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第3話 野望?

フェン視点です。

 夜中、隣のベッドのマルが熟睡しているのを確認してから、俺は部屋を出て蔵へと向かう。


 同じ部屋になったのは構わないんだけど、異界図書館のことはまだマルにも話していないから、日記を書くのに少し気を使う。さすがに転生してることとか守護神様のこととかは簡単には信じられないだろうし、今はヘーゼルに憑依されちゃってるから、迂闊に情報を与えることは避けたい。

 だから、こうやって夜中に抜け出して蔵で異界図書館のスキルを使うことにしている。


 蔵に入ると、ヘーゼルの作った冷蔵庫もどきが目に入る。あいつは一体何なんだろう。暖房器具を作ってみろなんて挑発までしてきた。……冷蔵庫もどきと似た方式でホットカーペットもどきなら作れるかな。

 挑発に乗るつもりはないが、言われ放題は気に食わない。どうやって冷蔵庫もどきが動いているのかも気にはなる。棚の下に敷かれたなめし革に書かれている魔法陣を観察してみよう――。


「気になっているなら教えるのに。素直になれないと損をするぞ?」

「ヘーゼルっ!」

 急に声をかけられ、振り返ると蔵の入り口にヘーゼルがいた。


「やあ。子供は寝ている時間だよ、フェン君。毎晩毎晩、夜中に起き出して何をしているのかな?」

「お前こそ、何をしている? マルが寝不足になったらどうするつもりだ?」

「心配するポイントが少々ずれていないか? 寝不足になったらお昼寝でもすればいいじゃないか。一応言っておくと、今日の夜中に体を借りることは、マルドゥクにちゃんと了承してもらったよ。フェン君に昼間の話の続きをしたかったからね」

「お前に魔法を習うって話なら、もう断ったはずだ」


 きっぱり断ったけど、実は内心迷いがある。俺の魔法は異界図書館に収録されていた前々世の世界での理論に基づいている。

 今の方法でも問題なく発動するが、もし、この世界に適した魔法の使い方があるのなら、それを習得することは将来必ず役に立つ。それを教えてくれる相手が賢者だなんて、普通なら願ったり叶ったりだ。

 しかし、ヘーゼルが味方だという確信がないと踏み出せない。


「うん、でも私は君に興味がある。諦めきれないから、改めて誘いに来た。ついでに、聞きたいこともあったしね」

「何度言われても答えは同じだ。部屋に帰って寝てろ」

「まぁまぁ、そんなけんか腰にならずに。我々はお互いのことをよく知らないだろう? 少し話さないか? たわいのない世間話でも構わないぞ」

「俺は暇じゃない。帰れ。――ついでにマルの体から出て森に帰ってくれてもいいんだぞ」

「私はこの体から出て行くつもりはないよ。おそらく、マルドゥクが死ぬまでこの体に宿り続けるだろう」

「なら、さっさとまともな条件で本契約をしろよ」

「それは、マルドゥク次第だな。宿主のことが気に入らなければ、仮契約も破棄して体を乗っ取り、勝手に動き続けるという選択肢もある」

「なっ! 本性現しやがったな!」

 やはり、こいつは敵か。マルの体から早く追い出さなければ。

 警戒する俺にヘーゼルは笑いかける。いつもの邪悪な笑みじゃなく、意外にも穏やかな笑顔だ。


「安心してくれ。彼のことは嫌いじゃないから、できるだけ意思を尊重するつもりだよ。ただ、私には私のやりたいことがあるから、マルドゥクの理解が得られなかったときの最終手段としてそういう方法もあるというだけだ」

「何を企んでいる? お前は、水の賢者なんだろ? わざわざマルの体に憑依しなきゃできないことなのか?」

「私はとっくの昔に死んでいるからな。自分の体がないんじゃ、思うように動けない。それに、今まで5人ほどの白の体に憑依したことがあるが、生きていた時の3割の力も出せなかった。しかし、この体は違いそうだ。目的のために最適な憑依先というわけだ」

「お前の都合でマルを利用するな!」

 思わず怒鳴った俺に、ヘーゼルが醒めた目線を寄こしてくる。


「君は違うのか? 商人になりたいというマルドゥクに冒険者になれと言ったらしいが、それは君の都合のために弟を利用しようとしたのではないのか?」

「違う! マルには果たすべき使命があるんだ! 俺はその手伝いをしようとしてるだけだ」

「マルドゥクの使命? その言い方だと、まるでマルドゥクが(メイン)で、フェン君は(サブ)であるように聞こえるな。マルドゥクは大それた野心だとか、遠大な理想だとかには無縁に思えたのだが。で、どんな使命を負っているんだ?」

