第17話 フェンの日記(6)
魔法暦983年11月4日
町に行く俺に何か用意しようと、マルは徹夜で作業をしていたようだ。朝食の場に現れたのはヘーゼルの方だった。
家族で集まってもマルと両親はほぼ話さないから、俺が言わない限りは別人が体を動かしてることには気付かれないだろう。起きてこないよりは心配をかけないかもしれないが、これじゃ体が休まらない。父さんとの特訓に出かける前に文句を言おうとヘーゼルを捕まえた。
「無理をさせてるのは承知しているが、明日の出発までのことだ。その後はちゃんと休ませる。今日はギーラとプリシラの2人と約束をしてしまっているから、大目に見てくれ」
っていうのがヘーゼルからの返事だった。何の約束か聞いたら、修業をさせているという。昨日はプリシラに魔法を使わせてみたから、異常がないか念のため確認しておきたいんだそうだ。
それを聞いて、つい言ってしまった言葉が良くなかった。
「呪文も唱えられない、魔法関係のスキルがあるわけでもないプリシラが魔法の訓練をしても無駄だろ。そんなことをするより――」
「努力する者を見下すな。そんな傲慢な奴が差別のない国を作る者の片腕になどなれるものか!」
怒鳴られたわけじゃないけど、怒りを押し殺した声で「傲慢」って言われて動揺してしまった。
俺はいつの間にか堕ちてしまっていたのだろうか。傲慢の神の使徒には会ったことはないはずだけど、悪徳の使徒に堕とされたんじゃなくても守護神からクビにされることはある。
クビになったなら、能力を取り上げられているはず。自分の手を見つめながら鑑定で、まだプロメテウス様の使徒であることを確認し、念のためプロメテウスの火も使ってみた。――まだ見限られてはいなかった。
でも、反省はすべきだ。ヘーゼルの言葉は間違ってない。鑑定で持ってるスキルとか、適した属性を見られるせいで、普通のスキルや適性しか持たない人間も努力次第で成長することを軽く見てた。
だから、無駄だって発言は取り消した。
ただ、プリシラが俺達と一緒に戦ったりすることに賛成はできない。俺達が戦うべき相手は、ギーラである可能性が否定できないから。今のところ出会った悪徳の使徒はこいつだけ。悪い奴には思えないけど、それでも敵として考えなくては。
プリシラはギーラの妹だ。努力した結果、実の兄と戦うことになってしまったら、かわいそうだ。別の道を見つけてもらいたい。
そしたら、俺の様子が気になったのか、マル、ギーラ、プリシラの3人がヘーゼルの弟子になったと言ってきた。
だから味方だってヘーゼルは言うけど、そんなわけにいかないじゃないか。俺がギーラの敵になるなら、ヘーゼルは敵に回るってことだろ?
マルに憑依しているヘーゼルが敵なら、俺はマルの協力も期待できないんだろうか。
いや、きっとマルならヘーゼルを抑え込んでくれる。今までだって何度も助けてくれている。マル以上に頼りになる奴なんていないんだ。
◇
魔法暦983年11月5日
町に向かう馬車に乗り込む前に、マルからプレゼントを渡された。目の下にすごく濃いクマができている。無理しないって言ってたのに。
ヘーゼルから何か言われて作ってるのかもって思ってたけど、渡された物を見て安心した。お守りだ。
白い糸で織り上げた布で作られてて、梅の花の織柄になってる。白一色で目立たないけど、日本語で「学業成就」って文字まで入ってるのが分かった。
木刀といい、マルって前世は俺とおんなじ日本人だったんだろうか。異界図書館に収録されている旅行本に載ってるお守りによく似てる。このプレゼントはヘーゼル発案じゃなさそうだ。
お守りのプレゼントっていいよな。特別な効果があるわけじゃなくても、自分のことを心配してくれる人がいるって感じさせてくれる。
一緒にグローブも渡された。暖かそうだ。
性能も聞きたかったけど、疲れ切った顔をしてるから、一刻も早く休んで欲しい。性能は帰ってきてから聞こう。
見送るマルが寂しげな顔をしてるから離れがたいけど、この世界の魔法の基本を習うのは必要なことだから仕方ない。馬車に足早に乗り込んで出発する。10人近く乗れる結構大きな馬車だ。
ギーラと2人で乗り込むと、他の乗客の視線が一気に集まった。冒険者風の男が3人、女が1人、普通のおじさんっぽい人が1人、おばさんっぽい人が2人。俺達も入れて合計9人で出発みたいだ。
