第15話 魔力
僕の意思とは関係なく、手が握って開いてを繰り返す。どういう状況なのか、よく分からない。ヘーゼルさんの「乗っ取らせてもらう」ってどういう意味なんだろう?
『うん、問題なく動かせる。しかし、君は年齢の割にずいぶんと鍛えているんだね。私が入っても、追い出されることがないとは。それとも、属性相性が合っているのかな? 私としては、その方が嬉しいが』
自分で口を動かせないようなので、語りかけるように念じてみる。
『ヘーゼルさん、どういうこと? 今、僕を動かしているのはヘーゼルさんなの?』
『そうだよ。体を乗っ取られたというのに、ずいぶん落ち着いているね』
『ヘーゼルさんは悪い人じゃないから、大丈夫だと思って』
『……君は、もう少し人を警戒した方が良いな。悪い人じゃなくても、止むを得ず危害を加えてくることはある。まぁ、話は後にしよう。ちゃんと説明するから安心して。まずはこの火をどうにかしよう』
ヘーゼルさんはこの火を消し止める策があるみたいだ。
僕の体を何かが流れていく感覚。精霊術を使ったときに周囲を流れていた何かと似ている気がする。その何かが僕の右手に集まっていく。
まっすぐ上に右手を伸ばしたかと思うと、流れていた何かが上空に向かって放出され、雨が降り出した。なんだか兄ちゃんが魔法を使うときの動作と似ている。
雨が火を消していく。ハシバミの木はほとんど燃え尽きちゃったけど、火がこれ以上広がることはなさそうだ。
森の奥から重い足音が聞こえた。そうだ、火を吐く魔物が出たんだった。きっと灼炎熊のことだ。
『ヘーゼルさん、村に避難しよう。火を吐く魔物が出て森を燃やしたって、冒険者さんが言ってたんだ』
『森に火をつけたのは、赤黒い杖を持った魔導士だ。火を吐く魔物は生息しているが、何も考えずに自分の住み処を燃やすようなことはしないよ』
そうなのか。でも、なんで森を燃やしたんだろう?
疑問に思っていると、後ろからさっきの魔導士が追ってきていた。
「見つけた! さっきは油断したが、私は諦めるわけにはいかない。おとなしく、私に殺されてもらおう」
「頭の悪い奴だな。おまえ」
魔導士のセリフを、ヘーゼルさんは動じずに切って捨てた。
『ヘーゼルさん、そんなに冷たく言わなくても。冒険者さん、怒っちゃうよ?』
『別に問題ない。お前の兄に、さっきのセリフを聞かれてるし、私が何もしなくても痛い目に合う運命だ』
あ、ほんとだ。すぐ後ろに兄ちゃんがいる。手を振ろうと思ったけど、今は体動かせないしな。
ヘーゼルさんはニヤッと笑って、兄ちゃんに手を振った。リクエストに答えてくれたんだ。ありがとう、ヘーゼルさん。
兄ちゃんは険しい顔をしている。これは怒ってるなー。
「誰を殺すって?」
「ひえっ。いつの間に」
「俺の弟に手を出して、ただで済むと思うなよ」
なぜか、僕の方にも険しいままの視線を送ってきた。1人で森に入ったこと、怒ってるのかな。
『私が君を動かしていることに感づいてるな』
『そうか、やっぱ兄ちゃんはすごいなぁ』
『呑気だな。君は』
魔導士は兄ちゃんに向かって杖を向け、何やら小声でぶつぶつ言っている。あの杖は――。
血濡れの杖
人の血を染み込ませた木材で作られた杖。弟を想う兄の魂が宿っている。
材料:トネリコ、血液
付加能力:魔力向上
潜在能力:魔法威力向上(要ザッコ=ダィーフによる魔法発動)
兄ちゃんから以前聞いた白の体を素材に使った杖なのだろう。でも、潜在能力を見る限り所有者を選ぶ武器のようだ。
この魔導士がザッコ=ダィーフなのだろうか。説明文を読む限り、杖の素材になった白はザッコさんのお兄さん。そう思うと少し切ない。
魔導士が何やらブツブツ言っているのに合わせて周囲の何かが杖の先に集まっていく。
『あれは呪文の詠唱だ。まぁ、君の兄上の敵ではないから、ゆったり観戦していればいいだろう』
なんとなく、僕は理解した。僕の感じた流れている何かは魔力って呼ばれているものだろう。
精霊術のときは体の外で流れを感じた。きっと僕の代わりに精霊さんが魔力を使ってくれたんじゃないかな。正解なのかは分からないけど、そう思った。
あの杖は白の体を素材にしたから精霊さんの力を借りられるんだろうか?
