第2話 覚悟
「……これから生きる世界を選ぶに当たって、お聞きしたいことがございます」
「何だ? 言ってみろ」
「使徒は減るだけで増えることはないのですか?」
「増えることもある。使徒の行動によって、相手陣営の使徒を倒せれば良い。倒した使徒の数だけ新しい使徒を任命できる」
「では、私はあなた様の使徒として、相手陣営の使徒を倒せそうな世界を選びとうございます」
恵比須様は目を見開いて驚いている。
「ロー、いや、お前はそういうのは苦手だろう。やめておけ」
「しかし、恵比須様の使徒は私だけなのでしょう? もしかして、人間を信じてくれている神様の方が劣勢なのでは?」
「誰が恵比須様だッ! ……まぁ、確かに優勢とは言い難いが、お前が心配することではない。知恵の神のところは、まだ5人そろっているしな」
「では、今までに相手陣営の使徒を倒した人数は何人でしょうか?」
「……ゼロだ」
声がものすごく小さくなってしまった。
しかし、これは「優勢とは言い難い」という生易しい状況ではないだろう。
「それなら打ってでなくては、ジリ貧になるだけです。1人でも相手の使徒を倒せた事例が出れば、勢いもつきましょう」
「……無理だな。お前が前回第1種世界に転生したときは、生まれて数日で死んでしまったのだぞ? お前は第1種世界は不得意なんだ」
「それは得意とか不得意とかいうより、運が悪かったのでは……。それより、相手の使徒を倒せていないのは、何が障害になっているのですか? 教えていただけませんか」
話しにくそうに、恵比須様が語ってくれたことによると、昔、戦いの神様の使徒が、魔王となった傲慢の神の使徒を撃破し、勝利宣言をしたことがあったらしい。
しかし、傲慢の神は「我が使徒は最期まで、自らの力を疑わず傲慢に相手を見下して生きた。まさに傲慢の神の使徒に相応しい生き様であった」と反論し、「ところで、悪行を働く者を力でねじ伏せるのは善なる行いなのか? 私には野蛮に思えるが。貴女の使徒の行動は人間が悪であることを示しているのではないか?」と逆に勝利宣言を返されたそうだ。そのときは戦いの神様も反論し、使徒を失うことはなかった。
しかし、どうすれば相手の使徒を倒したことになるのか分からなくなり、勝利宣言をできずにいるそうだ。
「私とて、私の使徒を堕落させてくれた怠惰の神に勝利宣言を突き付けたいが、逆に使徒を失う愚を犯すわけにはいかん」
「それでも、何か倒せる方法を探すべきです。私はあなた様の役に立ちたいのです。」
一度言葉を切って、恵比須様と目をしっかり合わせる。
「私の人生を退屈だとおっしゃったのは、平坦な人生だったからだけでなく、使徒としては期待外れの働きだったからでしょう。次の人生では、あなた様に前世のご恩返しがしたいのです」
恵比須様はしばらく目を閉じて考え込んでいたが、目を開くと、
「やはり駄目だ。お前は平穏無事な人生を送るのが似合っている」
とおっしゃった。
ふと、長男を思い出した。口では、「親父は弱腰だ」だの、「商人としてはぬるすぎる」だのと言うが、飢饉のときはご近所に芋をお裾分けすると言い出す奴だった。
口は悪いが、心は優しい。恵比須様も私をつまらないと言いながら、心配してくれている。
そう思うと自然と笑っていた。
「まずは、相手の使徒を倒すために適した世界について教えてくれませんか。厳しすぎると思えば、私も無理せず別の世界を選びますから」
「ふん、意外と強情な奴だな。仕方ない。相手陣営の使徒のことは、通称悪徳の使徒と呼んでいる。倒すのに適した世界、といっても難しいが……。悪徳の使徒は第1種第1世界、通称ユトピアに特に多くいる」
「その世界は、悪徳の使徒にとって都合が良いのですか?」
「もともとは人間の理想郷として構築された世界だった。魔力に溢れ、精霊達に声が届けば、人間が魔力を使う補助をしてくれる。人間が強い力を得やすいから、自分たちで住みやすい世界を構築することもできる。望むものを容易く手に入れられ、争いのない、皆が満たされた世界になるはずだった場所だ」
