第3話 出発
最後の部分だけ第三者視点です。
恵比須様に促されて画面を覗きこむ。
そこにはいくつもの文字が並んでいた。
タラリア、先見の明、明鏡止水、目利き、計算機、鉄仮面、美貌《上》、剣術の心得、音楽の才能
「恵比須様! こんなにもたくさんの技能を私めに授けてくださっていたのですね! やはり、私がつつがなく平穏無事な人生を送れたのは、あなた様のお陰です!」
感極まって、感謝を伝えようとした。
「ち・が・うッ! 恵比須様ではないッ! ヘルメスだ!」
「ぷっ……くく……」
なんだか遠くで必死で笑いをこらえるような声がしたような……。
「お前、改めて自分の人生を振り返ってみろ。飢饉が起きたり、倹約令が出されたり、大きな政変があったりしただろ?」
「はい。しかし、我が家は大きな影響を受けずに平穏に過ごせました」
「それは、お前が先見の明で本来受けるはずの影響を最小限に押さえ続けたからだ。飢饉が起こる前には少し大規模な家庭菜園を始めてサツマイモを植えておいたから飢えることはなかったし、倹約令が出される前に一見地味な服を作らせておいた。政変が起こる数年前に、後に権力を握る人物の手助けをしていたから、前の政権下で繁盛していた店が次々に没落していく中でも没落させられるようなことはなかった」
「!!!」
そうか。私は無意識に技能を使って難局を乗り越えていたのか。
「ありがとうございます! 恵比須様!! 私は恵比須様の授けてくれた技能のおかげで平穏無事な人生を過ごせたのですね!」
「ちっがーうッ! 色々間違っているだろ! 私は恵比須じゃないし、お前の人生は平穏とは言わんッ! それと私が言いたいのは、お前は攻めでなく守りに技能を使うのが得意だということで――」
「ぷふふ。くく……。は、あはははははは!!!」
はっきりと笑い声が聞こえたので辺りを見回すと、黒い髪に青い瞳の青年がお腹を抱えて笑い転げていた。この青年も整った容姿だが、自分と同じ黒髪で親近感がわく。私と同じような使徒だろうか。
「あはは……、おかしい。だめだ……、お腹痛い」
「急病人のようです、恵比須様。薬をお持ちでしたら売って差し上げませんか」
「案ずるな。問題ない。私の見たところ、あれはただの腹筋運動のしすぎだ」
「いや、過剰な腹筋運動はキミたちのせいでしょ。責任取ってよ」
「ああ言っていますが、どういたしましょう?」
「言い掛かりというやつだ。私達は普通に会話をしていただけだ。過剰な腹筋運動は自己責任だろう」
「確かに」
「確かに、じゃないよ。ロー君って天然入ってるよね。ヘルメ……恵比須様はツンデレだし、全然話かみ合ってなかったよ」
「おい、わざわざ恵比須に言い直すな」
「ロー、とはひょっとして私のことですか?恵比須様にも、一度そう呼ばれましたが」
それと天然とかツンデレというのは何だろう。後で覚えていたら聞いてみよう。
「うん、使徒って転生するたびに、新しくその世界で名前を付けられるでしょ? でもボク達守護神にとってはおんなじ魂だから、名前が変わっていくのもなんだかなぁって思って。ボクが使徒の魂に名前を付けることを提案したんだ。で、キミに恵比須様がつけた名前がロー」
「そうでしたか。恵比須様、ローという名にはどんな意味が込められているのですか?」
「……秘密だ」
「えー。ボクも興味あるなぁ」
「黙れ。ひっかきまわしに来たのか?」
「違うよ。面白そうだから様子を見に来たんだよ」
そう言って青年は私に向き直った。幼い頃、いたずらっ子だった次男に似た目をしている。
「自己紹介が遅れたね。ボクは知恵の神。プロメテウスじゃ呼びにくいだろうから、オモイカネでも天神様でも、呼びやすい名で呼んでよ」
青年も神様だった。そういえば、さっき「ボク達守護神」と言っていた。
「失礼しました。神様とは思わず、失礼を――」
「いーよ。ボク、そういう堅苦しいのより、仲良くおしゃべりするのが好き」
「で、話し戻すけど。それじゃ伝わらないよ、ヘルメス。ロー君は実はすごいんだよ、十分強いよって話をしたら、じゃあユトピアでがんばるねって言われるだけでしょ」
「むぅ。私が言いたかったのは、技能の使い方がローは平和な世界に向いているということで――」
「もっとストレートに言わないと。ロー君は自慢の使徒だから、何かあったらヘルメス泣いちゃう。だから無理しないで欲しいの、って」
「なっ」
