第9話 没収
目を覚ますと、隣のベッドに眠る兄ちゃんがいた。
僕は、兄ちゃんの部屋に寝かされていたらしい。この村は土地は余っているけど、大きな屋敷を建てるほど金銭的な余裕のある家はあまりない。だから、普通は子供1人1人に個室を与えたりはしないけど、僕と兄ちゃんはそれぞれ別に自分の部屋がある。
村長の家だから裕福って訳ではなく、兄ちゃんの部屋には備え付けのベットが2つ並んで置かれていて、本当は僕もこの部屋で過ごす予定だったことがうかがえる。
僕の部屋は、もともと客間だ。
宿屋のない村にお客さんが来た時には、村長の家に泊めてもらうのが一般的。そのための来客用の部屋だ。でも、この村にはほとんどお客さんが来ないうえ、村役場にも宿直部屋があって、役人さんなんかにはそっちを使ってもらう。
使う機会がないから、僕にあてがわれているだけ。以前、兄ちゃんはそう言って言葉を濁していたけど、兄ちゃんが僕と仲良くなりすぎて、別れの時が来た時に辛くならないように部屋を分けたんだと思う。
僕が兄ちゃんの部屋に寝かされているってことは、もう仲良くなりすぎているからしょうがないってことだろうか。
寝ている兄ちゃんの顔を見ると、左の頬が腫れている。誰かに殴られたんだろうか。
「ん、あ。ふぁー」
「兄ちゃん、おはよう。ごめん、僕、倒れちゃって。左頬、大丈夫?」
「ふぁっ。マル、おはよー。今日もかわいいな。すぴー……。って、マル、大丈夫か!?」
兄ちゃんは二度寝しようとして、僕に気付いて飛び起きた。急に倒れた僕を心配してくれていたみたいだ。
「僕は大丈夫だよ。筋肉痛であちこち痛いけど」
今までも訓練の後に筋肉痛になることはあったけど、今日の筋肉痛はすさまじい。今までは、痛いながらも動かすことを躊躇するほどじゃなかったのに、ちょっと動くだけで激痛が走る。しかも、腕とか足とかだけじゃなく、背中やらお腹やら、「そこ、そんなに使ったっけ?」と思うような場所まで痛い。
頭も何だかぼーっとする。戦闘で先見の明を使いすぎたからかな。
今日は一日中この部屋で寝ていたい。家に1人でいると孤独だった時を思い出してしまう僕でさえ、そう思うほどだ。
「あぁ、確かに。俺もあちこち痛いよ。マルは俺よりも動き回ってたもんな。もっとつらいよな」
そっと頭をなでながら、優しい声で兄ちゃんが言う。
僕は、兄ちゃんの腫れた左頬に目をやる。
「これは、ちょっと……。父さんに殴られて。ローストベアを持ち帰ったらさ。子供だけで熊に挑むなんて危険なことをするんじゃないって怒られちゃってさ。そんなだったから、マルのことはキラーベアを見て気絶したってことにしてあるんだ。ごめんよ」
それは仕方ない。僕も一緒になって倒した、なんて言っても普通は信じないだろうし。
倒した熊も三日月熊じゃなくて、キラーベアだと説明したみたい。ローストベアになっちゃった後じゃ、あれが三日月熊だなんて思わないよね、村の人達は。
コンコン
部屋のドアがノックされ、母さんの声が聞こえてきた。
「フェン、起きてるの? 今日は1日家でじっとしていなさいね。それから、朝ご飯持ってきたわ。今日はまだ安静にしていた方がいいでしょう?」
「ありがとう」
兄ちゃんが、ドアを開けてトレーに乗せられた朝ご飯を受け取る。2つある。良かった、僕の分だ。
母さんはそのまま立ち去るかと思っていたけど、部屋に入って僕の近くに寄り、手を僕の額に当てた。
「熱はないわね。――フェン、後で客間の荷物を運び出しておいてね」
それだけ言うと、すっと部屋を出て行った。記憶にある限り、初めて感じた母さんの手の温もり。
「昨日は、少し熱を出していたから。心配してたんだよ」
そう言って、兄ちゃんは朝食のトレーを差し出す。兄ちゃんの方は、パンにサラダにスープ。いつものメニューだ。僕の方にはそれに追加でローストベアが2切れ乗せられていた。
兄ちゃんに1切れ渡そうとしたけど、断られた。
このローストベアは昨日の晩、僕が食べ損ねた分らしい。村の人達がローストベアを見てお祭り騒ぎになってしまったから、皆にお裾分けとして配って、もう家にはこの2切れしか残っていないそうだ。
「空間魔法の中にも熱々のまま一塊保存してあるからな。マルが作ったんだから、たっぷり味わいな。旨いぞ。ちょっと塩気が足りなかったから、足しておいたし」
兄ちゃんは、ちゃっかり肉を確保していた。気を利かせてくれたみたいだ。