でも、突進ウサギにすら苦戦する人に兄ちゃんが負けることはないと思うから、ヘーゼルさんの言う通り安心して観戦する。
バキバキ。遠くで、木の枝か何かが折れるような音が聞こえる。
兄ちゃんは恐い顔のまま魔導士を見つめる。
「くらえ、火の矢」
魔導士の魔法が放たれると同時に、兄ちゃんも魔法を放つ。
魔導士の放った十数本の火の矢は、同数の氷の矢に迎撃され、ジュッ、と小さな音を立てて消える。魔導士の顔が一気に青ざめる。
森で火を使うなんて危ないな。兄ちゃんが使うみたいな延焼しない火魔法ではないみたいだし。あの魔法で森に火をつけてしまったんだろうか。
「な、ななな……。なんで、こんなことが」
「わざわざ会話する価値も感じないし、疑問に答えてやる義理もない。寝てろ」
本当に眠るように魔導士は意識を失ってしまった。あれも魔法かな?
『いいや、恐怖で気を失ったみたいだ。寝つきを良くする魔法も用意していたみたいだが、必要なかったな』
兄ちゃん、カッコいい。相手を直接傷つけることなく無力化してしまった。拍手したい。
――ヘーゼルさんは拍手はしてくれなかった。残念。
「おい、お前は誰だ。俺の弟をどうした?」
ぞっとするような冷たい声。いつもの兄ちゃんじゃないみたいだ。
「心配ないよ。私はヘーゼル。あいにく住み処にしていた木が燃えてしまって、弟君に一時的な避難場所になってもらっているだけだ。弟君と話を詰めたら、すぐに体の制御は返す」
グワォオオオーーー
兄ちゃんとヘーゼルさんの話の途中で、獣の叫び声が響き、赤い熊が姿を現した。灼炎熊だ。後ろ足2本で立って威嚇するように両手を広げ、そのまますぐに襲い掛かってくる。
兄ちゃんとヘーゼルさんは、振り回される熊の手をかいくぐり、バックステップで距離を取りながら会話する。
「こんなときに灼炎熊か! おい、ヘーゼルとやら。走って逃げれるか?」
「5歳児の体じゃ無理だね。倒そう」
『ヘーゼルさん、あの赤い毛皮、良い素材になりそう! 傷つけないように倒してくれたら嬉しいな』
「君の弟君は少々変わっているね。あの熊の毛皮が欲しいと言っているよ」
「お前、灼炎熊を倒せるのか?」
「倒せるよ。でも、事後処理は君に頼むことになるけど」
「分かった。お前が敵じゃないなら、倒して見せろよ。俺は見てる」
兄ちゃんは言葉通りにヘーゼルさんを前に残して、大きく後ろに下がった。
え? 兄ちゃん助けてくれないの? ヘーゼルさん、大丈夫かな?
いつものように先見の明でイメージを浮かべる。熊を氷漬けにして倒しているイメージが浮かぶ。
おぉ。これなら解凍すれば傷のついていない、きれいな素材が取れそうだ。
『君は変わった力を持っているようだね。兄弟そろって、なかなか面白そうじゃないか』
さっき雨を降らせたときの数倍の魔力が流れていく。流れるスピードも段違い。
魔力が今度は両足に集まっていく。ヘーゼルさんは腕組みしながら、不敵な笑みを浮かべて灼炎熊を見つめている。
足元から地面が凍り付き、こぼした水が広がっていくように急激にその範囲を広げていく。突進することも逃げることも許されず、瞬く間に灼炎熊の後ろ足は凍り付いた。抜け出そうとして咄嗟に降ろした前足もすぐさま凍り付き、そのまま胴体を氷が侵食していく。氷の波に呑み込まれるようにあっという間に全身を氷に閉じ込められてしまった。
灼炎熊が氷漬けになったのを確認した途端、ふっと意識が遠のくのを感じた。
体の感覚が戻っている。ヘーゼルさんが体の制御を返してくれたんだろうか。
足に力が入らない。魔力を放出したせいか、足の裏が軽く痛い。さらに全身を覆う虚脱感。耐え切れず、ゆっくりと地面に倒れこんだ。
意識を失う直前、慌てて駆け寄ってくる兄ちゃんが見えた。良かった。いつもの優しい兄ちゃんだ。




