第11話 父親
ある日の神々の住み処。
プロメテウスの部屋に、今日もヘルメスは入り浸っていた。
恵比須様の像の前には、スイートポテトが供えられているが、ヘルメスはもう一々お供え物に反応しなくなっている。
「あのさ、ボクの使徒はまだ5人いるって分かってる? モニター全部にロー君を映されちゃうと、マーリン以外の使徒の様子をチェックできないんだけど?」
「問題ない。お前が用意周到に録画機能を用意しておいてくれたからな。他の使徒のことは、後で見ておけ」
使徒本人の周囲だけでなく、やや離れた場所の状況などもまとめて確認できるシステム。マーリンに持たせた情報収集のスキルで魔力の届く範囲の情報を拾って映像を送らせているのだが、ヘルメスはこのシステムを気に入ったらしい。
「モニター1つに映すごとに、マーリンの魔力を消費するんだよ? 必要のある時はともかく、日常的に使うようなものじゃないんだけど」
「いいではないか。魔力ならあり余っているようだし、ローの用意したハイマナポーションもある。それに、消費魔力半減はこれにも有効なんだろう?」
マーリン以外の使徒のところで何か問題が起きているわけでもないが、今のマーリンは模擬戦の真っ最中。活躍の予定はないので文句を言うほどではないが、戦闘中の魔力の消費を「いいではないか」の一言で済ませないで欲しい。
しかし、マーリンが戦闘中であっても必要と思えば複数モニターで視聴しているプロメテウスとしては、あまり強く言えない。
「ところで、そろそろ答え合わせをしたいのだが」
「答え合わせ?」
「以前言っていたローに必要なものとは何だったんだ? ”先を見よ”という指令は、具体的には何を成し遂げさせるつもりだ? この2点だ」
「必要なものは師匠と健全な家族関係だね。ヘーゼルには出会えたけど、剣術の師匠はできれば父親にやってもらいたかったかな。健全な家族関係は次の機会を狙うしかないね」
「あのヘーゼルという奴もよく分からない。味方と考えていいのか?」
「味方でいて欲しいけど、彼には彼の考えがあるだろうから断言はできないね。まあ、ロー君と相性は良いと思うよ。……ちょっとひねくれてて素直になり切れないところとか、飄々とした態度とかがヘルメスと似てて」
悪口は受け流し、ヘルメスは会話を続ける。よく見ると口元に笑みが浮かんでいる。自身と似ている者だからローと相性が良いと言われたのがちょっぴり嬉しいのかもしれない。
「父親の方が剣術の師匠に相応しいというのは、技量の問題か?」
「剣術の腕だけならヘーゼルの方が上かもね。どちらかというと戦闘スタイルの問題。ヘーゼルは魔法中心で、剣術はおまけだから。ロー君には、タラリアのスキルがあるからね。軽い身ごなしを活かした戦い方をする父親の戦闘スタイルは参考になると思うよ。――ヘルメス自慢のスキルを活用する場が減るだけだから、僕としてはどっちでもそんなに気にならないけど。悪いね、ボクのスキルばっかり目立っちゃって」
タラリアは空中での姿勢制御を自在とし、速度を上昇させるスキル。人間離れした動きを可能とするため切り札になりうるスキルなのだが、当人が常識外れの動きをしようとしない限り本領を発揮できない。他人にはできなくても自分は空も飛べる思い込む自信家だったり、忍者ごっこで壁を走ろうとする無邪気な子だったりするとスキルの使い方に気付いて活用するのだが、地に足の着いた性格の使徒だと速度上昇のスキルとしてしか使わない。優秀だが十分に活用されることが少ないスキルなのだ。
与えたスキルがあまり役に立たないかもしれないことを知り、嫌な顔をするヘルメス。
ちょうど、父親が対戦相手の斧を足場にして跳躍しているところがモニターに映された。確かに、空中で姿勢を変えたりする動きを練習していれば、タラリアを使いこなすようになるかもしれない。そして、タラリアを使いこなせるようになれば、空中をそのまま足場にできる。父親がした以上の変則的な動きも可能だ。
「で、”先を見よ”の方は?」
舌打ちしたい気持ちを抑えて、もう1つの答え合わせを促す。
「あれは、まだまだ時間をかけて対処するものだからねぇ」
「いいから言え」
「身の回りのいくつかの問題をどれかを解決したら、ボクとしては合格かな。例えば、さっき言った家族関係の正常化とか」
「他の問題はどんなことだ?」
「2つ目は、やたら短期間で魔物が進化してる状況の原因解明と解決。3つ目は、村人が怠けすぎてて、マーリンやギーラが村を出たら崩壊しそうな現状の改善。このあたりだね」
「ノーヒントでは難しすぎないか?」
「良いんだよ。これくらいじゃなきゃ厳しめの追試にならないじゃん」
◇
収穫祭の日の神々の住み処。
夜、1人でモニターを見つめるプロメテウス。ヘルメスはいないというのに、5つのモニターは全てユトピアの様子を映している。
そのうちの1つはマーリンとローの部屋を映している。すやすやと眠りについているマーリン。夕飯後の弟の様子には心を痛めていたが、どうせ精霊と契約できれば正常な関係になるからとそれほど気にはしていないらしい。異界図書館を通じて自身が転生を繰り返す特別な存在であることを知っているマーリンにとって、両親とはいざというときに頼れる保護者という感覚が薄い。
