第10話 憧れ
行商人さん達の一団は、村を出発していった。
見送りのときに、ライアンさんは爽やかな笑顔で父さんに挨拶していたのに対し、父さんが仏頂面をだったのが印象的だった。
模擬戦の第2試合は父さんの勝利だったが、父さんとしてはしてやられた気分のようだ。
ライアンさんの最後の一撃は観戦していた村人の何人かが衝撃派で吹っ飛んでしまったほどの威力だった。そんな攻撃をしてくる相手を下した父さんはものすごく強い、っていうのが観戦していた皆の感想だ。
あの模擬戦は、もともと狼藉を働いた冒険者パーティを晒し者にするためのもの。対戦者がめちゃくちゃ強かっただけという印象になってしまっては、目的を果たせない。
ライアンさんは後輩冒険者の行く末を案じていたのか、それともこれからも続く護衛任務で彼らがやる気をなくしてしまうのが心配だったのか。ともかく、冒険者5人組の試合の印象を薄めるのが目的で父さんに対戦を申し込んだらしい。
ライアンさんは勝負には負けたけど、目的は遂げた。父さんが対戦を受け入れた時点で作戦勝ちしていたんだ。冒険者5人組はちゃんと護衛任務を完了させれば成功報酬ももらえるそうだ。減額はされるらしいけど、ちゃんとモチベーションは維持されるだろう。
模擬戦の後、口の悪い村の人達も第1試合の冒険者パーティのことなんて忘れて、父さんを褒めたたえた。
そこでようやくライアンさんの目論見に気付いた父さんは頭を抱え、仏頂面で見送りをすることになったわけだ。
父さんには不満の残る結果だったかもしれないけど、村の皆は迫力のある試合が間近で見られて大興奮していた。僕も父さんのカッコいい姿が見られて大満足だ。兄ちゃん、ギーラ、プリシラに、ついでに母さんもあの試合を存分に楽しんでいた。
最後のアクロバティックな動き、カッコよかったなぁ。以前、兄ちゃんが話してくれたお話に出てくるヘルメス様もあんな感じだろうか。身軽で素早い動きが得意なイメージだし。
そして、明日は収穫祭。今日は父さんと母さんに送るプレゼントを仕上げよう。
母さんには、ラビットファーマフラーとグローブ。父さんには予定通り、キラーベアの革でグローブを作る。
まずは、母さんの分。渡したときの母さんの顔を思い浮かべる。びっくりした顔の後、笑顔になって、我に返って表情を消して目を逸らして受け取る。でも、プレゼントを眺めては、そっと顔をほころばせる。
そんな姿を先見の明が見せてくれたから、作業はテンポよく進んだ。今までも時間を見つけては作業していたから、後は飾りを付けるだけ。あっという間に完成だ。
ホワイトファーグローブ
ウルフのなめし革で作ったグローブ。一部に突進ウサギのなめし毛皮をつけて装飾してある。
材料:ウルフのなめし革、突進ウサギのなめし毛皮、麻糸、蜘蛛の糸、蜜蝋
付加能力:敏捷性向上、耐寒性向上、魔法防御力向上
潜在能力:なし
適正価格:10000ダハブ
飾りの突進ウサギのなめし毛皮を使わないと耐寒性向上は付かない。自分の分も作ろうと思うけど、性能が上がるなら付けておくべきかな。
続いて、父さんの分。こちらも時間を見つけては作業を進めていたんだけど、受け取ってもらえる未来が浮かばなくて作業が進んでいない。
収穫祭の機会に渡そうと思ってるから、今日中に仕上げたい。今日は先見の明を使わずに作業にただただ集中しよう。
キラーベアグローブ
キラーベアのなめし皮で作られたグローブ。一部は毛を残してあり、防寒性に優れる。
材料:キラーベアのなめし毛皮、キラーベアのなめし革、麻糸、蜜蝋
付加能力:攻撃力向上、魔力向上、耐寒性向上、魔法防御力向上
潜在能力:なし
適正価格:20000ダハブ
