト問題が意地悪だ。
◇
兄ちゃん達が町に向かった日から1週間、ヘーゼルさんは時と場所を問わずに延々と何かしらを教え続けてくれている。もちろん、修業もしてくれている。
食事中も、移動中も、剣術や魔法の訓練中も、魔物との戦闘中も、素材の加工中も、防寒具を作る作業中も。
『マルドゥク、残心とは?』
『敵が倒れたように見えても、油断しないこと!』
もちろん、テストもある。たぶん、他のことに意識がいっている瞬間を狙って出題してる。
今もキラーベアの脚を斬り飛ばして地に伏せさせた瞬間に問題を出してきた。
あ、倒れたキラーベアが腕を振り回して暴れ始めた。
こういう注意をするついでの出題もあるけど、大半は「今、それ聞くの!?」って言いたくなるようなテストだ。
『プリシラ、ポーションに使う薬草の名前は?』
『えっ? ポーション草?』
『……通称でそう呼ばれているな。正式名称は?』
プリシラも被害を受けている。修業中に教えてることはプリシラにも聞こえるから、ついでに覚えればいい、だそうだ。
今は倒れたキラーベアに止めを刺すために弓を構えてたんだけど、問題を出されて動きが止まってる。
『ない! 体力を回復させる薬効を持つ薬草はすべてポーションに加工できるから。総称で治癒薬草類!』
氷の粒が頭上にスタンバイしてるのを見て慌てて答えてたけど、攻撃の手が止まっていたからそのまま氷の粒が降り注いだ。
あれ、痛くないけど冷たいんだよね。自分だけ雪に降られたみたいな感じで。
『では、マルドゥク。治癒薬草類かどうかを判別する方法は?』
『目利きで簡単に……、じゃなくて。葉を傷付けて傷の変化を確認! それか、ポーション試験紙に抽出液をつけて色の変化で判別! または、捕まえた魔物とかに投与して観察! この3つ!』
目利きで一発なんだけど、ヘーゼルさんは納得してくれなくて頭上に雹が浮いていた。これは冷たいだけじゃなく、痛そうだ。
倒れてるキラーベアに止めを刺してから、2体目のキラーベアが振り下ろしてくる腕を氷刀で弾きながら、慌てて別の答えを言う。この知識、僕に必要かなぁ?
ちなみに、キラーベアと連戦する羽目になったのも、ヘーゼルさんの仕業だ。
キラーベアが5体まとまっているのをプリシラが見つけた途端、体の制御を奪ってダッシュ。キラーベアの足元を凍らせた。あとは1体ずつ解凍すれば、順に襲いかかってくるわけだ。
兄ちゃん達と一緒のときでもこんな無茶したことないのに、プリシラと2人でキラーベアを5体倒さなきゃいけないなんて。
しかも、自分で作った氷刀はまだまだ制御が甘くて、ヘーゼルさんがやったときみたいな切れ味はない。
敵の攻撃を捌きながら、隙を見付けては攻撃していく。
その間にもヘーゼルさんは兄ちゃんの取扱説明を語っている。
その知識はいらない。僕やプリシラまで兄ちゃんをからかい始めたら、兄ちゃんがグレちゃう!
『マルドゥク、向日葵の花言葉は?』
『あなたを見つめる!』
この知識も一体いつ使うんだろう? あ、花屋さんだったらお客さんにオススメするのに使えるかも。好きな人に贈る花を探してるお客さんとか。
ヘーゼルさんはなんでこんなことまで知ってるんだろう。誰かに向日葵を贈ったことがあるのかな?
余計なことを考えていると、また氷の雨。正解したのに。
『伝わってもいいと思って考えてることは、私に筒抜けだ。気を抜きすぎだぞ』
『私にも伝わってるよ。ヘーゼルさんは好きな人に向日葵を贈ったことがあるの? そこのところ、詳しく教えて!』
『――ない』
『『間があった』』
『ほらほら、戦闘中に無駄話してるとケガするぞ?』
今は話してくれそうにない。
兄ちゃんの取扱説明はテスト問題にはしないだろう。今は戦闘に集中しても大丈夫なはず!
気合いを入れ直し、氷刀の魔力を一旦解除して、張り直す。集中状態で一閃。
3体目のキラーベアが真っ二つに斬られて倒れ伏す。さっさと敵を片付けよう。
と思ったら、4体目と5体目が同時に襲いかかってくる。1体ずつじゃないの?
『マル、弓の補助か戦略の指示を! 1人で2体まとめて一気に倒しきるなんて無理だよ。私の攻撃も上手く組み合わせて!』
あぁ、どんどん同時にやることが増えていく……。
でも、できなかったら、お説教と氷の塊が降ってくる。やるっきゃない!