 しまった。口を滑らせたか。しかし、ヘーゼルが引き下がってくれるとは思えない。


「答えてくれないか? 変な使命じゃなければ邪魔するつもりはない。私はマルドゥクに憑依しているのだから、知っておいた方が不用意に邪魔されなくて良いだろう?」

 黙っていると畳みかけるように質問してくる。何も答えないままでは解放してくれそうにないし、真剣な表情で聞いてくれるからちゃんと答えないといけない気になってくる。


「お前の目的とマルの使命が相容れなかったら、マルから出て行ってくれるか?」

「それは、マルドゥクと相談だな。だが、検討はしよう」

「……他を圧倒する力を持つ白になって、差別のない国を作るんだよ」

 悩んだ末に、俺はこう答えた。中間目標だけ話した形だ。

 全く違う目的を話すと、マルと相談されたときに変な誤解が生じる。かといって、全てを正直に話すわけにもいかない。この世界を真の理想郷にするとか、悪徳の使徒を倒すとか言ってしまうと、そんな使命を負っている背景とか一切合財説明しなきゃいけないからな。


「なるほど。それで、フェン君はどうするんだ?」

「使命を果たせるように導いてやるのが俺の役目だろうな。マルの補佐だよ」


「――つまり、マルドゥクを王に仕立て上げ、影で操りたいと」

「おいっ! なんで、そんな解釈になるんだ!?」

「マルドゥクは、冒険者をしながら各地を見て回り、良い土地を見つけて店を出すのが夢と言っていたからな。今のはあくまでフェン君の野望だろう? なる気もない王になってもまともな統治はできまい。お飾りの王になるのが関の山。で、君が補佐として実権を握る。そんな計画に聞こえたが?」

「お前、悪意ありすぎだろ! 良いんだよ。今はその気がなくても、マルはそういう使命を負ってるんだ!」

「そうか? まぁ、それは後日マルドゥクに聞いてみるとして――」

「マルにはまだ話すな。今はまだ無邪気に遊んでいてもいい年頃だろ。きっと自分ですべきことを悟ってくれる」

 こいつの口から説明されたら、何かネジ曲がって伝わる気がする。

 それに、きっと自然と使命を果たすように生きてくれる。差別される人生を選んでまで、覚悟を決めて背負った使命なのだから。


「なぜ断言できる? 君は何者なんだ? 転移者か? それとも、火の賢者の生まれ変わりか?」

 ヘーゼルが変なことを言い出した。転移者じゃないかと疑ってるのは、たぶんプリンをマルが作ったせいだろうな。この世界ではないお菓子なのかもしれない。

 でも、火の賢者の生まれ変わりってどういうことだろうか。


「それについてはノーコメント。本当のことは話してもたぶん信じないよ。それより、お前は何者なんだ?」

「私は君が鑑定で見た通り、かつて水の賢者と呼ばれていた者だよ。賢者同士の殺し合いの敗者というわけだ」

「なんで生きてるんだ?」

「分からない。気が付いたら木に宿っていただけだ。そもそも、この状態を生きていると称していいのか自信がないな」

 嘘をついているようには見えないな。こいつの考えは読みにくいから、自信はないが。こいつもある種の転生なのか?


「この件はこれ以上話しても仕方がなさそうだな。それで、マルから出て行く気にはなったか?」

「いいや、まったく」

 思わずつかみかかりそうになった俺を手で制し、ヘーゼルは言葉を続けた。

「君がマルドゥクの使命だと信じていることと、私の目的は十分に両立できるものだ。むしろ、君の野望を叶えるなら、私が憑依していた方が都合がいいはずだ。自慢じゃないが、強いからな。私の目的を果たすためにもマルドゥクには強くなってもらった方が好都合だし、私と君の利害は一致すると思う」


「じゃあ、お前の目的を話せ」

 ヘーゼルをにらみつけながら言ってやる。

「食糧事情の改善だ」

「は? お前、真面目に答える気がないな?」

「真面目に答えているんだが」


 そういって困った顔を向けてくるが、かつて世界の覇権をめぐって他の賢者と殺し合いをしたような奴の目的が「食糧事情の改善」などというものなわけがない。大体、そんな目的だったらマルに強くなってもらう必要はないだろう。


「まぁ、ともかくマルドゥクに強くなってもらうという点で、我々の見解は一致した。ちょくちょく、彼を修業に連れて行くけど構わないね? 何なら君も一緒にどうだい?」

「なんで俺にそんなに構うんだよ?」

「魔法の才能のある子を弟子にしたいって、そんなに変なことかい?」


 それだけなら、変じゃない。むしろ定番だろう。

 でも、何考えてるか分からないんじゃ、信用なんてできやしない。どうしても素直に教わる気にはなれなかった。

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