第16話 不安な出発
修業を始めた日の夕方、兄ちゃん達へのプレゼントの準備に取り掛かる。
予定では、明日は1日中作業をして間に合わせるつもりだったけど、町に行く前に少しでも多くのことを教わりたいっていうギーラに根負けして、ヘーゼルさんは明日もギーラとプリシラに付き合うことになった。
僕は徹夜で作業して、昼に寝る。その間、ヘーゼルさんが体を動かして2人に教えに行くって方法をとることになった。作業場所は蔵の中。織機も置いてあるし、部屋の中じゃ兄ちゃんに作業を見られちゃうからね。ヘーゼルさん考案のものだって分かったら使ってくれないかもしれないから、魔法陣仕込んでるところとかは見られたくない。
作る物は2種類。グローブと異世界の護符だというお守り。グローブは裏地を付けて、表地と裏地の間に中綿を入れ、中綿が動かないように要所を縫っていく。そのときに刺繍で表から見えないように魔法陣を仕込んでいく。刺繍にしたのは、インクで魔法陣を書くと洗濯したときに落ちちゃうかもしれないから。お守りは生地を織り上げるときに魔法陣を仕込む。
魔法陣を仕込むための糸は魔女蜘蛛の糸を使う。
魔女蜘蛛の糸(白)
魔女蜘蛛が巣を張るために生成した糸。細く、光沢がある。糸のまま刺繍や楽器に使われたり、布に加工して服、防具に使うことができる。魔力を含みやすく、魔力を通すことで耐久性・強度が向上する他、特殊な効果を持たせることも可能。
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魔女蜘蛛の糸(黒)
魔女蜘蛛が自身の魔力を高める帽子を形作るために生成した糸。細く、光沢がある。糸のまま刺繍や楽器に使われたり、布に加工して服、防具に使うことができる。魔力をふんだんに含んでおり耐久性・強度ともに高い。魔力を高める効果を持つ。
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今回使うのは白い方。魔法の練習用なら魔力を上げるよりも魔法を制御しやすくする方が良いからっていう理由だ。黒い糸は既に蜘蛛の魔力が含まれてて魔力を高める効果を持たせられちゃってる。
魔法を制御しやすくするように魔力を込めるのはヘーゼルさんにお任せ。やり方は教えてくれたけど、今回は時間がなくて失敗できないから、自分でやってみるのは次の機会だ。
魔法陣の図案は既に描き起こしてもらってある。まずはグローブから取り掛かる。
兄ちゃんの分は毛織物を表地に裏地は蜘蛛の糸を織り上げた布。ギーラの分はキラーベアのなめし革を表地に裏地は同じく蜘蛛の糸を織り上げた布。時間がないから行商人さんから買ったものも活用して作る。
グローブは作ったことがあるから、手順は頭に入ってる。集中してどんどん作業を進めていく。
「マル、作業に熱中しすぎだ。少し休まないと。夕飯持ってきてやったから、休憩して食べな」
「うわっ。兄ちゃん、いつの間に?」
「もう3回くらい声かけてたんだけどな」
苦笑しながら、兄ちゃんが夕飯の乗ったトレイを差し出してくる。
『マルドゥク、良いことを教えてやる。上手に嘘をつくコツは、真実を混ぜておくことだ。それから、明確に嘘をつくのでなく、知って欲しくないことを隠すだけというのも悪くない』
ヘーゼルさんは本当に色々教えてくれる。嘘をつくコツなんて、悪いことも含めて。
でも、今はありがたくアドバイスに従っちゃおう。
「あのね、兄ちゃん達が町に行くときに渡したいものがあって。今、用意してるところだから、あんまり見ないで欲しいな」
ちょっと上目遣いで小首をかしげつつ言ってみる。この仕草もアドバイス通りだ。
「町で売って欲しいものを作ってるんじゃないのか?」
「うん、兄ちゃん達に使って欲しいなって」
「そっか、分かった。でも、ご飯はちゃんと食べなきゃダメだぞ」
「はい。今夜は徹夜の予定だから、ずっと蔵にいるけど心配しないでね」
「疲れたらちゃんと休むんだぞ。マルが無理するくらいなら、兄ちゃん、プレゼントなんて欲しくないからな」
「はーい」
疲れたらヘーゼルさんと交代して、ちゃんと休むよ。
◇
徹夜でグローブ2組を完成させ、ヘーゼルさんと交代して休んでいたら、言い争う声が聞こえてきた。うっすらと意識が覚醒する。
「努力する者を見下すな。そんな傲慢な奴が差別のない国を作る者の片腕になどなれるものか!」
僕の声?