そんな調子でキラーベア5体をなんとか倒し終えると、僕もプリシラも疲れ果てて倒れこんだ。
このまま寝てしまいたい。
『ふむ。明日は実技はなしにしておこう。2人とも、少し話すことがあるから時間をとってくれ』
明日は少しは楽な修業かな?
◇
翌朝、僕の部屋にプリシラに来てもらい、ヘーゼルさんの話を聞く。講義ではないらしい。
『今日は、講義を受けながら修業をしてもらった理由を話す』
『え? 家賃のお支払いでしょ?』
『マルドゥク、フェン君達が町に行くことになったとき、先見の明で未来を見たときのことを覚えているか?』
真剣な話みたいだ。プリシラと顔を見合せ、ちょっと姿勢を正して答えた。
『あのときのことは僕も気になってた。複数の未来のイメージが一斉に流れ込んできて、一体どんな未来になるのか分からなかった』
『並列思考と言われる能力がある。複数のことを同時に考える能力だ。それができれば、複数の未来のイメージを把握することも可能だろう。それで、複数のことを同時にこなす訓練を課してみたんだ』
『それで、並列思考は習得できたの?』
僕達で遊んでたわけじゃなかったんだ。
『スキルとして習得できたのかは、フェン君に見てもらわないと分からない。だが、慣れてパフォーマンスが向上したのは確認できた』
おぉ。じゃあ、習得できたのかも。僕の方かな? それともプリシラ?
『人間、何歳でも努力というのはしてみるものだな。ということで、改めて先見の明を使って欲しい。それと、2人とも戦闘中に複数のことをこなせた方が良さそうなタイプだ。あの修業方法は続けるぞ』
ん?
『あの、並列思考を習得できたのかもしれないのって……?』
『私だ。考えてもみろ。お前達よりもずっとマルチタスクなんだぞ? 教える内容を思い浮かべ、テスト問題を用意し、戦況を確認しつつ、危険がないか警戒し、ヘマをしたら注意をし、何かあったときに魔法をいつでも放てるように準備し、適切なタイミングで敵が襲いかかるように調整。さらに、戦闘の癖を見付けて訓練メニューなんかも考えなくてはいけない』
……言われてみればそうなんだけど、弟子よりも成長しちゃう先生ってどうなの?
なんだか、負けた気分だ。
『もちろん、お前達が習得できたら良かったんだが、今回はよしとしよう。それよりも優先しなくてはいけないことがある』
なんだか真剣な様子だ。胸騒ぎがする。
『マルドゥク。フェン君が帰ってこない未来がちゃんと消えているか確認したい』
『兄ちゃんが帰ってこない未来って、兄ちゃん家出しちゃうの?』
考えてもみなかった未来だ。兄ちゃんが僕を置いていなくなる?
『家出だったらまだいい。私もあのとき流れ込んできた未来のすべてを把握できたわけではない。一番はっきり見えたものを集中して読み取った。その未来の中でフェン君は命を落としていた』
え――、命を落とす? なんで……。
頭が真っ白になって、最初は意味を理解できなかった。でも、理解できた途端、疑問と怒りが沸き上がってきた。
僕のスキルで見えたんだと言ったなら、兄ちゃんは聞いてくれたはずだ。説得すれば、きっと町に行かなかった。
『なんで言ってくれなかったの! そしたら兄ちゃんを止めたのに!』
『そうやって危険があったらすべて遠ざけるのか? 無駄に大きな危険に近付く必要はないが、どんなことにもある程度の危険はあるものだ。危険を避けることばかり考えていたら、何もできない。それに、今のままでは、彼は早晩行き詰っていただろう。人が1人で成長できる範囲には限界がある』
それでも、死んでしまったらどうしようもない。やっぱり止めるべきだったと僕は思う。
『もちろん、まったく手を打たなかったわけじゃない。命を落とす原因も分かったから、あのお守りを持たせたんだ』
異世界風護符
異世界のお守りを模した護符。裏布に魔法陣を織り込んだ布を使い、特殊な効果を付与している。
材料:スパイダークロス、魔女蜘蛛クロス、蜘蛛の糸
付加能力:魔法制御力向上、魔法習得率向上
潜在能力:ダメージ肩代わり(魔力暴走時)
適正価格:50000ダハブ
あのお守りで防げる原因ってことは、魔力の暴走を起こして命を落とすってことだろうか。兄ちゃん、魔法の制御に失敗したことなんてないのに。パウンドケーキだって完璧に焼き上げてくれた。
『マルドゥク、人は自分がかわいい生き物だ。誰だって自分に価値があると思いたい。そこで、自分を伸ばそうとする者もいれば、自分を超える才能を持った者を蹴落としにかかる者もいる。フェン君はその才能を妬まれ、意図的に魔力を暴走させられていた』