冒険者風の男の1人が話しかけてくる。
「まだ子供じゃないか。君達、魔物や盗賊が出たら戦う人員として割引料金になってるみたいだけど、大丈夫か? 今なら親御さんに追加料金支払ってもらって、何かあっても戦わずに済むぞ」
「あぁ、大丈夫。その子達はこの村の村長が戦えるって太鼓判を押してたから。自分の息子を危険にさらすような嘘は言わないだろ」
「おう、期待しててくれていいぜ。おっさん」
ギーラが調子よく、胸を張って答える。まぁ、鑑定で見る限り、この中じゃ俺達が一番強いかもな。冒険者風の4人は可もなく不可もなくってくらいだ。でも、割とまともそうな人たちで良かった。今まで出会った冒険者は難ありな奴が多かったからな。
「じゃあ、今日の夜の見張りの当番にも入れていいか? 2組で交互だったから結構きつくってな。何か出たら容赦なく叩き起こしてくれていいから」
「いいよ。問題ない」
一応、ギーラと目を見合わせて異論がなさそうなのを確認して答えた。夜に寝ないで見張りをするならと、馬車に乗ってる間に少しでも休んどくことにした。
舗装なんてされてない道だから結構揺れるけど、朝っぱらから「この羊肉を空間魔法に入れていけ」だの、「ポーションは多めに持っていこう」だの、色々直前で振り回されて疲れてたのかすんなり眠れた。
夜が近くになって起こされると、草がまばらなだだっ広い場所にいた。やや離れたところに森が見えるけど、他には何にもない。ここで焚き木をしながら見張り番をすることになる。
他の連中はテントを張って中で休んでる。3交代の最初、夜から深夜までの当番だ。
皆が寝静まった頃、ギーラが珍しく元気なさそうな様子で話しかけてきた。
「あのさ、フェン。頼みがあるんだ」
「なんだよ」
昨日のヘーゼルとの会話を思い出してぶっきらぼうに返してしまったけど、ギーラはそんなことを気にしてられる状態じゃなかったみたいで、真剣に頼みごとをされてしまった。
こいつの両親はクズらしい。
プリシラと2人で溜め込んでた素材とかを全部勝手に売り払い、酒に変えてしまったんだそうだ。さらに、プリシラは耳が聞こえないから、役に立たない子だと思われてて、成長したらどこかに売り飛ばす相談をしていたのを聞いてしまったらしい。
それで、未成年でもなれる冒険者になって逃げるために強くなりたいと俺の父親に相談した結果、俺と一緒に魔法を習いに行くことになった、でも昨晩魔法を習うために渡されていた金も取り上げられてしまった、と。
だから、魔法を習うために金を貸して欲しい、これから魔物狩りとかしたときの素材の保管や売上金の保管を俺に頼みたいって話だった。金は町で冒険者登録して暇を見つけて働いて返すからと頼み込まれてしまった。
勘弁してほしい。こんな話、聞きたくなかった。
「今朝持たされた羊の肉とか空間魔法に入れてある素材とかは、お前の取り分もあるから、まずはそれを換金して渡す。俺も余分の金は持たせてもらってないから、足りなかったら現地で稼ぐしかないな」
「恩に着る」
「それと、素材とか金を保管するって話だけど、俺が持ち逃げしたらどうすんだ?」
「お前はそんなことしないよ。オレ、村長が村で食糧を備蓄するようにしてくれてるから生きてるようなものなんだ。他の村みたいに各家庭で準備しろってことになってたら、両親は子供2人の食べ物とか気にしないから。お前とかマルとか見てるとさ、やっぱり他人のことを考えられる人の子供なんだなって思うよ。プリシラに石投げつけるような村のガキどもとは違う」
こいつは俺のことを信じてたらしい。確かに持ち逃げなんてする気はないけど。
それと、プリシラが感知術を身に付けた理由が分かった気がする。村の子供に出くわさずに済むように、気配に敏感になっていったのかもしれない。
「オレ、村長のこと尊敬してんだ。あの人が村長してる村に生まれて良かった。でなきゃとっくに飢死してた。師匠も色々知っててすごいけどさ、一番信用できる大人は村長なんだ。オレ、村出る予定だから村長に恩返しできないって言ったら、恩に感じるならお前にその分は返してくれってさ。だから、たとえお前が金を持ち逃げしたとしても、いずれお前に恩返ししなきゃいけなかった分だって諦められるし」
プロメテウス様、こいつ、今はまだ親の庇護下にあるべき子供なんだ。少しの間、こいつに協力してやっても許してもらえますか?
