第13話 フェンの日記(4)
魔法歴983年8月22日
今日も、熊の毛皮をなめしたり、空間魔法で収納していた解体の済んでいない魔物をバラしたり。
灼炎熊が出現していることが分かって、森に入れなくなったから、仕方ない。他は剣術訓練くらいだ。
マルの予測では今年の秋までは安全みたいだったけど、プロメテウス様の助言を守らずに危険に陥ったばかりの身としては、今度こそは油断せずに臨みたい。上位種出現のことから考えるに、伝言板に書かれた「マルにとって必要なもの」は行商人から買える物じゃなく、危険な魔物に襲われない「安全」もしくは例年通りの収穫祭を楽しめる「平穏」だったのかな。
灼炎熊さえ何とかすれば得られるのならいいんだけど。
マルは以前採取しておいたチェスナットの木材で木刀を作っている。場所は蔵の中。冒険者が来る前に、俺の部屋から移動させられた。やってくる冒険者はろくでもない奴らのようだ。マルがこんな奴らのために不自由な思いをするなんて納得がいかない。
でも、母さんが珍しくマルに声をかけたから嬉しそうにしていたな。蔵の中にある道具類は自由に使っていい、だって。冒険者時代には色々と自分でできるようになっておく必要があったらしく、革加工用の道具なんかもあるそうだ。
三日月熊と戦うことになる前日から、異界図書館に収録された「ものづくり読本」には、続々と色々な物のレシピが追加されている。
ローストベアみたいなおふざけレシピもあるから、取捨選択はしなきゃいけないけど、できるだけ時間を取っては書き写し、マルに渡している。蔵にある道具を使って装備を整えることが、灼炎熊を倒すカギになるのかもしれないし。
そんなことを考えながらも、作業を続けて日が暮れた。平穏な日だと思っていたのに、冒険者パーティが夕刻にこの村に到着した。
期待はしていなかったが、想像を超えて弱そうだ。一応、リーダーの魔導士が一番強そうではあったが、それでも大したことない。
名前:ザッコ=ダィーフ
性別:男
生年月日:魔法歴945年6月29日
所有スキル:
(才能系スキル)
杖術の心得
(技能系スキル)
火魔法≪下≫、杖術≪下≫
属性相性:火(B)、土(D)、水(D)、風(D)、光(D)、闇(C)
鑑定で見たら、こんな感じだった。マルの予測によると突進ウサギにすら苦戦していたそうだが、火魔法は延焼の危険のある森で使うわけにはいかないから、それもうなずける。
他のメンバーはこいつと同じか、やや弱いくらいだ。
そして、ザッコの態度がでかい。上からの物言いに腹が立つ。
「ほぅ。ご子息は魔法が使えるのですか? それはそれは。しかし、惜しいですな。魔導士は、良い杖を持たないと力を存分に発揮できない。その点、私は非常に恵まれていました。実は兄が白だったのですよ。処分された後、遺族には安めの価格で素材を売ってもらえますからな。兄の血を木材に吸い込ませて作ったのが、この杖という訳です。これのおかげで、だいぶ魔法の威力を上げられました」
こんなことを父さんに話していた。本当に嫌な奴だ。こいつら遠慮も何もなく、うちで夕飯をごちそうになっている。没収されたブラックボアの肉を使った豪勢なものだ。もったいない。食事を出す店もないからしょうがないけど。
「杖なんかなくても、俺、おっさんより強いと思うよ?」
つい、そんな言葉が出てしまった。当然、両親に怒られた。
ちぇっ。本当のことなんだけどな。
「はっはっは。元気のいい坊ちゃんだ。今はそれでもいいですが、いずれ世間に出たときに現実を知ることになりますよ?」
あーむかつく!
◇
魔法歴983年8月23日
朝、異界図書館を確認すると、「プロメテウスの伝言板」が更新されていた。
『先を見よ』
来たか。前世でも一度だけ同じ『先を見よ』の一言だけのメッセージが送られてきたことがあった。
具体的なことは何も書かれていないから、自分で考えて動かないといけない。でも、後から思い返すと重要な局面へと向かうタイミングで発せられる指令。
神々の住み処での日記によると、このメッセージは、今後の展開を左右する局面に入ったけれど、今後の成長を考えた上で、自身で考えて行動しなければ意味がないと判断したときに発せられるらしい。
前世でこの指令が出たときの俺の行動は、プロメテウス様の採点では55点だった。「平和な世界だったから大したことにはならなかったけど、次の世界でこの程度の立ち回りだと破滅するよ」とのありがたい忠告をいただいている。
これが来たからには、真剣に考えないと。
まずは、現状の整理。
気になることと言えば、森に発生した上位種、灼炎熊の存在。そして、どうにも敵らしくない悪徳の使徒、ギーラのこと。
灼炎熊への対抗策は特に気になる。
マルの予測ではすぐに遭遇することはないみたいだけど、先の未来のことになるほど不確定要素が増える。どこかで間違った選択をしたら想定した未来が訪れない可能性はある。
自分達で倒す策を考えておく必要はある。まともな武器を用意するのは必須だろう。ギーラ達とこっそり話し合って、マルには少なめにしか素材を渡さなかった。素材を自ら差し出そうとしていたからだ。
でも、自分の取り分はちゃんと把握していたらしく、ごまかそうとしていたのがバレた。商売の神の使徒だから、そりゃ在庫管理くらいしてるか。