一瞬そう思ってから気付いた。これはヘーゼルさんだ。
言われた相手は兄ちゃんみたいだ。ハッとした様子で、辺りを見回している。それから、じっと手を見つめ、なぜか1度手に火を出して消した。ヘーゼルさんも兄ちゃんの行動に疑問を持ったのか、首をかしげた。
でも、兄ちゃんはその行動で落ち着いたみたいだ。暖炉で燃える炎を見ていたら心が休まる気がするけど、同じようなものなんだろうか。
「無駄だって言ったのは俺が間違ってた。頑張ろうとすることを否定する権利は確かにないな。でも、道は険しいし、危険も多い。付いて来られるか不安なんだよ」
「それは、いずれプリシラ自身が決断するだろう。他の奴が口出しすることじゃない」
兄ちゃんは黙り込んでしまった。口が真一文字に固く閉じられている。
「納得はしていないみたいだな。君は何と戦おうとしているんだ?」
戦う? 何と? 付いてきたらプリシラが危険に陥るような危険な相手なんだろうか。
「言う必要はない。戦うとしても今すぐってわけじゃないし、戦うって決まったわけでもないから」
「話してくれれば、力になれるかもしれないが」
「あんたが敵にならないって保証がどこにあるんだよ」
「私は君達の味方のつもりだ。昨日、マルドゥク、ギーラ、プリシラの3人は私に弟子入りしたんだ。弟子を裏切るつもりはないさ」
兄ちゃんは口を開きかけたけど、また黙り込んでしまった。
「悪いけど、俺が100%味方だって信じられるのはマルだけだ」
それだけ言って、兄ちゃんは部屋を出て行ってしまった。
『マルドゥク、起こしてしまったな。まだ朝だ。しばらく寝ていろ。今日、馬車が村に着くと言っていた。明日出発だそうだから、午後からまた作業を急いで進めてくれ』
兄ちゃんの様子は気になったけど、明日出発してしまうなら急がないと。
兄ちゃんも今すぐじゃないって言ってたし、僕のことは味方だって言ってくれたから、きっといつかは話してくれるよね?
◇
昼過ぎに目を覚ますと、まだ訓練中だった。プリシラの掌の痛みは無事に引いたみたいで、楽しげに訓練をしていた。大事を取って魔法じゃなくて弓の訓練だけど。
ギーラはヘーゼルさんの攻撃を避けながら、攻撃できる隙を探す訓練。
僕が目を覚ましてからは、僕も訓練に参加。
ヘーゼルさんに代わって僕とギーラで対戦形式の訓練だ。僕は武器なしでって言われて疑問だったけど、パンチを当てたときの威力で分かった。魔力が乗る量をコントロールできてない今は、武器を持っての攻撃は危険だ。木刀でも骨折くらいさせてしまうかもしれない。
そして、ギーラと対戦しながら、プリシラが矢を当てるための補助もする。攻撃しながら同時並行でスキルを使うのに慣れるためだ。これが難しい。
2つのことに気を配ろうとすると、集中できなくて明鏡止水が発動しないのか、どちらも中途半端になる。
やることが多すぎて僕は楽しむ余裕なんてなかったけど、ギーラもプリシラも楽しそうだ。目標に向かって前進してる手ごたえを感じているんだろう。
兄ちゃんの様子は心配だったけど、その心配も訓練に打ち込むうちに薄れていく。何かあったとしても、きっと力になれる。僕だけじゃなくて、ギーラもプリシラもいる。ヘーゼルさんまでいてくれるんだから、大抵のことは乗り越えられるはずだ。
今日も訓練は早いうちに切り上げた。お守りを作らなきゃいけないし、ギーラも準備があるはずだ。
お守りは小さいものだし、構造も簡単な物だけど、時間がないから集中して急いで作る。
明け方になってやっとできたお守りは、初めて見るもののはずなのに、なぜかちょっと懐かしい気がした。