「恵比須様ね~、さっきからカッコつけてるけど、キミの死期が近づいてからずーっとそわそわしてたんだよ。ロー君のいた世界で使われている言葉で分かりやすく説明するために、ボクに相談しに来たこともあったんだ」
恵比須様は顔を赤くして下を向いてしまった。天神様はいたずらっ子の瞳を輝かせている。
「最初に、お前の人生はつまらない、とか言っておきながら、懇切丁寧に説明してたでしょ? 素直じゃないだけで、ロー君の事、恵比須様は大好きだから。ボクも自分の使徒は好きだけど、説明の予習まではしたことないなぁ」
「恵比須様がお優しく、慈しみ深い方なのは存じております」
「良かったね~、ヘルメス。気持ちは伝わってたよー」
恵比須様は「ふんっ」とそっぽを向いてしまった。
「で、ロー君。転生先の話だけど、ボクはキミにユトピアへ行って欲しい」
「おいッ! 貴様、さっきから勝手なことばかり言って、どういうつもりだ。転生先は私とローで決めることだ」
「ボクの目から見てもロー君は優秀だよ。今の技能構成は戦闘を考えると、少し心もとないけど」
急に真顔になった天神様はそんなことを言い出した。
「ロー君、さっき先見の明を使ってた話が出てたけど、キミがもともと賜った技能は先読みっていう先見の明より下位の技能だったんだ。それをキミが上位の技能に成長させた。美貌もヘルメスは≪中≫しか授けてない。お客さんの前に出るんだからって身だしなみを整え、おしゃれに気をつかっていたから、≪上≫に上がったんだ」
「そうなのですか」
「そう。結構珍しいんだよ、技能の進化。ちなみに先見の明は、本来、ボクが授けるスキルなんだけど」
「?」
よく分からずに首をかしげた。
「守護神ごとに授けられる技能って違うんだよ。キミのスキルリストには、商売の神様らしいのが多かったでしょ」
途中分からない言葉が出てきたが、大体理解できたので、うなずいた。恵比須様は毎回言い直してくれていたから、本当に気をつかって説明してくれていたんだな。
「ついでに、明鏡止水もヘルメスの授けられる技能の中にはないよ。キミが自力で獲得したんだ。こんな良い技能を自力で獲得できた使徒を、ボクは他に知らない」
天神様が力のこもった眼で見つめてくる。
「もとより、悪徳の使徒を倒すべく、転生先を選ぼうと思っておりました。転生先はその、ゆと……何とかにします」
「ロー、ここでの出来事は、転生すればすべて忘れる。ここで覚悟したこともだ。普通に幸せな人生を送ることを考えた方がいい」
「恵比須様、あなた様は素晴らしい神様です。あなた様の使徒が私一人というのは、誠にもったいない。私はあなた様の使徒を増やして、恩恵を受けられる者を増やしたい。これは私のわがままです。許していただけませんか?」
「……勝手にしろ。ただし、悪徳に堕ちることは許さん」
うつむき、唇をかみながらおっしゃった。
「はーーーい、決まり! じゃあ、スキルを選ぼーよ。ボク、こういうの考えるの好きなんだよね。3人で考えよーよ」
やや沈んだ空気を吹き飛ばすように明るく天神様が言う。
「技能は世界によっては、制限があって使えないことがあるんだ。特に第2種世界は魔法系全部使えないね。ユトピアは無制限。まずは取得可能な技能のチェックだね」
天神様がテキパキと進めていく。前世での行いに応じた点数と交換で技能を得ていくので、しばらく3人であーでもない、こーでもない、と言い合いながら技能を選んだ。
◇
「それでは、行ってまいります」
「あぁ、無理はするな」
「がんばってねぇ~~~」
光となって消え、ローは次の人生に旅立っていった。完全に光が消えてから、ヘルメスはローの希望を思い出しながら、生まれる場所、性別、種族等をルーレットで決めた。プロメテウスが軽い調子で応援しているが、商売の神であるヘルメスは運も強い。別に応援などされなくても、ルーレットを希望のところで止めるくらいは難しくない。
選び終わって、つぶやく。
「ローリスクローリターンのローだなんて言えないよな」
「えー、そんな意味だったの? ヘルメス、ひどーい」
「いたのか。プロメテウス」
「いや、ついさっきまで応援してたし、そりゃいるよ。……守護神と使徒って似るよね。ヘルメスも天然入ってる?」
「むっ」
「ま、いいんじゃない。名付けたときはともかく、今はお気に入りでしょ」
「私の最後の使徒だからな」
「ふ~ん。あ、言い忘れてたけど、ボクの使徒も一人ユトピアに派遣してるから。何か分かったら情報交換しよ」
「あぁ。分かった」