危険な魔物が近くにいるんだから自衛のために有効活用して欲しいと説得したけど、マルに不信感を抱かせてしまったかもしれない。失敗だ。「使い方は考えてみる」と言ってはくれたけど。
ギーラのことは気になるものの、今は様子見しかない。現状、戦力としてカウントせざるを得ないし、灼炎熊との遭遇を避けるのに妹のプリシラの持つ感知術に頼らざるを得ないからな。敵対してる場合じゃない。
この指令が来たタイミングも気になる。最近の出来事である冒険者の来訪が関係しているのか。
こういうときは、まずは情報収集だ。いけ好かない奴だったが、冒険者パーティの情報を集めてみよう。
……と思って、聞き込みに行ったは良いものの、噂好きの奥様方や子供とは今までほとんど接してこなかった。急に話しかけるのも不自然だ。村役場で訓練している連中や父さんからは多少話を聞けたけど、今までに聞いたことのある話と大差ない。
せいぜい、パーティリーダーのザッコが昔は金持ちのボンボンで、宮廷魔導士を目指していたが、杖の力で底上げしても実力が足りずになれなかったこと、数年前に実家が没落したため、金に困って冒険者になったこと、そして、冒険者パーティが今日は森には行かずに村の人と話をして過ごしていたらしいことくらいしか聞けなかった。
マルの様子も確認しに行った。もともと、食事は蔵まで俺が運んでやることになっていたから、そのときに少し長めにおしゃべりするだけだ。ザッコと食べるより、マルと食べた方が楽しいし、自分の分も持って行って一緒に食べる。
マルは意外と元気そうだった。1人で寂しくしているんじゃないかと心配していたが、プリシラが遊びに来ていて、むしろ楽しそうだった。
……別に、マルが甘えてきてくれなくて寂しいとかじゃない。
◇
魔法歴983年8月28日
冒険者パーティは今日も森に行った様子がない。村に来て約1週間。一度も仕事をしようとしないなんて、どういうことなのか。せっかく情報収集のために尾行してるんだけど、無駄骨だ。
気になって、今日は気が進まないながらも、ザッコ達と食事することにした。
父さんが昼食時にそれとなく、森に行くように促していたが、何のかんのとはぐらかしていた。
そして、村に着いた日に食べた肉が美味しかった。ああいうものを食べると魔物と戦う気力がわく、とか図々しいことを言い始めた。空間魔法の中には、まだ熊肉やらブラックボアの肉やら色々な肉があるのだが、もちろん出してやる気はない。
……ひょっとして、こいつらは本当に家に食事をたかるつもりだろうか。
食事をたかられるだけなら気にしないが、こんな奴らのために時間を割くのはもったいない。役に立たないなら、早く出て行って欲しいものだ。
冒険者パーティの情報は、夕食時にでも直接探りを入れることにして、他の問題点を解決することを考えよう。
灼炎熊への対抗策だ。
三日月熊のときのプロメテウスの火に風を合わせて火力を上げる方法は、灼炎熊には使えない。名前に炎が付いているのは、炎に耐性があり、炎を吐く熊だからなのだ。
俺ともマルとも相性が悪い。俺は一番得意なのが火魔法だし、マルは武器が木刀だから、下手をすると燃やされてしまう。
攻撃手段を得るために水魔法の練習をしながらも、これが答えではないと感じた。
いっそ、俺はサポートに回るか? 強化魔法で攻撃力を上げるものもある。
しかし、マルが有効な攻撃手段を持たないなら、サポート対象はギーラになる。それがどうしても引っかかる。
夕食時、ザッコに探りを入れようと思ったが、それよりも早く父さんが釘をさしていた。
「明日からは森に行ってもらいたい。冬の準備のために、9月からは魔物狩りも始めないといけないですから」
「あぁ、そんな時期でしたね。これはご心配をおかけいたしまして。何なら魔物狩りの際も協力いたしましょうか? 追加料金はいただきますが、皆さんはいつもより安全に効率的に魔物が狩れる。悪くないお話だと思いますよ?」
「一切、仕事を始めていないあなた方に、追加料金など払えません。9月に入っても仕事が終わっていなければ、無償で魔物狩りに同行していただきます」
おぉ、やるじゃん、父さん。もっと言ってやれ。
「それは、横暴ではないですかな? 9月まではあと3日です。あと3日でリトルコカトリスを狩れと言われましても。森はなかなか広そうですから、遭遇できるかも怪しい。冒険者ギルドに無茶な期限を設定されたと報告してもいいのですよ?」
「あなた方は1週間前からこの村に滞在している。その間全く仕事をしようとしないから、期限に追われることになるのです。そのような言い分は通りません。そもそも、うちの息子が遭遇する程度ですから、森の深い所までは行かなくても、連日森に通いさえすれば遭遇できるでしょう」
「むぅ。仕方ありませんな。では、明日は朝からリトルコカトリスを狩りに出かけるとしましょう」
よし。話はまとまったな。できるだけ早くこいつらには出て行ってもらいたいが、マルの予測通りに進んで欲しかったからな。森に行って、とっとと突進ウサギに負けて逃げ出してくれ。
夕食後、ザッコは父さんに2人で話がしたいと声をかけていた。自分達では手に負えないから、仕事を降りるのだろうか。まぁ、父さんは簡単には認めないだろうから問題ない。