使命に徹しきれない使徒でごめんなさい。こいつが大人になったら、余計な情は捨てますから。
「へへっ。でも、オレはフェンよりずっと強くなって、守ってやるから、裏切らない方がお得だぜ?」
自分の言った台詞が恥ずかしくなったのか、最後はこんなことを言いやがった。かわいくないな。
◇
魔法暦983年11月6日
町に着いた。ここまでの道中、魔物には襲われなかった。来てくれれば売れる素材を集められたのに。
馬車に同乗してた冒険者に冒険者ギルドの場所とこの町の大雑把な地理を教えてもらっておいた。素材の買い取りをしてくれそうな店も聞いたけど、ギルドでの売買をお勧めされた。他の場所は、素人だとなめられて買い叩かれるそうだ。
まずは、この町で宿屋を経営している父親の元冒険仲間に会いに行く。昔のよしみで格安で宿泊させてもらう話がついてる。
冒険者ギルドから歩いて5分くらいの良い場所にある、結構しっかりした宿屋だった。名前は「蒼銀亭」。
宿屋に入ったら、マチルドさんという女将さんが出迎えてくれた。長い金髪を三つ編みにしてまとめた結構な美人だった。
マルセル=サラームの息子ですって言って自己紹介したら、お昼をご馳走してくれた。正直、空間魔法の中に入れてあるマルの作った保存食の方が美味しいけど、金欠の俺達には食事を無料で提供してくれるのは助かる。作ったのはマチルドさんの旦那さんのジルさんで、やはり元冒険仲間で重戦士だったらしい。忙しそうでチラッとしか姿を見せてくれなかったけど、熊のように大きな立派な体格をしていた。
マチルドさんは元魔導士で、戦闘時はリーダーを務めていたそうだ。ちなみに交渉とかするときのリーダーは父さんだったらしい。
「へぇ。あいつが息子には魔法の才能があるって言ってたのは親バカだけじゃなかったのね」
俺をじっと見てそんなことを言ってきた。鑑定スキルはなさそうなんだけど、なんでそう思ったのか気になったから聞いてみた。
「魔力の流れを意識して観察すると、大体の魔力量が分かるのよ。フェン君、私の倍近くの魔力量がありそうね。これは、半端な先生じゃ教えられないかもしれないわ。評判のいい先生がいるから、多少高くてもその先生にした方が良さそう」
ふ~ん。高いのは困るけど、ケチっちゃダメなところだろうしな。ギーラと2人で少し頑張るか。どうせ金を稼ぐ予定だったんだし。
部屋はギーラと2人で1部屋。部屋に荷物を置いて、空間魔法から素材を引っ張り出す。2人で持てるだけ持って冒険者ギルドへ。
手順は馬車の中で同乗の冒険者から聞いてあるから、さっさと済ませていく。登録して買い取りカウンターへ。ギーラはあんまり字を書くのが得意じゃないらしく、手間取ってた。そういえば、うちの村じゃ村役場で読み書きを教えてくれるけど、これも父さんが導入した制度らしい。まぁ、ちゃんとした先生を雇ってるわけじゃなくて、教えてるのは父さんと母さんだけど。
受付のお姉さん曰く、俺達くらいの年の子で冒険者登録しようって奴は大抵読み書きできないそうだ。俺がスラスラ書いてたら少し驚いてた。
買い取りの金額は素材の状態がよほど悪くなければ、適正価格の2割引き程度みたいだ。他に売却する当てがあるわけじゃないから、気にせず売り払う。さすがに灼炎熊の素材だけは取っておきたいけど、それも状況次第では売ろう。
依頼のボードも確認。今日は受けないにしても、どんな依頼があるか把握しときたい。ギーラと2人なら討伐依頼だな。
めんどくさい依頼と思われてるのか、こんな昼過ぎの時間でもリトルコカトリス退治とかは残ってる。明日からは時間を見つけて、この辺の依頼をこなすか。