しかし、そこに生まれた人間は、自分たちが魔法を使えることを知らなかった。魔法を使って生活することを前提に作られた世界では、自然の恵みがあまり用意されていなくて、人々は飢え、苦しんだ。
長い時を経て、魔法の使い方にたどり着く者が誕生し、魔導士となった。
皆が貧しかった世界に貧富の差が生まれた。突然現れた豊かな生活を送るものをうらやみ、貧しい者達は魔導士を襲った。
魔導士は襲ってきた者を返り討ちにしたが、襲ってくる者は次から次へと現れた。そのうち、他にも魔導士が現れ、魔導士同士でも争うようになった。
ユトピアは、欲しいものは他者を殺してでも奪い取るのが普通、という荒れた場所になった。
精霊達は、そんな争ってばかりの人間に手を貸すのが嫌になって神様達に直訴した。
精霊達の願いを検討した結果、人間達に手を貸すのは続けさせたが、神様達は、今までとは違う種類の人間が一定確率で現れるようにした。
白い髪に赤い目の新しい人類には、精霊達が気に入った場合にだけ力を貸せばいい。その代わり、力を貸すときは他の者より強力にする。行いの正しい新人類が他の者より強い力を持てることを人々が知れば、旧人類も行動を改めるだろう。そうなったら、新人類と旧人類の扱いの差を縮めていき、徐々に力を使うに値する者だけが力を使えるようにするつもりだった。
しかし、新たな問題が生まれた。精霊に気に入られないと魔法を使えない新人類は劣った者だと思われて、差別が始まったのだ。
「今では、彼らの一部が強い力を使えることは知られている。しかし、差別意識が根付いてしまい、虐げられて卑屈なってしまった彼らに、精霊がなかなか力を貸したがらない。結果、地位が向上しなくて、差別が続く。今話した他にも、状況を変える方策をいくつか試みたが、この悪循環が解消されていない」
「なるほど。厳しい世界のようですね」
「荒んだ世界は悪徳の使徒にとっては好都合なのだろう。今のユトピアは、悪徳の使徒が世界に溢れる魔力を利用して力の使い方を覚え、楽に技能を獲得していく訓練場のようになっている」
「それなら、そこで悪徳の使徒を倒すことには大きな意味がありますね」
「まだ考えは変わらぬか」
「えぇ。心配してくださるのはありがたいですが、悪徳の使徒が打ち倒されても使徒のままなら、私も死んだだけなら使徒のままでしょう。私が弱いのを心配していただいているのは分かりますが、平和すぎる世界で堕落する危険もあります。駄目ならすぐ死ぬ厳しい世界の方が、意外と良いかもしれませんよ?」
「私が思うに、お前は弱くない。戦いの神や戦争の神の使徒のような戦闘向きの守護神をもつ者と比べれば別だろうが、十分強い」
「父に言われて毎日木刀の素振りこそしておりましたが、私は戦ったことなどありませんよ?」
「あぁ。すぐには納得はしないだろうな。技能を獲得する部屋に移ろう。自分の持つ技能を見れば、決して弱くないことが分かるだろう」
恵比須様は、そう言って歩き出したので、後ろをついていく。道すがら、前回以外の私の第1種世界での人生について聞いたが、私は次で4回目の人生で、第1種世界で生きるのは次が2回目だそうだ。
白一色の建物の中を右に曲がったり、左に曲がったりしながら進むと、これまた白い扉の前に着いた。
扉の中は、妙な部屋だった。
基本は白い石のようなものでできているが、所々に青や緑の光が走っている。部屋の中央には台座があり、大きな黒い板が乗せられている。
「あのタッチパネル……、では通じないだろうな。板の前に立て」
言われた通りにすると、恵比須様が何やら板を操作した。途端に板が白く光り、文字が表示された。
「これは、空球や地球で使われているものを模して作った装置だ。ちなみにこの部屋の内装は空球風だ。物珍しいだろうが、今はその板に注目しろ。《今の技能》と書かれた所に触れてみろ」
言われた通りにすると板に書かれた文字が切り替わった。
「今、その板に書かれているのが、お前の持っている技能だ」