しかし、自身を普通の子供として認識しているローは違う。両親は甘えて頼りにしたい相手だ。何か悪夢を見ているのか、時折眉を寄せて苦しそうな表情を見せている。
2つ目は兄妹で身を寄せ合って眠るギーラとプリシラ。プリシラの頬には涙の跡が残っている。
涙の原因は3つ目のモニターに映る彼らの両親。プリシラが懸命に作った保存食やギーラが集めた魔物の素材を売った金で購入した酒を浴びるように飲んでいる。家の食糧庫はほぼ空。ギーラ達の両親は、村の備蓄を頼りにして、自分達では食料を蓄えておかないことにしたらしい。税として納めるからと、2人が持っていたなめし革もすべて取り上げられてしまっていた。
4つ目は、村の倉庫。頑張って魔物を狩り、満杯になるまで保存食を作ったというのに、既にだいぶ備蓄の量が減っている。ギーラ達の両親のように、大半の村人は村の備蓄を頼りにして家での蓄えをしていないためだ。彼らは魔物狩りはほとんどサボっていたにもかかわらず、収穫祭にかこつけて村の備蓄食糧を持ち出した。相互に助け合う目的での村の備蓄だったが、村人達にとっては怠けるために都合のいい制度と認識されてしまっているようだ。
最後の1つは、話し合うフェンとマルドゥクの両親を映し出している。
「見て。マルがくれたマフラーとグローブよ。とてもよくできているわ。それに、今年の保存食はほとんどマルが作ってくれたの。あの子、とても器用なのよ。生き延びることさえできれば、何かしら生計を得る道を見つけられるわ。ずっとうちにいて色々手伝ってもらっても、きっと役に立ってくれるし……。ねぇ、あなた。お金を貯めましょう。あの子を奴隷として私達が買い取れば――」
「止めなさい。それは、無理だ」
「でも――」
反論しようとする母親の言葉は再び遮られた。
「あの子は、親のひいき目なしで見ても美しい顔をしている。奴隷として売り出されれば、値段は吊り上がっていく。普通の子でも数千万するんだ。あの子は1億ダハブ以上の値がついてしまうだろう。とても買い取れない」
母親はうつむいてしまったが、それでも何とか我が子を救える手はないかと考えている。
「フェンにも協力してもらえば、きっと何とかなるわ。あの子は才能がある。その気になれば、きっと人並み以上に稼いで――」
「ダメだ。お前は、フェンを犠牲にする気か! あの子にはあの子の人生があるんだ。弟の犠牲にすることなど、考えてはいけない」
さすがに母親も言葉を失ってしまった。兄弟での助け合いは美しいが、それで片方が大きな不利益を被るようではいけない。
「幸い、今年は森に火を付けた冒険者から得た賠償金で村の備蓄を十分に整えられた。フェンが魔物狩りでも頑張ってくれたから、家も金銭的な余裕がある。あの子は魔法の才能があるんだ。お金は極力、あの子の才能を伸ばすのに使おう」
「ええ、それは良いと思うわ。でも、少しくらいマルドゥクにもお金を残してあげましょう。アブヤドに行った後は自分で生活費を稼がなきゃならないんでしょう?」
「余裕があれば、そうするべきなんだろうな。マルゴー。マルドゥクはフェンが熊を狩ってきた日と冒険者が森に火を付けた日、短い間に2度も倒れて、フェンに背負われて帰ってきた。あの子は体が弱いんだろう。白は弱いと聞くし……。アブヤドにいる間に亡くなる子も多いらしい。覚悟を、しておくべきだろう」
苦悶の表情を浮かべ、最後は絞り出すように声を出していた。弟のために兄を犠牲にしてはならないのと同様、本来なら兄のために弟を犠牲にすることなど考えない。しかし、弟は長く生きられないと思えば、せめて生き残れる兄にできる限りのことをしてやりたい。そんなことを考えては、自己嫌悪に陥っていた。
少し前と違って、だいぶ活動的になったマルドゥクの姿は親として嬉しいものであるはずだった。しかし、愛情をかければかけるほど、別れは辛くなる。だから、距離を置いて接することを決めていた。母親は既に以前のような距離感を保てなくなっているが、父であるマルセルは親としての感情を押し殺して距離を置き続けていた。
決して体力のある方ではない女の子が普通に歩いて帰ってきたのに、背負われて帰ってきたときに、成人するまで生きられないのではないかという不安が生じていたこと。そして、愛らしい容姿から、生き残れた場合も奴隷になる将来が待っているだろうことが予想できたことが、態度を変えなかった理由だ。
果たして死ぬことと奴隷になることのどちらがまだ幸せなのか。親類縁者は別として、高い金を払って奴隷を買う者は、ロクでもない扱いをするものだ。
彼の悩みは日に日に深くなっていた。
そんな様子を、プロメテウスはじっと見つめていた。
暗がりの中、モニターの明かりが整った顔を照らしているが、その表情からは内心をうかがい知れない。無表情を貫くその顔は、憐れんでいるようにも、蔑んでいるようにも、悩んでいるようにも見えた――。