できた。性能は悪くないと思う。
渡すときはどうしよう。上手くいくイメージが湧かないけど、昨日の模擬戦の感想を伝えたい。話しかけたら、返事はなくても声は届くはずだ。素直にいこう。
◇
翌日の収穫祭当日。といっても、この小さな村では、そんなに大々的なイベントとかはない。
広場では、冬を越す準備のために協力した村人達を労う名目で、村で用意したお酒が振舞われているらしいけど、もちろん大人だけのもの。
子供達にとっては、各家で保存食のできを確かめるために食べるご馳走とお菓子がご褒美だ。
母さんは焼きリンゴを用意してくれたけど、僕と兄ちゃんでも別のお菓子を用意した。パウンドケーキだ。
レシピにあるような温度調整が難しいから諦めようとしたら、ヘーゼルさんがアドバイスしてくれたんだ。
『そんなもの、フェン君に頼めば解決だ。火魔法が得意なんだろ? 火力の調整は必須技能。きっと完璧に焼き上げてくれる』
兄ちゃんは僕が頼んだら快く引き受けてくれて、本当に完璧に焼き上げてくれた。
……ヘーゼルさんからのアドバイスだったって聞いたら、渋い顔をされちゃったけど。
せっかくだから、パウンドケーキは2本焼いて、1本はギーラとプリシラにお裾分けした。――なぜか、お菓子を食べる村の子供達を寂しげに眺める2人の姿が浮かんだから。先見の明が見せたものだと思うんだけど、ギーラの家ではお菓子を用意できなかったんだろうか。ギーラがあんなに魔物を狩っていたんだから、食料が足りないはずはない。お菓子よりも他の物を用意するのを優先したのかな。
家の外から酔っ払いの調子っぱずれな歌や村の人達の笑い声が聞こえる。確かに1年でこの村が1番賑やかになる日だ。
父さんは村長だから、村人が羽目を外し過ぎないように見張る意味もあって、夕方まで帰ってこない。夕飯の準備を手伝ってご馳走で出迎えよう。今年の保存食のほとんどは僕と兄ちゃんとヘーゼルさんで作ったものだ。自信作だし、喜んでもらえると良いな。
「旨いな。それに、いつもより種類が豊富だ」
定番の干し肉だけじゃなく、肉を油に浸して低温で火をじっくりと通し、そのまま冷やして固まった油脂の中で保存するコンフィや、燻製にして作ったブラックボアのベーコン、ソーセージ。ハチミツに漬けたナッツ類。ピクルスにジャム、チーズ。
兄ちゃんのくれたレシピをもとに色々作ったからね。
「ほとんど子供達が作ってくれたのよ」
「……そうか」
僕も手伝ったことを知っても、特に態度は変わらない。良かった。食べないって言われたら、悲しいもんね。
しばらく食べ進めて、また「旨いな」と小さくつぶやいたのが聞こえた。嬉しい。
食事が終わって解散する前に父さんと母さんを呼び止める。
プレゼントを取り出し、まずは母さんに渡す。びっくりした顔の後、笑顔になって、我に返って表情を消して目を逸らして受け取る。先見の明で見た通りの反応だ。プレゼントを抱えてダイニングルームを出るときの横顔が微笑みを浮かべているところも。
父さんは僕の言葉を待たずに母さんの後を追って出て行こうとする。
前に回り込んでプレゼントを差し出す。
「父さん、昨日の模擬戦、すっごくカッコよかった! 僕、父さんみたいに――」
言い終わる前に、僕の脇をすり抜けて出て行ってしまった。当然、プレゼントは受け取ってもらえていない。
予測できていた未来だけど……。
せめて、言い終わるまでいて欲しかった。肩を落とす僕の頭をそっと兄ちゃんが撫でて慰めてくれた。
『大丈夫だ。昨日見たような動きは、訓練を積めばできるようになる。いつか、父君にお前の雄姿を見せてやれ。きっと自慢の息子だと思ってもらえるさ』
ヘーゼルさんも、ありがとう。