「あれって僕が作ったっていうのかな? どちらかというと精霊さんが作った気がする」
「そうか? でも、料理術のスキルを獲得してたぞ」
へぇ、保存食作りに役に立ちそうだな。
他にも色々聞きたいことがある。朝食を食べながら兄ちゃんと話す。
「さっき、僕の部屋を片付けるって言ってたけど、僕はこれから兄ちゃんと一緒の部屋になるの?」
1人で過ごすのは、今でも少し苦手だ。夜も兄ちゃんがいてくれるなら、僕は一緒の部屋の方がいい。
でも、兄ちゃんは言いにくそうに、少しためらってから口を開いた。
「もうすぐ、冒険者が来るからな。客間を使ってもらうことになりそうなんだ。その、俺が無茶しないように人の目を増やす意味もあるんだと思う。それで、マルがその間過ごす場所だけど……。家の裏に蔵があるだろ? あそこにいてもらうことになった」
昨日、プリシラと一緒に素材を運び込んだ蔵のことだろう。2階建てで結構広かった。色々と持ち込めそうだから、退屈はしないだろうけど、1人で過ごすことになるのは間違いなさそうだ。家の中と違って、人の気配もないだろうし、寂しそうだな。
「安心しろ。飯運ぶ係は俺になったし。プリシラが遊びに来るって言ってたから」
そうか、それならたぶん大丈夫だ。
「それで、2つほど悪いニュースがある」
悪いニュースか。なんだろう。ドキドキしながら続く言葉を待つ。
「1つ目は、三日月熊戦で、俺達スキルを使いまくってただろ? ギーラの奴が、どうやったんだ、教えろってうるさくて。多少は話さざるを得ないと思う」
「な~んだ。僕は、ギーラとプリシラにだったら、教えても構わないよ」
むしろ知っておいて欲しいくらいだ。
「プリシラ、落ち込むかもしれないぞ。俺達と比べて持ってるスキルが少ないし、そんなに良いのがないから」
「プリシラの持ってるスキルって、才能系スキルが美貌≪下≫と意思疎通、技能系スキルが感知術の3つだけだっけ」
「あぁ」
それは、少し心配だ。兄ちゃんから、ギーラとプリシラの持っているスキルについても教えてもらっていた。ギーラは僕達と同じくらいの数のスキルを持っていたし、すごそうなスキルも多かった。でも、プリシラはスキルの数が少ない。比べてしまうと落ち込むかもしれない。
「普通なんだけどな。俺達が多いだけで。父さんも才能系スキルの剛力、技能系スキルの剣術≪中≫、体術≪下≫の3つだけだし」
「そうなの?」
兄ちゃんはうなずく。父さんは元冒険者で、村で一番強いと言われている。それでもスキルは3つだけらしい。
「なんで、僕達だけスキルをいっぱい持ってるのかな?」
「……いずれ話すよ」
いずれ教えてくれるってことは、兄ちゃんは理由に見当がついているってことだ。そして、確信が持てていないか、話しても信じてもらえないから今は話せないってことかな。
適当に当たりをつけて、話を進める。
「僕があのとき使ったのは、意思伝達、先見の明、計算機、明鏡止水。ひょっとしたら精霊親和力強化もかな?」
「意思伝達は映像を見せちゃったから、説明せざるを得ないな。他は隠しておいても大丈夫か」
「先見の明も話さなきゃダメだよ。5回攻撃したら剣が折れるよって伝えた。気にせず攻撃してたけど」
結果的には折れて良かったのかもしれない。集中力が低下するあの剣を使い続けるのは、大ケガにつながりかねないから。
「仕方ないな。俺は、普段から使ってたようなスキルばっかりだけど……。鑑定については話さざるを得ないかな。あと、昨日のうちに空間魔法については話した。ローストベアとキラーベア2体、それに秘密基地に置いておいた残りの素材を俺達で運ぶのは無理だったから」
「うん、鑑定については話そうよ。で、2人の持ってるスキルのことも教えてあげようよ。プリシラが落ち込んじゃいそうなら、全部じゃなくてもいいけど。これから危険な魔物が接近してきたときのためにも、ある程度は情報共有しておいた方がいいよ」
「しゃーないか。ギーラのは、はっきり効果が分かってるやつだけ、いくつか教えとくよ」
将来を考えて使い方を模索した方がいいスキルを優先的に教えてあげたらいいのに。そう思ったけど、スキルのことについては兄ちゃんはなぜか頑固だから、そっと胸にしまっておく。
「もう1つの悪いニュースなんだが。父さんが、無茶をした罰として今まで魔物を狩って手に入れた素材を没収するって」




